ストーカー竜娘と復讐鬼の王子様 ―今、あなたの後ろにいるの―

逢月 悠希

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第2章『黙した傷の在処、語らぬ想い』

39.暴かれる素性

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 いきなり自己紹介を求められ、エスメライは困惑する。

「あー……うー……変に調べられても困るよなー……」

 酷く恥ずかしがっている彼女は、2人目の『変に調べられても困る枠』だ。
 1人目だったヴェルシエラはくすりと笑い、口を開いた。

「結局違う名前も教えることになったんだけど、アタシは戸籍名で名乗ったわ。だから、アナタも合わせたら? ああ、そうそう。オーダーは名前、年齢、ここでの役割、前職よ」
「は、はい……分かりました……」

 エスメライはすっと顔を上げ、オスカーを見据える。

「……。エスメライ・ミルドレッド・フェンネル。今は31歳。ここでは医療担当やってる。前職が軍医だったからね」

 とはいえ、オスカーの出自を考えれば、エスメライの判断は間違いないだろう。事実、“フェンネル”という彼女の苗字を聞き、オスカーは嬉しそうに笑ってみせた。

「わっ!? 親戚! おじさまの親戚だぁ! おじさま、分家のドレイク家の長男だよ!」
「知ってる! そしてあんま嬉しくない!」
「えぇー、おじさま、大御所俳優やってんのに……」

 そう言ってオスカーはわざとらしく頬を膨らませている。可愛くない。
 可愛くない、が……その状態で、彼は何かを考えている。そして、答えが出たのだろう。彼は顔を戻し、ぽんと手を叩いた。

「あぁ、それで納得した。君、フェンネルの三男坊の奥さんだろ?」
「……うん」
「だからこんな目立つ場所が拠点なんだね? ここ襲撃しようもんなら、街の人たちが大暴れ確定だからねぇ。
 敵さんも悪戯に手出しできないだろうし、いやー……上手い手だ。これは考えたねぇ、褒めたげるよ」

 オスカーの読みは、当たっている。
 事実、サブ拠点が襲撃されたことはあっても、メイン拠点であるここが襲われたことはない。

(俺たちは、シグの人脈と人柄に、救われているんだ)

 それはフェンネルの三男坊——シグルーン・ノルド・フェンネルが、フェンネル街の人々に心から愛されていたからだ。
 彼が大切にしていた喫茶店が襲われようものなら、街の人々は黙ってはいないだろう。少なくとも、国に対して猛抗議くらいはするはずだ。

 ただでさえ、“シグルーンの事件”の調査が中途半端に切り上げられている事実を、人々は不満に思っている。国に対して、強く不信感を抱いている。これに関してはシグルーンの実家、フェンネル家も同様だった。

 だからこそ彼らは、陰ながらステフィリオンの活動に全面協力してくれている。

「……」

 もう良いだろ、と言わんばかりにエスメライはオスカーの横を素通りし、クロウの治療を再開した。その様子を一瞥しながら、オスカーはルーシオに視線を向ける。

「なるほどねぇ、変なとこ案内されるなーって思ったんだよ。まさか大通りに連れてこられるとは思わなかったもん。嘘吐くにしたって意味不明すぎるからねぇ」
「いや、クロウを人質に取られてんのに、嘘は吐けないっすよ……」
「それもそうかぁ……おや?」

 オスカーはエスメライが持っている解毒薬を凝視している。一体どうしたのかと思えば、彼の方から話し始めた。

「エスメライさん、それは“ルミナ医療財団”のとこの奴?」
「あ、あぁ……そうだけど……」
「ふーん……? まあ、この国だと毒ならルミナだよねぇ……ま、それに関しては、今はいいか。置いとこ」

 何やら変な反応をしながら、オスカーはルーシオへと向き直る。

「ねぇ、この子についても教えてよ。あ、本名でお願い。確実に“クロウ”は偽名だろ?」
「偽名っすねぇ……なのに偽名が馴染みすぎて、若干困ってるんですけど……」

 オスカーはへらへらと笑っている。
 勝手に話すことに申し訳なさを覚えつつも、ルーシオは重い口を開いた。

「クロウの本名は『フェリクス・ウィレット』。歳は……2週間後くらいに26歳になるな。うちの主力戦闘員です。
 んで、昔はカラス種の村を迫害しにきた馬鹿を相手に戦わされてたっぽいんすよ。つまり元は少年兵ですね」
「……。誕生日直前にこうなるの、不憫すぎない?」
「そ、れは……まぁ……」

 それは、思う。流石にちょっと思う。
 オスカーは苦笑しつつも、「なるほどなぁ」と呟く。

「カラス種迫害ってことは、出身はオブシディアンのアルギリア村かな。よりによって、あのエリアかー……大変だったろうなー……」
「なんで分かるんすか……」
「だって、おじさまも高等研究院出てるし。ちなみに専攻は国際文化学と言語学。それから魔術史。その関係で他国のことも色々と頭に叩き込んでる。しかもオブシディアンは隣国だから、そりゃ知ってるよねぇ?」
「はは……」

 本人が全く名乗る気がないを通り越し、諸事情で『呼ばれ慣れていなさすぎる』本名を暴露すると、オスカーはしれっとクロウの故郷を言い当ててみせた。
 高等研究院の出なら、もはや仕方がない。あそこはだ。

 オスカーは何やら色々考えつつ……ピタリと止まった。

「ん? “フェリクス”? ……“フェリシア”、じゃなくて?」
「は?」
「あー、なるほど。フェリシアは愛称の類かな?」

 こいつは、一体何を言っているのだろうか。
 流石にこれには、場にいた全員が反応した。それ以前に、明らかにオスカーが“動揺”した。とんでもなく焦り始めた。

「ま、まあまあ、大丈夫大丈夫! そんな警戒しないでよ!」
「いや、警戒するだろ……!」
「ほら、えーと、そうだな……な、なんとなく“そう感じた”だけだから!」
(絶対なんか隠してやがる!?)

 そんな、あまりにも曖昧な言葉で納得できるはずもなく。しかもかなり様子がおかしい!
 どうにか吐き出させようと、ステフィリオン総出であの手この手で問い詰める。
 だが、最終的にオスカーは観念したように、どこか寂しそうに笑った。

「言ったところで信じてもらえないだろうし、逆に不信感持たれそうだからさぁ……悪いんだけど、言いたくないかなぁ」

 言いたくない。
 明確な拒絶の言葉が返ってきてしまった。

(隠したいってこと、だろうな……気には、なるが……)

 怪しい人物ではあるが、それでも……なんとなく、これ以上踏み込むのは“違う”ような気がする。
 ルーシオは話題を変えるべく、口を開いた。

「まー、実際問題、むしろフェリクスよりフェリシアの方が呼ばれ慣れてるみたいなんすよ。というか、数えるくらいしかフェリクスって呼ばれてないと思います。
 こいつの親が、何をどう頑張っても自分たちの呼び方を正せなかったらしくて」
「あー……、医者の誤診かぁ」

 残念ながら、正解だ。

「医者に女の子って聞かされて、フェリシアって名づけて、母親の腹にいる頃からそう呼び続けて……で、生まれてきたら性別違ったらしいんすよ」
「……。まあ、気持ちは分かるなぁ。でもフェリシアならギリギリ行ける気がするし、いっそそのまま通せば良かったのに」
「いやー、やっぱ男性名を付けるべきって思ったんじゃないすかねぇ……」

 適当に相槌を打ちつつ、ルーシオは考える。

(き、聞けねぇ……)

 公式発表でも追跡班がかき集めてきた情報でも、オスカー・ドレイクは未婚だ。
 子どもも、いなかったはずだ。それならクロウの親の気持ちが分かるはずがないだろう。

……とは思ったが、もう嫌な予感しかしなかった。全力で触れないことにした。

(このおっさんの情報は、マジで何も信用できねーんだよなぁ……もはや掴んだ情報の何が正しくて何が違うのか、マジで分かんねぇ……)

 ルーシオが黙り込んでいると、オスカーはレヴィに視線を移す。

「それを言ったら、レヴィさんだって男性名だけどね、レヴィって綺麗な響きだし、似合ってるとは思うけど」
「あー、えっと、ですね。ボクはたぶん、拾ってくれたパパ……名づけ親に男だって誤解されたんだと思うんです。
 会った時のボクはすごく汚かったでしょうし、当時は髪も適当にナイフで短く切ってましたから」
「いや、あの……ほんと、ごめん」

 オスカーは手を合わせ、軽く頭を下げる。レヴィはわたわたと首を横に振るっていた。
 本人は全く気にしていなさそうなのだが、確かに彼女の経歴はどこを切り取っても壮絶すぎるがゆえに何を聞いても地雷臭がすごいのだ。
 ここまでくると、むしろ『本人が全く気にしていなさそうなこと』の方が問題かもしれない。

 ゆるゆると首を横に振った後、改めてオスカーは全員の姿を見回し、口を開く。

「よし、約束だからねぇ。話すかー」

 ふふん、と彼は笑っている。どうやら、約束を守る気はあったらしい。
 彼は「その前に」と呟き、自身の首の左側をトントンと指で叩いた。

「今更だけどね。一応、確認しとこっかな。君らはタトゥー入れてんの?
 ルーシオくんには見せてもらったし、フェリシアくんのは勝手に見たんだけどさ」

 さりげなくクロウが“クロウ”とは呼んでもらえないことが確定したようだが、はもうどうでも良い。

 クロウには悪いが、そんなのは些細な問題だ——問題はエスメライとレヴィが、困ったように顔を見合わせていることだ。

(まずい……!)

 ルーシオは慌てて右手と首を横に振る。
 それを見て、オスカーは怪訝そうな顔をしていた。

「ん? どうしたのさ」

 そうこうしているうちに、腹を括ってしまったらしい。
 天井を見ながら背中を露出しようとするヴェルシエラはこの際仕方ないとして、躊躇いつつも胸元をはだけさせ始めたエスメライと、若干怯えた表情で、震える手でスカートをたくし上げ始めたレヴィがヤバい!

「んっ!?」

 そしてオスカーもルーシオの謎行動の意味を理解し、とっさに顔を背けて叫んだ。

「ストップ! ストップ! 止まれ!!」

 俺の位置はタトゥーの位置はまだマシだろと言いたくなったが、ルーシオも一緒になって顔を背けているのでそれどころではない。万物がそれどころではない!

「あのさぁ……!」

 わなわなと肩を振るわせ、念のため、顔を背けたままで、オスカーは再び叫ぶ。

「なんで! 君たちは! どいつもこいつも! 変な場所に! それ入れちゃうの!!
 おじさま、マジで変態みたいじゃないか!! 別にそういうの求めてないんだけど!!」

だから彼は“破天荒おじさん”と呼ばれながらも、案外、感性は割と普通なんだろな。

 そんなことをルーシオが考えていると、レヴィは指先をくるくる擦り合わせながら口を開いた。

「確認されることを、あまり想定してなくて……うぅ……」
「想定してよぉ……ヴェルナーくんも変なとこに入れてる気配しかしなかったし、これは逆にフェリシアくんがおかしいやつだなぁ……あっはは」

 確かにクロウ“が”浮いているかもしれない。そんな気がしてきた。

(そういやクロウは別に勧めたわけじゃなく、最初から首って言ったんだよなぁ。首は目立つから、扱いが面倒だろって思ったんだが……)

 オスカーがクロウのタトゥーを見つけていなければ、もっと大変なことになっていたかもしれない。下手をすると、普通に殺されていたかもしれない。
 話を聞くに、彼のタトゥーを見たからこそ、オスカーは途中で行動パターンを変えてくれたのだから。

(マジで、助かった……ありがとな、クロウ……)

 とんでもなく変な形でクロウに救われたなと思いつつ、“最悪”を想像してしまったルーシオは深く息を吐き出した。
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