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第34話 間者
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西方ニュンケ神殿。
その横に、大きなテント村が出来つつあった。
「こっちに運び込め!」
テント内で数十人が忙しく動き回っている。その中には、ヨエルやサネルマ、ヘンリクの姿もあった。
「さあ、きれいにしましょう」
あるテントの中では、きれいな脱脂綿で体を丁寧に拭いて消毒している。
「アーウームー……」
別のテントでは、屍体の前で呪文を唱える魔法使い。
「さあ、これを着て……」
また別のテントでは、きれいなできたての衣装に着替える者。そして、着替えた者に化粧を施し、香水を振りかける。いい匂いだ。
テントの外では、数人が集まっていた。
「よし、じゃあ君はビヨルリンシティの東部、君は西部、君は港町ツィーゲ、君はゴンドワナ大陸の……」
それぞれにお金が入った袋が手渡される。
「よし、連絡方法はわかったかな? 紙にも書いて入れておいたから。じゃあ馬に乗ってくれ! 君は馬に乗れないから、途中まで乗せていってもらってそこから定期便を使ってくれ」
馬に分乗した五人が送り出される。
「ようし、降ろせ!」
また巨大な馬車が何台も到着し、荷が降ろされる。棺桶が積まれ、衣類の入った箱が積まれていく。
しかしよく見ると、動いている人間のほとんどは、ゾンビのようだ。衣装を着て生人のような化粧をしているので、パッと見はわからない。
その数あるテントのひとつで、マルヴィナがマルーシャ姫から薫陶を受けていた。
「謀を帷幄にめぐらし、千里の外に勝利を決す」
「謀を……」
スタンドに立てた小さめの黒板に、チョークでマルーシャが文字を書き、低いテーブルに座るマルヴィナが、それをノートにとっていく。
「これがわらわのスタンスじゃ」
コツコツとその書かれた文字の下あたりをチョークで叩き、
「では、今進めている計画を説明しよう」
マルヴィナが、ノートのページをめくった。
「まず、百人のゾンビを、ローレシア大陸だけでなく、あらゆる場所へ送り込む。間者じゃ」
マルーシャが、さっと世界地図を黒板に描き、各地に矢印を入れる。
「残りの百人は、わらわが文武百官としてアイヒホルンへ連れて行く。この準備をまさに今やっているところじゃ」
「なるほど」
ノートに書き込んでいくマルヴィナ。
「間者の意味がそなたにはわかるか?」
「え、もちろんよ……」
とマルヴィナが頭を抱えて考え込みだしたので、マルーシャが黒板に書き込んでいく。
「プリンツェンツィングの兵法、形篇、勝は知るべし、而して為すべからず、あるいは、謀攻篇、彼を知り己を知らば百戦危うからず、とあるように、戦いとは情報戦じゃ」
「プリンテンテング?」
二回ほど舌を噛んでしまったマルヴィナ。
「そうじゃ。そしてプリンツェンツィングは用間篇でさらにいわく、爵禄百金を惜しみて敵の情を知らざる者は、不仁の至りなり、と。意味がわかるか?」
「も、もちろんよ……」
えーと、えーととマルヴィナが唸りだしたので、マルーシャが黒板に書いていく。
「つまり、情報を得るためにお金を惜しむような者はまるでだめなオタンコナス、というわけじゃ。だから、ゾンビ百人を間者に仕立て上げて、各地に送り込む」
「なるほど、スパイ大作戦ということね」
「そうじゃ」
マルヴィナがやっと分かってきたようで、マルーシャもやや安堵した。
「無理に攻めることなく、敵の状況をしっかり調べたうえで、勝てそうならば攻める。それが、勝利は知るものであって、無理に為すものではない、ということの本意じゃ」
なるほどなるほど、とノートに書いていくマルヴィナ。
「ここまでが兵法の最も基本の部分であり、さらにこれから応用も含めて教えていくが……」
テントの中に、一匹のハエがぶうんと入ってきた。
「じゃが、そなたは兵法を理解するのはもちろん必要だが、立場的にも直接用兵するわけではない。むしろ、そなたは王法、または帝法をマスターしてもらう」
「おうほう? ていほう?」
マルヴィナが人差し指で頬に触れる仕草をしたのを見て、マルーシャが黒板にその文字を書いていく。ハエがぐるぐるテント内を回りだしたが、気にせず続けるマルーシャ。
「そなたは、この大陸、いや、この惑星、いや、宇宙も含めて支配する……」
「惑星? 宇宙……?」
「皇帝になるのじゃ!」
「わたしが!?」
雷に打たれたような顔のマルヴィナ。
「そなたを皇帝にまで育てる力を、わらわは持っておる」
へへん、と自信満々に胸を張るマルーシャ。しかし、ハエがぶうんと黒板にとまり、また飛び立った。
「よって、この数日……」
ハエが再び黒板にとまった。
「そなたに帝法を叩きこむ!」
やおらそばに置いてあった長い定規を手に取ると、バシンと黒板に叩きつけた。
「ひいっ」
思わず自分が叩き込まれたかのような声を出すマルヴィナ。
ハエがぽとりと下に落ちて動かなくなり、マルーシャがパチンと指を弾くと、ゾンビ化したハエが起き上がって元気に外へ飛んで行った。
「で、でも、具体的にこれからどうしていこうかしら?」
「ふうむ、そうじゃのう……」
あごに手を当ててしばらく考えたマルーシャ。
「いや、わらわが少し気になったのは、アショフだ。今回の騒乱に乗じて、必ず兵を向けて来よう」
「アショフ?」
「ゴンドワナ大陸の新興国じゃ。ところで、そなたは古巣であるグラネロ砦の仲間とも会いたいであろう?」
「ええ、もちろんよ」
即答するマルヴィナ。しばらく砦のみんなとは会っていない。
「よし、じゃあこうしよう。教育が済んで、準備が整い次第、わらわはアイヒホルンへ行く」
ふんふんと頷くマルヴィナ。
「そなたはいったんグラネロ砦へ参れ」
「わかったわ」
「そして、アイヒホルンとグラネロ砦から、首都ビヨルリンシティを挟撃する!」
目を光らせるマルーシャと、背筋に悪寒を感じてぶるんと身震いするマルヴィナ。
「いや、わらわがアイヒホルンに首都の主力をつり出す。その間に、そなたは少数精鋭で首都を急撃せよ」
そんなことができるのかしら、という表情になるマルヴィナだが、
「なあに、問題ない。首都の有能な人間はあらかた暗殺されてしまった」
「こ、殺されたの?」
「そう、おかげで、有能なゾンビが続々とあつまって来ておる」
ふふふと笑い出すマルーシャと、さらに背中がゾクゾクしてくるマルヴィナ。
マルーシャは声のボリュームを落とし、
「最終的に、わらわは教国を……させてアイヒホルンを……とする、そなたは、グラネロ砦を拠点に……を作れ」
「ええ!? そんなに!?」
マルーシャの驚愕の計画に、驚きを隠せないマルヴィナだった。
そして、数日後、
全ての準備が整って、サネルマやヘンリクに見守られながらテント村を出発していく。
「では、また会おう!」
八人の屈強な者が担ぐ輿に乗り、黒いドレスに金色のティアラを頭に載せたマルーシャ姫が手を振る。
どおんどおんと太鼓を打ち鳴らしつつ、ゾンビ百官を従えて旗指物の大名行列が続き、そのうしろには、西方騎馬民族国家グヌシュカの援兵五百騎が続く。向かう先は東、アイヒホルンだ。
いっぽうのマルヴィナとヨエルも、グヌシュカから借りた騎兵、同じく五百騎に守られながら、ニュンケ神殿を後にした。
「やっと砦に帰れるね。みんな元気かな」
ヨエルも馬を走らせながら、砦の仲間と会えるのを楽しみにしているようだ。
「そうね。ヒルトラウトの館にいるときは砦のみんなと手紙のやりとりもしてたし、元気だとは書いてたけど」
と同じく楽しみなマルヴィナ。
二人と五百騎は、ニュンケ神殿からまず大陸を南下し、そこから西へグラネロ砦に向かう。マルヴィナは、その砦を占拠する防衛都市国家のギルド長であり、国王なのだ。まだ数千人規模の小国ではあるけれど。
「わたしがいない間に、どれくらい大きくなったのかな?」
そこも不安であり、期待でもあった。
三日ほどテントで寝泊まりしつつ無事に移動して、だいぶ砦に近づいてきた。なんだか見覚えのある地形だ。
騎馬隊五百騎とマルヴィナ、ヨエルが高い丘に登って景色を眺めると、
「たしか、あっちのほうだ……」
「あれだよね。え?」
「なんか、城壁が増えてない?」
見覚えのある地形に、見覚えのない城壁。
「す、すごい」
思わず二人が言った通り、元々あった砦の城壁を、さらに広く取り囲むように長い城壁が造られているようだった。
「行こう!」
成長した砦を、もっと近くで見たい。
さらに馬を走らせること一時間。砦の西から近づき、増補された城壁がだいぶ近くまで見えてきたとき、
「待て!」
多くの軍勢に取り囲まれていることに気づいた。
その横に、大きなテント村が出来つつあった。
「こっちに運び込め!」
テント内で数十人が忙しく動き回っている。その中には、ヨエルやサネルマ、ヘンリクの姿もあった。
「さあ、きれいにしましょう」
あるテントの中では、きれいな脱脂綿で体を丁寧に拭いて消毒している。
「アーウームー……」
別のテントでは、屍体の前で呪文を唱える魔法使い。
「さあ、これを着て……」
また別のテントでは、きれいなできたての衣装に着替える者。そして、着替えた者に化粧を施し、香水を振りかける。いい匂いだ。
テントの外では、数人が集まっていた。
「よし、じゃあ君はビヨルリンシティの東部、君は西部、君は港町ツィーゲ、君はゴンドワナ大陸の……」
それぞれにお金が入った袋が手渡される。
「よし、連絡方法はわかったかな? 紙にも書いて入れておいたから。じゃあ馬に乗ってくれ! 君は馬に乗れないから、途中まで乗せていってもらってそこから定期便を使ってくれ」
馬に分乗した五人が送り出される。
「ようし、降ろせ!」
また巨大な馬車が何台も到着し、荷が降ろされる。棺桶が積まれ、衣類の入った箱が積まれていく。
しかしよく見ると、動いている人間のほとんどは、ゾンビのようだ。衣装を着て生人のような化粧をしているので、パッと見はわからない。
その数あるテントのひとつで、マルヴィナがマルーシャ姫から薫陶を受けていた。
「謀を帷幄にめぐらし、千里の外に勝利を決す」
「謀を……」
スタンドに立てた小さめの黒板に、チョークでマルーシャが文字を書き、低いテーブルに座るマルヴィナが、それをノートにとっていく。
「これがわらわのスタンスじゃ」
コツコツとその書かれた文字の下あたりをチョークで叩き、
「では、今進めている計画を説明しよう」
マルヴィナが、ノートのページをめくった。
「まず、百人のゾンビを、ローレシア大陸だけでなく、あらゆる場所へ送り込む。間者じゃ」
マルーシャが、さっと世界地図を黒板に描き、各地に矢印を入れる。
「残りの百人は、わらわが文武百官としてアイヒホルンへ連れて行く。この準備をまさに今やっているところじゃ」
「なるほど」
ノートに書き込んでいくマルヴィナ。
「間者の意味がそなたにはわかるか?」
「え、もちろんよ……」
とマルヴィナが頭を抱えて考え込みだしたので、マルーシャが黒板に書き込んでいく。
「プリンツェンツィングの兵法、形篇、勝は知るべし、而して為すべからず、あるいは、謀攻篇、彼を知り己を知らば百戦危うからず、とあるように、戦いとは情報戦じゃ」
「プリンテンテング?」
二回ほど舌を噛んでしまったマルヴィナ。
「そうじゃ。そしてプリンツェンツィングは用間篇でさらにいわく、爵禄百金を惜しみて敵の情を知らざる者は、不仁の至りなり、と。意味がわかるか?」
「も、もちろんよ……」
えーと、えーととマルヴィナが唸りだしたので、マルーシャが黒板に書いていく。
「つまり、情報を得るためにお金を惜しむような者はまるでだめなオタンコナス、というわけじゃ。だから、ゾンビ百人を間者に仕立て上げて、各地に送り込む」
「なるほど、スパイ大作戦ということね」
「そうじゃ」
マルヴィナがやっと分かってきたようで、マルーシャもやや安堵した。
「無理に攻めることなく、敵の状況をしっかり調べたうえで、勝てそうならば攻める。それが、勝利は知るものであって、無理に為すものではない、ということの本意じゃ」
なるほどなるほど、とノートに書いていくマルヴィナ。
「ここまでが兵法の最も基本の部分であり、さらにこれから応用も含めて教えていくが……」
テントの中に、一匹のハエがぶうんと入ってきた。
「じゃが、そなたは兵法を理解するのはもちろん必要だが、立場的にも直接用兵するわけではない。むしろ、そなたは王法、または帝法をマスターしてもらう」
「おうほう? ていほう?」
マルヴィナが人差し指で頬に触れる仕草をしたのを見て、マルーシャが黒板にその文字を書いていく。ハエがぐるぐるテント内を回りだしたが、気にせず続けるマルーシャ。
「そなたは、この大陸、いや、この惑星、いや、宇宙も含めて支配する……」
「惑星? 宇宙……?」
「皇帝になるのじゃ!」
「わたしが!?」
雷に打たれたような顔のマルヴィナ。
「そなたを皇帝にまで育てる力を、わらわは持っておる」
へへん、と自信満々に胸を張るマルーシャ。しかし、ハエがぶうんと黒板にとまり、また飛び立った。
「よって、この数日……」
ハエが再び黒板にとまった。
「そなたに帝法を叩きこむ!」
やおらそばに置いてあった長い定規を手に取ると、バシンと黒板に叩きつけた。
「ひいっ」
思わず自分が叩き込まれたかのような声を出すマルヴィナ。
ハエがぽとりと下に落ちて動かなくなり、マルーシャがパチンと指を弾くと、ゾンビ化したハエが起き上がって元気に外へ飛んで行った。
「で、でも、具体的にこれからどうしていこうかしら?」
「ふうむ、そうじゃのう……」
あごに手を当ててしばらく考えたマルーシャ。
「いや、わらわが少し気になったのは、アショフだ。今回の騒乱に乗じて、必ず兵を向けて来よう」
「アショフ?」
「ゴンドワナ大陸の新興国じゃ。ところで、そなたは古巣であるグラネロ砦の仲間とも会いたいであろう?」
「ええ、もちろんよ」
即答するマルヴィナ。しばらく砦のみんなとは会っていない。
「よし、じゃあこうしよう。教育が済んで、準備が整い次第、わらわはアイヒホルンへ行く」
ふんふんと頷くマルヴィナ。
「そなたはいったんグラネロ砦へ参れ」
「わかったわ」
「そして、アイヒホルンとグラネロ砦から、首都ビヨルリンシティを挟撃する!」
目を光らせるマルーシャと、背筋に悪寒を感じてぶるんと身震いするマルヴィナ。
「いや、わらわがアイヒホルンに首都の主力をつり出す。その間に、そなたは少数精鋭で首都を急撃せよ」
そんなことができるのかしら、という表情になるマルヴィナだが、
「なあに、問題ない。首都の有能な人間はあらかた暗殺されてしまった」
「こ、殺されたの?」
「そう、おかげで、有能なゾンビが続々とあつまって来ておる」
ふふふと笑い出すマルーシャと、さらに背中がゾクゾクしてくるマルヴィナ。
マルーシャは声のボリュームを落とし、
「最終的に、わらわは教国を……させてアイヒホルンを……とする、そなたは、グラネロ砦を拠点に……を作れ」
「ええ!? そんなに!?」
マルーシャの驚愕の計画に、驚きを隠せないマルヴィナだった。
そして、数日後、
全ての準備が整って、サネルマやヘンリクに見守られながらテント村を出発していく。
「では、また会おう!」
八人の屈強な者が担ぐ輿に乗り、黒いドレスに金色のティアラを頭に載せたマルーシャ姫が手を振る。
どおんどおんと太鼓を打ち鳴らしつつ、ゾンビ百官を従えて旗指物の大名行列が続き、そのうしろには、西方騎馬民族国家グヌシュカの援兵五百騎が続く。向かう先は東、アイヒホルンだ。
いっぽうのマルヴィナとヨエルも、グヌシュカから借りた騎兵、同じく五百騎に守られながら、ニュンケ神殿を後にした。
「やっと砦に帰れるね。みんな元気かな」
ヨエルも馬を走らせながら、砦の仲間と会えるのを楽しみにしているようだ。
「そうね。ヒルトラウトの館にいるときは砦のみんなと手紙のやりとりもしてたし、元気だとは書いてたけど」
と同じく楽しみなマルヴィナ。
二人と五百騎は、ニュンケ神殿からまず大陸を南下し、そこから西へグラネロ砦に向かう。マルヴィナは、その砦を占拠する防衛都市国家のギルド長であり、国王なのだ。まだ数千人規模の小国ではあるけれど。
「わたしがいない間に、どれくらい大きくなったのかな?」
そこも不安であり、期待でもあった。
三日ほどテントで寝泊まりしつつ無事に移動して、だいぶ砦に近づいてきた。なんだか見覚えのある地形だ。
騎馬隊五百騎とマルヴィナ、ヨエルが高い丘に登って景色を眺めると、
「たしか、あっちのほうだ……」
「あれだよね。え?」
「なんか、城壁が増えてない?」
見覚えのある地形に、見覚えのない城壁。
「す、すごい」
思わず二人が言った通り、元々あった砦の城壁を、さらに広く取り囲むように長い城壁が造られているようだった。
「行こう!」
成長した砦を、もっと近くで見たい。
さらに馬を走らせること一時間。砦の西から近づき、増補された城壁がだいぶ近くまで見えてきたとき、
「待て!」
多くの軍勢に取り囲まれていることに気づいた。
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