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第2章『黙した傷の在処、語らぬ想い』
18.可能性の灯-2
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——ギルバート、変態予備軍化問題。
(え、えぇ……?)
今回は変態予備軍が“変態”だった頃の被害者、クロウが場にいなかった。
それならラザラスかレヴィ推しの変態予備軍だろうか。
ラザラスの(とても整った)顔は超至近距離で見ているし、レヴィとは対面でしばらく(魔術で)語り合っている。
どちらも、十分にあり得る……やっぱり、ちょっと引いてしまった。
ヴェルシエラは「ああ、知ってるのね」と苦笑したあと、静かに語り始める。
「彼、油断したら、ずっと話してるのよ……“アナタ”のこと」
「え?」
「このまま行くと、ストーカー to ストーカーとかいう緊急事態になる予感しかしないのよ。だからおかしなことになる前に、追跡班行きにしようって話になったの。
またルーシオちゃんに新たな変態予備軍押し付けることになっちゃうけど……彼ならたぶん、上手いことやってくれるわ。たぶんね」
「へぇ……じゃなくて! わ、わたし!? なんで!?」
ファンが、ついてしまったらしい——センス無いな、と正直思った。
しかしヴェルシエラの方は、そうは思っていないようだ。
心底疑問だと言わんばかりに、彼は首を傾げている。
「なんでって、同族なのも大きいし、経緯も経緯でギルバートの話を聞いてる感じだと無理もないを通り越して、『そりゃそうなるわよね』とは思うのよ。
だから、今回ばかりは理解できなくもないわね。しかもアナタ、可愛らしいしね?」
「あ、ありがとう、ございます……?」
思うところは多々あるが、とりあえず「可愛らしい」と言われたことに対してはお礼を言っておくことにする。思うところは……本当に多々あるが……。
ロゼッタの種族及びストーカー toストーカーの阻止について話し合ったところで、ラザラスが控えめに手を挙げた。
「あの、ヴェルさん。組み手に協力してもらっても良いですか?」
「……。アナタ、自分がどんな状況か分かっているのかしら?」
「だからこそですよ。今なら無意識に筋力強化使ってしまう事故を起こさずに済みそうなので……」
ラザラスがとんでもない事故を過去に起こしていた。
恐らくヴェルシエラは非魔術師なのだろうが、片方だけ強化した形の殴り合いは非常によろしくない。
……否、本当に彼は非魔術師なのだろうか?
魔力の無い人特有の、空虚な感じがしない。
(……なんか、違う)
こっそり透識を使用すると、ヴェルシエラの内側にしっかりとした魔力の流れが見えた。
カラス種であるレヴィを少し下回る程度、だろうか。比較対象が悪いだけで、それは十分に多いと言えるだろう。
(火属性の適性が高い……どころか、流石に全部じゃないけど複合属性? これだけ、魔力があれば……)
何故、魔術を使わないのだろうか。
そんなことを考えていると、ヴェルシエラが苦笑しながら口を開く。
「アタシはねぇ、元々は付与系魔術のスペシャリストって呼ばれてたのよ。特に身体強化系統が得意で、体術と居合術をメインで使ってたの。
でも、何年も前に任務に失敗して大怪我して、魔力回路……魔術を使うための器官って言えば良いかしら? そこが壊れて、魔術自体を使えなくなっちゃったのよね」
「!?」
診ていたことに気づかれたらしい。慌ててロゼッタは頭を下げる。
「す、すみません……!」
「良いわ、気にしてない。アナタくらいの魔術師なら、違和感覚えるのも無理はないわ。
そんなわけで、魔術が使えたらアタシも戦えたんだけどね……最低でも筋力強化は使えなきゃ、現場には出られないわ」
気にしてない、とは言うが、ヴェルシエラの表情はどこか寂しそうに見えた。
どうにか空気を変えなければと考えていると、ラザラスがこちらを(多分)見ていることに気づいた。
「俺の体術はヴェルさん仕込みだよ。昔、色々あってさ。護身用にって教えてもらったんだ」
「……。あの、何かラズさんって『最初から割と戦えた』みたいな話を聞いたことあるんですけど……」
ロゼッタはチラリとヴェルシエラを一瞥する——彼は、分かりやすく視線を逸らした。
「その……ラズちゃん、才能ありすぎて、えっと、やり過ぎちゃって……。
それこそ、諸々が合わないエスラちゃんやルーシオちゃんより、教えがいがあって……」
(そんなことするから軽率に“復讐鬼”が生まれちゃったんじゃないですか!?)
エスメライたちが、ラザラスが戦うことを相当気にしていただけに、どうしても失礼なことを考えてしまった……恐らくヴェルシエラも同じくらい、もしくはそれ以上に気にしていることが想定されるだけに、流石に口には出せなかったが。
話がそっちに行ってしまう前に、ロゼッタは次点で気になっていることを聞いてみることにした。
「エスラさんとかルーシオさんとかも戦えはするんです?」
「あの子たちは本当に自衛程度だけどね。さっきも言ったけど、戦場で体術系統を使うなら筋力強化は使えなきゃお話しにならないのよ。
クロウちゃんもそうだけど、前衛型ならみんな当たり前のように使ってくるのよね。使えなくてもどうにかなるのは、レヴィちゃんみたいに遠距離戦に秀でてるタイプだけよ」
「そう、なんですね……」
確かにラザラスは筋力強化の使い手だ。感影が使えないどころか、身体強化系統以外はまともに使えないと散々な言われようだったが、逆に言えば、必須条件は満たせているとも言えるだろう。
ロゼッタが頭を回転させている間にヴェルシエラがラザラスの懇願に押され負けてしまったようだ。
彼らは組み手を開始するらしい。ロゼッタは邪魔にならないようにと訓練場の端に移動した。
(わ、本当だ。ヴェルさんの体術、ラズさんのと似てる)
似てる、というよりは体術に詳しくないロゼッタでも分かる——ヴェルシエラはラザラスの、完全な“上位互換”といえる存在だ。
ラザラスは足技を重点的に使いながらヴェルシエラとの距離を詰めているが、対するヴェルシエラはしなやかに身体を回して距離を取り直した挙句、隙をついて的確に、積極的にラザラスの急所を狙ってくる。
だが、急所を狙った上で、当たる直前に止めることに成功し続けている辺り、彼の方が圧倒的に“上”なのだと理解できた。
(……でも、それでもラズさんに筋力強化使われたら、あっさり負けちゃうんだろね)
ラザラスは無意識に筋力強化を発動させる事故の話をしていた。
つまりは、そういうことだ。
筋力強化が無ければ、例えヴェルシエラほどの実力者であっても格下相手に負けてしまう……そういうこと、なのだ。
(ん? ちょっと待って……?)
そこで、ロゼッタは気づいた。そして、邪魔にならないように最新の注意を払いつつ、訓練場を駆ける。
その先にあったのは、先程ヴェルシエラが片付けていた魔道具人形だ。
「ヴェルシエラさん!」
ロゼッタはヴェルシエラとラザラスの組み手が落ち着いたタイミングを狙い、声を掛ける。
まさかロゼッタから声を掛けられるとは思っていなかったのだろう。彼は少し驚いている様子だ。
「どうしたのかしら?」
「ちょっと、ヴェルシエラさんに試してみたいことがあって……」
「わ、分かったわ。あと、“ヴェル”で良いわよ、名前、長いでしょ?」
「ありがとうございます! あ、事故起こさないか心配なので、これ使ってください」
そう言って、ロゼッタは魔道具人形を動かす。
既に大概にガタが来ているのか、それは動くたびに小さくカタカタと鳴っている。ふいに首がカクンと音を立て、こちらを向いた——だいぶ怖い。
「……?」
何をされるのか分かっていないのだろう。ヴェルシエラは不思議そうに首を傾げている。
そんな彼に向けて、ロゼッタはギルバートに対してそうしたように、左手を右腕に添え、人差し指と中指をヴェルシエラに突きつけた。
「……。【筋力強化】」
「!?」
魔力が、身体から、指先から流れ出る感覚がした。
何も支障はないが、相当な量が抜けた感覚がある……であれば恐らく行けたはずだ。
ヴェルシエラは自身の両手を見つめ、驚いている様子だ。
「ごめん、ロゼッタちゃん。思いきり離れてちょうだい」
「! はい!」
その言葉は、他でもなく『魔術の成功』を意味していて。
ロゼッタは跳ねる気持ちを宥めながらも頷き、すぐに魔道具人形から距離を取る。
「っ!」
ヴェルシエラが、駆ける。先程までとは比べ物にならない、力強い足取りだった——そして、一拍の静寂。次の瞬間、風を裂く音がした。
脚が弧を描き、魔道具人形が床に叩きつけられる。
「……。驚いたわ」
巻き上がった砂煙の向こうで、ヴェルシエラは静かに口を開いた。
「アナタ……本当に凄いのね。筋力強化は、自分以外を対象にするのは不可能って言われてるのに……」
パラパラと、何かが落ちる音がする。
晴れた煙の向こうで、ヴェルシエラは呆然と魔道具人形を見つめていた。
「わたしなら普通に行けそうです! 掛けっぱなしも……1日が限度でしょうけど、何とか」
「……。もうちょっと魔力量節約してもらえば、何人か同時とか、時間伸ばすとかも行けそうね。
いや……むしろ、節約しないと大変ね。節約の仕方を覚えないとマズいわ、これは……」
「あ゛っ」
——魔道具人形が、床に深々とめり込んでいる!!
間違いなく命を終えているであろう魔道具人形と、修繕必須な床を見て、ロゼッタは狼狽えた。
「あっ、あっ、ごめんなさい! 色々ごめんなさい!」
「いいわよ、これくらい。床は直すし、魔道具人形は新しいの入れとくわ」
勝手なことをして迷惑を掛けてしまった、とロゼッタは顔面蒼白になった。
だが、いつの間にか近づいてきていたヴェルシエラはロゼッタの頭を撫で、軽やかな笑みを浮かべて口を開いた。
「久々に、身体が思うように動いたの……本当に、嬉しい」
「ヴェルさん……」
「実践で使うなら、色々調整必須だけどね。良かったわ、最初に使ったのがアタシで……そして、この場所で」
勝手に変なことをして驚かせてはいけないと判断し、ブライア拠点襲撃作戦時、ラザラスに対して“これ”を使わなかったことが功を成した。
あの時の自分の判断は正しかったのだ、とロゼッタは安堵する。
「ふふ」
だが、目の前で笑うヴェルシエラは本当に嬉しそうで。
試してみて良かった、とロゼッタも笑みをこぼした——儚く散った魔道具人形と、師匠の全力に本気でドン引いているラザラスを視界に入れないようにしながら。
(え、えぇ……?)
今回は変態予備軍が“変態”だった頃の被害者、クロウが場にいなかった。
それならラザラスかレヴィ推しの変態予備軍だろうか。
ラザラスの(とても整った)顔は超至近距離で見ているし、レヴィとは対面でしばらく(魔術で)語り合っている。
どちらも、十分にあり得る……やっぱり、ちょっと引いてしまった。
ヴェルシエラは「ああ、知ってるのね」と苦笑したあと、静かに語り始める。
「彼、油断したら、ずっと話してるのよ……“アナタ”のこと」
「え?」
「このまま行くと、ストーカー to ストーカーとかいう緊急事態になる予感しかしないのよ。だからおかしなことになる前に、追跡班行きにしようって話になったの。
またルーシオちゃんに新たな変態予備軍押し付けることになっちゃうけど……彼ならたぶん、上手いことやってくれるわ。たぶんね」
「へぇ……じゃなくて! わ、わたし!? なんで!?」
ファンが、ついてしまったらしい——センス無いな、と正直思った。
しかしヴェルシエラの方は、そうは思っていないようだ。
心底疑問だと言わんばかりに、彼は首を傾げている。
「なんでって、同族なのも大きいし、経緯も経緯でギルバートの話を聞いてる感じだと無理もないを通り越して、『そりゃそうなるわよね』とは思うのよ。
だから、今回ばかりは理解できなくもないわね。しかもアナタ、可愛らしいしね?」
「あ、ありがとう、ございます……?」
思うところは多々あるが、とりあえず「可愛らしい」と言われたことに対してはお礼を言っておくことにする。思うところは……本当に多々あるが……。
ロゼッタの種族及びストーカー toストーカーの阻止について話し合ったところで、ラザラスが控えめに手を挙げた。
「あの、ヴェルさん。組み手に協力してもらっても良いですか?」
「……。アナタ、自分がどんな状況か分かっているのかしら?」
「だからこそですよ。今なら無意識に筋力強化使ってしまう事故を起こさずに済みそうなので……」
ラザラスがとんでもない事故を過去に起こしていた。
恐らくヴェルシエラは非魔術師なのだろうが、片方だけ強化した形の殴り合いは非常によろしくない。
……否、本当に彼は非魔術師なのだろうか?
魔力の無い人特有の、空虚な感じがしない。
(……なんか、違う)
こっそり透識を使用すると、ヴェルシエラの内側にしっかりとした魔力の流れが見えた。
カラス種であるレヴィを少し下回る程度、だろうか。比較対象が悪いだけで、それは十分に多いと言えるだろう。
(火属性の適性が高い……どころか、流石に全部じゃないけど複合属性? これだけ、魔力があれば……)
何故、魔術を使わないのだろうか。
そんなことを考えていると、ヴェルシエラが苦笑しながら口を開く。
「アタシはねぇ、元々は付与系魔術のスペシャリストって呼ばれてたのよ。特に身体強化系統が得意で、体術と居合術をメインで使ってたの。
でも、何年も前に任務に失敗して大怪我して、魔力回路……魔術を使うための器官って言えば良いかしら? そこが壊れて、魔術自体を使えなくなっちゃったのよね」
「!?」
診ていたことに気づかれたらしい。慌ててロゼッタは頭を下げる。
「す、すみません……!」
「良いわ、気にしてない。アナタくらいの魔術師なら、違和感覚えるのも無理はないわ。
そんなわけで、魔術が使えたらアタシも戦えたんだけどね……最低でも筋力強化は使えなきゃ、現場には出られないわ」
気にしてない、とは言うが、ヴェルシエラの表情はどこか寂しそうに見えた。
どうにか空気を変えなければと考えていると、ラザラスがこちらを(多分)見ていることに気づいた。
「俺の体術はヴェルさん仕込みだよ。昔、色々あってさ。護身用にって教えてもらったんだ」
「……。あの、何かラズさんって『最初から割と戦えた』みたいな話を聞いたことあるんですけど……」
ロゼッタはチラリとヴェルシエラを一瞥する——彼は、分かりやすく視線を逸らした。
「その……ラズちゃん、才能ありすぎて、えっと、やり過ぎちゃって……。
それこそ、諸々が合わないエスラちゃんやルーシオちゃんより、教えがいがあって……」
(そんなことするから軽率に“復讐鬼”が生まれちゃったんじゃないですか!?)
エスメライたちが、ラザラスが戦うことを相当気にしていただけに、どうしても失礼なことを考えてしまった……恐らくヴェルシエラも同じくらい、もしくはそれ以上に気にしていることが想定されるだけに、流石に口には出せなかったが。
話がそっちに行ってしまう前に、ロゼッタは次点で気になっていることを聞いてみることにした。
「エスラさんとかルーシオさんとかも戦えはするんです?」
「あの子たちは本当に自衛程度だけどね。さっきも言ったけど、戦場で体術系統を使うなら筋力強化は使えなきゃお話しにならないのよ。
クロウちゃんもそうだけど、前衛型ならみんな当たり前のように使ってくるのよね。使えなくてもどうにかなるのは、レヴィちゃんみたいに遠距離戦に秀でてるタイプだけよ」
「そう、なんですね……」
確かにラザラスは筋力強化の使い手だ。感影が使えないどころか、身体強化系統以外はまともに使えないと散々な言われようだったが、逆に言えば、必須条件は満たせているとも言えるだろう。
ロゼッタが頭を回転させている間にヴェルシエラがラザラスの懇願に押され負けてしまったようだ。
彼らは組み手を開始するらしい。ロゼッタは邪魔にならないようにと訓練場の端に移動した。
(わ、本当だ。ヴェルさんの体術、ラズさんのと似てる)
似てる、というよりは体術に詳しくないロゼッタでも分かる——ヴェルシエラはラザラスの、完全な“上位互換”といえる存在だ。
ラザラスは足技を重点的に使いながらヴェルシエラとの距離を詰めているが、対するヴェルシエラはしなやかに身体を回して距離を取り直した挙句、隙をついて的確に、積極的にラザラスの急所を狙ってくる。
だが、急所を狙った上で、当たる直前に止めることに成功し続けている辺り、彼の方が圧倒的に“上”なのだと理解できた。
(……でも、それでもラズさんに筋力強化使われたら、あっさり負けちゃうんだろね)
ラザラスは無意識に筋力強化を発動させる事故の話をしていた。
つまりは、そういうことだ。
筋力強化が無ければ、例えヴェルシエラほどの実力者であっても格下相手に負けてしまう……そういうこと、なのだ。
(ん? ちょっと待って……?)
そこで、ロゼッタは気づいた。そして、邪魔にならないように最新の注意を払いつつ、訓練場を駆ける。
その先にあったのは、先程ヴェルシエラが片付けていた魔道具人形だ。
「ヴェルシエラさん!」
ロゼッタはヴェルシエラとラザラスの組み手が落ち着いたタイミングを狙い、声を掛ける。
まさかロゼッタから声を掛けられるとは思っていなかったのだろう。彼は少し驚いている様子だ。
「どうしたのかしら?」
「ちょっと、ヴェルシエラさんに試してみたいことがあって……」
「わ、分かったわ。あと、“ヴェル”で良いわよ、名前、長いでしょ?」
「ありがとうございます! あ、事故起こさないか心配なので、これ使ってください」
そう言って、ロゼッタは魔道具人形を動かす。
既に大概にガタが来ているのか、それは動くたびに小さくカタカタと鳴っている。ふいに首がカクンと音を立て、こちらを向いた——だいぶ怖い。
「……?」
何をされるのか分かっていないのだろう。ヴェルシエラは不思議そうに首を傾げている。
そんな彼に向けて、ロゼッタはギルバートに対してそうしたように、左手を右腕に添え、人差し指と中指をヴェルシエラに突きつけた。
「……。【筋力強化】」
「!?」
魔力が、身体から、指先から流れ出る感覚がした。
何も支障はないが、相当な量が抜けた感覚がある……であれば恐らく行けたはずだ。
ヴェルシエラは自身の両手を見つめ、驚いている様子だ。
「ごめん、ロゼッタちゃん。思いきり離れてちょうだい」
「! はい!」
その言葉は、他でもなく『魔術の成功』を意味していて。
ロゼッタは跳ねる気持ちを宥めながらも頷き、すぐに魔道具人形から距離を取る。
「っ!」
ヴェルシエラが、駆ける。先程までとは比べ物にならない、力強い足取りだった——そして、一拍の静寂。次の瞬間、風を裂く音がした。
脚が弧を描き、魔道具人形が床に叩きつけられる。
「……。驚いたわ」
巻き上がった砂煙の向こうで、ヴェルシエラは静かに口を開いた。
「アナタ……本当に凄いのね。筋力強化は、自分以外を対象にするのは不可能って言われてるのに……」
パラパラと、何かが落ちる音がする。
晴れた煙の向こうで、ヴェルシエラは呆然と魔道具人形を見つめていた。
「わたしなら普通に行けそうです! 掛けっぱなしも……1日が限度でしょうけど、何とか」
「……。もうちょっと魔力量節約してもらえば、何人か同時とか、時間伸ばすとかも行けそうね。
いや……むしろ、節約しないと大変ね。節約の仕方を覚えないとマズいわ、これは……」
「あ゛っ」
——魔道具人形が、床に深々とめり込んでいる!!
間違いなく命を終えているであろう魔道具人形と、修繕必須な床を見て、ロゼッタは狼狽えた。
「あっ、あっ、ごめんなさい! 色々ごめんなさい!」
「いいわよ、これくらい。床は直すし、魔道具人形は新しいの入れとくわ」
勝手なことをして迷惑を掛けてしまった、とロゼッタは顔面蒼白になった。
だが、いつの間にか近づいてきていたヴェルシエラはロゼッタの頭を撫で、軽やかな笑みを浮かべて口を開いた。
「久々に、身体が思うように動いたの……本当に、嬉しい」
「ヴェルさん……」
「実践で使うなら、色々調整必須だけどね。良かったわ、最初に使ったのがアタシで……そして、この場所で」
勝手に変なことをして驚かせてはいけないと判断し、ブライア拠点襲撃作戦時、ラザラスに対して“これ”を使わなかったことが功を成した。
あの時の自分の判断は正しかったのだ、とロゼッタは安堵する。
「ふふ」
だが、目の前で笑うヴェルシエラは本当に嬉しそうで。
試してみて良かった、とロゼッタも笑みをこぼした——儚く散った魔道具人形と、師匠の全力に本気でドン引いているラザラスを視界に入れないようにしながら。
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