雪の灯りの下で

ユウ6109

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雪の灯りの下で
十二月の京都は、観光客の喧騒が少し落ち着き、街全体が静かな白い息を吐いているようだった。鴨川沿いを歩くと、冷たい風が頬を刺す。由衣はマフラーをきつく巻き直し、吐く息の白さを見つめながら歩いていた。
彼女は大学を卒業してから地元の出版社に勤め、編集者として忙しい日々を送っていた。原稿に追われ、作家とのやり取りに追われ、気づけば自分の時間はほとんどなくなっていた。そんな中、ふとしたきっかけで高校時代の同級生・悠真から連絡が来たのは、ほんの一週間前のことだった。
「久しぶりに会わないか? 京都で小さな個展を開くんだ」
悠真は高校時代、美術部で絵を描き続けていた。由衣はその横顔を何度も見ていたが、結局「好き」という言葉を伝えることはなかった。卒業後、彼は東京の美大に進み、やがて画家として活動を始めたと風の噂で聞いていた。
会場は、町家を改装した小さなギャラリーだった。木の香りが残る空間に、悠真の描いた絵が並んでいる。冬の川辺、雪に沈む山里、そして人のいない駅のホーム。どれも静謐で、けれどどこか温かさを含んでいた。
「来てくれたんだ」
声に振り向くと、そこに悠真が立っていた。背が少し伸び、表情は大人びていたが、笑ったときの目元は昔のままだった。
「久しぶり。……十年ぶりくらい?」
「そうだな。高校の卒業式以来かもしれない」
二人は並んで展示を見て回った。由衣は一枚の絵の前で足を止めた。それは、雪の降る夜に灯籠が並ぶ小径を描いた作品だった。
「これ、どこ?」
「京都の東山。去年の冬にスケッチしたんだ。雪が降ると、灯りがやけに近く感じられて……。そのとき、ふと君のことを思い出した」
由衣の胸が跳ねた。悠真はさらりと言ったが、その言葉は彼女の心に深く刺さった。
展示が終わる頃、悠真が言った。
「このあと、少し歩かないか?」
外に出ると、粉雪が舞い始めていた。二人は八坂の塔を見上げながら石畳を歩いた。観光客の姿は少なく、雪の音だけが響いていた。
「東京には戻らないの?」と由衣が尋ねる。
「戻るつもりはない。これからは京都を拠点に描いていこうと思ってる。静かで、自分のペースを取り戻せるから」
由衣は黙って頷いた。彼女自身も、仕事に追われる日々の中で「自分のペース」を見失っていた。
しばらく歩いたところで、悠真が立ち止まった。
「由衣、あの頃、言えなかったことがある」
雪が二人の肩に積もる。由衣は息を呑んだ。
「高校のときから、ずっと君が好きだった。卒業してからも、絵を描くたびに思い出してた。……今も、その気持ちは変わらない」
由衣の視界が滲んだ。十年前、同じ気持ちを抱きながら言えなかった自分を思い出す。あのとき勇気を出していれば、違う未来があったのかもしれない。
「私も……好きだった。ずっと。でも言えなくて」
悠真は微笑み、そっと由衣の手を取った。冷たいはずの手が、不思議と温かかった。
「これからは、もう言葉を飲み込まないでいよう。後悔しないように」
由衣は頷いた。雪の中、灯籠の光が二人を照らす。過去の沈黙を越えて、ようやく交わされた想いは、冬の夜に静かに溶けていった。
その夜、由衣は久しぶりに心から安らかな眠りについた。翌朝、窓の外は一面の雪景色だった。白い世界の中で、彼女は新しい一歩を踏み出す決意を固めていた。
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