ストーカー竜娘と復讐鬼の王子様 ―今、あなたの後ろにいるの―

逢月 悠希

文字の大きさ
48 / 83
第2章『黙した傷の在処、語らぬ想い』

23.誰が為の正義-1

しおりを挟む
 どれほどの、時間が経っただろうか。
 異空間に切っ先が欠けた得物を放り込んだクロウは、おもむろに、ふらりと立ち上がる。

 そして彼は、握りしめた右手の爪を手の平に突き刺しながら——未だに俯いたまま、静かに語りかけてきた。

「おい、ロゼッタ。お前、全部見てたろ?」

 口を開くことが、できなかった。
 微かに震える声に、何も返すことができなかった。

 無言を肯定と取ったらしいクロウは、深くため息を吐き出す。

「……。だから、目、閉じてろって言ったんだ」

 確かに、クロウは事前に警告してくれた。
 反応が遅れたとはいえ、それでも目を閉じなかったのはロゼッタの選択だ。

「でも、わたしは……」
「……」

——沈黙が、辺りを支配する。

 幸い、追加の戦闘員は現れなかった。監視カメラの類が存在しないこともあるが、竜人族達が閉じ込められた部屋が真横にあったことを考えると、拠点の中心部に入られる前に潰してしまおうと考えていたのかもしれない。つまり、先程の戦闘が総力戦だった可能性はある。

「……悪かった」

 ぽつり、とクロウが謝る声が聞こえた。
 竜人族達の返り血を浴びた彼は、一体何を考えているのだろうか……分からない。

(……なにそれ)

 だが、それでもひとつだけ、状況を理解しきれないロゼッタでも確実に分かることがある。ロゼッタは迷わず、影の中から飛び出し、クロウの背に向かって叫んだ。

「今のは……っ、クロウは、何も悪くないじゃん……!」
「相手は“なれ果て”とはいえ、オレは、お前の目の前で同族を斬り捨てたんだぞ!?
 っ、怖かっただろ、辛かった、だろ……?」

 あのまま黙って立っていれば、こちらが命を落としていた。
 だから、あれは正当防衛だ。正当防衛と言い切れずとも、少なくとも、彼に非は無いはずだ。
 それなのに、食い気味で返ってきたのは震えを全く隠せていない、悲鳴に限りなく近いような声だった。

(それはそうだよ、そこに関しては否定できないよ。でも、それでも……!)

 上手く言葉を返せず、ロゼッタはクロウの前に回り込み、その顔を覗き込む……すぐに、目を逸らされてしまったが。これでは長い前髪で隠された、開くことのない瞳しか、見えない。
 だが、今の彼の状況を考えれば、無理もない。その態度を責める気は一切無かった。

「……」

 どこか弱々しい横顔をじっと見つめていると、クロウの方から話し掛けてきた。

「つーか、出てくんなよ」

 クロウは奥歯を噛み締め、再び口を開く。

「何をどう考えたって、隠れてる方がマシだろ。今、お前が出てくるメリットを、一切感じねぇよ」
「それはそうかも、だけど……」

 血の臭いが濃い。
 喉の奥が、焼けるようだった。
 怖い。

 でもそれ以上に、クロウのことが気になった。
 心配だった……何も、できないのに。

 ロゼッタが沈んだ気持ちでそんなことを考えていると、クロウは天井を見上げ、「はは」と乾いた短い笑い声をあげた。

「さっきの男といい、ドラグゼン側は完全に『オレが単独でくる』って読んでたな。
 こうなると、捕まってる奴らにもガキか、大人しそうな有翼人の女を混ぜてきてんだろうな」

 くしゃり、と力なく自身の前髪を掴み、クロウは吐き捨てる。

「そっちこそ、舐めてんのかよ……何度も何度も、似たようなこと繰り返しやがってよ……この程度で折れて、たまるかよ」

 これは、虚勢だ。
 もはや自分に言い聞かせるためだけに存在する言葉だ。

 だからこそ、その声が震えていることには、手が震えていることには、気づかないことにした。

……それにしても。

(クロウは……なれ果てと戦うのが、苦手なんだろな)

 恐らく、大人数の戦闘員をぶつけられるだけなら、こうはなっていない。
 明らかに問題は、なれ果てというらしい竜人族との戦闘だった。

 あれのせいで、クロウの精神は相当に摩耗したように見える。

「……」

 きっと、先に戦闘員達をけしかけ、肉体的な負荷を掛けた上でなれ果てと対峙させる作戦だったのだろう——その作戦は、実にあっさりと崩されてしまったが。

 だが、一切の意味をなさなかったわけではない。クロウは“完全には”理性を保ちきっていなかった。
 結果的に彼は、捕縛対象の人間を見殺しにしてしまっている。
 なれ果てと、入り口付近にいた人間を含めれば、彼に殺害された戦闘員は50人弱。
 現時点でドラグゼンは相当な被害を出してはいるが、少なくともクロウに『任務を失敗させること』には成功している。その失敗が大きいものなのか小さいものなのかは、分からない。

(この弱り方は、わたしがいたのも原因だろうけど……)

 クロウは、ロゼッタにあの光景を見せたくなかったのだろう。
 しかも、よりによって火竜種サラマンダーだった。
 ロゼッタ自身は突然変異体とはいえ、残念ながら“見慣れた同族”であったことはクロウの指摘通りだ。

 怖かったのも、辛かったのも、事実だ。
 あんな光景を見たくなんて、なかった。できることなら、一生知りたくなんてなかった。

 でもそれ以上に、抱かなくて良い罪悪感をクロウに抱かせてしまったことの方が、申し訳ないと思った。
 ロゼッタ自身がもっと、余裕のある反応ができていれば……何かが、変わっていたかもしれないのに。

 サポートに来たはずなのに、結果的に、自分がいたせいで余計にクロウを追い詰めてしまった。
 エスメライからの依頼は、断るのが正解だった。断って良いと、言われていたのに。クロウからも、警告されていたのに。

 考えが、甘かった。
 もう黙って、俯くことしかできなかった。

 そうしていると、少し落ち着いたらしいクロウが、身体を屈めて目線を合わせてきた。
 ロゼッタの表情を見て思うところがあったのか、彼は随分と決まりが悪そうに口を開く。

「ほれ、ロゼッタ。軽率にルールを破んな。さっさとどっかに隠れろ」
「……」
「っ、あー……」

 ロゼッタが喋らない。それを見て、クロウは深々とため息を吐き出した。

「あんな、オレは今回、相当な傷を負うことを覚悟してここに来たんだよ」
「え……?」
「もう任務を伝えられた時点で、それを覚悟した。ああ、これは派手にやられるなって判断した。
 それならこの際、だろって……本気で、そう思ってたんだよ」

 それでもクロウは、与えられた任務を拒まない。
 相当に危険な現場だと、酷い目に遭うと、理解した上で。

 そしてルーシオ達は、断腸の思いで彼を戦場に送り出す。
 彼に相当な負担を強いると、大怪我をさせてしまう可能性があると、分かった上で。

 ……きっと、いつもそうなのだろう。
 仕方ないことだと分かっていたが、心が酷く、ザラついた。

「んで、蓋を開けた結果がアレだよ。負ける気はしてなかったが、あの数は流石に分が悪ぃよ。
 しかも今日に関してはお前が察してる通り、自由に使える魔力もそこまで多くは無かったしな」
「それは、来る前から、分かってた、けど……」
「詠唱しまくってたから、分かるだろ? オレは結構、接近戦でも魔術を使うタイプだ。
 だから、お前が直前に飛ばしてきた『魔力譲渡マギトランス』が無けりゃ、かなりの出血案件になったろうな。
 まー、死にはしねぇし、長期の戦線離脱レベルにはならなかっただろうが……それでも帰ったあと、しばらく寝込む羽目になんのは確定だったと思うぜ」

 ちゃんと役に立ってんだから落ち込むな。
 彼は、そう言いたいのだろう。

「……。わたしに『居なくなれ』とか言うくせに、さぁ……」
「それに関しては、オレの意見は揺らがねぇよ。確かに助かりはしたが……知らなくて良い世界ってのが、あんだよ」

 ロゼッタは軽く頭を横に振るう。

「知らなくて良いことを知る覚悟くらい、あるよ。だからこそ、知っておきたいことだって……」

 その先の言葉を、紡ぐことはできなかった。
 少なくともこれは、クロウに聞くべき案件ではない。

(なれ果て……)

——彼らはもはや、人ではない、“何か”だった。

 彼らと対峙した時の、苦しげなクロウの姿が、頭から離れない。
 クロウを追い詰めた彼らのことが、気になって仕方がない。

「……」

 逡巡するロゼッタの姿を見て、彼は少しだけ弱々しく、笑ってみせた。

「なれ果てのこと、か?」
「あ……」

 クロウに、その単語を言わせてしまった。
 即座に否定すれば良かった。できなかった。そのことに対する自己嫌悪が、酷い。

「説明はするが……先には、進もうぜ。盛大に任務を1個失敗しちまったからな。早いとこ、何かで挽回したいんだよ」
「……」
「というわけで、ほれ。隠れろ。ルールは守れ」

 相当に参っていた様子だったが、話しているうちになんとか、気持ちを切り替えることに成功したのだろうか。

 クロウはひらひらと右手を振り、先へと進み始める。
 すかさずロゼッタは彼の影に飛び込み、その背を追い始めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】秀才の男装治療師が女性恐怖症のわんこ弟子に溺愛されるまで

恋愛
「神に祈るだけで曖昧にしか治らない。そんなものは治療とは言わない」  男尊女卑が強い国で、女であることを隠し、独自の魔法を使いトップクラスの治療師となり治療をしていたクリス。  ある日、新人のルドがやってきて教育係を押し付けられる。ルドは魔法騎士団のエースだが治療魔法が一切使えない。しかも、女性恐怖症。  それでも治療魔法が使えるようになりたいと懇願するルドに根負けしたクリスは特別な治療魔法を教える。  クリスを男だと思い込み、純粋に師匠として慕ってくるルド。  そんなルドに振り回されるクリス。  こんな二人が無自覚両片思いになり、両思いになるまでの話。 ※最初の頃はガチ医療系、徐々に恋愛成分多めになっていきます ※主人公は現代に近い医学知識を使いますが、転生者ではありません ※一部変更&数話追加してます(11/24現在) ※※小説家になろうで完結まで掲載 改稿して投稿していきます

一匹狼と、たったひとりのラナ

揺木しっぽ
恋愛
絶滅危惧種となった「人間」のラナ。 その希少さゆえに、あらゆる種族から欲望の対象として狙われる日々に、彼女は心を擦り減らしていた。 そんな彼女を救ったのは、一人の狼男・リゲル。 他の男たちとは違う、彼の大きくて温かな手に、ラナは初めて希望を抱くが――。 獣の本能と、孤独な少女。 密やかに育まれる、甘く濃密な執着の物語。 ※本作には一部、経血に関する執着描写が含まれます。苦手な方はご注意ください。 毎日21時頃、全12話完結まで更新いたします。

俺様上司と複雑な関係〜初恋相手で憧れの先輩〜

せいとも
恋愛
高校時代バスケ部のキャプテンとして活躍する蒼空先輩は、マネージャーだった凛花の初恋相手。 当時の蒼空先輩はモテモテにもかかわらず、クールで女子を寄せ付けないオーラを出していた。 凛花は、先輩に一番近い女子だったが恋に発展することなく先輩は卒業してしまう。 IT企業に就職して恋とは縁がないが充実した毎日を送る凛花の元に、なんと蒼空先輩がヘッドハンティングされて上司としてやってきた。 高校の先輩で、上司で、後から入社の後輩⁇ 複雑な関係だが、蒼空は凛花に『はじめまして』と挨拶してきた。 知り合いだと知られたくない? 凛花は傷ついたが割り切って上司として蒼空と接する。 蒼空が凛花と同じ会社で働きだして2年経ったある日、突然ふたりの関係が動き出したのだ。 初恋相手の先輩で上司の複雑な関係のふたりはどうなる? 表紙はイラストAC様よりお借りしております。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

彼の巨大な体に覆われ、満たされ、貪られた——一晩中

桜井ベアトリクス
恋愛
妹を救出するため、一ヶ月かけて死の山脈を越え、影の沼地を泳ぎ、マンティコアとポーカー勝負までした私、ローズ。 やっと辿り着いた先で見たのは——フェイ王の膝の上で甘える妹の姿。 「助けなんていらないわよ?」 は? しかも運命の光が私と巨漢戦士マキシマスの間で光って、「お前は俺のものだ」宣言。 「片手だけなら……」そう妥協したのに、ワイン一杯で理性が飛んだ。 彼の心臓の音を聞いた瞬間、私から飛びついて、その夜、彼のベッドで戦士のものになった。

借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる

しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。 いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに…… しかしそこに現れたのは幼馴染で……?

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました

大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――

処理中です...