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蒼炎。
しおりを挟む「……………ナー、くん? ……ど、こ?」
目が覚めた。目が覚めた。目が覚めた。
最愛の人の意識が戻った。
振り返って確かめる事はしない。そんな暇など無い。だからその声だけがナイトの意思に火を灯す。
命を燃やす。残った全てを薪にして、猛る闘志に全てを焚べる。
まもった。守った。護った。
燃えろ。燃えろ。燃えろ。
もう助からない命など惜しむな!
己が全てを使って全てを殺せ!
「ル゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛アア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ゛ッ゛ッ゛ッ゛ッ゛…………!」
命の叫び。ナイトの覚悟と愛情が詰まった壮絶な声。
それは、まだ意識がぼんやりとしていた女の子、ナイトの飼い主である浅田 優子を目覚めさせるには充分な後押しだった。
「なっ、ナーくんっ……? なに、どこ、どうしたのっ…… ここ、どこ…………?」
後に迷宮事変と呼ばれる災害に巻き込まれた女の子が、七歳の幼女が目を覚ました。
優子は20××年五月六日の早朝、迷宮事変に遭遇した。
ナイトの首輪に繋がったリードを握りしめた優子は、家の近くにある大きな公園へと散歩に出掛け、その広大な敷地を有する公園内にある広い丘のような場所でナイトと遊んでいたところ、突然足元の地面が崩落し、諸々と共に落下した。
そして目覚めた現在、洞窟のような場所で愛犬が血を流していた。
「………な、ナーくんっ? ど、どうしたのっ、怪我してるのッッ!?」
ナイトの最後の咆哮から数えて、一分程だろうか。意識がやっとしっかりとした優子が見たものは、夥しい数の「何か」の死骸と、愛犬の亡骸だった。
辺り一面に広がる黒い水溜まり。暗闇によって黒く見えるそれは、もはやナイトから流れたものなのか、ゴブリンから流れたものなのか、優子には判断がつかない。
そも、優子にとってゴブリンなんて生き物が人生において初見である。何が起こって、何が終わったのかも分からない。
ただ一つ、幼い優子に分かることは、水溜まりが命の雫で出来ていることだけ。
「な、なんで……? なにがおきたの……? ねぇ、ナーくんっ、起きてよぉ……!」
ナイトは優子を護り切った。護り切ってから死んだ。だから今ここで優子が逃げ出してくれれば、そしてどうにかこの洞窟から脱出してくれれば、ナイトは報われるだろう。
「やだ、やだよぉっ…………、起きてよナーくん……!」
だから、優子が逃げるわけが無い。
凄惨な亡骸。
共に育った家族で、兄妹みたいな、それこそ掛け替えの無い存在が、目の前で死んでいるのだ。
優子が今のナイトを見て、逃げ出せるわけがなかった。そんな人だからこそ、ナイトは命を懸けたのだから。
「なんでっ、なんでぇぇっ…………」
時間切れ。
どこからともなく現れるゴブリンは、今この瞬間も血の匂いに惹かれてやってくる。
下卑た笑みを顔に貼り付けた異形が弾む足取りで近付いてくる。
その様子を見た優子が抱いた感情は、恐怖ではなく、ただひたすらに「なんで?」と問う疑問だった。
何故ナイトが死んでいるのか。
このような凄惨な死に様を晒すほどの罪が愛犬にあったのか。優子には分からなかった。
だがそれでも、ナイトの命を奪った相手くらいは予想出来た。
「…………………………なんで?」
何故、ナイトが殺される?
何故ナイトが死んだのに、お前らは生きている?
奪ったのなら奪われるべきだ。
悉くを奪い尽くされるべきだ。
「…………るさない」
まず悲しみがあり、悲しみが怒りに焚べられる。
「………………許さない」
怒りは憎しみを呼び、暗い憎悪となって優子の中で燃え盛る。
「……………………絶対にゆるさないっ!」
優子は七歳の女児である。
間違っても、成人男性を越える膂力を誇るゴブリンなんてどうにもならない。
だから優子はひたすらに恨んだ。憎んだ。呪って祈った。
想いだけで殺せるほどに、この殺意が届くように。
「ああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!」
そして、血だらけのナイトを抱きしめた優子の願いは、天に届かずとも、敵へと届いた。
悲鳴。
醜い灰色の化け物がヒビ割れた断末魔を上げる。
それは蒼い炎だった。
優子の感情に呼応するように、優子の体から蒼き炎が噴き出している。
願えば願うほど、祈れば祈るほど、優子が殺意をその胸で燃やし続ければ蒼炎はいくらでも噴き出した。
「死んじゃえええええええええええええええええええッッッ!」
優子は、大切な家族の死と引き換えに、後に『覚醒』と呼ばれる現象を体現した、最初の一人となった。
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