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第1章『名もなき奇跡の始まり』
7.続・不法侵入-2
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「さて……」
影から抜け出たロゼッタは、そのまま流れるようにラザラスの部屋を見回す。
流石に彼の自宅よりは狭いが、特に問題なく日常生活が送れそうな感じだ。
机とかなり充実した本棚、そしてベッドが置いてある……だけだ。相変わらず、物が少ない。
(自宅は別にあるし、ここではただ寝てるだけって線もあるけど……でも、それなら、こういうのがあるのは不自然なんだよね)
ロゼッタは本棚に手を伸ばし、1冊の本を取り出す。端が擦り切れ、付箋だらけになっている。しっかり読み込まれている痕跡だ。ただ寝ているだけの場所に、置いてあるとは思えない。
「たぶん、エスラさんに教えてもらった術でも本解読、多少は行けると思うんだよね。ちゃんとした専用の魔術覚えたら、そっちに切り替えよう」
念のため、詠唱とやらをしてみようか——ロゼッタは周囲を警戒しつつ、本に触れながら口を開く。
「【透識】」
本が光り、中の情報がざっくりと頭の中に入ってくる。詳しく読むには別の魔術が必要そうだが、ちょうど欲しかった内容の本だ。
まず“文字を読む術”の情報をだけが拾えれば、それ以降は普通に魔術を使えるようになるだろう。
(初心者向けの魔術教本だね。魔力操作のやり方から書いてある)
ちょっと年季が入った本だ。これで人を殴れば大変なことになりそうな分厚さと重さに少し怖気づいた。
だが、パラパラと捲ってみれば、大きめの文字に表、図解が綺麗に分けられており、随分と読みやすそうな構成になっている。ラザラスは誰かのお古を譲り受けたのかもしれない。
「よし、ピンポイント抜きを試してみようか」
闇雲に全属性の魔力を消費しなくとも、透識と同じ光属性やそれに類似する魔力を用いれば、どうにかなる気がする。
ロゼッタは手にした本に魔力を込め、今、欲しい術を探し始めた。
(……見つけた)
そんなに時間は掛からなかった。やはり、透識に近い術だったらしい——出力を光属性に絞り、魔力を操作する。
「【識読】 」
魔力を込めすぎたのか、本が派手に光っていたような気がする。誰もいない時に発動させて良かったと思いながら、ロゼッタは本の表紙を見た。
「えっと、『魔術教本(入門・応用編)』……? やった、読めた……!」
嬉しい。
文字が読めるだけで、飛び跳ねたくなってしまった。
溢れそうな感情を強引に押さえ込み、ロゼッタはベッドに座ってページを捲る。読みやすい構成の本になっているとはいえ、全部読むのは流石に厳しそうだ。
まずは今まで見たことがある、もしくは使ったことがある魔術に絞って見ていこう。
「まず、闇属性の『隠影』。影に潜るやつだね。あと『黙影』、魔力探知を防ぐ効果があるのかな?」
黙影は無意識に使っていたようだ。
思い返せば、確かに気づかれなかった瞬間が何度かあった。
(前にエスラさんが言ってたっけ。わたしは闇属性が一番強いって。だからどっちも中級術なのに、普通に使えてたんだ)
どちらの術も『初級編』ではなく『応用編』に記載があった。どうやら、それを無理矢理使っていたらしい。
しかし正攻法では無い以上、魔力をかなり無駄に消費していたようだ。続けていれば、いつか倒れてしまったかもしれない。
ともかく、名前と仕組みを理解したことで、今後は必要最低限の魔力で術を発動できそうだ。
「でも無属性の『崩霊』をぶつけられちゃうと、無効化されちゃうのか……あー、でも、魔力量でゴリ押しすれば抵抗できそう……?」
相手の魔力バランスを崩壊させる崩霊は、上級寄りの中級術らしい。
使える時点で相当な手慣れであることが想定されるため、警戒はしておこうとロゼッタはひとり頷いた。
「後は……あ、アンジェさんが多用してた奴はこれか。ふうん、『精神感応』って言うんだね……って、これ風属性の中級術じゃん!?」
アンジェはともかく、ラザラスは何故使えていたのだろうか?
……と思えば、下の方に「風属性の素養があれば受信はできる」とちゃんと書かれていた。
ラザラスは全属性持ちだから、受信だけはできたのだろう。
そして波長を上手く合わせれば、外から内容を盗み聞いたり、話に乱入することも可能らしい。
ロゼッタは無意識にそれをやっていたわけだが、例のごとく力技で押し切っただけなのだ。アンジェが異変に気づくのも当然である。
(! わたし、ただ聞き耳立てただけのつもりだったのに、『感覚共有』っての使ってたんだ!?
これ、やろうと思えばなんでも共有できるんだ……基本的に一方通行、へぇ……)
風属性の初級~中級術、感覚共有。どこまで共有できるかは使い手次第。
ゆえに級分類が割れているようなのだが、便利な術だ。
強いて難点を挙げるなら、制御が難しいことと、高確率で感覚をリンクした瞬間に相手が違和感を覚えるため、覗き見などに使うのは難しいことくらいだろう。
ラザラスが気づいていた様子はなかったが、彼は魔術師としての素養が無さすぎるし、そもそも、申し訳ないが……割と、鈍い。
今後も気づかなさそうなので、とりあえず気にしなくても大丈夫だろう。
「……。今やったら流石にまずいよね。無事かどうか気にはなるけど、我慢しよう」
敵陣に乗り込んだラザラスの視界と自分の視界を繋いで安否確認をしようかと思ったが、たまたま異変に気づいてしまうかもしれないし、不安にさせてしまうかもしれない……やめよう。
「ラズさんが使いまくってたのが、この『身体強化系統』ってやつかぁ……」
使用している気配を感じたのは『筋力強化』、『視力強化』、『聴力強化』。
加えて、戦闘中は『耐久強化』も使うのだろうか?
いずれも火属性の初級術に分類されているが、まとめて身体強化系統と呼ぶらしい。どの術も名前がそのまま意味を示しているので、かなり分かりやすい。
身体強化系統の例外枠として、中級術に『体魄強化』というものがある。
こちらは生命力を強化するものらしい。基本的には病院で医師が患者に使う術なのだとか……とりあえず、ラザラスは絶対に使えないだろうな、とロゼッタは苦笑した。
「えーっと、この系統、全部解除するまでは効果が持続する……なるほどね」
身体強化系統の術は魔力切れを起こさない限り、一度発動すれば睡眠時なども含めて常時発動状態になるらしい。
隠影と黙影も似た特性を持つようだが、掛け直しをしなくていいのは便利かもしれない。
壁に掛かっている時計を見る。針の動きを見るに、気がつけばかなり時間が経っていた。
まだ帰っては来なさそうだが、全部読み切るのは時間的に厳しいかもしれない。
確実に把握しておきたい術を絞り、ロゼッタはパラパラとページを捲っていく。
「あった、『魔力譲渡』。基本的には近くにいる相手にだけ魔力を渡せる術、みたいだね」
無属性の初級術、それもかなり最初の方に書いてあったため、なかなか見つけられなかった項目だ。
というのも、渡す側と受け取る側が手を繋ぐことで、術を使わずとも魔力譲渡は可能らしいのだ。
術として使用してしまうと余計な魔力消費が発生してしまうため、一般的にはこちらの手段が用いられるらしい。
影に隠れているロゼッタの場合はどうしても術として発動しなければならないが……彼女の場合は全く問題ないだろう。
(うーん、相手がどこにいるか分からないくらい離れすぎてると使えないのか……少なくとも、今は無理なのかな?
そういう状況でも使える術があれば良いんだけど……それはたぶん上級術なんだろな。この本には載ってなさそうだし)
この本はあくまでも駆け出しの魔術師をサポートするためのものだ。初級術と中級術しか載っていない。
だが、何も知らないロゼッタからすれば、この本に書かれていること自体は大変有益だ。
とにかく、時間が許す限り覚えていこう。闇属性は割とゴリ押しが効きそうなので、それ以外の術を優先すべきだろうか?
「あ、これ便利そう。あとは……」
ロゼッタは独り言を呟きながら、パラパラとページを捲っていく。
時計が秒針を刻む音と、ロゼッタがページを捲る音(と、ロゼッタの独り言)だけが、部屋の中に響いていた——そうして、しばらく経った頃。
(……ん?)
何やら、部屋の外が騒がしくなってきた。
嫌な予感がして、ロゼッタは慌ててベッド下に潜る。
「なんか! なんか、多分なんか、部屋の中にいるわよ!」
聞いたことのない声が、響いた。
女性の口調だが、声の主は男性のような気がする。彼も奴隷解放運動のメンバーだろうか?
バンと勢いよく扉が開き、エスメライとルーシオ、それから淡い茶髪の男性が中に入ってきた……消去法で行けば、彼が女性口調で喋っていた人間だ。
細身だが引き締まった体躯で、身長はエスメライより少し高いくらいだろうか。ヒト族と思しき彼は長めの髪を靡かせながらヘーゼルの瞳を忙しなく動かし、部屋の中を見て回っている。
エスメライはベッドの上に投げ出された本に手を伸ばし、首を傾げた。
「何もいません! 大丈夫です! ……と、言いたいとこですが。
あたしが知るかぎりだと、ラズはこういうことしないんですよね」
(しまった! 本棚に戻し損ねた……!)
これは異変に気づかれた。間違いなく気づかれた!
彼女は苦笑しつつ、青年に本を渡す。
「これ、ヴェルさん的にどう思いますか?」
ヴェル、と呼ばれた青年はため息を吐きながらこめかみを押さえている。
「アタシが記憶してるラズちゃんも、読みかけの本を投げ出したりはしないわね。
しかもこれ、元はルーシオちゃんの私物だし」
それを聞き、ルーシオはエスメライ同様に苦笑する。
「俺は“使ってない”を通り越して、どう足掻いても“使えない”んで、雑な扱いされようが
別に良いんすけど……まあ、ラザラスですからね。やらないでしょ、こんなこと」
エスメライとルーシオの口調を考えるに、ヴェルは少し歳上らしい。
そういえばレヴィが「ヴェルさんに銃を仕入れてもらわなきゃ」と言っていた——その“ヴェルさん”が、彼なのだろうか?
(武器商人的な人なのかなぁ? それはともかくラズさんが几帳面すぎるせいで、大ピンチなんだけど……!)
姿は一切見えていないはずなのに「ラザラスはこんなことしない」という強すぎる根拠のせいで、完全に疑われてしまった。大人3人が、部屋の中をずっと歩き回っている。
見つからない自信はあるが——いや、流石にちょっと不安になってきた。
息を潜めてじっとしていると、エスメライが深く、これでもかと深くため息を吐いた。
「まー、そんな気はしてたけど、未だに近くにいることだけは分かったし……。
安否確認はできたから、良しとしよか。全くもう……」
(これ、出て行っても大丈夫っぽい……?)
「……。見つけたら秒でスピネルに送ってやるけどな」
(大丈夫じゃないっぽい!!)
当然と言えば当然なのだが、エスメライはロゼッタに対して大なり小なり怒りを抱いている様子だ。
少なくとも、彼女の気持ちが落ち着くまでは姿を見せるわけにはいかない!
(あああぁ~! 早く帰って~!!)
ストーカー中に雑なことをした結果がこれだ!
ロゼッタはベッド下に隠れたまま全く部屋から出ていく気配がないエスメライ達を必死にやり過ごす羽目になってしまった。
影から抜け出たロゼッタは、そのまま流れるようにラザラスの部屋を見回す。
流石に彼の自宅よりは狭いが、特に問題なく日常生活が送れそうな感じだ。
机とかなり充実した本棚、そしてベッドが置いてある……だけだ。相変わらず、物が少ない。
(自宅は別にあるし、ここではただ寝てるだけって線もあるけど……でも、それなら、こういうのがあるのは不自然なんだよね)
ロゼッタは本棚に手を伸ばし、1冊の本を取り出す。端が擦り切れ、付箋だらけになっている。しっかり読み込まれている痕跡だ。ただ寝ているだけの場所に、置いてあるとは思えない。
「たぶん、エスラさんに教えてもらった術でも本解読、多少は行けると思うんだよね。ちゃんとした専用の魔術覚えたら、そっちに切り替えよう」
念のため、詠唱とやらをしてみようか——ロゼッタは周囲を警戒しつつ、本に触れながら口を開く。
「【透識】」
本が光り、中の情報がざっくりと頭の中に入ってくる。詳しく読むには別の魔術が必要そうだが、ちょうど欲しかった内容の本だ。
まず“文字を読む術”の情報をだけが拾えれば、それ以降は普通に魔術を使えるようになるだろう。
(初心者向けの魔術教本だね。魔力操作のやり方から書いてある)
ちょっと年季が入った本だ。これで人を殴れば大変なことになりそうな分厚さと重さに少し怖気づいた。
だが、パラパラと捲ってみれば、大きめの文字に表、図解が綺麗に分けられており、随分と読みやすそうな構成になっている。ラザラスは誰かのお古を譲り受けたのかもしれない。
「よし、ピンポイント抜きを試してみようか」
闇雲に全属性の魔力を消費しなくとも、透識と同じ光属性やそれに類似する魔力を用いれば、どうにかなる気がする。
ロゼッタは手にした本に魔力を込め、今、欲しい術を探し始めた。
(……見つけた)
そんなに時間は掛からなかった。やはり、透識に近い術だったらしい——出力を光属性に絞り、魔力を操作する。
「【識読】 」
魔力を込めすぎたのか、本が派手に光っていたような気がする。誰もいない時に発動させて良かったと思いながら、ロゼッタは本の表紙を見た。
「えっと、『魔術教本(入門・応用編)』……? やった、読めた……!」
嬉しい。
文字が読めるだけで、飛び跳ねたくなってしまった。
溢れそうな感情を強引に押さえ込み、ロゼッタはベッドに座ってページを捲る。読みやすい構成の本になっているとはいえ、全部読むのは流石に厳しそうだ。
まずは今まで見たことがある、もしくは使ったことがある魔術に絞って見ていこう。
「まず、闇属性の『隠影』。影に潜るやつだね。あと『黙影』、魔力探知を防ぐ効果があるのかな?」
黙影は無意識に使っていたようだ。
思い返せば、確かに気づかれなかった瞬間が何度かあった。
(前にエスラさんが言ってたっけ。わたしは闇属性が一番強いって。だからどっちも中級術なのに、普通に使えてたんだ)
どちらの術も『初級編』ではなく『応用編』に記載があった。どうやら、それを無理矢理使っていたらしい。
しかし正攻法では無い以上、魔力をかなり無駄に消費していたようだ。続けていれば、いつか倒れてしまったかもしれない。
ともかく、名前と仕組みを理解したことで、今後は必要最低限の魔力で術を発動できそうだ。
「でも無属性の『崩霊』をぶつけられちゃうと、無効化されちゃうのか……あー、でも、魔力量でゴリ押しすれば抵抗できそう……?」
相手の魔力バランスを崩壊させる崩霊は、上級寄りの中級術らしい。
使える時点で相当な手慣れであることが想定されるため、警戒はしておこうとロゼッタはひとり頷いた。
「後は……あ、アンジェさんが多用してた奴はこれか。ふうん、『精神感応』って言うんだね……って、これ風属性の中級術じゃん!?」
アンジェはともかく、ラザラスは何故使えていたのだろうか?
……と思えば、下の方に「風属性の素養があれば受信はできる」とちゃんと書かれていた。
ラザラスは全属性持ちだから、受信だけはできたのだろう。
そして波長を上手く合わせれば、外から内容を盗み聞いたり、話に乱入することも可能らしい。
ロゼッタは無意識にそれをやっていたわけだが、例のごとく力技で押し切っただけなのだ。アンジェが異変に気づくのも当然である。
(! わたし、ただ聞き耳立てただけのつもりだったのに、『感覚共有』っての使ってたんだ!?
これ、やろうと思えばなんでも共有できるんだ……基本的に一方通行、へぇ……)
風属性の初級~中級術、感覚共有。どこまで共有できるかは使い手次第。
ゆえに級分類が割れているようなのだが、便利な術だ。
強いて難点を挙げるなら、制御が難しいことと、高確率で感覚をリンクした瞬間に相手が違和感を覚えるため、覗き見などに使うのは難しいことくらいだろう。
ラザラスが気づいていた様子はなかったが、彼は魔術師としての素養が無さすぎるし、そもそも、申し訳ないが……割と、鈍い。
今後も気づかなさそうなので、とりあえず気にしなくても大丈夫だろう。
「……。今やったら流石にまずいよね。無事かどうか気にはなるけど、我慢しよう」
敵陣に乗り込んだラザラスの視界と自分の視界を繋いで安否確認をしようかと思ったが、たまたま異変に気づいてしまうかもしれないし、不安にさせてしまうかもしれない……やめよう。
「ラズさんが使いまくってたのが、この『身体強化系統』ってやつかぁ……」
使用している気配を感じたのは『筋力強化』、『視力強化』、『聴力強化』。
加えて、戦闘中は『耐久強化』も使うのだろうか?
いずれも火属性の初級術に分類されているが、まとめて身体強化系統と呼ぶらしい。どの術も名前がそのまま意味を示しているので、かなり分かりやすい。
身体強化系統の例外枠として、中級術に『体魄強化』というものがある。
こちらは生命力を強化するものらしい。基本的には病院で医師が患者に使う術なのだとか……とりあえず、ラザラスは絶対に使えないだろうな、とロゼッタは苦笑した。
「えーっと、この系統、全部解除するまでは効果が持続する……なるほどね」
身体強化系統の術は魔力切れを起こさない限り、一度発動すれば睡眠時なども含めて常時発動状態になるらしい。
隠影と黙影も似た特性を持つようだが、掛け直しをしなくていいのは便利かもしれない。
壁に掛かっている時計を見る。針の動きを見るに、気がつけばかなり時間が経っていた。
まだ帰っては来なさそうだが、全部読み切るのは時間的に厳しいかもしれない。
確実に把握しておきたい術を絞り、ロゼッタはパラパラとページを捲っていく。
「あった、『魔力譲渡』。基本的には近くにいる相手にだけ魔力を渡せる術、みたいだね」
無属性の初級術、それもかなり最初の方に書いてあったため、なかなか見つけられなかった項目だ。
というのも、渡す側と受け取る側が手を繋ぐことで、術を使わずとも魔力譲渡は可能らしいのだ。
術として使用してしまうと余計な魔力消費が発生してしまうため、一般的にはこちらの手段が用いられるらしい。
影に隠れているロゼッタの場合はどうしても術として発動しなければならないが……彼女の場合は全く問題ないだろう。
(うーん、相手がどこにいるか分からないくらい離れすぎてると使えないのか……少なくとも、今は無理なのかな?
そういう状況でも使える術があれば良いんだけど……それはたぶん上級術なんだろな。この本には載ってなさそうだし)
この本はあくまでも駆け出しの魔術師をサポートするためのものだ。初級術と中級術しか載っていない。
だが、何も知らないロゼッタからすれば、この本に書かれていること自体は大変有益だ。
とにかく、時間が許す限り覚えていこう。闇属性は割とゴリ押しが効きそうなので、それ以外の術を優先すべきだろうか?
「あ、これ便利そう。あとは……」
ロゼッタは独り言を呟きながら、パラパラとページを捲っていく。
時計が秒針を刻む音と、ロゼッタがページを捲る音(と、ロゼッタの独り言)だけが、部屋の中に響いていた——そうして、しばらく経った頃。
(……ん?)
何やら、部屋の外が騒がしくなってきた。
嫌な予感がして、ロゼッタは慌ててベッド下に潜る。
「なんか! なんか、多分なんか、部屋の中にいるわよ!」
聞いたことのない声が、響いた。
女性の口調だが、声の主は男性のような気がする。彼も奴隷解放運動のメンバーだろうか?
バンと勢いよく扉が開き、エスメライとルーシオ、それから淡い茶髪の男性が中に入ってきた……消去法で行けば、彼が女性口調で喋っていた人間だ。
細身だが引き締まった体躯で、身長はエスメライより少し高いくらいだろうか。ヒト族と思しき彼は長めの髪を靡かせながらヘーゼルの瞳を忙しなく動かし、部屋の中を見て回っている。
エスメライはベッドの上に投げ出された本に手を伸ばし、首を傾げた。
「何もいません! 大丈夫です! ……と、言いたいとこですが。
あたしが知るかぎりだと、ラズはこういうことしないんですよね」
(しまった! 本棚に戻し損ねた……!)
これは異変に気づかれた。間違いなく気づかれた!
彼女は苦笑しつつ、青年に本を渡す。
「これ、ヴェルさん的にどう思いますか?」
ヴェル、と呼ばれた青年はため息を吐きながらこめかみを押さえている。
「アタシが記憶してるラズちゃんも、読みかけの本を投げ出したりはしないわね。
しかもこれ、元はルーシオちゃんの私物だし」
それを聞き、ルーシオはエスメライ同様に苦笑する。
「俺は“使ってない”を通り越して、どう足掻いても“使えない”んで、雑な扱いされようが
別に良いんすけど……まあ、ラザラスですからね。やらないでしょ、こんなこと」
エスメライとルーシオの口調を考えるに、ヴェルは少し歳上らしい。
そういえばレヴィが「ヴェルさんに銃を仕入れてもらわなきゃ」と言っていた——その“ヴェルさん”が、彼なのだろうか?
(武器商人的な人なのかなぁ? それはともかくラズさんが几帳面すぎるせいで、大ピンチなんだけど……!)
姿は一切見えていないはずなのに「ラザラスはこんなことしない」という強すぎる根拠のせいで、完全に疑われてしまった。大人3人が、部屋の中をずっと歩き回っている。
見つからない自信はあるが——いや、流石にちょっと不安になってきた。
息を潜めてじっとしていると、エスメライが深く、これでもかと深くため息を吐いた。
「まー、そんな気はしてたけど、未だに近くにいることだけは分かったし……。
安否確認はできたから、良しとしよか。全くもう……」
(これ、出て行っても大丈夫っぽい……?)
「……。見つけたら秒でスピネルに送ってやるけどな」
(大丈夫じゃないっぽい!!)
当然と言えば当然なのだが、エスメライはロゼッタに対して大なり小なり怒りを抱いている様子だ。
少なくとも、彼女の気持ちが落ち着くまでは姿を見せるわけにはいかない!
(あああぁ~! 早く帰って~!!)
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