ストーカー竜娘と復讐鬼の王子様 ―今、あなたの後ろにいるの―

逢月 悠希

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第2章『黙した傷の在処、語らぬ想い』

25.夜明け前の覚悟-1

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 目を、開く。
 眼前に広がるのは何度か見た、美しい中庭。そしてエスメライとルーシオ、ヴェルシエラの姿だった。

 クロウが色々やらかしてしまっているだけに、怒っているのかと思ったが、違う。
 むしろ、その逆のようだった。エスメライは、震える指をクロウに伸ばしながら、口を開く。

「クロウ、大丈夫か? それ、返り血だよな? ……怪我、は?」
「大丈夫ですよ。それより……すみません。色々やらかしちゃいました」

 困ったように微笑みながら、何事も無かったかのように語る姿を見て——流石に、本気で苛立ってしまった。

(いくらなんでも、それは“無い”でしょ……!?)

 何も言いたくないのは分かる。心配させたくないのも、分かる。
 だが全ての責任を被ってでも誤魔化すのは違うだろう、とロゼッタは奥歯を噛みしめた。

(ダメだ。一旦、落ち着こう)

 エスメライ達に八つ当たりをするわけにはいかない。
 深く深呼吸し、ロゼッタは近くにいたルーシオに向かって話し掛ける。

「ルーシオさん。あそこの扉って、風呂場直通だったりします? 今、開いてます?」
「ん? ああ、そうだな。返り血その他対策で風呂場に直に行けるようにしてるんだ。んで、クロウ待ってたから、当然鍵も開いてるぜ」
「へぇ? そうなんですね~」

 求めていた答えが、返ってきた。
 ロゼッタはクロウの手を引き、風呂場に繋がるという扉の前に移動する。
 状況が状況だ。誰もを予想できなかったことだろう。

「……」

 ロゼッタは黙って、扉を開く。
 目的地を確認して、クロウの背を押す——と見せかけ、彼女はその背に派手な蹴りを食らわせた!

「へぶっ!?」
「ロゼッタ!?」

 クロウがすさまじく間抜けな声を発しながら風呂場を転がっていった上に、背後で誰かが叫んだ気がする。もう知らない。
 そのままロゼッタは勢いよく、叩きつけるように扉を閉めた。

「……、嫌い」

 酷いことをした自覚はある。
 だが、止められなかった。

 力なく扉に触れるロゼッタの元に、真っ先にヴェルシエラが駆けつけた。

「ど、どうしたの!? 何かあったの!?」

 頬を叩かれる覚悟くらいはしていたのだが、彼の中では“現場で何かがあった可能性”を心配する気持ちの方が大きかったらしい。軽く肩を掴まれ、彼は視線を合わせてくる。
……流石にそこまでされてしまうと、全ての感情が罪悪感に負けてしまった。

 ロゼッタは深く息を吐き出し、目の前のヘーゼルの瞳を見据えて口を開く。

「……。わたし、全部見てましたから。クロウに怒られなさそうな範囲で、報告は代わりに全部やりますから。あの人、さっさと寝かせてあげてください……お願いします」

 全部見ていた。
 その言葉を聞いて、息を呑んだのはエスメライだ。

「全部見てたって、そんな……相当に酷い采配した自覚はあったんだけど……」

 恐らく彼女はロゼッタが何も見ずに、ただ魔力だけをクロウに送り続けることを想定していたのだろう。それなら、この采配にも納得できるし、むしろ最適解だったと思う。

 そもそも、ロゼッタが現場を見ることありきでも、これが正解だった——ロゼッタの精神的負担から、目を背ければ。

 申し訳なさそうにしているエスメライに視線を向けつつ、ロゼッタは困ったように笑って見せる。

「いや、これが正解だったと思いますよ?」
「……ごめん」
「クロウの負担軽減を狙ったんですよね? 分かってます……大丈夫です」

 やはり彼女らは、肉体的なものか精神的なものかの判別がついているかどうかはさておき、ドラグゼンがクロウを狙い撃ちしていること自体は把握しているのだろう。
 というより、本人が「何かしら欠けなければそれで良い」と言い切るくらいの状況だ。客観的な立ち位置で資料を見ているエスメライ達が状況に気づいていないはずがない。

(誰かを切り捨てる、とかそういうの。できなさそうな人たちだもんね)

 クロウにもロゼッタにも相当な無理をさせると分かっておきながら、現場に行かせた。そこに罪悪感を抱いてしまう時点で、この人たちは相当に甘い——そう、ロゼッタは、冷静に考えていた。

 とりあえず報告を代わりにすること自体は許してもらえそうなので、このまま押し通してしまおう……と、思っていたタイミングで、ロゼッタの視界の端に、居てはいけないが映り込んだ。

「えっ!? ラズさん!?」

 喫茶店エリアで忙しなく、ラザラスがうろうろしている。
 それを見て、ルーシオは「あー……」と言葉にならない声を上げ、苦笑した。

「何か嫌な予感がしたみたいなんだよ。お前が心配で仕方なくて、いても立ってもいられなかったみたいで……2時間前くらいに、現れちまってさぁ」
「あの目の状態で!?」

 やっぱり、『感影センス』を取り上げてから行くべきだったろうか……?
 心配してくれること自体は嬉しいが、流石に奇行が過ぎると思う。あんな状態でストーカーの心配をしないで欲しい!

 ロゼッタが困惑していると、ルーシオはため息混じりに再び口を開いた。

「まぁ、流石に“嫌な予感”は俺らもしてたんだ。だからこその采配だったわけだが……聞いてると思うが、レヴィは別の場所に行ってるし」
「ですね、聞いてます……って、あれ? レヴィさんはまだ帰ってきてないんですか?」
「レヴィは後処理の都合で現場に残ってる。転移使える回収班レトリーバーに頼んで、俺だけ先に帰ってきたんだよな……お前も見てるんだろうけど、クロウが色々やらかしまくってるって聞いたから……」
「あー……」

 確かにやらかしていた。なかなかにやらかしていた。
 そりゃ心配するわけだ、とロゼッタはひとり、納得する……が、状況は変な方向に転がっていった。

「まず今回は『いきなり通信機の電源を切って、司令塔の役割を持ってたヴェルさんと連絡を絶つ』とかいうふざけた真似から開始しててな……」
「えっ!? そんなことやってたんですか!?」

 気がつかなかった。一体どのタイミングでやらかしたのだろうか?
 流石にこれに関しては、後で怒っといてもらおう。これに関してはクロウが100%悪い。
 とりあえず、ロゼッタは話の続きを待つ。

「こっちが把握してんのは『いきなり通信機の電源を切る』、『捕縛対象を死なせる』、『回収班を全力で放置する』の3つなんだが……他にあるか?」
「思うところは盛大にありますが、任務的な意味ではそれで合ってるかと……」

 そこに「色んなことを黙り通す気配がする」を付け加えたかったところだが、これは自分の口から言うべき案件ではない。
 ロゼッタの当り障りのない返事を聞いたルーシオは頷き、乱暴に閉められた扉の方へと視線を向ける。

「今回はこれでもかと返り血浴びてたからな……自分じゃ洗いきれないだろうし、適当にフォローに行ってやるか。報告聞くの、その後でも大丈夫か?」
「構いません。わたしも……さっきから視界の端に映り込んでる人と話をしたいので……」

 確かに『念動テレキネシス』か何かを使うにしても、あの返り血の量は片腕で洗える範囲を超えてしまっているような気がする。
 よくよく考えるとあの男、戦闘服着用時にヴェルシエラのサポートを必要としていたし、自力で服を脱げない可能性が高い……風呂場に蹴り込むのが、早すぎた。

(どうしても耐えれなかった……あー、でもラズさん見てるとちょっと落ち着くかも……)

 拠点に何故か来てしまったこと自体は普通にお説教案件だと思うが、ラザラスの存在に救われたような気がする。
 諸々の感情を整理することができ、ロゼッタはようやく息ができるような感覚になっていた。
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