悪魔の箱庭

荒巻一青/もふモフ子

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和弥、不思議な“箱庭”を拾う

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 昔から、ミニチュアが好きだった。
 どこまでも本物のリアルさを追求するその精巧な技術に、子どもながらに心を奪われた。
 シリーズ物のガチャガチャはもちろん、ドールハウスやボトルシップも大好きで、よく親に欲しい欲しいとねだった。
 しかし、どれも高価なものばかりだし、子供の俺に買い与えたところで壊してしまうと思った両親は決して買ってはくれなかった。

「……お父さんとお母さんには、秘密だぞ?」

 従兄弟の恵一兄さんだけだった、俺にミニチュアグッズをくれたのは。
 会うたびに、ガチャガチャのカプセルやクローズドボックスのミニチュアフィギュアシリーズの箱を持ってきてくれた。
 だから、かつての俺の部屋は、恵一兄さんがくれたミニチュアたちで溢れていた。

 そう、確かに溢れていたんだ――。




「あれ?何だ、これ?」

 学校からの帰り道、家の近くのゴミ捨て場に“それ”は捨てられていた。
 紙の辞書程度の大きさの箱。
 外側の素材は高そうな黒の革製で、天板はなく、中が丸見えだ。
 箱の中には、ミニチュアサイズの椅子と机が並べられており、前方の壁に黒板が掛けられているところから、教室を模しているのは一目瞭然である。

「すっげぇ!作りちゃんとしてるじゃん!」

 市販しているもの?
 それとも、誰かの手作り?
 どちらにせよ、こんなに精巧で完成度の高いものを捨てるなんて勿体ない。
 俺は中のミニチュアが倒れないよう慎重に箱を持ち上げて、そのまま家に持ち帰った。
 想像していなかった最高の拾い物に、俺の心は踊り狂った。
 家の扉を開け、「ただいま」も言わずに靴を脱ぎ捨て、二階へと上がる。
 背後から母親の大きな声が聞こえた。

「和弥、帰ったの!?うがい手洗いは?」
「あとで!」

 少し開いていた自分の部屋のドアを足で開け、閉じる前にするりと中へ入り込んだ。

「あっぶね。中の物、崩れてねぇかな?」

 意外にも教室の模型はかなり頑丈なつくりのようで、椅子も机も先程から一ミリもずれておらず、整然と並んでいる。かなり丁寧に接着剤で貼り付けたのだろう。
 何も置いていなかった棚に、拾ってきた箱を置き、少し後ろへ下がる。
 殺風景な俺の部屋に、ようやく大好きなミニチュアがやってきた。置いただけで、いつもより自分の部屋が鮮やかに目に映る。

「へへっ!いいじゃん!」

 俺は机の引き出しから虫眼鏡を取り出し、箱の中をじっくりと覗き込む。
 いやぁ、本当に良くできているなぁ。
 机の中に本や筆記用具が残っているし、机一つ一つの模様が全部異なっている。教室の後ろまで再現されていないのは残念だが、横の壁にある掲示板はなかなかリアルだ。そこにはポスターやプリントが貼られ、しっかり言葉も印字されている。

「えーと、なになに?せいせい、高校、せ、いと、かい、通信……。『清々高校生徒会通信10月号』!?」

 清々高校!?
 俺が通っている高校の名前じゃん!
 それに、よく見るとこの教室、俺たちの教室にそっくりじゃないか?
 うちの高校の模型部がこの箱を作成したとか?
 いやいや、うちに模型部なんかないぞ?
 だとすれば、一体誰がこんなリアルな作品を――。
 もう一度良く見てみようと虫眼鏡を構えたところで、“教室のドアが開いた”。

「……っ!?」

 驚きのあまり叫びそうになり、俺はとっさに自分の口を手で塞ぐ。
 ありえない!
 ただの模型のはずなのに!
 しかし、箱の中ではさらに信じられない光景が繰り広げられていた。
 人が入ってきたのだ!
 危うく落としかけた虫眼鏡を持ち直し、俺は箱の中をもう一度見る。
 入ってきたのは、俺たちの担任の男性教諭の樺島だ。
 小さな樺島がちょこちょこと歩いている。教卓に近づき、引き出しを開けて何かを探している。
 嘘だろう!
 何だこれ!?
 何なんだ、この箱は!?
 もしかして、これは今実際に教室で起きている出来事なのか!?

「か、樺島先生……?」

 声を出してみた。小さな声だが、箱の中の樺島に十分に届く声の大きさだ。
 しかし、俺の声は届いていないのか、樺島は特に何の反応も返さず、黙々と引き出しの中を漁っている。

「うぅん……。」

 指でも入れてみようかな。樺島をつまんで、箱の外に出したら、樺島はどうなるのだろう?
 しかし、実際にやってみて、現実の樺島に何かあったら困る。
 こんなに面白いことが起きているのに、今の俺にできることは、ただ小さな樺島の動きを見守ることだけだ。
 あーあ、つまんねぇの。

「樺島ーっ!全裸にでもなってみろよ!ははは!」

 俺は調子にのって野次を飛ばしてみた。
 樺島は日本史の先生で、水泳部の顧問だ。
 学生の頃は、自分も水泳部に入って、大会で活躍していたらしい。本人が得意気に女子たちに語っていた。
 樺島のこと、ちょっと気に入らないんだよな。
 あいつ、女子にキャーキャー言われているのを自慢気にしている節がある。そういうところがムカつく。

「ご自慢の筋肉、見せてみろよー!ほら、ぬーげ!ぬーげ!かばたんのー!かっこいいチンポ!見てみたぁい!ぎゃはは!……はぁ。」

 あほくさ。
 初めは非現実的だと興奮したけれど、ずっと見ていると感動も薄れてきた。
 手洗って、おやつでも食べようかな。
 そう思って、俺は虫眼鏡を箱の横に置こうとした時、箱の中の樺島がぴくりと動きを止めた。
 そして、シャツを脱ぎ始めた。

「は?」

 その後も樺島は止まらない。
 シャツの次は下着を脱いで、完全に上半身素っ裸になる。
 今度はスラックスに手をかけた。
 ベルトを外し、すとんとスラックスを床に落とす。躊躇せず、ボクサーパンツも脱いだ。

「……っ!」

 樺島の性器が、あらわになった。
 床に放り投げられ散乱した服の中心で、全裸の樺島が天井を見上げ、ぼんやりと立っている。

 か、かっ、樺島~~~っ!!!
 信じられねぇ!
 あの樺島が脱いだ!
 全裸になった!
 俺はすかさず虫眼鏡で樺島の裸体をじっくりと観察する。

 うぉぉ……。さすがは水泳部顧問。
 腹筋は割れているし、腕や胸の筋肉も盛り上がっている。でも、ボディービルダーのような筋肉ではなく、すっきりとした男らしい筋肉のフォルムがかっこいい。
 一方で、水着の日焼け跡がくっきりと残り、股間周りと尻だけが真っ白くて、妙に艶めかしい。
 しかし、何でいきなりこいつは脱ぎ出したんだ?

「まさか、さっきの俺の言葉か?」

 確かに『全裸にでもなってみろよ!』と野次を飛ばしたが、まさか俺の言葉通りにこの小さな樺島が行動したのか?
 無意識に、ごくりと俺の喉が鳴る。

「お、オナニーしてみろよ、樺島!教卓の上に乗って、M字開脚して、豪快にオナニーしてみろよ!」

 シン、と部屋が静まり返る。
 心臓の鼓動が全身に響く。
 時間にして数秒だったと思うが、俺には何分にも感じられた。
 樺島が動き出した。
 迷いを感じさせない、きびきびとした動きだった。
 樺島が、教卓の上に乗る。
 奴はしゃがみこみ、大きくその筋肉質な脚を開く。体のバランスを取るために片手は机に突き、もう一方の手を自分のペニスに添えた。

 そして――。
 手を上下に動かし、オナニーを始めた。
 俺が言った通りに。

「ま、マジかよ…っ!」

 樺島の声は聞こえないが、口を半開きにして、気持ちよさそうに喘いでいるように見える。体がだんだん熱くなってきたのか、発汗して、肌を赤らめていた。
 やがて、樺島は目をギュッと閉じ、ぶるぶると体を痙攣させる。
 小さくてよく見えない。
 射精したのか?
 ちんぽから手を離し、樺島はふぅと息をついて、体の力を抜いた。M字開脚をしたまま、ちんぽを空気に晒している。

 ――かわいい。

 俺は思ってしまった。
 大の大人なのに。
 先生なのに。
 女子生徒に大人気なのに。
 俺の命令のせいで、丸裸にされて、神聖な教室で、シコシコとオナニーさせられるなんて。
 かわいらしくて。
 かわいそうで。
 もっといじめたくなる――。

 あんなに樺島のことを嫌っていたのに、俺は目の前の小さな樺島に愛おしさが芽生えてきた。
 気づいたら、口からとんでもない言葉が飛び出していた。

「……出した精液はちゃんと舐めて綺麗にしろよ。」

  やはり樺島は俺に言われた通り、教卓から降りた。そして、顔を机に近づけて自分の出した精液をペロペロと舐める。嫌がる様子は一つもない。
 興奮した俺は、さらに命令を付け足す。

「それから、毎晩水泳部の男子生徒の身体を一人ひとり思い浮かべながらオナニーしろよ!お前はだんだん女じゃなくて、男に興奮するようになれ!」

 もし本当にそうなったらおもしろい!
 部活中、生徒の体を見て、ちんぽおっ勃てるようになったりして。
 あとは、「オナニーしたことは忘れて、服をきちんと着て、教室を出ろ。」と命令すると、箱の中の樺島はさっさと服を着て、何事もなかったかのように教室を出ていった。
 時間にしてわずか数分の出来事だ。
 しかし、俺は力が抜けて、床に崩れ落ちてしまった。
 大の字で床に寝そべり、天井を見上げる。

「……夢か?」

 頬をつねってみたら、本当に痛かったから、やはりこれは現実らしい。
 あれは見てはいけないものだった。
 でも、俺は確かに、樺島の裸を、樺島のオナニーを見てしまったのだ。

「ふっ……ふへへっ……はははっ!!」

 床の上を転がり回って、げらけらと笑い声を上げる。
 最高の!
 箱を!
 拾ってしまった!
 中にいる人間が、俺の命令するがままに動いてくれる!
 もし日中だったら、クラスメートにもああいうことができるってことか!?
 男を全員、黒板の前に立たせて、全裸でオナニー大会でもさせてみるか!?
 そんなことをしたら、女子たちが気が狂ったかのように叫び出すだろう!
 いや、女子に『叫ぶな』と命令しておけば、静かに男共のオナニー大会を鑑賞させられるな!

 ――いや、そもそもこの箱の中で起きている出来事は、現実とリンクしているのか?

 この疑問に、俺は笑うのを止めて、すっと立ち上がった。
 箱の中の教室には誰もいない。
 まさか学校に電話をかけて、樺島に「教室でさっき、オナニーしてました?」と確認するわけにもいかない。そもそも俺の命令通り、オナニーの記憶は消去されている可能性もあるが。
 失敗した。樺島に黒板に何かメッセージでも書かせればよかった。そうすれば、明日、確認できたのに。
 もう日も落ち、教室に誰かが入ってくる気配もない。

「クソッ!ちゃんと考えてから命令すればよかった!」

 すると、下の階から父さんの間抜けた「たっだいま~!」という声が聞こえてきた。
 父さんが帰ってきたということは、そろそろ夕飯の時刻かもしれない。母さんに夕飯の準備を手伝うよう今朝怒られたばかりだから、そろそろ下の階に降りないといけない。
 あ~もう!まだ箱の中を見ていたいのに!

「ギリギリまで見ていたいな。母さん、もう準備始めているかな?何とか下の階の様子を知りたいけど……。」

 ボソッと何気なく呟いた俺の言葉に反応したのか、箱が急に光を放ち出した。

「うぉっ!?」

 あまりの眩しさに目を閉じる。
 しばらくすると、謎の光は止んだ。
 俺は慌てて箱の中を確認する。
 箱の中は変わっていた。
 たくさん並んでいた机や椅子はきれいさっぱり消え、代わりにテレビと藍色のソファー、そしてダイニングテーブルが置かれていた。
 あまりにも見覚えの有りすぎるその光景に、俺は何度も瞬きを繰り返した。
 箱の中は、一瞬で、俺の家のリビングに変えられてしまったのだ!
 しかもその証拠に、小さな俺の父さんと母さんが、立ちながら何かを話している!

「す……すげぇ!」

 まさか、場所まで変えられるのか!
 待てよ。ということは――。

 箱の中の出来事と、現実世界がリンクしているのかどうか、これなら確かめられるんじゃないか!? 
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