傷心兄弟の逃避行

ななないと

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傷心兄弟の家出

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「どうして出来ないの」
「どうして分かってくれないの」
「何で私を不幸にするの!?」

これがオレの母の常套句だった。

オレは母さんが大嫌いだ。自分の思い通りにならなければ、オレや弟を叩いたり、大声で叱ってきたりすることもあった。それだけでも気が滅入りそうなのに、ひどい時は、オレたちの存在そのものを否定するような罵倒を浴びることもあった。

英仁《えいじ》「…あー、また痣になった。」
ちひろ「英仁、大丈夫?」
英仁「仕方ねェなぁ…今夜は朝までゲームするか!」
ちひろ「…!うん!」

何ならもう母さんだなんて呼びたくなかった。
でも、そんなこと絶対に言えない。
また殴られる。
無論、弟のちひろも母さんが死ぬ程、嫌いだった。
ちひろは、幸運なことに、オレより世渡り上手だった。なんとか母さんの理不尽な暴力を受けなかった。
訂正、俺よりは受けていなかった。

でもこの前、読書中の弟がヒスを起こした母さんに向かって
「静かにしてもらっていい?」と
言った。
この言葉は悪口でもなければ命令でもない。
でも、母さんは…

英仁「ちひろ…!どうしたんだ!?」

その日の午前中、オレは従兄弟の薫と潤の家に遊び行った。そこで、弟の話をした。従兄弟やその家族が「今度、弟くんも連れておいでよ!」と言われた。オレは嬉しかった。
帰り道、従兄弟の父さんが家まで送ってくれた。
家のカギを開け、リビングに入った瞬間、目を疑った。そして、背筋が凍りついた。


ちひろが、頭から血を流して倒れていた。
そして、一瞬で理解した。
弟は頭を殴られた。
その証拠に、ガラス瓶には血が着いていた。
そして、あの女もいなかった。
この時、オレは何かの糸が切れた。



英仁「…夜遅くにすみません。
薫さん、どうしても話さないといけないことがあるんです。」

薫『…?英仁、どうした?忘れ物でもしたの?』
薫の声色は明らかに眠そうだった。オレは今まで母にされたことを赤裸々にぶちまけた。
薫さんは最初から最後まで黙って聞いていた。
でも、全てぶちまけた後、
オレは怖くなった。体の震えが止まらなかった。手に力が入らない。
オレは電話を落としてしまった。

あの女がこのことを知ったら、
オレは?ちひろは?

英仁「…う、わああぁあ…ッ」
オレは泣き出した。ダメだ。
こんな時に泣くんじゃない。 
泣くな。泣くな。
泣いたら泣いたらまた叩かれる。

薫「よく教えてくれたね。」
涙が溢れそうなくらい優しい声
から、

薫「今すぐ、君のお父さんに連絡をするよ。英仁はちひろを連れて私の家においで。」
まるで裁判官のような重く冷たく
静かな声で囁いた。
ああ、俺はこの人を敵に回さなくて
本当によかったと実感した。



俺は電話を切った後、必要最低限の荷物とちひろを抱えて家を出た。
弟を抱っこするなんて何年ぶりだろうか?
ちひろは重かった。ちゃんと抱えていないと、俺が倒れてしまう。
何年か前はあんなに小さかったのに
あんなに軽々とおんぶや抱っこ出来たのに、
これは、ちひろの重さなのか?
それとも、ちひろ自身の命の重さなのか?

死なせない。
絶対に死なせない。
あの女に見つかったとしても、
俺が今まで以上の暴力を受ける事になったとしても、

最悪、俺が死ぬことになっても、
ちひろがあの女から離れる事が可能なら、喜んで投げ打ってやる。

「やっぱり俺、狂ってんなー…。」

最早、これは兄弟愛なのか断言出来ない。



どれくらい時間が経ったのだろう。
どれほど歩いたんだろう?
あと何分で薫さんの家に着くだろう?
車では15分ぐらいで着くから、
あまり遠くないと思ったのが誤算だった。
こんな時間に外を出歩いたことなんて今まで無かったから
何だか悪いことをしている気分だ。

あの女はもう家に帰ってきたのだろうか?
俺たちを探しているのだろうか?
それとも、まだ…

「…憎い。」と唇を噛む。
口内に鉄の味が満たされる。
何故、神様はこんなにも不平等なのだろう?
親は子を得る権利はあるのに
何故、子どもは親を選べないんだ?
この前、テレビの教育番組で
男性アナウンサーがこんなことを言っていた。
「誰にでも幸せになる権利はある。」と
彼の言っている事は間違っていない。
勿論、俺もそうあるべきだと思っている。
でも、その権利を親が奪うんだよ。

俺はずーっと我慢してきた。

ちひろが殴られた時、
当然、ちひろは泣いた。
当たり前だ。痛いのだから
「煩い!!」とまた殴る。

ちひろは殴られて泣いているのに
なんで殴るんだ。
弟の泣き声と母の怒号が響き渡る。
これを地獄絵図ではなかったら
何だと言うのだろう?

「…お母さん、もうやめ…」
リビングに鈍い音が響く。
ああ殴られた。
「アンタも私を口出しするの!?」
手足が動かない。
違う。体が動かない。
母は耳を塞ぎたくなるような罵詈雑言を浴びせたが、俺はそれどころじゃなかった。

「に…兄さん…。」
ちひろが泣きながら俺に駆け寄る。
「…馬鹿野郎。また泣いたら…殴られる。早く…ッ…!」
床に真っ赤な雫が落ちる。
意識が朦朧して、体に全く力が入らない。

そもそも起き上がれない…。
次に殴られたら、
今度こそ本当に死ぬ気がする。

「お、お母さん…もう兄さんを叩かないで。」
ちひろは膝を着いて懇願するが母は嘲笑する。
「何?まるで私が虐めているみたいじゃない?」
誰がどう見たって虐めだと反論したいが、もしも反論したら今度こそどうなるか分からない。
いや、今はそんなことはどうでもいい。ちひろ、母さんを刺激するな。
「ちひろ…もういいんだ…。部屋に戻……ッ」
俺は意識を手放した。


その後、どうなったんだっけ?

「…!…英仁!」
聞き覚えのある声で我に返った。
目の前には誰もいない。
あるとしたら、明るい水色の車ぐらいだ。

あの車、最近見た事ある。

するとその車のドアが開いた。
「やっぱり…!」
出てきたのは薫さんだった。
「その子がちひろ?…って酷いケガしてる…!今すぐ車に乗って!」
俺たちは言われるがまま、車に乗せられた。
薫「父さん!家じゃなくて病院に行って!大怪我してる子がいます!」
(薫の父親)風音かざね「こんな時間に空いてるのは…緊急病院だね。ちょっと飛ばすぞ。」
気がついたら病院に着いていて、
弟は運ばれていった。

風音「…弟くんは打ち身と軽い脳震盪だけで問題はないようだ。容態によっては明日明後日で退院出来るよ。」
英仁「よかった…。」

本当によかった…。命に別状が無くて…、一時的だけどあの女から離すことが出来る。

薫「…父さん、少し英仁と話がしたい。」
風音「…ああ分かったよ。」
俺たちは病院の談話室(?)と言う所に入った。

英仁「なぁ、2人で話がしたいって、どういう事だよ?」
薫さんは真剣な顔をしていた。

薫「英仁…。」
英仁「⋯んだよ。」

薫「もしかしたら、君と弟くんは離れる事になるかもしれない。」



英仁「…………は?」


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