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第2章『黙した傷の在処、語らぬ想い』
26.いつか来る日のために-1
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(何とか……何とか、してやれんもんかな……)
翌日の昼。奥歯を噛み締めながら、ルーシオは街を歩く。
……昨夜のことが、頭から離れない。
帰ってきて早々に、クロウがロゼッタに蹴り飛ばされてしまった。
あまりにも突拍子のない行動ではあったが、すぐに諸々を察してしまった——遅れて風呂場に行けば、冷たいタイルの床に転がったまま、片方しかない翼で顔を隠して弱々しく何かに謝り続ける弟分の姿が、そこにあった。
ロゼッタに指示された通りにクロウはさっさと部屋に放り込んだのだが、結局、昨夜の件は先程、彼が自発的に話にきてしまった。
ロゼッタに聞いたから良い、と言ったにも関わらず、だ。
(追い詰められてんなぁ……ちくしょう……)
本人に自覚があるのかどうかはさておき、彼は万物を全く隠しきれていない。
今年のクロウは特に、限界ギリギリのラインで立ち続けている。壊れかけていると分かっているのに、そうさせてしまっている。
どうしようもない無力感を覚えたルーシオは、路地裏の奥にある建物を訪れていた。
パッと見はスプレーアートで飾られたコンクリートの古い建物なのだが、階段を降りていけば、広い空間が広がっている。
ステフィリオンは、この場所を戦闘訓練に使っており……今は無人のはずだった。そのはず、なのに。
「おい! なんでお前がきてんだよ、ラザラス!!」
ルーシオは、叫ぶ。
顔面包帯男——ラザラスが当たり前のように魔道具人形を相手に身体を動かしていたからだ。彼は悪戯がバレた子どものように、困ったように笑っている。
「いや、その、治るまで待ってたら、身体鈍るんで? すぐに戻れなくなっちゃいますし……」
「確かにそうかもしれないが……なあ、ロゼッタは?」
「え? いますよ?」
「揃いも揃ってストーカーを“爆発物処理係”みたいに使うんじゃねぇよ!
そいつ、昨日は割と酷い目に遭ってんだからな!? ちょっとは寝かせてやってくれ、頼むから!!」
爆発物の片割れであるクロウを、絶対にヤバいと分かっている任務に送り出した人間が言えることではないかもしれないが、せめてラザラスには大人しくしていて欲しかった。
(ロゼッタが有能すぎるんだよな、ラザラスとクロウのメンタルカバーができんのは強すぎる……!)
ラザラスに関しては深刻なバグが起きているとしか思えないのだが、そこには触れないこととする。
「ルーシオさん、ロゼッタが『ルーシオさんも訓練するんですか?』って言ってます」
「ん? ああ、エスラもだが、全く戦えねぇわけじゃないんだよ。自衛程度はできねぇとな」
「ロゼッタが『そうなんですね。そういえば、レヴィさん帰ってきましたか?』って言ってます」
「あの後1時間もしないうちに帰ってきたな」
「ロゼッタが……」
「よし! ロゼッタ出てこい!!」
——会話があまりにも面倒すぎる!
仕方がないのでラザラス共々後ろを向き、ロゼッタにどこかから出てきてもらうことにした。どこからか現れた彼女は、不思議そうな声をあげる。
「……。ラズさんは後ろ向かなくて良かったんじゃないですか?」
「そこを指摘するな。もう良いか? 振り返るぞ?」
こうしていると小柄で可愛らしい少女なのにな、とルーシオは思う。
……だが。
(やっていることは追跡班に限りなく近いを通り越して追跡班より明らかにヤバいのが、本当に困るんだけどな……)
そんなことを思われているなどとはつゆ知らず、ロゼッタはニコリと微笑んでみせた。
「ルーシオさん、お疲れ様です」
「おー、お疲れさん」
全く疲れて……いなくは無さそうだ。普通に疲れの色は見える。
気丈に振舞ってはいるが、どう考えても「平然と過ごせる精神状況」ではないのだろう——ルーシオは、流れるようにラザラスを睨んだ。
「あんな、ちょっとはロゼッタに配慮してやれよ」
「い、いや……どちらかというと、頼まれたのもあって……」
「頼まれた?」
ちらりとロゼッタを一瞥すると、今度は先程とは異なり、困ったように笑っている。
「……。流石にちょっと、落ち着かなくて。『お外行きたい』って言ったら、ここに連れてきてくれました」
「は? ラザラス!?」
ここじゃなくとも他に何かしら選択肢はあるだろう!?
そんな意図を込めて再びラザラスを睨んでしまったが——そうだ、彼はメンタルもポンコツだが対人関係もポンコツだった。つまり、必然的に“行く場所”が限られているのだ。
拠点はロゼッタのことを考慮すれば無いだろうし、頼みの綱になりそうなアンジェリアは現在不在だったはずだ。
要するに、思い当たる場所が訓練場しかなかったということだ……怒りを通り越して、とにかく悲しくなった。
「ほれ、お小遣いやるからドーナツでも買って帰れ。さっさと帰れ」
ルーシオはポケットから財布を出し、遠慮するラザラスに1枚紙幣を握らせる。
とりあえず、悲しすぎる男はさっさと家に帰そう。
「……」
そんなことを考えていると、下から視線を感じる。ロゼッタの大きな丸い瞳が、ルーシオを映していた。
「ん? どうした?」
「ルーシオさんって何の武器使うのかなって思ったんです。ちょっと前にヴェルさんと話したんですよね。ルーシオさんとエスラさんは、ヴェルさんとは流派が違うって」
訓練場に来たということは、戦闘訓練にきたのだろう。
ロゼッタはそう判断したらしい。事実、間違いではない。ルーシオは懐から拳銃を取り出し、ロゼッタに見せた。
「俺は基本的にはこれ使ってるが、体術もできなくはない。中途半端に獣人族要素が入っているからな」
「確かに見た目は獣人族だなって思ってましたけど……体質的には、有角人族なのかと」
「!」
ロゼッタはよく人を見ているらしい。
ラザラスが教えたのかとも思ったが、彼は彼で驚いている様子だから違うだろう。
ルーシオはロゼッタと視線を合わせて話しかける。
「よく気づいたなー……そうだな、俺は有角人のハーフだよ。見た目と“微妙に身体が人より動くこと”以外は有角人の特性のがデカい。
そのせいで見た目はこれでも魔力は一切無い感じだ。せめてラザラス程度でも良いから、魔力欲しかったんだけどなぁ」
雑に名前を出されたラザラスがかなり複雑そうにこちらを見ているが、知らん。
何かしら考えているのか、ぱちぱちと瞬きをする少女の姿を眺める。黙って少し様子を見ていると、彼女はこてんと首を傾げて口を開いた。
「『筋力強化』って、元々魔力が無い人にも入るんでしょうか?」
「……は?」
この子は一体何を言っているのだろうか。
意味が分からず、ルーシオはラザラスを見る。彼の方はどうやら、何か心当たりがありそうな様子だ。
「ラザラス?」
「1週間くらい前の話なんですけど、ロゼッタがヴェルさんに筋力強化使ってたんですよね。
それが普通に入ってたのと、ルーシオさん達も全く戦えないわけではない、みたいな情報は入ってて……」
「……それ、本当か?」
問えば、ラザラスはスッと訓練場の床を指差した。
まさかと思いながらも、視線を向けた先が——おかしい。あの一帯だけ妙に綺麗だ。まるで最近、穴が空いて、修繕したかのように……。
「え? あれまさか、ヴェルさんが……?」
困惑のあまり、声が震える。
そんなバカなと思いはしたが、2人の反応を見るに、本当なのだろう。
そんな時、ロゼッタがおろおろしながら手を挙げた。
「すみません、加減が分かんなくって……強く掛けすぎちゃったみたいで……あと、お人形も1個、ダメにしちゃって……」
自分のせいだと思っているのだろう。しゅんとしている。
本当にストーカーさえしなければ普通の少女に見えるのにな、とルーシオは苦笑した。
翌日の昼。奥歯を噛み締めながら、ルーシオは街を歩く。
……昨夜のことが、頭から離れない。
帰ってきて早々に、クロウがロゼッタに蹴り飛ばされてしまった。
あまりにも突拍子のない行動ではあったが、すぐに諸々を察してしまった——遅れて風呂場に行けば、冷たいタイルの床に転がったまま、片方しかない翼で顔を隠して弱々しく何かに謝り続ける弟分の姿が、そこにあった。
ロゼッタに指示された通りにクロウはさっさと部屋に放り込んだのだが、結局、昨夜の件は先程、彼が自発的に話にきてしまった。
ロゼッタに聞いたから良い、と言ったにも関わらず、だ。
(追い詰められてんなぁ……ちくしょう……)
本人に自覚があるのかどうかはさておき、彼は万物を全く隠しきれていない。
今年のクロウは特に、限界ギリギリのラインで立ち続けている。壊れかけていると分かっているのに、そうさせてしまっている。
どうしようもない無力感を覚えたルーシオは、路地裏の奥にある建物を訪れていた。
パッと見はスプレーアートで飾られたコンクリートの古い建物なのだが、階段を降りていけば、広い空間が広がっている。
ステフィリオンは、この場所を戦闘訓練に使っており……今は無人のはずだった。そのはず、なのに。
「おい! なんでお前がきてんだよ、ラザラス!!」
ルーシオは、叫ぶ。
顔面包帯男——ラザラスが当たり前のように魔道具人形を相手に身体を動かしていたからだ。彼は悪戯がバレた子どものように、困ったように笑っている。
「いや、その、治るまで待ってたら、身体鈍るんで? すぐに戻れなくなっちゃいますし……」
「確かにそうかもしれないが……なあ、ロゼッタは?」
「え? いますよ?」
「揃いも揃ってストーカーを“爆発物処理係”みたいに使うんじゃねぇよ!
そいつ、昨日は割と酷い目に遭ってんだからな!? ちょっとは寝かせてやってくれ、頼むから!!」
爆発物の片割れであるクロウを、絶対にヤバいと分かっている任務に送り出した人間が言えることではないかもしれないが、せめてラザラスには大人しくしていて欲しかった。
(ロゼッタが有能すぎるんだよな、ラザラスとクロウのメンタルカバーができんのは強すぎる……!)
ラザラスに関しては深刻なバグが起きているとしか思えないのだが、そこには触れないこととする。
「ルーシオさん、ロゼッタが『ルーシオさんも訓練するんですか?』って言ってます」
「ん? ああ、エスラもだが、全く戦えねぇわけじゃないんだよ。自衛程度はできねぇとな」
「ロゼッタが『そうなんですね。そういえば、レヴィさん帰ってきましたか?』って言ってます」
「あの後1時間もしないうちに帰ってきたな」
「ロゼッタが……」
「よし! ロゼッタ出てこい!!」
——会話があまりにも面倒すぎる!
仕方がないのでラザラス共々後ろを向き、ロゼッタにどこかから出てきてもらうことにした。どこからか現れた彼女は、不思議そうな声をあげる。
「……。ラズさんは後ろ向かなくて良かったんじゃないですか?」
「そこを指摘するな。もう良いか? 振り返るぞ?」
こうしていると小柄で可愛らしい少女なのにな、とルーシオは思う。
……だが。
(やっていることは追跡班に限りなく近いを通り越して追跡班より明らかにヤバいのが、本当に困るんだけどな……)
そんなことを思われているなどとはつゆ知らず、ロゼッタはニコリと微笑んでみせた。
「ルーシオさん、お疲れ様です」
「おー、お疲れさん」
全く疲れて……いなくは無さそうだ。普通に疲れの色は見える。
気丈に振舞ってはいるが、どう考えても「平然と過ごせる精神状況」ではないのだろう——ルーシオは、流れるようにラザラスを睨んだ。
「あんな、ちょっとはロゼッタに配慮してやれよ」
「い、いや……どちらかというと、頼まれたのもあって……」
「頼まれた?」
ちらりとロゼッタを一瞥すると、今度は先程とは異なり、困ったように笑っている。
「……。流石にちょっと、落ち着かなくて。『お外行きたい』って言ったら、ここに連れてきてくれました」
「は? ラザラス!?」
ここじゃなくとも他に何かしら選択肢はあるだろう!?
そんな意図を込めて再びラザラスを睨んでしまったが——そうだ、彼はメンタルもポンコツだが対人関係もポンコツだった。つまり、必然的に“行く場所”が限られているのだ。
拠点はロゼッタのことを考慮すれば無いだろうし、頼みの綱になりそうなアンジェリアは現在不在だったはずだ。
要するに、思い当たる場所が訓練場しかなかったということだ……怒りを通り越して、とにかく悲しくなった。
「ほれ、お小遣いやるからドーナツでも買って帰れ。さっさと帰れ」
ルーシオはポケットから財布を出し、遠慮するラザラスに1枚紙幣を握らせる。
とりあえず、悲しすぎる男はさっさと家に帰そう。
「……」
そんなことを考えていると、下から視線を感じる。ロゼッタの大きな丸い瞳が、ルーシオを映していた。
「ん? どうした?」
「ルーシオさんって何の武器使うのかなって思ったんです。ちょっと前にヴェルさんと話したんですよね。ルーシオさんとエスラさんは、ヴェルさんとは流派が違うって」
訓練場に来たということは、戦闘訓練にきたのだろう。
ロゼッタはそう判断したらしい。事実、間違いではない。ルーシオは懐から拳銃を取り出し、ロゼッタに見せた。
「俺は基本的にはこれ使ってるが、体術もできなくはない。中途半端に獣人族要素が入っているからな」
「確かに見た目は獣人族だなって思ってましたけど……体質的には、有角人族なのかと」
「!」
ロゼッタはよく人を見ているらしい。
ラザラスが教えたのかとも思ったが、彼は彼で驚いている様子だから違うだろう。
ルーシオはロゼッタと視線を合わせて話しかける。
「よく気づいたなー……そうだな、俺は有角人のハーフだよ。見た目と“微妙に身体が人より動くこと”以外は有角人の特性のがデカい。
そのせいで見た目はこれでも魔力は一切無い感じだ。せめてラザラス程度でも良いから、魔力欲しかったんだけどなぁ」
雑に名前を出されたラザラスがかなり複雑そうにこちらを見ているが、知らん。
何かしら考えているのか、ぱちぱちと瞬きをする少女の姿を眺める。黙って少し様子を見ていると、彼女はこてんと首を傾げて口を開いた。
「『筋力強化』って、元々魔力が無い人にも入るんでしょうか?」
「……は?」
この子は一体何を言っているのだろうか。
意味が分からず、ルーシオはラザラスを見る。彼の方はどうやら、何か心当たりがありそうな様子だ。
「ラザラス?」
「1週間くらい前の話なんですけど、ロゼッタがヴェルさんに筋力強化使ってたんですよね。
それが普通に入ってたのと、ルーシオさん達も全く戦えないわけではない、みたいな情報は入ってて……」
「……それ、本当か?」
問えば、ラザラスはスッと訓練場の床を指差した。
まさかと思いながらも、視線を向けた先が——おかしい。あの一帯だけ妙に綺麗だ。まるで最近、穴が空いて、修繕したかのように……。
「え? あれまさか、ヴェルさんが……?」
困惑のあまり、声が震える。
そんなバカなと思いはしたが、2人の反応を見るに、本当なのだろう。
そんな時、ロゼッタがおろおろしながら手を挙げた。
「すみません、加減が分かんなくって……強く掛けすぎちゃったみたいで……あと、お人形も1個、ダメにしちゃって……」
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