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第3章 ストーカー、合法化する。

30.ストーカーが羨ましい。

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 前方からごく小さな火球が放たれる。
 かわしきれなかったらしく、ひらりと白い羽根が床に落ちた。

「……弱いね。魔力切れかな?」

 そんなことはどうでも良いと言わんばかりに、ユウは無機質な鉄製の床を蹴った。対象の男達が右手に握る大鎌の軌道に入ったことを確認した上でそれを身体ごと回転させ、一閃。ごろり、ごろりと生暖かい肉が二つ、転がった。

「っ、ちぃ……!」

 対象は三人。一人は声もなく絶命し、もう一人もまもなくだろう。だが、死亡した一人を盾にして生き残った男がいた。彼は即座に、この場から逃げ出そうとする。

(気に入らないね……でも)

 窓が割れる。刹那、ユウに背を向けた男の眉間に、穴が空いた――男がぐらりと体を傾け、重力に従って崩れ落ちる。それを見届け、割れた窓からレヴィが飛び込んできた。彼女の腕の中には小柄な彼女には似つかわしくないライフル銃があった。

「今ので、全部?」

 大鎌を空間魔法で生み出した小空間に収納し、ユウは現れたばかりのレヴィに問う。手を伸ばせばライフル銃を渡してきたので、そちらも小空間に収納した。

「はい、念のため【空間透視】もしていますが、もう何も引っかかりませんでした」

「了解。結構、小規模だったね。じゃあ、色々と漁って帰ろうか」

「カラスみたいですね」

「僕ら、カラスじゃないか。僕は白いし、君もピンクだけど」

「うふふ、そうですね」

 黒髪黒目が基本の鴉種には珍しい容姿を持つ男女二人組は、そう言って微笑み合う。しかし、彼らの足元には数多の亡骸が転がっている。言うまでもないが、彼らはこの手の感覚が麻痺しているのだ。

「ただ【空間透視】に引っかからない時点で、確定だね。ここはハズレっぽい。キメラドール達の収容は『あちら側』だし……下手すりゃ、戦力もそっちに割かれてる」

 肉弾戦に向かないレヴィに代わり、囮役を引き受けていたユウは肩を竦めてみせる。事前情報はレヴィも得ているのだが、百聞は一見に如かず、である。
 先に建物内部に侵入したユウの判断を聞き、レヴィはゆるゆると首を横に振るう。

「ヴォルフさんが行った施設の方がアタリだった、ということですよね。大丈夫でしょうか……」

 ヘリオトロープの支部と思われる団体が、二箇所で同時に動き出したという情報をユウ達が得たのは今朝のことであった。
 ルーシオ曰く、政府管理のコンピュータに不正ハッキングしていたところ、急に拾ってしまった情報なのだとか。そのため整合性が低く、罠の可能性が極めて高かった。

 それでも何かしら起こることが確定している以上、放置は出来ないと情報屋のメンバーは即座に作戦会議を開始し、規模が大きいと判断した方にユウとレヴィの戦闘班、規模が小さい方にヴォルフガングとクィールを送り込むことが決定したのである。
 しかし、どうやら読みは外れたらしい。クィールは戦闘員だが、ヴォルフガングを庇いながら戦うのは困難だろう。

「問題はそれだ。あまり良くはないだろうな」

 ここはルーシオ達に任せ、自分達はなるべく迅速にあちらに合流すべきだろう。
 ユウはコンピュータからデータを抜きつつ、周囲の警戒を続けているレヴィに話しかけた。

「レヴィ、場所の把握は完璧か?」

「ええ、大丈夫です。【瞬間移動】、ですね」

 コンピュータからのデータ抽出は、そう長くは掛からなかった。これは本格的に『ハズレ』だったと見て良いだろう。合流するにしても、急いだ方が良さそうだ。レヴィが瞬間移動の魔法を覚えていて良かったと思うと同時、新たな問題点が浮上した。

「距離が遠いぞ。可能か?」

「今、計算しました。ごめんなさい、あたしだけだと、無理です……でも、ユウさんに【魔力譲渡】を使って頂いた上でなら、何とか行けそうです」

「ああ、うん……そんな気がした。やられたね」

 今回は別行動を強いられただけあって、拠点がかなり離れてしまっている。ここからヴォルフガング達の元に『飛ぶ』ためには膨大な魔力が必要だ。
 レヴィはユウの倍程の魔力を持っているのだが、その彼女でも自身だけでは補いきれない程の魔力量を必要とするらしい。
 この問題に関してはユウ頼りで何とか突破出来そうなのだが、そうなるとやはり新たな問題が浮上してしまうのである。

「分かった。向こうに飛んだ後は、影に隠れてろ。到着直後乱戦の可能性を考えたら、譲渡出来る魔力はそう多くはないんだ」

 今度の問題は乱戦に参加する場合、ユウの魔力が空になっているとかえって危険だというものだ。
 ユウは魔法をメインにしていないとはいえ、それなりに魔法に頼った戦い方をする。つまり、魔力は一定量残しておかなければならないのだ。

 問題は、次々と流れ込んでくる。だが、ヴォルフガングやクィールのことを思えば、悩んでいる暇はない。瞬間移動のための魔法陣を展開しながら、レヴィは穏やかに微笑んでみせた。

「分かっています。とりあえず、倒れて邪魔にならないようにだけ……気を付けます」

「頼んだよ」

 集中するレヴィに、出来る限りの魔力を渡す。
 大量の魔力が抜けたことにより、酷くふらつくような感覚があった。

(あの変態ストーカーめ……魔力寄越せ……)

 どう考えても変態ストーカー、もといロゼッタならばこの程度全く問題にはならないのだろう。あの小娘の魔力は底なし沼状態だ。きっと、使っても使っても湧いて出てくるに違いない。
 ロゼッタと自分。生まれ持った体質の差に苛立ちながら、ユウは再び小空間を生み出し、大鎌を手にするのであった。





 身体が浮くような感覚を覚えた後、目の前が真っ白になり……気が付けば、目的地。
 何度体験しても慣れない瞬間移動を終え、辿り着いた先は先程の場所からいくつもの市を跨いだ先にある山村だ。木々が隠しきれない、無骨で不自然な建造物が目の前にそびえ立っている。建造物からはこの静かな場所に似つかわしくない騒音が延々と響いていた。

「レヴィ、無事かい?」

 瞬間移動自体は全く問題なく成功したようだ。無理難題を見事クリアしてみせたレヴィは、ユウの問いに答えるべく親指を立ててみせる……顔が真っ青だ。

「うん、予定通り隠れてなさい」

「すみません……」

 レヴィが戦えないことは想定の範囲内である。とはいえ身動きが取れない程ではないようであるし、戦おうと思えば戦える状態だろう。だが、ここはいらない事故を増やさないためにも彼女には隠れることに徹して貰うことにする。いざとなったら出てきて貰えば良いし、その「いざ」を作らないことがユウの役目だ。

 ユウはレヴィを置いて建造物へ向かって駆ける。予想していた通りに既に乱闘中のため、闇魔法【隠蔽】で存在感を消すような小細工は必要ない。さっさと殴り込んでヴォルフガング達を回収しなければ。

(まあ、この様子だと地下が収容場所だな)

 この建物は地下室付きの三階建てである。
 一階は制圧済み、物音が上の方から響いている以上は地下もひとまず保留。そうなると、向かうべきは二階以上だ。

 例のごとく付与魔法で身体を強化し、ユウは階段を駆け上がる。クィールが派手に暴れたようで、肉片が至る所に転がっていた……何だか、嫌な予感がする。

(ああ、うん……さては、『発狂』したな……)

 途中でヴォルフガングが隠れていれば拾うつもりだったのだが、そういうわけには行かなさそうだ。自然と、ユウの足取りが早くなる。物音を立てないようにだとか、痕跡を残さないようにだとか、そんなことを気にしていられる状況では無さそうだ。

 男の断末魔が響く。その方向に向かって、ユウは急いだ。
 滅茶苦茶にされた亡骸の山を乗り越え、進んでいく。そうして大きく開けた空間に辿り着いた。

「……ッ!」

 焼け焦げた遺体の山に、元が分からない程の状態にされた肉片。空間を漂うのは、濃厚な血の臭気と肉が焦げた嫌な臭い。
 炎魔法の使い手が敵側にいたのだろう。追い詰められた末に、敵味方問わず、辺りを焼き尽くしたのだろう――八年前の惨劇を思い出し、ユウは喉の奥から何かが込み上げてくるのを感じた。だが、吐いている場合ではない!

「クィール!!」

 刀を振るい、暴れまわる娘に向かって叫ぶ。叫んだことにより、彼女を追い詰めていた者達の数名がこちらに狙いを定めたようだ。それで良い。
 ユウは大鎌の柄を握り直し、転がる屍を容赦なく踏みつけて駆ける。そして、大鎌を薙ぐ。薙いで、振り下ろして、血を払う暇もなく振るい続ける。数が多い。よくもまあ、クィールはひとりでこれを突破したものだと彼女の強さを思い知らされる。

「あ、あぁ……あああぁああっ!!!」

 クィールが叫ぶ。生きてはいるのだが、「心ここにあらず」といった様子だった。戦闘用に組み替えられた遺伝子を持つ彼女は本能に従い、目の前に現れる者全てを敵と認識し、斬り付けていく。彼女の強さは、この遺伝子ゆえだ。
 だが、こうなってしまうと殺戮し尽くすまで止まらなくなってしまう。ジャレットは上級闇魔法【魔力拘束】で物理的にクィールを押さえつけて対処していたようなのだが、生憎ユウにはそれが出来るだけの技術がない。
 レヴィを呼んだとしても彼女は現在魔力不足であるし、ついでに言えばヴォルフガングは部屋の隅に転がっている。意識はあるのだがかなり傷を負っており、あまり余裕は無さそうだ。彼は魔力拘束を使えるのだが、『帰り』のこともあるために温存しておきたい。

(まいったなぁ……)

 敵は人海戦術作戦だったようで、ひとりひとりはそう強くはない。ついでに言えば知能も低い。本当に『お人形』としか言えないような失敗作のキメラドールに武器を持たせて大量投入してきたのだろう。だから、二人がかりで何とか処理することが出来た。

「【肉体強化】……と、【痛覚麻痺】」

 ひとり、逃げ回っている男がいた。あれは恐らく、キメラドール兵士ではなく彼らのマスター、ヘリオトロープ側の人間だろう。あれを、殺されるわけにはいかない。
 ユウはクィールが男を適度に傷付け、動きを封じた瞬間を見計らって小空間に大鎌を放り込み、後ろからクィールを押さえつけた。

「ほらほら大丈夫大丈夫。もう終わったよ。終わったよー」

 手負いの獣のごとく暴れるクィールを押さえ込むのは、片腕では極めて困難となった。しかし散々暴れまわった娘は既に体力を消耗しており、上手く体力を消費するように暴れさせれば勝手に大人しくなってくれた。

「ユウ、さ……」

「よしよし、落ち着いたね」

 その場にぺたりと座り込んだ娘を眼前に、ユウはほっと胸を撫で下ろす。クィールに刺されることを考えて痛みを感じさせなくする付与魔法【痛覚麻痺】を掛けていたのだが、どうやら必要なかったようだ。

(んーと、ヴォルフさん拾って、あの男も拾って……となると、人手が足りないな)

 参ったな、と息を吐いた、そんな時。
 ユウは右脇腹に、嫌な感覚を覚えた。

「ッ!」

「ユウさん!」

 クィールが叫ぶ。
 下を見れば、右脇腹から血が吹き出していた。生かしておいた男に反撃されてしまったようだ。これは相手が武装しているかどうか確認するのを忘れていた、自分の落ち度だ。

(あーあ……痛覚麻痺、掛けてて正解だったな)

 患部を適当に処理してからヴォルフガングに声を掛け、ユウはレヴィに連絡を取った。不幸中の幸い、今はヴォルフガングがいる。彼の魔力を分けてもらった上でなら、ユウ達の拠点である喫茶店『アクチュエル』何とか飛んでもらうことが出来るだろう。

 それにしても、モロに銃弾を受けてしまうのはいつ以来だろうか。最近はあまり派手な怪我はせずにいたというのに。
 クィールに平謝りされたり、レヴィに半泣きになられたりするのを適当に流しつつ、ユウは地下に向かいながら明日の予定――オスカー=クロウとの接触について考えていた。

「明日、動けるかなぁ」

「ゆうちゃん、お願い。日付を改めなさい。おじさまからのお願い」

 そんな彼の様子を見ながら、ヴォルフガングは社畜気質が強すぎるユウにオスカーとの接触任務を与えてしまったことを本気で後悔していた……。
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