梅干し

コカトリス

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おばあちゃんの梅干し

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 お婆ちゃんはこれくらいの時期になると梅をたくさん収穫してくる。
 竹籠一杯に入った梅はどれも青く甘酸っぱい匂いがした。
「美代ちゃん、茶をいっぱいくれんか?」
「分かった……冷たいやつ?」
「そうじゃ、氷も入れておくれよ」

 ギィギィと軋む木目調の廊下をドダドタと大股で歩く。台所はここからさほど離れていない。透明なガラスコップに麦茶と氷をふんだんに入れた。これだけでは少し味気ない……。
「確かこの辺に……」

 昨日買っておいた醤油せんべいを茶碗にいくつか盛り、お婆ちゃんに持っていった。

「おや? この匂いはせんべいか?」
「よく分かったね。見てもないのに、正解だよ」

 ベランダに腰掛けお婆ちゃんは冷たいお茶を啜る。
「美味しいね~せんべいもありがとうね。少し小腹が空いていたところなんだよ」

 竹籠は砂利に置かれていた。
「それにしても今年はたくさん採れたもんだね。去年より多くない?」
「んーたしかに今年は雨も少なかったし天気も良かったからね~梅の木も元気だったんだろうね」
 梅のみを一つ手に取っていた。
「美代も休み……一緒にせんべいでも食べよう」
「分かったよお婆ちゃん。少し待っててね」
 ゆっくりと縦に頷きお婆ちゃんは食べたくなさそうにせんべいをちまちまと齧っていた。

 ギィギィ

 おじいちゃんが最近直したばかりだと息巻いていたがどうやらまだ欠陥があるようだ。

 冷蔵庫を開け何か甘味がないかを探す。お婆ちゃん食べにくそうだったな……。申し訳ないなと少し気分が落ち込んだ。冷蔵庫を少し漁ると羊羹があった。
 「あるじゃんいいの♫」

 つぶあんの羊羹をいくつか切り分け、お婆ちゃんのと私のを用意した。笹を軒先からとって皿に盛りつけ、つまようじを添えれば完成。

 急須には少し緩くなった緑茶が入っている。
 やはり羊羹には緑茶があう。だけど、このままでは体が熱くなってしまうかもしれない。

 冷凍庫から氷をいくつか見繕いガラスコップに入れた。
 急須に入っている少しぬるめの緑茶をガラスコップに注ぐ。パキパキと氷が緩やかに弾け、カランカランと夏らしい音が鳴る。
 雨季に入る前だと言うのに蒸し暑いこの日にはちょうどいいくらいの音だろう。

「できた!」

 お盆に羊羹と緑茶、お茶が足りなくなるといけないので急須も持ってきた。

「おや、羊羹持ってきたのかい?」
「あ、だめだった?」
「いいや、ばあちゃんもそれ出そうとしてたの」
「そうだったんだ~それなら良かった」

 空になったコップを私に差し出した。
「はいはい、緑茶だけどいい?」
 縦に首を振った。ゆっくりとガラスコップに緑茶を淹れてあげた。
「ありがとう」
「どういたしまして!」


 お茶を啜り、羊羹を口にする。柔らかな甘みが口いっぱいに広がって美味しい。

 しばらくの間二人で羊羹で舌つづみし、おやつを楽しんだ。
 梅……と、つくものにはもう一つあり、梅雨かというものがある。

 三時を過ぎ、雲が黒くなり始めた。

 お婆ちゃんは急いで梅を家の中に隠した。
 塩を振り、水気を出しつける準備を始めたのだ。



 したしたと小雨が瓦を伝い雨どいに落ちる。
 紫陽花が雨に濡れてその上をカタツムリが這う。


 小雨が続き私はベランダで目の前にある小山をぼんやりと眺めている。
 青々と茂る松枝が風に揺られて花粉を飛ばす。花粉症の人たちが見たら発狂しかねない光景だが私からしたら日常の一コマでしかない。

 この年冬生まれたばかりの猫がゴロゴロと私の足元に来て頭を擦り付ける。優しく背を撫でてやれば気持ちよさそうに目を細めた。

 毛が生え変わる時期ということもあり撫でた手には小さな毛がまとわりつく。手を払い毛を落とす。

 台所からは紫蘇の香りがする。
 去年の付け回しの汁だろうか?

「美代ちゃんばあちゃん腰痛いから手伝ってくれない?」
 台所からお婆ちゃんの声が聞こえた。

「ん、分かった。今行くね」


 若いバッタか青々と茂る雑草を齧っている。
 重い腰を上げ、グイッと麦茶を飲み干した。

「いくか、」

 台所に行くと、辛そうに梅をかき回しているお婆ちゃんがいた。
 腰をさすると苦笑いして、「この腰がね~」と嘆いていた。

 仕方なく、子椅子を足元に置いてあげ座るように手を差し出した。

 おばあちゃんは「ありがとうね~」といい子椅子に腰を下ろすのだった。

 袖をめくり、古ぼけた白いエプロンを身につける。
「まずは何をすればいいの?」
「そうだね~梅を塩漬けしたいから梅を適度に混ぜながら塩を加えてくれないかな?」
「わかった」

『伯方の塩』を取り出し、手で混ぜながら適度に塩を加える。一見簡単そうに見えるがかなりの重労働……これはお年寄りには少しきついか?

 数回に分けで塩を揉み込み、適度に塩が回った。

「出来たよ?」
 重い腰を上げどれどれとお婆ちゃんが桶を覗く。
「うん、これだけ混ざればいいだろうね」

 いつの間にか用意されていた麦茶を半分くらいまで飲み干た。
「次は何するの?」
「次はね、紫蘇の葉をつぶしたものがあるからそれを加えてまた混ぜてくれるかな?」
「わかった」

 ざるにとられた赤紫色の紫蘇の葉をちらし寿司の要領で満遍なく撒き再度腰を入れて混ぜる。
 独特な紫蘇の香りが鼻腔を突き上げ変なくしゃみが出そうになった。
「おやおや? 初めはみんなそうなるよ。どれ、鼻をかんでらっしゃい」

「ご、ごめんなさい~」
 手渡されたティッシュを一枚取り、つーんと鼻をかんだ。
「うげ、結構匂いきついんだね」
「だろうね、長いこと梅干しを作ってはいるけどなかなかこの匂いは慣れないよ」

 優しげにお婆ちゃんは微笑み、手元に置いてあるせんべいをバリバリと食べていた。

「ねぇ、お婆ちゃん。お婆ちゃんは誰から梅干しの作り方を教えてもらったの?」

「ん~美代のひいお婆ちゃんに教えてもらったよ」
「へーそうなんだ。ひいお婆ちゃんってどんな人だったの?」
「そうかい、美代はまだ生まれてなかったものね~。ひいお婆ちゃんは強い人だったよ。たまに|蝮(まむし)何かを捕まえてきて私によく食べさせてくれたもんだよ。いやいや食べされられるものだからみんな嫌がってね~」

 懐かしむようにお婆ちゃんは天井を見上げだ。
「今頃またどこかで誰かに料理を教えてるよ。多分ね」

「面倒見のいい人なんだね」
「おや? そういう解釈も出来るね~」
 呆気にとられたような表情でお婆ちゃんは微笑みながら優しく笑った。


 コップ一杯に注いであった麦茶を飲み干した頃。紫蘇の葉が梅全体に散らばった。

「こんなもんかな?」
 少し汗ばんだ額をエプロンの裾で拭い、小さく息を吐いた。
「もう出来たのかい? 若いっていいね~」
 漬物桶を覗き込み、満足げにお婆ちゃんは首を縦に振った。

「美代。ちょっとこれをこの中に入れてくれないかな?」
 お婆ちゃんが蔵の中戸を開け中から何かを持ってきた。

「それ何?」
「去年つけた梅干しの残り汁みたいなもんだよ。この汁をそのつけたばかりの梅の中に入れてやるんだ。そうするといい味が出て美味しくなるんだよ」

 あー、蒲焼と同じ要領かな? と私は何気なく想像していた。

「結構重いからね~気をつけるんだよ」
 蔵の中からそれを取り出してきたお婆ちゃんは凄すぎるけどね。

 ガラス瓶と言ってもかなり大きい物で、重さ約5キロ程度。それに中身も入れてしまうと15キロはくだらない。
 それを軽々持ち上げて持ってくるお婆ちゃんは凄いよ。
「よっこらせっと」
 重たすぎるガラス瓶を持ち上げ、漬物桶に汁を注ぐ。
 鼻にくるつーんっとした酸っぱい匂いに顔を縮こませ、自身が梅干しになったような気分になった。

「ふぅ……」
 一息つき、空になったコップに麦茶を注いだ。
 せんべいを食べ終えたお婆ちゃんは晩御飯の準備をしていた。
 ガスコンロに火をつけジャァジャァと何かを炒めている。
「今日の晩御飯なーに?」
「何がいいよ?」
「んー肉!」
「美代はお肉が好きなんやね」

 冷蔵庫から豚バラ肉を取り出し解凍した。


 チィンと景気の良い音がし少し柔らかくなった豚バラ肉をフライパンに豪快にぶち込み、大きめに切った玉ねぎ、人参、などを炒める。

「にくじゃが?」
「いいや」

 醤油、だしの素を味付けにいれ、簡素ではあるが野菜炒めの完成だ。

 私は紫色になりつつある手を水道で洗い流し、お茶碗にご飯をよそった。

 日も沈み出し、カラスが鳴き出す頃。

 お爺ちゃんが畑から戻ってきた。

 4年前に定年退職し、今はお婆ちゃんとしがない生活を営んでいる。去年から始めた野菜作りはどうやら好調なようで、手には季節外れのキャベツが二、三個うずくまっている。

 葉についている青虫を跳ね除け、お婆ちゃんに渡していた。

 二つを冷蔵庫へ、余った一つは千切りにしマヨネーズを和えてサラダにした。

 今朝の残りの味噌汁と、さっき作っていた野菜炒め、
 キャベツのサラダ、それと梅干し。

 来年の食卓には私の手伝った梅干しが並ぶ。
 そう思うと、来年が少し楽しみになった。
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