15 / 41
第15章 黒帆の影
しおりを挟む
夜明け前の海は鉛色の膜を張り、波間に揺れる黒い帆影は遠くからでも冷たく目に入った。Harunは倉庫の屋根越しにそれを見て、胸の奥に重く沈む予感を確かめた。昨夜の争いで負った疲労は皆の顔に刻まれていたが、撤退の背中に残された印は明白だった。相手は撤退などしていない。次は必ずより大きな駒を動かす。
「準備を」Kadeが低く言う。彼の声には疲労の色があるが、冷静さは失われていなかった。Rheaは夜の残滓を拭いながら、巻物と円盤を厳重に包み直す。Bhelmは鍋を抱えて仲間に食事を分け、Mikは小声で今後の奇策を口にしていた。代理は外の街路に姿を消し、双子は各所へと散って情報を固めた。
Harunは自分に割り当てられた役割を反芻した。触れること、呼び起こすこと、そしてその代償を引き受けること。胸にある光がまた動くのを恐れつつも、それが仲間を守るための鍵になるならばと、自分を奮い立たせる。彼はコインを何度も掌の中で転がし、冷たさを現実に引き戻した。
昼が近づくと、Terrosの港は通常の雑踏を取り戻しつつあった。だが往来の影には慎重さが増し、目に見えぬ牆が立っているかのようだった。Harunたちは倉庫を離れ、港の片隅にある小さな漁師宿へ移動した。そこを拠点にして小回りの利く動きを続けるためだ。宿の老爺は一見無関心を装いながらも、目の端で事態を測っているようだった。
午後になって、情報が入る。双子のFerreが持ってきた噂話は断片的だが致命的だった。黒帆の艦隊には、かつて海上警備隊に属した者たちが含まれているという。彼らは潮流の機構に関与した歴史を知る一部であり、目的は単に断片の回収だけではない。ある重役が、古い権利を現代に適用し、商路の主導権を一代で揺り動かそうとしているらしい。
「つまり彼らは、権力としての潮流を取り戻す」Rheaが静かに言う。「機構は道具に過ぎない。扱う者次第で祝福にも呪いにもなる」
Harunは黙って頷き、計画の残り時間を見定める。次の一手は彼らにとっての攻防の分岐点であり、失敗はTerros全体の秩序を揺るがすだろう。
夕刻、代理が戻ってきた。彼女はいつも通り微笑を浮かべていたが、その目は険しかった。「黒帆の旗艦が一隻、今夜沖合に停泊する。彼らは直接交渉をしに来るつもりだろう。私の感触だと、対話の席は罠だ」
Kadeは短く笑って答えた。「ならば罠に誘う側になってやる」彼は策を述べ、Harunは役目を反芻する。今回、Harunはあえて目立つ役を演じることで敵の注意を集め、仲間にその隙を作るという賭けをすることになった。
夜、港の波は鈍い音を立て、黒帆の旗艦が遠目にも威圧的な姿を見せた。Harunたちは小舟に分乗し、エンジンも明かりも抑えたまま近づく。代理とRheaは小舟の後方で結界を組み、KadeとBhelm、双子は後方支援に回る。Harunは前方の小さな甲板に立ち、箱を抱えてしっかりと掴んでいた。胸の中で光がざわめくのを感じながらも、彼は息を整えた。
旗艦へ接近すると、甲板に出迎えたのは黒帆の幹部のうちの一人、覆面ではなく飾り帯の付いた制服を纏う中年の男だった。彼の声は滑らかで、交渉人の如き余裕を漂わせている。「若者よ、その箱をここに置けば済む。話し合いでお互いの立場を整理しよう」
Harunは箱を抱えたまま顔を上げ、相手の目を見る。男の背後には大勢の警護が控え、甲板は整然としていた。Harunはわずかに笑みを返し、ゆっくりと答えた。「話し合いはいい。だがこちらにも条件がある」
言葉を交わすごく短い瞬間、代理の手が小さく動き、結界が甲板の一隅に広がる。Rheaの唱える囁きは風のように小さく、しかし確かに存在を形作る。Harunは息を呑み、コインを拳に強く押し込んだ。光はまた彼の内側で震え、だが今回はRheaの結界がその余波を受け止めた。小さな閃光が甲板の上で弾け、黒帆側の幾人かが一瞬視界を失い、動揺が生じる。
その隙にKadeとBhelmが動き、戦端が開かれた。甲板上は混乱するが、黒帆の兵は熟練しており、戦いは激烈を極める。Harunは箱を抱えたまま、仲間の背中のためにできることを探した。彼の手の中でコインは熱を帯び、断片の記憶が波のように押し寄せる。幼い日の笑い、燃え盛る夜、海の深い音――すべてが一斉に押し寄せるようだった。
だがそのとき、予想外の声が甲板上に響く。Celenの声音だ。息は荒く、傷は癒え切っていないはずなのに、彼は旗艦の側面から飛び移り、刃を振るって戦列に割り込んできた。Harunは驚きと安堵が同時に胸を走る。仲間は増えるだけでなく、困難の中で戻ってくるものもあるのだと実感する。
戦いは長くは続かなかった。Rheaと代理の連携で結界は確実に敵を封じ、KadeとCelenの剣技が要所を切り裂く。黒帆の兵は組織を乱し、旗艦は最後に撤退の号令を出した。甲板に残されたのは荒れた木屑と散乱した武具、そして静かな呼吸を取り戻した者たちの姿だった。
戦いの後、Harunは箱を開ける勇気を少しだけ取り戻し、仲間と共に中身を確認した。そこには小さな歯車に刻まれた微細な符号と、紙片に書かれた一連の詠唱断片があった。Rheaは静かにそれを読み、額にしわを寄せる。「これでさらに組み合わせがわかる。だが同時に、相手もまた鍵を集めている。競争は加速するだけだ」
Harunは海を見つめながら胸にある光を確かめた。戦いは勝ったが代償は増え、敵は被害を残して去っていった。だがCelenの帰還は彼に新たな勇気を与えた。仲間は傷だが、集い、離れ、そしてまた帰ってくる。その輪の中心で、Harunは次の目的地を思案し始めた。黒帆の影は大きく、彼らの進行を阻もうとするが、仲間の数は少しずつ増え、道は確かに続いている。
「準備を」Kadeが低く言う。彼の声には疲労の色があるが、冷静さは失われていなかった。Rheaは夜の残滓を拭いながら、巻物と円盤を厳重に包み直す。Bhelmは鍋を抱えて仲間に食事を分け、Mikは小声で今後の奇策を口にしていた。代理は外の街路に姿を消し、双子は各所へと散って情報を固めた。
Harunは自分に割り当てられた役割を反芻した。触れること、呼び起こすこと、そしてその代償を引き受けること。胸にある光がまた動くのを恐れつつも、それが仲間を守るための鍵になるならばと、自分を奮い立たせる。彼はコインを何度も掌の中で転がし、冷たさを現実に引き戻した。
昼が近づくと、Terrosの港は通常の雑踏を取り戻しつつあった。だが往来の影には慎重さが増し、目に見えぬ牆が立っているかのようだった。Harunたちは倉庫を離れ、港の片隅にある小さな漁師宿へ移動した。そこを拠点にして小回りの利く動きを続けるためだ。宿の老爺は一見無関心を装いながらも、目の端で事態を測っているようだった。
午後になって、情報が入る。双子のFerreが持ってきた噂話は断片的だが致命的だった。黒帆の艦隊には、かつて海上警備隊に属した者たちが含まれているという。彼らは潮流の機構に関与した歴史を知る一部であり、目的は単に断片の回収だけではない。ある重役が、古い権利を現代に適用し、商路の主導権を一代で揺り動かそうとしているらしい。
「つまり彼らは、権力としての潮流を取り戻す」Rheaが静かに言う。「機構は道具に過ぎない。扱う者次第で祝福にも呪いにもなる」
Harunは黙って頷き、計画の残り時間を見定める。次の一手は彼らにとっての攻防の分岐点であり、失敗はTerros全体の秩序を揺るがすだろう。
夕刻、代理が戻ってきた。彼女はいつも通り微笑を浮かべていたが、その目は険しかった。「黒帆の旗艦が一隻、今夜沖合に停泊する。彼らは直接交渉をしに来るつもりだろう。私の感触だと、対話の席は罠だ」
Kadeは短く笑って答えた。「ならば罠に誘う側になってやる」彼は策を述べ、Harunは役目を反芻する。今回、Harunはあえて目立つ役を演じることで敵の注意を集め、仲間にその隙を作るという賭けをすることになった。
夜、港の波は鈍い音を立て、黒帆の旗艦が遠目にも威圧的な姿を見せた。Harunたちは小舟に分乗し、エンジンも明かりも抑えたまま近づく。代理とRheaは小舟の後方で結界を組み、KadeとBhelm、双子は後方支援に回る。Harunは前方の小さな甲板に立ち、箱を抱えてしっかりと掴んでいた。胸の中で光がざわめくのを感じながらも、彼は息を整えた。
旗艦へ接近すると、甲板に出迎えたのは黒帆の幹部のうちの一人、覆面ではなく飾り帯の付いた制服を纏う中年の男だった。彼の声は滑らかで、交渉人の如き余裕を漂わせている。「若者よ、その箱をここに置けば済む。話し合いでお互いの立場を整理しよう」
Harunは箱を抱えたまま顔を上げ、相手の目を見る。男の背後には大勢の警護が控え、甲板は整然としていた。Harunはわずかに笑みを返し、ゆっくりと答えた。「話し合いはいい。だがこちらにも条件がある」
言葉を交わすごく短い瞬間、代理の手が小さく動き、結界が甲板の一隅に広がる。Rheaの唱える囁きは風のように小さく、しかし確かに存在を形作る。Harunは息を呑み、コインを拳に強く押し込んだ。光はまた彼の内側で震え、だが今回はRheaの結界がその余波を受け止めた。小さな閃光が甲板の上で弾け、黒帆側の幾人かが一瞬視界を失い、動揺が生じる。
その隙にKadeとBhelmが動き、戦端が開かれた。甲板上は混乱するが、黒帆の兵は熟練しており、戦いは激烈を極める。Harunは箱を抱えたまま、仲間の背中のためにできることを探した。彼の手の中でコインは熱を帯び、断片の記憶が波のように押し寄せる。幼い日の笑い、燃え盛る夜、海の深い音――すべてが一斉に押し寄せるようだった。
だがそのとき、予想外の声が甲板上に響く。Celenの声音だ。息は荒く、傷は癒え切っていないはずなのに、彼は旗艦の側面から飛び移り、刃を振るって戦列に割り込んできた。Harunは驚きと安堵が同時に胸を走る。仲間は増えるだけでなく、困難の中で戻ってくるものもあるのだと実感する。
戦いは長くは続かなかった。Rheaと代理の連携で結界は確実に敵を封じ、KadeとCelenの剣技が要所を切り裂く。黒帆の兵は組織を乱し、旗艦は最後に撤退の号令を出した。甲板に残されたのは荒れた木屑と散乱した武具、そして静かな呼吸を取り戻した者たちの姿だった。
戦いの後、Harunは箱を開ける勇気を少しだけ取り戻し、仲間と共に中身を確認した。そこには小さな歯車に刻まれた微細な符号と、紙片に書かれた一連の詠唱断片があった。Rheaは静かにそれを読み、額にしわを寄せる。「これでさらに組み合わせがわかる。だが同時に、相手もまた鍵を集めている。競争は加速するだけだ」
Harunは海を見つめながら胸にある光を確かめた。戦いは勝ったが代償は増え、敵は被害を残して去っていった。だがCelenの帰還は彼に新たな勇気を与えた。仲間は傷だが、集い、離れ、そしてまた帰ってくる。その輪の中心で、Harunは次の目的地を思案し始めた。黒帆の影は大きく、彼らの進行を阻もうとするが、仲間の数は少しずつ増え、道は確かに続いている。
0
あなたにおすすめの小説
女王ララの再建録 〜前世は主婦、今は王国の希望〜
香樹 詩
ファンタジー
13歳で“前世の記憶”を思い出したララ。
――前世の彼女は、家庭を守る“お母さん”だった。
そして今、王女として目の前にあるのは、
火の車の国家予算、癖者ぞろいの王宮、そして資源不足の魔鉱石《ビス》。
「これ……完全に、家計の立て直し案件よね」
頼れない兄王太子に代わって、
家計感覚と前世の知恵を武器に、ララは“王国の再建”に乗り出す!
まだ魔法が当たり前ではないこの国で、
新たな時代を切り拓く、小さな勇気と現実的な戦略の物語。
怒れば母、語れば姉、決断すれば君主。
異色の“王女ララの再建録”、いま幕を開けます!
*カクヨムにも投稿しています。
愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました
由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。
尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。
けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。
そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。
再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。
一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。
“尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。
静かに離婚しただけなのに、
なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
まず、後宮に入れませんっ! ~悪役令嬢として他の国に嫁がされましたが、何故か荷物から勇者の剣が出てきたので、魔王を倒しに行くことになりました
菱沼あゆ
ファンタジー
妹の婚約者を狙う悪女だと罵られ、国を追い出された王女フェリシア。
残忍で好色だと評判のトレラント王のもとに嫁ぐことになるが。
何故か、輿入れの荷物の中には、勇者の剣が入っていた。
後宮にも入れず、魔王を倒しに行くことになったフェリシアは――。
(小説家になろうでも掲載しています)
欠席魔の公爵令嬢、冤罪断罪も欠席す 〜メイリーン戦記〜
水戸直樹
ファンタジー
王太子との婚約――それは、彼に恋したからでも、権力のためでもなかった。
魔王乱立の時代。
王も公爵も外征に出ている王都で、公爵令嬢メイリーンは“地味な婚約者”として王城に現れる。
だが、王太子は初顔合わせに現れなかった。
にもかかわらず、記録に残ったのは「公爵令嬢の欠席」。
抗議はしない。
訂正もしない。
ただ一つ、欠席という事実だけを積み上げていく。
――それが、誰にとっての不合格なのか。
まだ、誰も気づいていない。
欠席から始まる、静かなるファンタジー戦記。
転生『悪役』公爵令嬢はやり直し人生で楽隠居を目指す
RINFAM
ファンタジー
なんの罰ゲームだ、これ!!!!
あああああ!!!
本当ならあと数年で年金ライフが送れたはずなのに!!
そのために国民年金の他に利率のいい個人年金も掛け、さらに少ない給料の中からちまちまと老後の生活費を貯めてきたと言うのに!!!!
一銭も貰えないまま人生終わるだなんて、あんまりです神様仏様あああ!!
かくなる上はこのやり直し転生人生で、前世以上に楽して暮らせる隠居生活を手に入れなければ。
年金受給前に死んでしまった『心は常に18歳』な享年62歳の初老女『成瀬裕子』はある日突然死しファンタジー世界で公爵令嬢に転生!!しかし、数年後に待っていた年金生活を夢見ていた彼女は、やり直し人生で再び若いままでの楽隠居生活を目指すことに。
4コマ漫画版もあります。
石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~
めぐみ
歴史・時代
お民は江戸は町外れ徳平店(とくべいだな)に夫源治と二人暮らし。
源治はお民より年下で、お民は再婚である。前の亭主との間には一人息子がいたが、川に落ちて夭折してしまった。その後、どれだけ望んでも、子どもは授からなかった。
長屋暮らしは慎ましいものだが、お民は夫に愛されて、女としても満ち足りた日々を過ごしている。
そんなある日、徳平店が近々、取り壊されるという話が持ちあがる。徳平店の土地をもっているのは大身旗本の石澤嘉門(いしざわかもん)だ。その嘉門、実はお民をふとしたことから見初め、お民を期間限定の側室として差し出すなら、長屋取り壊しの話も考え直しても良いという。
明らかにお民を手に入れんがための策略、しかし、お民は長屋に住む皆のことを考えて、殿様の取引に応じるのだった。
〝行くな!〟と懸命に止める夫に哀しく微笑み、〝約束の1年が過ぎたから、きっとお前さんの元に帰ってくるよ〟と残して―。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる