ストーカー竜娘と復讐鬼の王子様 ―今、あなたの後ろにいるの―

逢月 悠希

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第3章『絡み合う因果、悪意の残滓』

70.沈黙の理由

 エスメライの夫であり、ルーシオの親友が意識不明の重体に追い込まれた。
 その原因は間違いなく、ドラグゼンにある。そうでなければ、こんなことにはなっていない。

「……」

 思わぬ形で、現ステフィリオン結成に繋がる事情を、優しい彼女らが、非情な戦いに身を投じた理由を知ってしまった——ロゼッタが黙り込んでいると、アンジェリアはロゼッタの目を覗き込んで口を開く。

「だから、私が代わりに迎えにきたのよ?」

「え?」

「ジュリーのお見舞いに行ったラズが落ち込みに落ち込んで『今は誰とも会いたくない、ひとりになりたい』ってなっちゃったの」

 ジュリアスの容態は、ロゼッタ目線だと決して良いものだとは言い切れない。
 今年に入ってマシになったとのことではあったが、から既に半年以上は経っている。

 苦しくて、辛くて、誰とも会いたくなくなってしまうのも、無理はないだろう。

(仕事帰りにお見舞い行くって、決めてたんだろな。だから、わたしに着いてきて欲しくなかったんだ)

 すとん、と腑に落ちた。
 それなら仕方ない、と納得できた。

 不安になっていた気持ちが落ち着き、ホッと息を吐く。

 ロゼッタの心境を理解しているのか、アンジェリアは「ふふふ」と困ったように笑ってみせた。

「特にエスラさんは、しばらくはラズと似たような感じだったらしいのよね。だから、気持ちが分かるんだと思うわ。ラズが無理そうなら、代わりにあなたを連れて帰ってあげてって、事前に頼まれてたの」

「そうだったんですね……」

 アンジェリアが先にエスメライたちの事情を話してくれたのは、そのためだろう。
 確かに彼女の話は、エスメライたちの話を知らなければ所々が繋がらなくなってしまう。

(まあ、本名知らなくて背後事情知ってるわけがないか……)

 ロゼッタがエスメライの本名を知らない時点で、何も知らないのだと判断してくれたようだ。
 それをありがたく思っていると、彼女はもう一度困ったように、今度は、どこか悲しげに笑う。

「ラズみたいに分かりやすくはないけど、私もね、これでも落ち込んではいるの……これでも、ね」

(……どうして、そんなこと言うんですか)

 平常心を保てるようになったことで「自分は冷たい人間だ」とでも思っているのかもしれない。
 ちょっと、ムッとしてしまった。もはや疑う余地もないことを言わないで欲しい。

「そんなの、当たり前でしょう? ただ、アンジェさんはジュリーさんを信じて待ってる。それだけだと思いますよ?」

 月日が経つにつれて、自分の感情に自信が無くなってきていたのだろうか。
 それともラザラスとの想いの差を感じて、自分を責め始めてしまったのだろうか。

(ラズさんとアンジェさんは、置かれてる立場が違うんだから……当たり前じゃん。むしろ、アンジェさんはすごく頑張ってるのに)

 ラザラスはこの世で唯一、ジュリアスを人間だ。
 ゆえに、彼の中では現状に対する悲嘆やドラグゼンに対する怨恨ではなく、過去の自分を蔑む感情の方が圧倒的に強い。自罰思考を動力源に戦っている、と言っても過言ではない。
 つまり、最初からアンジェリアとは状況が少し異なっている。本人たちがどう思おうが、この事実は覆せない。程度の差が出るのも、当たり前だ。

「……ありがとう」

 ロゼッタがすぐに否定したのが嬉しかったのか、はたまた、ロゼッタの心を読んだのか。
 悲しげだったアンジェリアの表情が微かに変化した。

「私もね、落ち込んでるって言ったでしょう? ……だから、うちにきて欲しいな。お泊まり会兼女子会、しましょ? レヴィが起きたら、あの子も誘うから」

 お泊まり会。女子会。
 どこかキラキラとした響きに、ロゼッタの胸は高鳴る。

「良いんですか? その、そういうの……よく分かんないんですけど、楽しそうだなって……」

「あら? お願いしたのは私よ? そうね、せっかくだから、買い物にも行きましょうか。食材とか、色々揃えておきたいのよね」

「買い物……! 分かりました!」

 お泊まり、ということは恐らくレヴィを含めた3人で集まり、泊まり込みでのんびり過ごす会なのだろう。きっと、世間一般的な女性がよくやるイベントだ。

(わたしの常識はズレてるけど……! 流石に、これはそこまで外してない、はず……! やったことはないけど……!)

 そんなことを考えていると、アンジェリアは物凄く決まりが悪そうな顔をしていた。

「ど、どうしました?」

「あの……あのね」

 もしかして、何か間違ってしまったのだろうか。
 失礼なことを言ったしまったのかもしれないと、ロゼッタは狼狽える。

 するとアンジェリアは、顔を真っ赤にして口を開いた。

「か、買い物中に何かしら会話しなきゃいけなくなったら、私の代わりに話して欲しくて……っ!」

「えっ!?」

「し、知ってると思うけど……私、話せなくなっちゃうから……っ」

 必死な様子の彼女を見て、ロゼッタは現在の状況を改めて考える。そして、気づいた。

「むしろ、なんで今は話せてるんですか……?」

 そう、そうだった。
 そもそも、最初からおかしかったのだ。

……アンジェリアが、普通に声を出して話していること自体が。

(普通に会話が成立するから、途中から忘れてた)

 疑問を投げかければ、アンジェリアは少しモジモジしながら口を開く。

「そもそも人が少ないのもあるんだけど、実はこの建物の1階はかなり強い『真聴サイコフォニア』対策が入ってるの。
 だから、強く感情爆発させなきゃ私にまで心の声が届かなくて。それで居心地が良いから、エスラさんたちがまだ真面目に営業する気があった頃にはたまに来てたのよね」

「あ、真面目に営業する気あった頃が存在してたんですね!?」

「元々は結構繁盛してたらしいわよ。でも、元の店長さんありきの店だったみたいなの。
 だから、クロウさんが代理店長やるようになってからは、ずっと閑古鳥鳴いてるらしくて……」

「クロウって喫茶店の店長まで背負ってたんだ……」

 例のごとく『エスメライを匿う』ことが目的なのだろうが、これに関してはエスメライの知名度が高すぎるせいで、あまり意味がないような気もする。

(そもそも、たぶんこの街の人たちはエスラさんたちが何やってんのか、薄々察してる気がしてきた……)

 そうでなければ果物屋の店主の口から「エスラちゃんたちはまた爆睡中なんだね」なんてパワーワードは出ない。まず絶対に出ない。

 現ステフィリオン、実は街の人々にめちゃくちゃ活動を応援されているのでないか疑惑を抱きつつ、ロゼッタはアンジェリアとの会話を再開する。

「ということは、真聴が理由なんですか?」

 アンジェリアは、こくりと頷く。

「ざっくり説明するとね、私、人が口に出してる声と心の声の区別が付かなくなることがあるの。しかも『目の前で話している人』以外の心の声も、同じ空間にいられるとまとめて拾っちゃうのよね」

「それ、は……放送局だとまず話せませんよね。絶対にみんな、色んなこと考えてますし、
 口に出してることと考えてることが真逆の人だって、たくさんいるでしょうし……」

「……。そういうこと。5人以下ならギリギリ聴き分けできるかなって感じね」

「あー、だから収録は大丈夫だけど、打ち合わせは無理、みたいなことが起きるんですね……」

「ふふ、収録も人増えたらアウトだけどね。だから最低限で行けるように、対話形式でやってるの。
 ちなみに歌うのは何人いても多分大丈夫。歌ってるだけなら会話しなくて良いから」

(だ、だからかぁ……!)

 マイクを持てば人が変わるとか、そういう問題ではなかった。
 要は、同じ空間にいる人数が少ないか、真聴が発動しなければ普通に話せる、ということだ。
 今現在、普通に話せているのも納得である。

 アンジェリアはどこか自嘲的に笑いながら、話を続ける。

「人が多くなると、どの声に対して返事をすれば良いのか分からなくなるのよね。自分なりに『これかな?』って声を探して、
 でも返事したら間違ってて……それで怒鳴られて殴られる、だからといって黙り込んでても殴られる、みたいな。私、そういう状況に置かれてた時期があったのよね」

 その話には何となく、親近感が湧いた。

(……なんか、わたしと近い環境に置かれてた時期がありそうなんだよね)

 だが、こればかりは流石にこちらからは聞けない。
 向こうから話してくれるのを待つことにする。

「でも、アンジェさん。たぶんラズさんとなら話せるんですよね?」

「そうね、放送局でもラズの声は聞き取れてるから、多分間違えないようになってると思う。本当は、大丈夫なんだと思う」

 でもね、と呟き、アンジェリアは苦笑する。

「それでも違うんじゃないかって、また外してるんじゃないかって、自信がなくて、怖くて……結局、外だと上手く声が出ないのよね」

 それは恐らく、過去のことがトラウマになっているせいだ。
 間違えれば、酷い目に遭う。
 その経験が、彼女の声を奪っているのだろう。

(……なんとか、ならないのかな)

 彼女の美しい声を聞きながら、ロゼッタはひそかに奥歯を噛みしめた。
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