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第4章 ストーカー、情報収集をする。
49.ストーカー、突入する。
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「……行きますよ」
会場付近の上空にて、レヴィはライフルの銃口にサイレンサーを取り付け、横のクィールに合図を送る。クィールは下で待機しているヴォルフガングに連絡を入れた後、おもむろに頷いた。
外部班のうち、特攻を仕掛けるのは空を飛ぶことが出来るレヴィとクィール、それからクィールの腕を掴むラザラスと、彼の……何だろう。
(ストーカー、いや、装備品かな……)
盛大に余計なことを考えてしまった。頭を振るい、レヴィは裏口前に待機していた武装した警備員達を射殺する。バタバタと地面に倒れている彼らの懐からカードキーを抜き出し、そのまま内部に突入する。
会場の人間が銃声を聞き取って混乱しないためにサイレンサーこそ着けたものの、今回はこちらが陽動部隊となるため、小細工は必要ない。むしろ、裏方にいる人間全員の注意を引き付けるくらいの目立ち方をすべきなのだ。
「後ろはお任せ下さい! ま、まあ……ジャレットさんの装備的に、あたしいらない気がしなくもないですけど……」
ラザラスの装備ことロゼッタは初回のミンチ大量生産からの証拠品紛失事件をそれなりに反省していたようで、今では本当に必要な場面以外は大人しくしているようである。
一週間前にロゼッタとあれこれ話してみたのだが、どうやら彼女、ラザラス“が”身体能力チートであることをちゃんと理解したようだ。
だから、逆に邪魔になるだろうからと魔法面と精神面以外はなるべく過保護しないようにする、と言っていたが……はたして。
「念のため、全て破壊します」
先導を切るクィールとラザラスの後を負いながら、レヴィは周囲にあった監視カメラの類を狙撃し、破壊する。これはどちらかというと後続のヴォルフガングへの配慮である。技術者であることに加えて彼は身体が小さいために仕方がないのが、戦力としてはあまり期待出来る存在ではないのである。
『れびちゃん、さんきゅ。そこまで気にしなくて良いから、前二人とはぐれないようにね』
「はい」
レヴィは【魔力探知】を使用し、前方に魔道士がいることを察知する。恐らくロゼッタがラザラスに指示を出してはいるだろうが、妨害工作のタイミングではまだまだこちらに利があると信じたい。
ラザラスが扉を蹴破る。その瞬間を狙って彼を光弾で撃ち抜こうとしていたようだが、魔法の発動はレヴィの方が早い!
「【魔力離散】」
魔道士の手が、爆ぜる――魔法の発動を寸前で邪魔してやると、こうなるのだ。
不意打ちに失敗し、怯む相手の警備兵を薙ぎ倒し、派手に音を立てながら進んでいく。今回は重要参考人の捕縛が目的であるため、それ以外の人間に関しては別に相手の生死は問わない……その場合、特に迷うこともなく命を絶つ。起き上がられると、面倒だからだ。
「……これは、キメラ兵だな。数で攻めている感じがする」
ラザラスは大量に駆け寄ってくる筋骨隆々の男達をギリギリまで寄せ付け、即座に腰を落としてまとめて足場をすくう。バランスを崩した瞬間に大きく飛躍し、彼は銃を構えた。
「【炎輪弾】!」
銃口から放たれた炎弾が灼熱の輪となり、キメラ兵達を囲む。喉を焼かれ、悲鳴とも言えないような声を上げてキメラ兵達は絶命していく。それを見向きもせず、ラザラスは迫り来る別の男を羽交い締めにして首を折り、投げ捨て、さらなる兵を蹴り殺す。
相手が意思を持たぬキメラ兵であっても、普通の人間であっても、彼は変わらない。まるで流れ作業のように、次から次へと人を殺めていく。傍で舞う元軍人のクィールと何ら変わらない働きを、彼は魅せてくれる……殺陣ではなく、現実で。
「あらかた片付いたか?」
「そうだね」
クィールは刃に付いた血を払い落とし、それを鞘に収めて軽く息を吐く。彼女が移動するのを見計らい、ラザラスは前方の分厚い鉄扉に銃口を向けた。
「【炎球】」
放たれた高温の球体が、鉄扉を溶かす。一度銃をしまい、ラザラスは部屋の中に滑り込んだ。ラザラスと入れ違いに向こう側から飛び出してきた男目掛けてクィールは駆け出し、鞘から刀を抜き男を斬り捨てる。さらに何人か追加で飛び出してきたが、彼女は特に動じることなく閃を描く。
一閃、二閃、三閃――そして刃をくるりと裏返し、四閃。再び刃を回し、四閃目の男の足の筋を断つ。
レヴィは、唯一生かされた男の身体を魔力で拘束し、クィールと共にラザラスの後を追う。
「こっちは終わりだ。悪い、“ひとり”、そっちにやったぞ」
「分かってる。ちゃんと落として動き封じてきた。後はヴォルフさんに任せよう」
ここまで来ると、もう誰もいない。
否、部屋に規則正しく並べられた檻の中には複数の『商品』達がいた。檻の数は百個程だ。
「思ったより多いぞ。規模の小さな会合で出た情報とは思えないな……オークション自体は、かなり規模が大きかったということか」
「一つ一つ丁寧に壊している時間はありませんね。あたしが檻の鍵だけ全部壊します!」
「了解。さて……檻の中の皆さん、死にたくなかったら動かないで下さいね!」
念のためサイレンサー付きのライフルに持ち替え、レヴィはその場所に片足を付いて片っ端から檻の鍵を撃ち抜いていく。
鍵が壊れ、自ら檻から出てきた者はそのまま放置し、両足を拘束されているなどして身動きが取れない者をラザラスとクィールが救出していく。
「はいはーい、亜人さん達はおじさまの方に来てね。くーちゃん達の邪魔しないでね」
いつの間にやら内部に来ていたヴォルフガングの元に、亜人達は困惑しつつもふらふらと歩み寄っていく。
「ヴォルフさん! 正面入口は!?」
「勿論封鎖済み。窓とか、中庭への出口辺りも全部潰してるよん。そのまま行っちゃって!」
ここまで暴れれば、当然のことながら会場の方にも騒ぎは筒抜けだ。しかし、事前に逃げ道を全て封鎖したことによって、要人達は逃げられずにホールで狼狽えているというわけだ。防犯のためにあらゆる入口がシャッターで閉じるようになっていたことが災いしたというわけである。
後は、必要な人間だけ確保し、残りは「キッチンで火の不始末があった上、防犯システムの不具合で全出入り口が封鎖され、逃げ遅れた」という体でまとめて“焼却処分”だ。
今回は捕縛対象の偽装死体も用意してあるため、ベンジャミン卿辺りの著名人は表向き「運悪く死去」という扱いにでもなるのだろう。警察もメディアも、彼が「亜人闇オークションに参加していました」などと発表・報道はできまい。
毎度毎度、割と雑に焼却処分して終わっているのはこういった事情ゆえだ。相手側も、特に政府官僚が絡んでいる以上あまり公には出来ないのだ。
(モラルに反するって、世間的に叩かれるのは自分達だって、分かっててやってるんだもん……馬鹿だよね)
レヴィは息を吐き、全ての鍵を破壊し終えたことを確認してからサイレンサー付きのライフルを背負い、小回りの効く拳銃に持ち帰る。
ここまで来ると、会場が荒れている様子が分かる。逃げようにも、どこの扉も開かないのだ。事前資料によると、『商品』を会場に運び込むゲートは開かれている筈で、閉じているにしてもオークションの主催者であるベンジャミン卿や、彼に雇われた関係者達が鍵を持っている。
しかし、この騒ぎの様子を聞く限り、向こう側から鍵は開けないものと判断して良いだろう。
実を言うとグレンは対人スキルだけでなく、スリの技術も高いのだ。ルーシオの情報によると彼は政府官僚達にさっさと接触していたとのことだから、彼らが持っていた鍵を片っ端から盗み取ってしまったのだろう。
接触していたが故にグレンが怪しまれ、襲われそうになったとしても、見えない場所で目を光らせているユウに襲撃されるだけだから何も問題はない。むしろほぼそのためだけ(あとエマがそこそこ危ない接触をしているので、念のため)にユウは会場側に回ったのだ――そういった意味では、ラザラスでも良かったのだが。
(やっぱり極力、少なくとも作戦中は会わせるべきではないっていうのが、総意だったから……)
大丈夫だとは言っていた。
しかし、実際に諸悪の根源を目の前にして平常心を保ち続けることが出来るかどうか……実のところ、これに関しては陽動部隊への配属が決まった後でラザラス本人も少し自信が無いと言っていた。彼はこの立ち位置に、少なからず安心していたようである。
陽動部隊が騒ぎを起こし、オークションの続行を不可能にして『商品』を逃がし、会場を封鎖してからいざ捕縛、という場面まではラザラスを温存することになったのである。
ただ、せめてベンジャミン卿の捕縛はラザラスに、というのは彼のストーカーの意見である。
ロゼッタもベンジャミン卿に酷い目に合わされていたようだから、純粋な彼女の立場としてもこれは譲れなかったのだろう。ベンジャミン卿を憎んでいるのは、仇討ちを願っているのは、ラザラスだけではないのだ。
「……」
ラザラスが集中している。というよりは、ロゼッタの様子を伺っているのだろう。
どうせなら派手に燃やしてしまえという意見から、彼女は陽動部隊最後の仕上げとして会場周辺に展開した魔法陣を発動させる役目を担っている――要は会場周辺の大爆破だ。
「あっ、待って! こっちにまだ檻が!」
しかし、周囲の確認をしていたクィールによってそれは阻まれた。布に隠されて見えにくい位置に別の檻があったようだ。恐らく最初に出される『商品』で、運びやすい位置に移動してあったのだろう。
「大きさからして檻の種類も他と違うな。ロゼのことを思い出す……」
反応が無かったということは、間違いなく弱っているのだろう。運び出す必要がありそうだと判断したラザラスは、布を剥がすクィールの傍に駆け寄った。
「ごめんなさい、今、助けます、から……!」
無駄に豪勢な布を取り払えば、中にいた人物の姿が顕になる。
「ッ、ひどい……!」
クィールが声を震わせる。檻の中にいたのは、『商品』だというのにボコボコに殴られ、適当に包帯を巻かれた長身の男だった。
ロゼッタと同じ赤毛だが、角は二本で耳は普通。腰に生えた両翼の皮は破れ、鱗に覆われた尾も骨が折れているようである。
(火竜(サラマンダー)!? いや、火竜にしては翼の位置が……火竜モチーフのキメラドール、だね)
最初の商品ということは、捨て値で叩き売りする予定だったのだろう。彼は純粋な竜人ではなく、キメラドールだから乱雑な扱いをされたというのか――流石のロゼッタもこれには動揺してしまったのか、ラザラスが小さな声で彼女を宥めている。
「ロゼ、大丈夫。隠れとけ、そのままで良い。出てこなくて良い……そうすれば、君は見付からない」
ラザラスの声に反応したのだろうか。ぐったりとしていた男が目を開く。ラザラスやロゼッタ、ジュリアスと同じ、大海のような澄んだ青の双眼が、美しい。
「今、助けます。痛むとは思いますが、じっとしていて下さいね」
クィールは檻の鍵を破壊し、錆びた鉄扉を開く。すると男は両目を丸くし、何故か、その青の瞳を微かに潤ませた。
「は、はは……俺、は……夢でも、見てんの、かねぇ……」
「まだ召されてません。召されてませんから、気を確かに」
大方クィールを神の使い、天使か何かだと思ってしまったのだろう。あまりにも整い過ぎた美しい彼女の容姿は、相手にそう思わせるくらいの破壊力はある。
だからと言って安堵し過ぎて昇天されてしまうと困るので、クィールは少し辛辣に彼の言葉を否定し、男に手を伸ばした。何故か、男の方も彼女に向かって手を伸ばそうとしている。
「……ィ、……ル……」
しかしその手は地に落ち、男の両目はゆっくりと、再び閉ざされる。
刹那の沈黙の中、男の荒い呼吸の声が遠く聞こえたような気がした。
「え……」
クィールの動きが止まる。聞き間違いだろうか。問い掛けたくとも、男は完全に意識を飛ばしてしまっている。
男が呟いた言葉は――聞き間違いでなければ、『クィール』。それは今、男を助けようとしている娘の名だった。
「クィールさん、今は……ラズさんも。恐らくロゼッタさんも、落ち着いて下さい」
真っ先に正気になったレヴィは仲間達に平常心に戻るようにと働き掛ける。彼らはハッと目を見開き、クィールは両頬を叩き、目の前の一回りは大きな男をそっと抱き抱えた。
「私は……このまま外に出るよ。この人結構デカいし、ヴォルフさんじゃ運べなさそう」
「了解。俺とレヴィで突入する。その……」
「大丈夫大丈夫。まんま過ぎる名前付けられたから、今までも無くは無かったよ。気にしてないよ」
眉尻を下げて困ったように笑い、クィールは踵を返して走り去っていく。それを見送り、ラザラスはレヴィの方を見、おもむろに頷いた。
「行くぞ、レヴィ」
「はい」
これから、ラザラスがこの道に落ちた原因である男、ベンジャミン卿と対峙する――レヴィは「本当に大丈夫ですか」とラザラスに問いたかったが、その言葉は頭を振るい、飲み込んだ。
ロゼッタが展開した魔法陣が爆ぜる。爆発音と、一際大きな悲鳴。
それを合図に、ラザラスとレヴィはオークション会場へと駆け込んだ。
会場付近の上空にて、レヴィはライフルの銃口にサイレンサーを取り付け、横のクィールに合図を送る。クィールは下で待機しているヴォルフガングに連絡を入れた後、おもむろに頷いた。
外部班のうち、特攻を仕掛けるのは空を飛ぶことが出来るレヴィとクィール、それからクィールの腕を掴むラザラスと、彼の……何だろう。
(ストーカー、いや、装備品かな……)
盛大に余計なことを考えてしまった。頭を振るい、レヴィは裏口前に待機していた武装した警備員達を射殺する。バタバタと地面に倒れている彼らの懐からカードキーを抜き出し、そのまま内部に突入する。
会場の人間が銃声を聞き取って混乱しないためにサイレンサーこそ着けたものの、今回はこちらが陽動部隊となるため、小細工は必要ない。むしろ、裏方にいる人間全員の注意を引き付けるくらいの目立ち方をすべきなのだ。
「後ろはお任せ下さい! ま、まあ……ジャレットさんの装備的に、あたしいらない気がしなくもないですけど……」
ラザラスの装備ことロゼッタは初回のミンチ大量生産からの証拠品紛失事件をそれなりに反省していたようで、今では本当に必要な場面以外は大人しくしているようである。
一週間前にロゼッタとあれこれ話してみたのだが、どうやら彼女、ラザラス“が”身体能力チートであることをちゃんと理解したようだ。
だから、逆に邪魔になるだろうからと魔法面と精神面以外はなるべく過保護しないようにする、と言っていたが……はたして。
「念のため、全て破壊します」
先導を切るクィールとラザラスの後を負いながら、レヴィは周囲にあった監視カメラの類を狙撃し、破壊する。これはどちらかというと後続のヴォルフガングへの配慮である。技術者であることに加えて彼は身体が小さいために仕方がないのが、戦力としてはあまり期待出来る存在ではないのである。
『れびちゃん、さんきゅ。そこまで気にしなくて良いから、前二人とはぐれないようにね』
「はい」
レヴィは【魔力探知】を使用し、前方に魔道士がいることを察知する。恐らくロゼッタがラザラスに指示を出してはいるだろうが、妨害工作のタイミングではまだまだこちらに利があると信じたい。
ラザラスが扉を蹴破る。その瞬間を狙って彼を光弾で撃ち抜こうとしていたようだが、魔法の発動はレヴィの方が早い!
「【魔力離散】」
魔道士の手が、爆ぜる――魔法の発動を寸前で邪魔してやると、こうなるのだ。
不意打ちに失敗し、怯む相手の警備兵を薙ぎ倒し、派手に音を立てながら進んでいく。今回は重要参考人の捕縛が目的であるため、それ以外の人間に関しては別に相手の生死は問わない……その場合、特に迷うこともなく命を絶つ。起き上がられると、面倒だからだ。
「……これは、キメラ兵だな。数で攻めている感じがする」
ラザラスは大量に駆け寄ってくる筋骨隆々の男達をギリギリまで寄せ付け、即座に腰を落としてまとめて足場をすくう。バランスを崩した瞬間に大きく飛躍し、彼は銃を構えた。
「【炎輪弾】!」
銃口から放たれた炎弾が灼熱の輪となり、キメラ兵達を囲む。喉を焼かれ、悲鳴とも言えないような声を上げてキメラ兵達は絶命していく。それを見向きもせず、ラザラスは迫り来る別の男を羽交い締めにして首を折り、投げ捨て、さらなる兵を蹴り殺す。
相手が意思を持たぬキメラ兵であっても、普通の人間であっても、彼は変わらない。まるで流れ作業のように、次から次へと人を殺めていく。傍で舞う元軍人のクィールと何ら変わらない働きを、彼は魅せてくれる……殺陣ではなく、現実で。
「あらかた片付いたか?」
「そうだね」
クィールは刃に付いた血を払い落とし、それを鞘に収めて軽く息を吐く。彼女が移動するのを見計らい、ラザラスは前方の分厚い鉄扉に銃口を向けた。
「【炎球】」
放たれた高温の球体が、鉄扉を溶かす。一度銃をしまい、ラザラスは部屋の中に滑り込んだ。ラザラスと入れ違いに向こう側から飛び出してきた男目掛けてクィールは駆け出し、鞘から刀を抜き男を斬り捨てる。さらに何人か追加で飛び出してきたが、彼女は特に動じることなく閃を描く。
一閃、二閃、三閃――そして刃をくるりと裏返し、四閃。再び刃を回し、四閃目の男の足の筋を断つ。
レヴィは、唯一生かされた男の身体を魔力で拘束し、クィールと共にラザラスの後を追う。
「こっちは終わりだ。悪い、“ひとり”、そっちにやったぞ」
「分かってる。ちゃんと落として動き封じてきた。後はヴォルフさんに任せよう」
ここまで来ると、もう誰もいない。
否、部屋に規則正しく並べられた檻の中には複数の『商品』達がいた。檻の数は百個程だ。
「思ったより多いぞ。規模の小さな会合で出た情報とは思えないな……オークション自体は、かなり規模が大きかったということか」
「一つ一つ丁寧に壊している時間はありませんね。あたしが檻の鍵だけ全部壊します!」
「了解。さて……檻の中の皆さん、死にたくなかったら動かないで下さいね!」
念のためサイレンサー付きのライフルに持ち替え、レヴィはその場所に片足を付いて片っ端から檻の鍵を撃ち抜いていく。
鍵が壊れ、自ら檻から出てきた者はそのまま放置し、両足を拘束されているなどして身動きが取れない者をラザラスとクィールが救出していく。
「はいはーい、亜人さん達はおじさまの方に来てね。くーちゃん達の邪魔しないでね」
いつの間にやら内部に来ていたヴォルフガングの元に、亜人達は困惑しつつもふらふらと歩み寄っていく。
「ヴォルフさん! 正面入口は!?」
「勿論封鎖済み。窓とか、中庭への出口辺りも全部潰してるよん。そのまま行っちゃって!」
ここまで暴れれば、当然のことながら会場の方にも騒ぎは筒抜けだ。しかし、事前に逃げ道を全て封鎖したことによって、要人達は逃げられずにホールで狼狽えているというわけだ。防犯のためにあらゆる入口がシャッターで閉じるようになっていたことが災いしたというわけである。
後は、必要な人間だけ確保し、残りは「キッチンで火の不始末があった上、防犯システムの不具合で全出入り口が封鎖され、逃げ遅れた」という体でまとめて“焼却処分”だ。
今回は捕縛対象の偽装死体も用意してあるため、ベンジャミン卿辺りの著名人は表向き「運悪く死去」という扱いにでもなるのだろう。警察もメディアも、彼が「亜人闇オークションに参加していました」などと発表・報道はできまい。
毎度毎度、割と雑に焼却処分して終わっているのはこういった事情ゆえだ。相手側も、特に政府官僚が絡んでいる以上あまり公には出来ないのだ。
(モラルに反するって、世間的に叩かれるのは自分達だって、分かっててやってるんだもん……馬鹿だよね)
レヴィは息を吐き、全ての鍵を破壊し終えたことを確認してからサイレンサー付きのライフルを背負い、小回りの効く拳銃に持ち帰る。
ここまで来ると、会場が荒れている様子が分かる。逃げようにも、どこの扉も開かないのだ。事前資料によると、『商品』を会場に運び込むゲートは開かれている筈で、閉じているにしてもオークションの主催者であるベンジャミン卿や、彼に雇われた関係者達が鍵を持っている。
しかし、この騒ぎの様子を聞く限り、向こう側から鍵は開けないものと判断して良いだろう。
実を言うとグレンは対人スキルだけでなく、スリの技術も高いのだ。ルーシオの情報によると彼は政府官僚達にさっさと接触していたとのことだから、彼らが持っていた鍵を片っ端から盗み取ってしまったのだろう。
接触していたが故にグレンが怪しまれ、襲われそうになったとしても、見えない場所で目を光らせているユウに襲撃されるだけだから何も問題はない。むしろほぼそのためだけ(あとエマがそこそこ危ない接触をしているので、念のため)にユウは会場側に回ったのだ――そういった意味では、ラザラスでも良かったのだが。
(やっぱり極力、少なくとも作戦中は会わせるべきではないっていうのが、総意だったから……)
大丈夫だとは言っていた。
しかし、実際に諸悪の根源を目の前にして平常心を保ち続けることが出来るかどうか……実のところ、これに関しては陽動部隊への配属が決まった後でラザラス本人も少し自信が無いと言っていた。彼はこの立ち位置に、少なからず安心していたようである。
陽動部隊が騒ぎを起こし、オークションの続行を不可能にして『商品』を逃がし、会場を封鎖してからいざ捕縛、という場面まではラザラスを温存することになったのである。
ただ、せめてベンジャミン卿の捕縛はラザラスに、というのは彼のストーカーの意見である。
ロゼッタもベンジャミン卿に酷い目に合わされていたようだから、純粋な彼女の立場としてもこれは譲れなかったのだろう。ベンジャミン卿を憎んでいるのは、仇討ちを願っているのは、ラザラスだけではないのだ。
「……」
ラザラスが集中している。というよりは、ロゼッタの様子を伺っているのだろう。
どうせなら派手に燃やしてしまえという意見から、彼女は陽動部隊最後の仕上げとして会場周辺に展開した魔法陣を発動させる役目を担っている――要は会場周辺の大爆破だ。
「あっ、待って! こっちにまだ檻が!」
しかし、周囲の確認をしていたクィールによってそれは阻まれた。布に隠されて見えにくい位置に別の檻があったようだ。恐らく最初に出される『商品』で、運びやすい位置に移動してあったのだろう。
「大きさからして檻の種類も他と違うな。ロゼのことを思い出す……」
反応が無かったということは、間違いなく弱っているのだろう。運び出す必要がありそうだと判断したラザラスは、布を剥がすクィールの傍に駆け寄った。
「ごめんなさい、今、助けます、から……!」
無駄に豪勢な布を取り払えば、中にいた人物の姿が顕になる。
「ッ、ひどい……!」
クィールが声を震わせる。檻の中にいたのは、『商品』だというのにボコボコに殴られ、適当に包帯を巻かれた長身の男だった。
ロゼッタと同じ赤毛だが、角は二本で耳は普通。腰に生えた両翼の皮は破れ、鱗に覆われた尾も骨が折れているようである。
(火竜(サラマンダー)!? いや、火竜にしては翼の位置が……火竜モチーフのキメラドール、だね)
最初の商品ということは、捨て値で叩き売りする予定だったのだろう。彼は純粋な竜人ではなく、キメラドールだから乱雑な扱いをされたというのか――流石のロゼッタもこれには動揺してしまったのか、ラザラスが小さな声で彼女を宥めている。
「ロゼ、大丈夫。隠れとけ、そのままで良い。出てこなくて良い……そうすれば、君は見付からない」
ラザラスの声に反応したのだろうか。ぐったりとしていた男が目を開く。ラザラスやロゼッタ、ジュリアスと同じ、大海のような澄んだ青の双眼が、美しい。
「今、助けます。痛むとは思いますが、じっとしていて下さいね」
クィールは檻の鍵を破壊し、錆びた鉄扉を開く。すると男は両目を丸くし、何故か、その青の瞳を微かに潤ませた。
「は、はは……俺、は……夢でも、見てんの、かねぇ……」
「まだ召されてません。召されてませんから、気を確かに」
大方クィールを神の使い、天使か何かだと思ってしまったのだろう。あまりにも整い過ぎた美しい彼女の容姿は、相手にそう思わせるくらいの破壊力はある。
だからと言って安堵し過ぎて昇天されてしまうと困るので、クィールは少し辛辣に彼の言葉を否定し、男に手を伸ばした。何故か、男の方も彼女に向かって手を伸ばそうとしている。
「……ィ、……ル……」
しかしその手は地に落ち、男の両目はゆっくりと、再び閉ざされる。
刹那の沈黙の中、男の荒い呼吸の声が遠く聞こえたような気がした。
「え……」
クィールの動きが止まる。聞き間違いだろうか。問い掛けたくとも、男は完全に意識を飛ばしてしまっている。
男が呟いた言葉は――聞き間違いでなければ、『クィール』。それは今、男を助けようとしている娘の名だった。
「クィールさん、今は……ラズさんも。恐らくロゼッタさんも、落ち着いて下さい」
真っ先に正気になったレヴィは仲間達に平常心に戻るようにと働き掛ける。彼らはハッと目を見開き、クィールは両頬を叩き、目の前の一回りは大きな男をそっと抱き抱えた。
「私は……このまま外に出るよ。この人結構デカいし、ヴォルフさんじゃ運べなさそう」
「了解。俺とレヴィで突入する。その……」
「大丈夫大丈夫。まんま過ぎる名前付けられたから、今までも無くは無かったよ。気にしてないよ」
眉尻を下げて困ったように笑い、クィールは踵を返して走り去っていく。それを見送り、ラザラスはレヴィの方を見、おもむろに頷いた。
「行くぞ、レヴィ」
「はい」
これから、ラザラスがこの道に落ちた原因である男、ベンジャミン卿と対峙する――レヴィは「本当に大丈夫ですか」とラザラスに問いたかったが、その言葉は頭を振るい、飲み込んだ。
ロゼッタが展開した魔法陣が爆ぜる。爆発音と、一際大きな悲鳴。
それを合図に、ラザラスとレヴィはオークション会場へと駆け込んだ。
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