76 / 83
第2章『黙した傷の在処、語らぬ想い』
39.暴かれる素性
しおりを挟む
いきなり自己紹介を求められ、エスメライは困惑する。
「あー……うー……変に調べられても困るよなー……」
酷く恥ずかしがっている彼女は、2人目の『変に調べられても困る枠』だ。
1人目だったヴェルシエラはくすりと笑い、口を開いた。
「結局違う名前も教えることになったんだけど、アタシは戸籍名で名乗ったわ。だから、アナタも合わせたら? ああ、そうそう。オーダーは名前、年齢、ここでの役割、前職よ」
「は、はい……分かりました……」
エスメライはすっと顔を上げ、オスカーを見据える。
「……。エスメライ・ミルドレッド・フェンネル。今は31歳。ここでは医療担当やってる。前職が軍医だったからね」
とはいえ、オスカーの出自を考えれば、エスメライの判断は間違いないだろう。事実、“フェンネル”という彼女の苗字を聞き、オスカーは嬉しそうに笑ってみせた。
「わっ!? 親戚! おじさまの親戚だぁ! おじさま、分家のドレイク家の長男だよ!」
「知ってる! そしてあんま嬉しくない!」
「えぇー、おじさま、大御所俳優やってんのに……」
そう言ってオスカーはわざとらしく頬を膨らませている。可愛くない。
可愛くない、が……その状態で、彼は何かを考えている。そして、答えが出たのだろう。彼は顔を戻し、ぽんと手を叩いた。
「あぁ、それで納得した。君、フェンネルの三男坊の奥さんだろ?」
「……うん」
「だからこんな目立つ場所が拠点なんだね? ここ襲撃しようもんなら、街の人たちが大暴れ確定だからねぇ。
敵さんも悪戯に手出しできないだろうし、いやー……上手い手だ。これは考えたねぇ、褒めたげるよ」
オスカーの読みは、当たっている。
事実、サブ拠点が襲撃されたことはあっても、メイン拠点であるここが襲われたことはない。
(俺たちは、シグの人脈と人柄に、救われているんだ)
それはフェンネルの三男坊——シグルーン・ノルド・フェンネルが、フェンネル街の人々に心から愛されていたからだ。
彼が大切にしていた喫茶店が襲われようものなら、街の人々は黙ってはいないだろう。少なくとも、国に対して猛抗議くらいはするはずだ。
ただでさえ、“シグルーンの事件”の調査が中途半端に切り上げられている事実を、人々は不満に思っている。国に対して、強く不信感を抱いている。これに関してはシグルーンの実家、フェンネル家も同様だった。
だからこそ彼らは、陰ながらステフィリオンの活動に全面協力してくれている。
「……」
もう良いだろ、と言わんばかりにエスメライはオスカーの横を素通りし、クロウの治療を再開した。その様子を一瞥しながら、オスカーはルーシオに視線を向ける。
「なるほどねぇ、変なとこ案内されるなーって思ったんだよ。まさか大通りに連れてこられるとは思わなかったもん。嘘吐くにしたって意味不明すぎるからねぇ」
「いや、クロウを人質に取られてんのに、嘘は吐けないっすよ……」
「それもそうかぁ……おや?」
オスカーはエスメライが持っている解毒薬を凝視している。一体どうしたのかと思えば、彼の方から話し始めた。
「エスメライさん、それは“ルミナ医療財団”のとこの奴?」
「あ、あぁ……そうだけど……」
「ふーん……? まあ、この国だと毒ならルミナだよねぇ……ま、それに関しては、今はいいか。置いとこ」
何やら変な反応をしながら、オスカーはルーシオへと向き直る。
「ねぇ、この子についても教えてよ。あ、本名でお願い。確実に“クロウ”は偽名だろ?」
「偽名っすねぇ……なのに偽名が馴染みすぎて、若干困ってるんですけど……」
オスカーはへらへらと笑っている。
勝手に話すことに申し訳なさを覚えつつも、ルーシオは重い口を開いた。
「クロウの本名は『フェリクス・ウィレット』。歳は……2週間後くらいに26歳になるな。うちの主力戦闘員です。
んで、昔はカラス種の村を迫害しにきた馬鹿を相手に戦わされてたっぽいんすよ。つまり元は少年兵ですね」
「……。誕生日直前にこうなるの、不憫すぎない?」
「そ、れは……まぁ……」
それは、思う。流石にちょっと思う。
オスカーは苦笑しつつも、「なるほどなぁ」と呟く。
「カラス種迫害ってことは、出身はオブシディアンのアルギリア村かな。よりによって、あのエリアかー……大変だったろうなー……」
「なんで分かるんすか……」
「だって、おじさまも高等研究院出てるし。ちなみに専攻は国際文化学と言語学。それから魔術史。その関係で他国のことも色々と頭に叩き込んでる。しかもオブシディアンは隣国だから、そりゃ知ってるよねぇ?」
「はは……」
本人が全く名乗る気がないを通り越し、諸事情で『呼ばれ慣れていなさすぎる』本名を暴露すると、オスカーはしれっとクロウの故郷を言い当ててみせた。
高等研究院の出なら、もはや仕方がない。あそこはそういう場所だ。
オスカーは何やら色々考えつつ……ピタリと止まった。
「ん? “フェリクス”? ……“フェリシア”、じゃなくて?」
「は?」
「あー、なるほど。フェリシアは愛称の類かな?」
こいつは、一体何を言っているのだろうか。
流石にこれには、場にいた全員が反応した。それ以前に、明らかにオスカーが“動揺”した。とんでもなく焦り始めた。
「ま、まあまあ、大丈夫大丈夫! そんな警戒しないでよ!」
「いや、警戒するだろ……!」
「ほら、えーと、そうだな……な、なんとなく“そう感じた”だけだから!」
(絶対なんか隠してやがる!?)
そんな、あまりにも曖昧な言葉で納得できるはずもなく。しかもかなり様子がおかしい!
どうにか吐き出させようと、ステフィリオン総出であの手この手で問い詰める。
だが、最終的にオスカーは観念したように、どこか寂しそうに笑った。
「言ったところで信じてもらえないだろうし、逆に不信感持たれそうだからさぁ……悪いんだけど、言いたくないかなぁ」
言いたくない。
明確な拒絶の言葉が返ってきてしまった。
(隠したいってこと、だろうな……気には、なるが……)
怪しい人物ではあるが、それでも……なんとなく、これ以上踏み込むのは“違う”ような気がする。
ルーシオは話題を変えるべく、口を開いた。
「まー、実際問題、むしろフェリクスよりフェリシアの方が呼ばれ慣れてるみたいなんすよ。というか、数えるくらいしかフェリクスって呼ばれてないと思います。
こいつの親が、何をどう頑張っても自分たちの呼び方を正せなかったらしくて」
「あー……、医者の誤診かぁ」
残念ながら、正解だ。
「医者に女の子って聞かされて、フェリシアって名づけて、母親の腹にいる頃からそう呼び続けて……で、生まれてきたら性別違ったらしいんすよ」
「……。まあ、気持ちは分かるなぁ。でもフェリシアならギリギリ行ける気がするし、いっそそのまま通せば良かったのに」
「いやー、やっぱ男性名を付けるべきって思ったんじゃないすかねぇ……」
適当に相槌を打ちつつ、ルーシオは考える。
(き、聞けねぇ……)
公式発表でも追跡班がかき集めてきた情報でも、オスカー・ドレイクは未婚だ。
子どもも、いなかったはずだ。それならクロウの親の気持ちが分かるはずがないだろう。
……とは思ったが、もう嫌な予感しかしなかった。全力で触れないことにした。
(このおっさんの情報は、マジで何も信用できねーんだよなぁ……もはや掴んだ情報の何が正しくて何が違うのか、マジで分かんねぇ……)
ルーシオが黙り込んでいると、オスカーはレヴィに視線を移す。
「それを言ったら、レヴィさんだって男性名だけどね、レヴィって綺麗な響きだし、似合ってるとは思うけど」
「あー、えっと、ですね。ボクはたぶん、拾ってくれたパパ……名づけ親に男だって誤解されたんだと思うんです。
会った時のボクはすごく汚かったでしょうし、当時は髪も適当にナイフで短く切ってましたから」
「いや、あの……ほんと、ごめん」
オスカーは手を合わせ、軽く頭を下げる。レヴィはわたわたと首を横に振るっていた。
本人は全く気にしていなさそうなのだが、確かに彼女の経歴はどこを切り取っても壮絶すぎるがゆえに何を聞いても地雷臭がすごいのだ。
ここまでくると、むしろ『本人が全く気にしていなさそうなこと』の方が問題かもしれない。
ゆるゆると首を横に振った後、改めてオスカーは全員の姿を見回し、口を開く。
「よし、約束だからねぇ。話すかー」
ふふん、と彼は笑っている。どうやら、約束を守る気はあったらしい。
彼は「その前に」と呟き、自身の首の左側をトントンと指で叩いた。
「今更だけどね。一応、確認しとこっかな。君らはタトゥー入れてんの?
ルーシオくんには見せてもらったし、フェリシアくんのは勝手に見たんだけどさ」
さりげなくクロウが“クロウ”とは呼んでもらえないことが確定したようだが、そんなことはもうどうでも良い。
クロウには悪いが、そんなのは些細な問題だ——問題はエスメライとレヴィが、困ったように顔を見合わせていることだ。
(まずい……!)
ルーシオは慌てて右手と首を横に振る。
それを見て、オスカーは怪訝そうな顔をしていた。
「ん? どうしたのさ」
そうこうしているうちに、腹を括ってしまったらしい。
天井を見ながら背中を露出しようとするヴェルシエラはこの際仕方ないとして、躊躇いつつも胸元をはだけさせ始めたエスメライと、若干怯えた表情で、震える手でスカートをたくし上げ始めたレヴィがヤバい!
「んっ!?」
そしてオスカーもルーシオの謎行動の意味を理解し、とっさに顔を背けて叫んだ。
「ストップ! ストップ! 止まれ!!」
俺の位置はタトゥーの位置はまだマシだろと言いたくなったが、ルーシオも一緒になって顔を背けているのでそれどころではない。万物がそれどころではない!
「あのさぁ……!」
わなわなと肩を振るわせ、念のため、顔を背けたままで、オスカーは再び叫ぶ。
「なんで! 君たちは! どいつもこいつも! 変な場所に! それ入れちゃうの!!
おじさま、マジで変態みたいじゃないか!! 別にそういうの求めてないんだけど!!」
だから彼は“破天荒おじさん”と呼ばれながらも、案外、感性は割と普通なんだろな。
そんなことをルーシオが考えていると、レヴィは指先をくるくる擦り合わせながら口を開いた。
「確認されることを、あまり想定してなくて……うぅ……」
「想定してよぉ……ヴェルナーくんも変なとこに入れてる気配しかしなかったし、これは逆にフェリシアくんがおかしいやつだなぁ……あっはは」
確かにクロウ“が”浮いているかもしれない。そんな気がしてきた。
(そういやクロウは別に勧めたわけじゃなく、最初から首って言ったんだよなぁ。首は目立つから、扱いが面倒だろって思ったんだが……)
オスカーがクロウのタトゥーを見つけていなければ、もっと大変なことになっていたかもしれない。下手をすると、普通に殺されていたかもしれない。
話を聞くに、彼のタトゥーを見たからこそ、オスカーは途中で行動パターンを変えてくれたのだから。
(マジで、助かった……ありがとな、クロウ……)
とんでもなく変な形でクロウに救われたなと思いつつ、“最悪”を想像してしまったルーシオは深く息を吐き出した。
「あー……うー……変に調べられても困るよなー……」
酷く恥ずかしがっている彼女は、2人目の『変に調べられても困る枠』だ。
1人目だったヴェルシエラはくすりと笑い、口を開いた。
「結局違う名前も教えることになったんだけど、アタシは戸籍名で名乗ったわ。だから、アナタも合わせたら? ああ、そうそう。オーダーは名前、年齢、ここでの役割、前職よ」
「は、はい……分かりました……」
エスメライはすっと顔を上げ、オスカーを見据える。
「……。エスメライ・ミルドレッド・フェンネル。今は31歳。ここでは医療担当やってる。前職が軍医だったからね」
とはいえ、オスカーの出自を考えれば、エスメライの判断は間違いないだろう。事実、“フェンネル”という彼女の苗字を聞き、オスカーは嬉しそうに笑ってみせた。
「わっ!? 親戚! おじさまの親戚だぁ! おじさま、分家のドレイク家の長男だよ!」
「知ってる! そしてあんま嬉しくない!」
「えぇー、おじさま、大御所俳優やってんのに……」
そう言ってオスカーはわざとらしく頬を膨らませている。可愛くない。
可愛くない、が……その状態で、彼は何かを考えている。そして、答えが出たのだろう。彼は顔を戻し、ぽんと手を叩いた。
「あぁ、それで納得した。君、フェンネルの三男坊の奥さんだろ?」
「……うん」
「だからこんな目立つ場所が拠点なんだね? ここ襲撃しようもんなら、街の人たちが大暴れ確定だからねぇ。
敵さんも悪戯に手出しできないだろうし、いやー……上手い手だ。これは考えたねぇ、褒めたげるよ」
オスカーの読みは、当たっている。
事実、サブ拠点が襲撃されたことはあっても、メイン拠点であるここが襲われたことはない。
(俺たちは、シグの人脈と人柄に、救われているんだ)
それはフェンネルの三男坊——シグルーン・ノルド・フェンネルが、フェンネル街の人々に心から愛されていたからだ。
彼が大切にしていた喫茶店が襲われようものなら、街の人々は黙ってはいないだろう。少なくとも、国に対して猛抗議くらいはするはずだ。
ただでさえ、“シグルーンの事件”の調査が中途半端に切り上げられている事実を、人々は不満に思っている。国に対して、強く不信感を抱いている。これに関してはシグルーンの実家、フェンネル家も同様だった。
だからこそ彼らは、陰ながらステフィリオンの活動に全面協力してくれている。
「……」
もう良いだろ、と言わんばかりにエスメライはオスカーの横を素通りし、クロウの治療を再開した。その様子を一瞥しながら、オスカーはルーシオに視線を向ける。
「なるほどねぇ、変なとこ案内されるなーって思ったんだよ。まさか大通りに連れてこられるとは思わなかったもん。嘘吐くにしたって意味不明すぎるからねぇ」
「いや、クロウを人質に取られてんのに、嘘は吐けないっすよ……」
「それもそうかぁ……おや?」
オスカーはエスメライが持っている解毒薬を凝視している。一体どうしたのかと思えば、彼の方から話し始めた。
「エスメライさん、それは“ルミナ医療財団”のとこの奴?」
「あ、あぁ……そうだけど……」
「ふーん……? まあ、この国だと毒ならルミナだよねぇ……ま、それに関しては、今はいいか。置いとこ」
何やら変な反応をしながら、オスカーはルーシオへと向き直る。
「ねぇ、この子についても教えてよ。あ、本名でお願い。確実に“クロウ”は偽名だろ?」
「偽名っすねぇ……なのに偽名が馴染みすぎて、若干困ってるんですけど……」
オスカーはへらへらと笑っている。
勝手に話すことに申し訳なさを覚えつつも、ルーシオは重い口を開いた。
「クロウの本名は『フェリクス・ウィレット』。歳は……2週間後くらいに26歳になるな。うちの主力戦闘員です。
んで、昔はカラス種の村を迫害しにきた馬鹿を相手に戦わされてたっぽいんすよ。つまり元は少年兵ですね」
「……。誕生日直前にこうなるの、不憫すぎない?」
「そ、れは……まぁ……」
それは、思う。流石にちょっと思う。
オスカーは苦笑しつつも、「なるほどなぁ」と呟く。
「カラス種迫害ってことは、出身はオブシディアンのアルギリア村かな。よりによって、あのエリアかー……大変だったろうなー……」
「なんで分かるんすか……」
「だって、おじさまも高等研究院出てるし。ちなみに専攻は国際文化学と言語学。それから魔術史。その関係で他国のことも色々と頭に叩き込んでる。しかもオブシディアンは隣国だから、そりゃ知ってるよねぇ?」
「はは……」
本人が全く名乗る気がないを通り越し、諸事情で『呼ばれ慣れていなさすぎる』本名を暴露すると、オスカーはしれっとクロウの故郷を言い当ててみせた。
高等研究院の出なら、もはや仕方がない。あそこはそういう場所だ。
オスカーは何やら色々考えつつ……ピタリと止まった。
「ん? “フェリクス”? ……“フェリシア”、じゃなくて?」
「は?」
「あー、なるほど。フェリシアは愛称の類かな?」
こいつは、一体何を言っているのだろうか。
流石にこれには、場にいた全員が反応した。それ以前に、明らかにオスカーが“動揺”した。とんでもなく焦り始めた。
「ま、まあまあ、大丈夫大丈夫! そんな警戒しないでよ!」
「いや、警戒するだろ……!」
「ほら、えーと、そうだな……な、なんとなく“そう感じた”だけだから!」
(絶対なんか隠してやがる!?)
そんな、あまりにも曖昧な言葉で納得できるはずもなく。しかもかなり様子がおかしい!
どうにか吐き出させようと、ステフィリオン総出であの手この手で問い詰める。
だが、最終的にオスカーは観念したように、どこか寂しそうに笑った。
「言ったところで信じてもらえないだろうし、逆に不信感持たれそうだからさぁ……悪いんだけど、言いたくないかなぁ」
言いたくない。
明確な拒絶の言葉が返ってきてしまった。
(隠したいってこと、だろうな……気には、なるが……)
怪しい人物ではあるが、それでも……なんとなく、これ以上踏み込むのは“違う”ような気がする。
ルーシオは話題を変えるべく、口を開いた。
「まー、実際問題、むしろフェリクスよりフェリシアの方が呼ばれ慣れてるみたいなんすよ。というか、数えるくらいしかフェリクスって呼ばれてないと思います。
こいつの親が、何をどう頑張っても自分たちの呼び方を正せなかったらしくて」
「あー……、医者の誤診かぁ」
残念ながら、正解だ。
「医者に女の子って聞かされて、フェリシアって名づけて、母親の腹にいる頃からそう呼び続けて……で、生まれてきたら性別違ったらしいんすよ」
「……。まあ、気持ちは分かるなぁ。でもフェリシアならギリギリ行ける気がするし、いっそそのまま通せば良かったのに」
「いやー、やっぱ男性名を付けるべきって思ったんじゃないすかねぇ……」
適当に相槌を打ちつつ、ルーシオは考える。
(き、聞けねぇ……)
公式発表でも追跡班がかき集めてきた情報でも、オスカー・ドレイクは未婚だ。
子どもも、いなかったはずだ。それならクロウの親の気持ちが分かるはずがないだろう。
……とは思ったが、もう嫌な予感しかしなかった。全力で触れないことにした。
(このおっさんの情報は、マジで何も信用できねーんだよなぁ……もはや掴んだ情報の何が正しくて何が違うのか、マジで分かんねぇ……)
ルーシオが黙り込んでいると、オスカーはレヴィに視線を移す。
「それを言ったら、レヴィさんだって男性名だけどね、レヴィって綺麗な響きだし、似合ってるとは思うけど」
「あー、えっと、ですね。ボクはたぶん、拾ってくれたパパ……名づけ親に男だって誤解されたんだと思うんです。
会った時のボクはすごく汚かったでしょうし、当時は髪も適当にナイフで短く切ってましたから」
「いや、あの……ほんと、ごめん」
オスカーは手を合わせ、軽く頭を下げる。レヴィはわたわたと首を横に振るっていた。
本人は全く気にしていなさそうなのだが、確かに彼女の経歴はどこを切り取っても壮絶すぎるがゆえに何を聞いても地雷臭がすごいのだ。
ここまでくると、むしろ『本人が全く気にしていなさそうなこと』の方が問題かもしれない。
ゆるゆると首を横に振った後、改めてオスカーは全員の姿を見回し、口を開く。
「よし、約束だからねぇ。話すかー」
ふふん、と彼は笑っている。どうやら、約束を守る気はあったらしい。
彼は「その前に」と呟き、自身の首の左側をトントンと指で叩いた。
「今更だけどね。一応、確認しとこっかな。君らはタトゥー入れてんの?
ルーシオくんには見せてもらったし、フェリシアくんのは勝手に見たんだけどさ」
さりげなくクロウが“クロウ”とは呼んでもらえないことが確定したようだが、そんなことはもうどうでも良い。
クロウには悪いが、そんなのは些細な問題だ——問題はエスメライとレヴィが、困ったように顔を見合わせていることだ。
(まずい……!)
ルーシオは慌てて右手と首を横に振る。
それを見て、オスカーは怪訝そうな顔をしていた。
「ん? どうしたのさ」
そうこうしているうちに、腹を括ってしまったらしい。
天井を見ながら背中を露出しようとするヴェルシエラはこの際仕方ないとして、躊躇いつつも胸元をはだけさせ始めたエスメライと、若干怯えた表情で、震える手でスカートをたくし上げ始めたレヴィがヤバい!
「んっ!?」
そしてオスカーもルーシオの謎行動の意味を理解し、とっさに顔を背けて叫んだ。
「ストップ! ストップ! 止まれ!!」
俺の位置はタトゥーの位置はまだマシだろと言いたくなったが、ルーシオも一緒になって顔を背けているのでそれどころではない。万物がそれどころではない!
「あのさぁ……!」
わなわなと肩を振るわせ、念のため、顔を背けたままで、オスカーは再び叫ぶ。
「なんで! 君たちは! どいつもこいつも! 変な場所に! それ入れちゃうの!!
おじさま、マジで変態みたいじゃないか!! 別にそういうの求めてないんだけど!!」
だから彼は“破天荒おじさん”と呼ばれながらも、案外、感性は割と普通なんだろな。
そんなことをルーシオが考えていると、レヴィは指先をくるくる擦り合わせながら口を開いた。
「確認されることを、あまり想定してなくて……うぅ……」
「想定してよぉ……ヴェルナーくんも変なとこに入れてる気配しかしなかったし、これは逆にフェリシアくんがおかしいやつだなぁ……あっはは」
確かにクロウ“が”浮いているかもしれない。そんな気がしてきた。
(そういやクロウは別に勧めたわけじゃなく、最初から首って言ったんだよなぁ。首は目立つから、扱いが面倒だろって思ったんだが……)
オスカーがクロウのタトゥーを見つけていなければ、もっと大変なことになっていたかもしれない。下手をすると、普通に殺されていたかもしれない。
話を聞くに、彼のタトゥーを見たからこそ、オスカーは途中で行動パターンを変えてくれたのだから。
(マジで、助かった……ありがとな、クロウ……)
とんでもなく変な形でクロウに救われたなと思いつつ、“最悪”を想像してしまったルーシオは深く息を吐き出した。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】秀才の男装治療師が女性恐怖症のわんこ弟子に溺愛されるまで
禅
恋愛
「神に祈るだけで曖昧にしか治らない。そんなものは治療とは言わない」
男尊女卑が強い国で、女であることを隠し、独自の魔法を使いトップクラスの治療師となり治療をしていたクリス。
ある日、新人のルドがやってきて教育係を押し付けられる。ルドは魔法騎士団のエースだが治療魔法が一切使えない。しかも、女性恐怖症。
それでも治療魔法が使えるようになりたいと懇願するルドに根負けしたクリスは特別な治療魔法を教える。
クリスを男だと思い込み、純粋に師匠として慕ってくるルド。
そんなルドに振り回されるクリス。
こんな二人が無自覚両片思いになり、両思いになるまでの話。
※最初の頃はガチ医療系、徐々に恋愛成分多めになっていきます
※主人公は現代に近い医学知識を使いますが、転生者ではありません
※一部変更&数話追加してます(11/24現在)
※※小説家になろうで完結まで掲載
改稿して投稿していきます
一匹狼と、たったひとりのラナ
揺木しっぽ
恋愛
絶滅危惧種となった「人間」のラナ。 その希少さゆえに、あらゆる種族から欲望の対象として狙われる日々に、彼女は心を擦り減らしていた。
そんな彼女を救ったのは、一人の狼男・リゲル。 他の男たちとは違う、彼の大きくて温かな手に、ラナは初めて希望を抱くが――。
獣の本能と、孤独な少女。 密やかに育まれる、甘く濃密な執着の物語。
※本作には一部、経血に関する執着描写が含まれます。苦手な方はご注意ください。
毎日21時頃、全12話完結まで更新いたします。
俺様上司と複雑な関係〜初恋相手で憧れの先輩〜
せいとも
恋愛
高校時代バスケ部のキャプテンとして活躍する蒼空先輩は、マネージャーだった凛花の初恋相手。
当時の蒼空先輩はモテモテにもかかわらず、クールで女子を寄せ付けないオーラを出していた。
凛花は、先輩に一番近い女子だったが恋に発展することなく先輩は卒業してしまう。
IT企業に就職して恋とは縁がないが充実した毎日を送る凛花の元に、なんと蒼空先輩がヘッドハンティングされて上司としてやってきた。
高校の先輩で、上司で、後から入社の後輩⁇
複雑な関係だが、蒼空は凛花に『はじめまして』と挨拶してきた。
知り合いだと知られたくない?
凛花は傷ついたが割り切って上司として蒼空と接する。
蒼空が凛花と同じ会社で働きだして2年経ったある日、突然ふたりの関係が動き出したのだ。
初恋相手の先輩で上司の複雑な関係のふたりはどうなる?
表紙はイラストAC様よりお借りしております。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
彼の巨大な体に覆われ、満たされ、貪られた——一晩中
桜井ベアトリクス
恋愛
妹を救出するため、一ヶ月かけて死の山脈を越え、影の沼地を泳ぎ、マンティコアとポーカー勝負までした私、ローズ。
やっと辿り着いた先で見たのは——フェイ王の膝の上で甘える妹の姿。
「助けなんていらないわよ?」
は?
しかも運命の光が私と巨漢戦士マキシマスの間で光って、「お前は俺のものだ」宣言。
「片手だけなら……」そう妥協したのに、ワイン一杯で理性が飛んだ。
彼の心臓の音を聞いた瞬間、私から飛びついて、その夜、彼のベッドで戦士のものになった。
借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる
しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。
いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに……
しかしそこに現れたのは幼馴染で……?
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました
大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる