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浮舟の章
浮舟の章⑦
しおりを挟むイフラースはルークの背を確認するとどうにも居づらくなり、そそくさと退散した。
ホテルに戻り、二枚の絵を見比べる。
拡大しても違いが分からず頭を抱える。イフラースはスマホを机に置くと、そのまま伏せ寝した。
「・・・え?」
画面は開いたままだった。
スマホを平面にして縦に見ると、何かが浮かんで見えた。
イフラースは急いで神殿に戻った。
あの時開いていたのは右の絵だ。幸いルークはいなかった。
イフラースは絵を手に取り、目線と水平になるように傾ける。
うっすらと浮き出た形を確認できた時、後から声をかけられた。
「・・・何をしているの?」
浮舟の声だ。
イフラースが驚いて振り向くと、浮舟は無表情でイフラースを見ていた。
その目は冷たく据わっていた。イフラースは動けなかった。
「何しているの?」
「そ、その、確認を」
次の言葉は続かなかった。
イフラースは浮舟に頬を打たれたからだ。
痛みはないがショックだった。
浮舟は呆然とするイフラースから絵を取り上げると、元の位置に戻していた。
「ご、ごめんなさい」
「あんたさ、何がしたいわけ?」
その口調は浮舟とは思えぬほど荒々しかった。
イフラースが震えながら彼女を見ると、浮舟は変わらず無表情だった。
・・・だが、その目の奥には恐ろしい狂気の色が浮かんでいた。
浮舟は無言でイフラースの腹を蹴りつけた。
イフラースは痛みを感じなかったが、衝撃で尻餅をついた。
何が起きているのか分からず、イフラースはただ呆然と浮舟を見上げた。
「その絵、鮮やかな赤が使われているでしょう?」
ハハッと浮舟は笑った。
沢山の絵の具をキャンパスにぶちまけた絵。
その中で最も多く使われている色は、鮮やかな赤だった。
まるで血をぶちまけたかのように。
「血のようだと思った?そうよ。血じゃないけど血を吐くように描かれたゴミみたいな絵。作者と一緒。何の価値もありはしない」
浮舟はイフラースの肩を蹴って仰向けにすると、跨がって首を絞めた。
苦しくはない。
浮舟は狂気の笑みを浮かべてイフラースの顔を覗き込んだ。
「ねぇ、本物の死体を見たことがある?死ぬほど流れた赤い色も。私はあるわよ」
美しいが、その目は狂気に染まり恐ろしい。
どれだけ恐ろしくとも、イフラースは決して浮舟から目を逸らさなかった。
「貴方確かすっごいお金持ちだったわよね。無いか。私と違って貧乏なんか経験したこともないし、狂ってもいない。綺麗よね、全部」
グッと首を絞める手に力が籠もる。
苦しくなってきたがイフラースは決して浮舟から目を逸らさなかった。
「誰よりも綺麗だから選んだわ。だけど女を見る目はない。こんな狂った女に入れ上げて可哀想に。最初に言っていたわよね?何でもするって」
「はい」
「死ねって言ったら死ぬ?私はね、どうしようもない破壊衝動を抱えて創作活動をしているの。今のように平気で暴力も振るうし、物にだって当たり散らす。ねぇ、こんな私でも好き?」
イフラースは初めて浮舟の微笑みを見た。
美しいが痛々しい。イフラースは涙が出た。
「・・・私も、ありますよ」
「?」
「浮舟さんもそうなんですか?」
あの日、見下ろした先に血の花が咲いていた。
思い出すだけで今も涙が出る。
「・・・大切な人を亡くしたんですか?」
「別に大切じゃない」
「嘘ですよ。それでも構いません。私は全てを受け入れます」
「・・・全て?」
浮舟は眉間に皺を寄せる。
更に強く締められると身構えたイフラースだが、逆に手は緩み呼吸がしやすくなった。
「へぇ・・・全て?何も知らないくせによく言うわ」
「この先どの様な事実を知ろうとも変わりません。・・・好きです。浮舟さん」
答えは貰えなかった。
浮舟は黙り込むと、そのまま部屋を後にした。
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