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指名編
指名編②
しおりを挟む空は若紫の手が触れるか触れないかのギリギリの距離まで近づいた。
今気付いたが、若紫の薬指には空が贈ったベニトアイトの指輪が嵌められていた。空が思わず顔を上げると、若紫は嬉しそうに笑った。
至近距離で見る笑顔は破壊力が凄まじい。空は顔を真っ赤にして目を逸らした。
「葵と何があったのです?」
「俺の至らなさで、泣かせてしまいました」
空は葵とのお見合いを詳細に語った。若紫は黙って話を聞いていた。時折耳がピコピコ動くくらいだ。話し終えた空の手に、若紫はそっと己の手を重ねた。
「!」
「・・・それは、空が悪いわ」
咄嗟に下げようとした手は若紫の強い視線で阻まれる。
「空はお見合い相手の葵を優先するべきだったわ。例えお友達と争うことになったとしても」
「・・・それは、ちょっと」
「随分自信がおありなのですね。葵は簡単に手に入れられるとでも?」
「違います!」
思ったよりも大きな声が出て空は動揺した。大声で威嚇するような真似をするなんて最低だ。
若紫は真っ青な顔で俯く空の手を両手で持ち、包むようにそっと握った。
「その程度で怯えるような女ではありませんわ」
「・・・・でもっ!」
「空は優しいわ。でも嘘がつけなかった。望む女を手に入れるために他の候補者達は駆け引きを使い、多少の嘘は平気でつくの。私は別にそれを悪いとは思いませんわ。だってここはそういう場所。だから葵も驚いたのだと思います」
ここはそういう場所。空はハッとした。
あれほどの美女に選ばれながら空は困惑した。葵からすれば予想外の反応だっただろう。空の事情など葵は知らない。
好意を無下にされ、葵は恥をかかされたと思ったのだろう。
己の態度は余りにも礼を欠いていた。葵だけではなく、ミハエルにも。例え最終候補の三人として顔を合わせても、ミハエルは嫌な顔一つせずライバルとして正々堂々勝負するだろう。
それに比べて自分は何て傲慢だったのだろう。空は恥ずかしくて消えたくなった。
今更遅いが葵に謝罪したい。二度と会って貰えなくても、何らかの形で詫びたかった。
「私のいいたいことが分かったようで、何よりですわ」
「・・・猛省しています」
「葵には事情を説明しておきますね。でも、これを切っ掛けに葵と急接近されても困りますわ」
「?何故ですか」
「・・・分からない?」
若紫はずいっと空に顔を近づけた。その顔は今まで見たプリンセスの顔ではなかった。
「ライバルが増えるのは嫌よ。だって空はお友達がいなかったら葵に好意を持っていたでしょうから」
葵は気の強そうな見た目に反して繊細な一面を持つ。感情も豊かで表裏がない。愛されて育った美しい娘に好意を向けられ、喜ばない男はいない。
空の様な少年なら尚更。
感情が分かりにくい女より、分りやすく「好き」と言ってくれる女の方が遥に良く見えるだろう。
「本当は私より感情豊かな葵の方が好みでしょう?」
「確かに魅力的ですが、俺は・・・」
若紫と至近距離で見つめ合う空はそれ以上の言葉が紡げなかった。突然若紫が見せた『女』の顔から目を離せない。
続きを求めるように若紫が囁く。
「俺は?」
「・・・その・・・」
「私が一番好き?」
空の顔は忽ち真っ赤に染まる。若紫はその顔を見ると満足そうに空から手を離し、体を引いた。
「悩みが消えたようで何よりですわ。空、これから一緒にお茶をしませんか?私、フルーツタルトを食べてみたいです」
先程の顔が嘘のように、若紫は無邪気に笑った。先程の妖艶さと、少女のように笑う若紫。
どちらが本当の彼女なのだろうか?
(いや、どちらも『若紫』なのだろう)
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