死神皇帝は烏道士を愛でたい

丹羽 史京賀

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17.烏道士、理不尽さに憤る

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◇◆

 あの夜。 
 今まで、無言で自分の首を絞めるだけだった夕李が、初めてちゃんと言葉を喋ったのだと、榮翔は晨玲に話した。

『助けて……。ここは暗くて、じめじめしていて、怖いの』

 夕李は、確かにそう言ったらしい。
 榮翔が耳にしたその言葉と、晨玲が嗅いだ湿った土の臭い。そして、未泉が感じた息苦しさ。
 今までの経験と知識を活かして、晨玲が導き出した答えは……。
 
(お妃さまの埋葬状況。これしかないわ)

 土葬した際に、障りがある方法を取ったに違いない。
 ……だとしたら、やることは一つだ。

(一刻も早く、埋葬されている場所から、夕李さまをお救いしないと……)
 
 すぐさま、晨玲は榮翔に、文家に人を遣わして、調べてもらった。
 回答は、速やかだった。
 きっと、夕李の家族は正しく弔ったつもりだったのだ。

(弔いの方法なんて、普通の人は詳しく知らないもの)

 ……だが。
 少しでも葬礼のことを知っている人間であれば、一瞬で、とんでもなく、おかしいことをしていることに気付くはずだ。

 まず、死者の配置について。
 三清の神画と、あの世の司神を祀った祭壇側に、死者は頭を向けて安置するのが作法なのだが、よりにもよって、祭壇側に夕李の足を向けさせた。
 神に足を向けて安置するなんて、常識的に考えても、恐ろしいことだ。

 そして、埋葬方法。
 なぜか、死者が安寧できない方角の、日の当たらない湿った土地に、夕李を埋めたのだ。

(なぜ、こんな埋葬方法を……?)

 文家に晨玲の見解を伝えたら、家人が皆、竦み上がってしまったらしく、すぐに夕李の墓を掘り返すこととなった。
 後宮にいた晨玲は、その場に立ち会うことはできなかったが、榮翔から聞いた話によると、棺の中から「榮翔に対する呪詛物」まで出てきてしまい、後宮のみならず、国を揺るがす大騒動になってしまったらしい。 

 すべては、文家お抱えの道士が一人でやったということで決着したみたいだけど……。

(……そんなはずないわ。裏で糸を引いている人間が必ずいる)
 
 こんな、だいそれたことを、たった一人で、後宮に入ることすら出来ない、男の道士が決行するのは無理がある。

(夕李さまの寝室にあった「神画」についても、その人物が関わっているはずなのよ)
 
 暁和殿に出入りできる人間は、限られている。
 その人物については、晨玲にも、すぐに見当がついた。

「もう! 考えれば、考えるほど、むかむかするわね……」
「俺もだ」

 独り言のつもりが、勢いよく未泉の声が返ってきた。

「……むかむかして、気持ち悪い。それだけのことをやらかしているのに、どうして、主犯の皇太后を咎めることが出来ないんだよ」

 未泉らしい。
 頭の回転が速いから、すぐに犯人に辿りつくのだけど、大きな声でそれを口にしてしまう、迂闊うかつなところ。
 感情で突っ走ると、危機感をど忘れしてしまうのは、師匠の叔父にそっくりだ。

(まったく反面教師になんてなってないじゃないの)

 晨玲は、未泉の首根っこを掴んだ。

(そう、皇太后よ)

 彼の口にしていることは、事実だ。
 間違ってはいない。
 だけど……。

「駄目よ。ここにいる間は大人しくしておかないと」
「でも、理不尽だって、あんただって思っているんだろう? 夕李さまの「死」を皇太后は弄んだんだぞ」
「そりゃ、怒っているわよ」

(夕李さまが、浮かばれない)

 榮翔を襲っていたのは、彼女の意思ではない。
 唯一、幽体が繋がっていた先が、榮翔だったために、彼にしか、成仏できない苦しみを訴えることができなかった。
 決して、榮翔を恨んでいたわけではないのだ。

「だったら、陛下に……」
「もちろん。ちゃんとお伝えしたわよ。でも……」

 晨玲とて、何度も榮翔に訴えたのだ。

 未泉が他の用事で出ていた際に、室にやって来た榮翔から詳しい経緯を聞いて……。

 腹が立って、悲しくて、虚しくて……。

 ……でも、どうにもならなかった。

 皇帝がどうにもできないのに、市井の烏道士が何かできるはずもない。
 晨玲より、榮翔のほうが、悔しいに決まっているではないか?

皇太后様あのかたと繋がっていた、文家の道士は、自死したそうなの。それに、「旭日三宝神女」の神画も、皇太后様あのかたは確かに文淑妃……夕李様に贈ったけれど、此丹石の効果なんて知らなかったって、言い逃れされたみたい。こうなってくると、策徳妃様……香雨さまの件も、本当に事故だったのか、分からないって、陛下も仰っていたわよ」
「……あー。そうだよな。晨玲が視た策徳妃様の最期。呪術で陛下のもとにしか行けない夕李様が、暁和殿に現れるはずがないものな。あれも、皇太后の仕業なのかよ」

 生前の文淑妃・夕李と索徳妃・香雨は、気の合う友人だったのだと、最近、明蘭から聞いて知った。
 夕李も香雨も、皇太后に縁があって、期待されて後宮入りした。

 ――たとえば。
 皇太后の思惑に従うことを、二人が拒否したとしたら?

(陛下を害することをしたくなかった……とか?)

 二人は、静かに後宮で暮らしたかったのではないか?

 たとえ、榮翔の寵愛を得られなかったとしても、心穏やかに日々過ごすことができれば幸せだったのではないか?

(でも、皇太后はそれを許さなかった)

 確証なんかない。
 ただ、晨玲にはそんな気がするのだ。

(皇太后の目的は、陛下の持ち物すべてを破壊することだから)

 新しく移転したという、朱雀宮の配置は、南西の幽鬼が出入りする方角のど真ん中だった。

 皇太后はどうしても、榮翔を葬り去りたいのだ。

(陛下の胸の内も知らずに)

 ……愚かだ。
 それでも、生者を裁く力なんて、道士にはないのだ。
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