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第5章 ストーカー、王子様を見守り続ける。

56.ストーカーが王子様に寄り添っています。

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『え、ユウ? あー……一応、心配してあげるのか。優しいなぁ』

「なーに言っちゃってんの。そんなこと、絶対思ってないでしょう?」

『まあな。十中八九ジュリーを気にして言ってるんだと思ってる』

 スマートフォン越しに聞こえて来るのは、数ヶ月前に接触してきた自称・ステフィリア関係者の男――ルーシオ=フェルナンデスの声。

 親友であるカルヴァン=エリファレットの事務所を出た後、オスカー=クロウは結果的に協力関係になったこの男に連絡を取った。

 何故オスカーがルーシオの連絡先を知っているのかというと、人身売買絡みで怪しいとマークしていた政府要人や大学教授の情報を彼に渡した際、メモの中に自分の連絡先を仕込んでおいたのだ。
 それをちゃんと発見し、迷わず連絡してきたルーシオは有能だなとオスカーは思う。事が終われば、事務所の裏方に引き抜きたいくらいだ……ついでに。

「それもあるけどさ。おれが普通にユウ君欲しいんだよね。愚直過ぎるから芸能界に売り出すには不安なんだけど、度胸あるし、見てて飽きなさそうだし、何より粘り強そうだからボディガード兼秘書にしたい。再就職先に悩んだら教えてって言っといてよ」

『……。アイツ、アンタみたいなタイプの人間むちゃくちゃ嫌いだから、無理だと思う』

「そうそう! 風貌も気に入ってるけど、裏稼業の人間の癖して妙に感情表現素直なのも気に入ってんの! ルーシオ君と一緒にうちの事務所おいでよ!」

『えっ、俺も!? いやいやいや……って、そうだ。ユウはもう痛みもなく腕動かせてるよ。まだまだリハビリが必要そうだけどな』

「そりゃ、腕だもんなぁ。すぐには思うように動かせんだろ……でも、痛みがないなら良かった良かった。相当容態酷いって聞いたし。いやー、良いねぇ、近くに医者がいるって。リアン君も病院行かなかったの、その人がいるからなんだねぇ」

『……引き抜かないでくれよ』

「ははは、分かってるよー!」

 この様子。医者は女性で、ルーシオの……恋人では無さそうだ、想い人だろうか?
 頑張りたまえ、知らんけど。

「じゃあ、おれはジュリー君のお見舞いに行くから、またねー」

 へらへらと笑いながら、オスカーは電話を切る。
 ルーシオはユウと違って裏方要員のようだが、駆け引きはこの男も苦手そうだ。恐らく、その類が得意なのがまだ裏にいるのだろう。

(うーん……一度、行ってみたいところだなぁ。喫茶店アクチュエルとやら)

 流石にユウ並に容姿が美しく整っている人間はもういないだろうが、色んな意味で使える人間はまだいそうだ。青田買いではないが、事が終わる前に一度顔を出すのも良いかもしれない。


 それはさておき、問題はジュリーことジュリアス=グレイとの面会だ。

 まだオスカーがカルセドニー王国に滞在していた頃、ジュリアスが目覚めたという吉報が届いた。そのためオスカーは仕事をこなしながらも密かに、経過報告を楽しみにしていた……のだが、ジュリアスは目覚めると同時に酷く錯乱してしまったのだという。状況からして、無理もないことではあるのだが。

 そうしてタイミングが良いのか悪いのか、彼が面会可能な状態となったのが今日だった。

 そしてオスカーは仕事に追われててんやわんやになっている親友カルヴァンに現ALIA二人の『お守り役』を依頼され、今に至るのである。

「うーん、どっちもメンタル弱そうだからなぁ……」

 JULIAユリアことアンジェリアはまだ良い。彼女が酷いのは最初から分かっていた。何ならジュリアスも大概に弱かった。錯乱が安易に予測出来るくらいには彼も弱かった。
 だがこの期に及んで、さらにメンタルが弱いのをぶち込んでしまうカルヴァンは結構なギャンブラーだと思う。しかも傾向全然違う子だったし。

……とはいえ、LIANリアンは良いものを持っている。

 何なら五年目、音声のみではあったが彼の演技を聞かされた時の段階で、オスカーは彼を連れて事務所を立ち上げようかと思ったくらいにはリアンに光るものを感じていた。

 当時はまだ事務所を立ち上げていなかった上に、忙しすぎて声しか聞いていなかったのだが、あの声だけで魅せられた演技力に金髪色白高身長のハーフという希少な容姿が付属するとなれば、数多の事務所が目の色を変えて彼を引き抜こうとするのも無理はない。
 リアンは当時、業界最大手の事務所に所属していたようだが、そこに喧嘩を売ってでも引き抜きたいと思う気持ちは普通に理解出来てしまう。間違いなく売れる。リアンはそんな人材だった……五年前に彼を潰したメディアと世論は、本当に罪深い。

(あっ、リアン君、今名乗ってる名前、何だったっけ……? まあ良いや、本人に聞こう)

 そういえば、もう包帯も取れた頃だろう。やっとリアンの素顔を見ることが出来る。
 全体的にハウライ系の容姿をしていたから、瞳の色はグリーン系だろうか。それとも瞳の色は母親譲りなのだろうか……そもそも、何で国籍がグランディディエなのだろう?

 病院の受付で面会の申請を行い、オスカーは既に病院に来ているアンジェリアとリアンが待っているという別室に通された。
 オスカー自身が有名人過ぎるというのもあるのだが、アンジェリアは色々と『アレ』であるし、顔面が崩壊しても頑なに病院に行かなかったリアンの方も恐らく色々と『アレ』なので特別待遇である。

「……お久しぶり。元気かい?」

 ドアを開けば、まるで葬式会場ですと言わんばかりの、どんよりとした酷く重苦しい空気が部屋を包み込んでいた。椅子に深く腰掛け、俯いている二人組のせいである。
 美女と目深にフードを被った不審な男の二人しかいないのに、何なんだこの悲惨な空気は。ジュリアスは生きてるんだぞ。しっかりしてくれ。

「!!」

 先に反応したのはアンジェリアの方だった。彼女ははくはくと口を動かし、絞り出すように声を出す。

「ッ、……っと、そ、その……お、おすかー、さん……」

「おや? 言語活動がある程度出来ているね。人間が少ないからかな」

「~~ッ、あ、う、ぁ」

「ごめんごめん! ……で、後ろで硬直してるのがリアン君、だよね? 元気?」

 リアンの方はどうやら放心していたようで、近付きながら声を掛ければ、彼は慌てて椅子から立ち上がり、被っていたフードを後ろに落とす。

「す、すみません! お、お久しぶりです……!」

「え……っ!?」

 顕になった金糸と、色白の顔。左頬には大きな絆創膏が貼ってあったが、怪我をしているというよりは傷跡隠しなのだろう。怪我をしていると思しき動きの歪さや腫れは伺えないし、額にも大きな傷跡が見える。普段はどうしているのか聞きたいところだが、それは今ではない。
 オスカーの目が捉えたのは、彼が持つ切れ長の美しい碧眼。まるで最高級サファイアのような輝きに魅せられ、思わずリアンの両肩に手を伸ばす。

「!?」

「碧眼! うわぁ、凄いね。ハーフの子でここまで綺麗な青は初めて見たよ!」

「あっ、ええと……はい、その……珍しい、とよく言われます」

「お母さんがキメラって話だったけど……いや、この色はキメラじゃ出ないな。ということは、父親……ハウライ人ってことは、白竜ケツァルコアトルスか! 竜の子だったのか……!」

「え? え……?」

「……。ごめん、ワケありっぽいね」

 もしかしなくとも、この子、孤児院かどっかの出身なんだろうか……?
 詳細は聞いていないが、ALIAは全員家庭環境が超絶複雑な様子である。

 あまりの衝撃でオスカーは自分の両親の顔を拝みたくなってしまった――よし、今週末、実家に帰ろう。今決めた。オトンとオカンに会いに行こう。

「すみません、その……色々あって、実の両親の顔を全く知らないんです。父親が竜人で、母親がキメラドールってことは知っているのですが……」

「いやいや、謝んなくて良いよ。ごめんね? ちなみに竜人って、碧眼の潜性遺伝子持ってんのよ。純血の竜なら確定で青くなるんだけど、ハーフだと滅多に青くならないんだ……ほら、ジュリー君。綺麗な碧眼だろう?」

「そ、そういえば……同じ色ですね……」

「キメラドールでも人気らしいんだわ、碧眼。でも人工的に生み出したものだから、やっぱりちょっと違うし……いやー、ヒト族で碧眼って相当なレアだよ。良いもん持ってるねぇ……とはいえ、一般人擬態がしんどいっぽいね。この話、やめにしよっか」

 フードを深く被って顔を隠さなければ、目立って目立って仕方がないのだろう。そもそもリアン本人は事件の影響もあってか、自分の容姿のことをあまり良く思っていないようだ。

「リアン君って呼ぶと、色々面倒だろうから本名教えて欲しいんだけど……キミ、今なんて名乗ってるの?」

「ラザラス=アークライトです」

「ん、了解……ラズ君って呼ばせてもらうね」

「……。その方が、ありがたいです」

 あそこまで大々的に報道されてしまったのだがら、てっきり事件後に名前を変えているかと思えば、どうやら名前の方はそのまま名乗っているようだ。
 裁判官の心象を気にしたのかもしれないが、『ラザラス』はそこまで珍しい名前ではないために変える必要は無かったということだろうか。
……とはいえ、愛称呼びを望ましいと思っている辺り、多少は周囲の目を気にしているようだが。難儀な子である。


「さて、と……話し込んじゃってごめんね。そろそろ、行こうか」

 そう言ってみせれば、ラザラスとアンジェリアは一気に顔を強ばらせた――恐れや不安の方が、先立ってしまっているのだろう。

「……」

 この二年間、この日だけを夢見て、必死に死に物狂いで頑張ってきた筈の彼らが見せた、その表情。面会謝絶という形で、一度阻まれてしまったのが相当辛かったのだろう。
 面会謝絶を覚悟していなかったとまでは思わないが、大方その覚悟が足りなかったか、現実から目を背けてしまっていたのだろう。考えが甘いと言えば甘いのだが、彼らはまだまだ若い。それも仕方がないだろう。

 カルヴァンが『お守役』が必要と判断した辺り、ここ数週間、彼らはずっと元気が無かったのだろう……だとすれば、年長者として彼らを鼓舞するべき、だろうか。

「お医者さんが大丈夫って言ってくれたんでしょう? 話出来る状況にはなってるって……ほら、元気出して。キミらが元気無くしてて、どうするんだ」

 足取りが重いラザラスとアンジェリアの背後に周り、その背を押す。特にラザラスの方は何度か立ち止まりかけていたが、それをどうにかこうにかぐいぐいと押して、ジュリアスの病室へと向かう。


 そうして訪れた、三階の角部屋。滑りの良い扉を横にガラリと動かせば、真白の世界でベッドに腰掛けて固く閉ざされた窓の外を眺めている『青年』の姿が眼前に現れた。青年はおもむろに、開いたドアの方へと視線を移す。

(これは……)

 一見では少年なのか少女なのか分からない愛らしい容姿をしていた彼は、当時の面影こそあるものの酷く憔悴した様子で不健康に痩せてしまっていた。
 肩の辺りで切りそろえていた海のように青い髪は、腰辺りまで伸びている。それも、綺麗に伸ばしたというよりは勝手に伸びましたと言わんばかりの艶のない弱々しい髪だ。
 泣き叫んで暴れたのか、露出している首元や両手は包帯とガーゼまみれで、何より凛と輝いていた美しい碧眼はすっかり濁り、両目の下は不自然に赤くなってしまっている。
 そして何より、今は義肢を付けていないのだろう――布団で隠れているが、両足が不自然な場所で、『途切れて』いる。

 流石のオスカーも、咄嗟に掛ける言葉が見つからない。何を言っても、今のジュリアスに対しては地雷になってしまいそうだ。
 そうして悩み、声を発せずにいる。そんな流れを変えたのは、意外にもラザラスだった。

「その……ジュリー。近寄っても、良いか?」

 ここに来るまでの間は散々立ち止まっていた癖に、彼なりに覚悟は決めていたのだろう。
 ジュリアスが頷くのを見てから、ラザラスが一歩、前に踏み出した。それを見たアンジェリアが慌ててその後を追う。

「ラ、ズ……アンジェ……」

 少々掠れてはいるものの、声は、出るらしい。そして、しっかりと『友』を認識出来ていて、彼らの名を呼んだ。
 それだけで、ラザラスとアンジェリアの両名の涙腺が決壊するには、十分だった。

「ジュリー……ッ、ジュリー……!!」

 痩せ細ったジュリアスの身体に縋り付き、アンジェリアは泣きじゃくる。一方のラザラスの方は、不自然に距離を取った状態で口元を覆い、嗚咽を堪えていた。

(……近付けない、のか)

 カルヴァンから多少状況を聞き出してきたのだが、どうやらジュリアスが“酔っ払い”とやらに襲われた後、ラザラスが即座に助けに行けていれば、彼は助かっていたのだという……曰く、あと一時間早ければ、とのことだった。

 加えて、ラザラスはステフィリアと手を組んでしまった時点で、相手は許しがたい犯罪者であるとはいえども、常人には理解出来ない行為に手を染めてしまっている。
 何とかここまで来ることはできても、再会を心の底から喜ぶことはできない、自分にはその資格が無いと考えている、ということか――本当に難儀な子だなぁ、とオスカーは静かに歩みを進めた。

(どうするんだろうね、この子は……)

 ジュリアスが手を伸ばしても、何ならラザラスの方が手を伸ばしたとしても届かないくらいに酷く離れた場所で、彼はひとり、寂しく肩を震わせている。
 さらさらとした、艶のある綺麗な金糸をわしゃわしゃと撫で、オスカーは小さく息を吐いた。

(この子に寄り添える子って、存在するのかねぇ……)

 ラザラスが取った距離は、まるで彼の現状を表しているかのようで。
 彼自身が選んだ道とはいえ、オスカーにはこの現状があまりにも不憫に思えた。
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