41 / 41
第41章 終章
しおりを挟む
海はいつも変わり続けるが、その変化の間隙に人は岸を築き、歌を残し、次の世代へ手を渡す。Harunは欄干に肘を預けて遠くを見やった。波は穏やかで、朝の光が帆を淡く染める。彼の掌の中には、長年の旅路の証のコインがあった。傷だらけの金属は、数え切れぬ決断と疲労、そして幾つもの約束の痕跡を写している。
共同議会の制度は完全ではない。焼かれた台帳や改竄された記録、外套の男が撒いた言説の後遺症は残る。だが無数の小さな集いが生まれ、語り部が夜毎に火の周りで歌い、保管庫の鍵を握る手は一つではなくなった。封印はただ技術としての行為ではなく、共同体の合意として繰り返され、語りと実務と補償が少しずつ絡み合っていった。Harunはその網目を見つめ、安堵と緊張が混ざる微かな満足を噛みしめた。
彼らが倒したのは、完全な敵ではなく、制度の脆弱さと人の疲労を利用する策略だった。だがその過程で、共同議会は法と手続きだけでなく、教育、資源分配、物語の再生という複合的な防御を作り上げた。それは長い営みの始まりだった。制度が日常に定着するには時間が必要であり、時間は人々が日々の選択で制度を使い、試し、改めることでしか補強されない。Harunはその事実を受け入れていた。
人々の暮らしが少しずつ変わっていくのを、Harunは確かに見た。港町の若者が保管の手順を学び、老人が昔の歌を子らに伝える。被害を受けた家族が補償を得て寝る屋根を取り戻し、語りの会で互いの痛みを語り直すことで和解への小さな一歩を踏み出す。制度と文化が交わる場所で、記憶は単なる過去ではなく、共同体を形作る能動的な力になっていった。
夜、Harunは仲間と最後の小さな宴を開いた。話は軽く、だが一つ一つの笑いには重みがあった。Celenの名は宴席でそっと呼ばれ、彼の記憶は共に守られた物語の一部として語り継がれることが約束された。誰もが変化の疲労を抱えつつ、同時に未来を引き受ける覚悟を新たにした。Harunはその場でコインを取り出し、そっと掌に載せてから仲間の一人に渡すことを思いとどまった。コインは持ち続けるべき象徴ではなく、役目を果たすためのものだと彼は知っていた。
彼らの旅は終わらない。だが「終わらないこと」は絶望を意味しなかった。それは責務の連続であり、その連続を担うための人々と制度、語りの作法が生まれたということを意味した。Harunは海を見つめながら静かに誓う。守り続けること、問いを失わないこと、そして記憶が誰かの商品にならぬように、人々と共にその価値を決め続けること。
朝焼けが水平線を朱に染めるとき、船は新しい港へ向けて帆を立てた。Harunは舵を同僚に任せ、甲板をゆっくり歩いた。港では村の子どもたちが走り回り、語り部が古い歌の一節を口ずさむ。目の前に広がる日常は完璧ではないが、そこには確かな生の手触りがあった。Harunは深く息を吸い、仲間たちの顔を一つずつ見渡す。彼らの歩みは小さくとも確かであり、それがやがて広い岸を形作るだろうと彼は信じていた。
最後に彼は小声で言った。声は海に溶けるが、仲間には届く。「道は続く。我々は道を作った。次はこの道を歩く人々の番だ」。そしてHarunは歩みを止めず、新しい港へと進む仲間たちとともに前へ出た。海は波を打ち続け、岸は少しずつ形を変える。記憶は護られ、語りは生き、共同体はまた朝を迎える。終わりではなく、続きであることを祝して、物語は静かに幕を閉じる。
共同議会の制度は完全ではない。焼かれた台帳や改竄された記録、外套の男が撒いた言説の後遺症は残る。だが無数の小さな集いが生まれ、語り部が夜毎に火の周りで歌い、保管庫の鍵を握る手は一つではなくなった。封印はただ技術としての行為ではなく、共同体の合意として繰り返され、語りと実務と補償が少しずつ絡み合っていった。Harunはその網目を見つめ、安堵と緊張が混ざる微かな満足を噛みしめた。
彼らが倒したのは、完全な敵ではなく、制度の脆弱さと人の疲労を利用する策略だった。だがその過程で、共同議会は法と手続きだけでなく、教育、資源分配、物語の再生という複合的な防御を作り上げた。それは長い営みの始まりだった。制度が日常に定着するには時間が必要であり、時間は人々が日々の選択で制度を使い、試し、改めることでしか補強されない。Harunはその事実を受け入れていた。
人々の暮らしが少しずつ変わっていくのを、Harunは確かに見た。港町の若者が保管の手順を学び、老人が昔の歌を子らに伝える。被害を受けた家族が補償を得て寝る屋根を取り戻し、語りの会で互いの痛みを語り直すことで和解への小さな一歩を踏み出す。制度と文化が交わる場所で、記憶は単なる過去ではなく、共同体を形作る能動的な力になっていった。
夜、Harunは仲間と最後の小さな宴を開いた。話は軽く、だが一つ一つの笑いには重みがあった。Celenの名は宴席でそっと呼ばれ、彼の記憶は共に守られた物語の一部として語り継がれることが約束された。誰もが変化の疲労を抱えつつ、同時に未来を引き受ける覚悟を新たにした。Harunはその場でコインを取り出し、そっと掌に載せてから仲間の一人に渡すことを思いとどまった。コインは持ち続けるべき象徴ではなく、役目を果たすためのものだと彼は知っていた。
彼らの旅は終わらない。だが「終わらないこと」は絶望を意味しなかった。それは責務の連続であり、その連続を担うための人々と制度、語りの作法が生まれたということを意味した。Harunは海を見つめながら静かに誓う。守り続けること、問いを失わないこと、そして記憶が誰かの商品にならぬように、人々と共にその価値を決め続けること。
朝焼けが水平線を朱に染めるとき、船は新しい港へ向けて帆を立てた。Harunは舵を同僚に任せ、甲板をゆっくり歩いた。港では村の子どもたちが走り回り、語り部が古い歌の一節を口ずさむ。目の前に広がる日常は完璧ではないが、そこには確かな生の手触りがあった。Harunは深く息を吸い、仲間たちの顔を一つずつ見渡す。彼らの歩みは小さくとも確かであり、それがやがて広い岸を形作るだろうと彼は信じていた。
最後に彼は小声で言った。声は海に溶けるが、仲間には届く。「道は続く。我々は道を作った。次はこの道を歩く人々の番だ」。そしてHarunは歩みを止めず、新しい港へと進む仲間たちとともに前へ出た。海は波を打ち続け、岸は少しずつ形を変える。記憶は護られ、語りは生き、共同体はまた朝を迎える。終わりではなく、続きであることを祝して、物語は静かに幕を閉じる。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
女王ララの再建録 〜前世は主婦、今は王国の希望〜
香樹 詩
ファンタジー
13歳で“前世の記憶”を思い出したララ。
――前世の彼女は、家庭を守る“お母さん”だった。
そして今、王女として目の前にあるのは、
火の車の国家予算、癖者ぞろいの王宮、そして資源不足の魔鉱石《ビス》。
「これ……完全に、家計の立て直し案件よね」
頼れない兄王太子に代わって、
家計感覚と前世の知恵を武器に、ララは“王国の再建”に乗り出す!
まだ魔法が当たり前ではないこの国で、
新たな時代を切り拓く、小さな勇気と現実的な戦略の物語。
怒れば母、語れば姉、決断すれば君主。
異色の“王女ララの再建録”、いま幕を開けます!
*カクヨムにも投稿しています。
愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました
由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。
尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。
けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。
そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。
再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。
一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。
“尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。
静かに離婚しただけなのに、
なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
欠席魔の公爵令嬢、冤罪断罪も欠席す 〜メイリーン戦記〜
水戸直樹
ファンタジー
王太子との婚約――それは、彼に恋したからでも、権力のためでもなかった。
魔王乱立の時代。
王も公爵も外征に出ている王都で、公爵令嬢メイリーンは“地味な婚約者”として王城に現れる。
だが、王太子は初顔合わせに現れなかった。
にもかかわらず、記録に残ったのは「公爵令嬢の欠席」。
抗議はしない。
訂正もしない。
ただ一つ、欠席という事実だけを積み上げていく。
――それが、誰にとっての不合格なのか。
まだ、誰も気づいていない。
欠席から始まる、静かなるファンタジー戦記。
まず、後宮に入れませんっ! ~悪役令嬢として他の国に嫁がされましたが、何故か荷物から勇者の剣が出てきたので、魔王を倒しに行くことになりました
菱沼あゆ
ファンタジー
妹の婚約者を狙う悪女だと罵られ、国を追い出された王女フェリシア。
残忍で好色だと評判のトレラント王のもとに嫁ぐことになるが。
何故か、輿入れの荷物の中には、勇者の剣が入っていた。
後宮にも入れず、魔王を倒しに行くことになったフェリシアは――。
(小説家になろうでも掲載しています)
転生『悪役』公爵令嬢はやり直し人生で楽隠居を目指す
RINFAM
ファンタジー
なんの罰ゲームだ、これ!!!!
あああああ!!!
本当ならあと数年で年金ライフが送れたはずなのに!!
そのために国民年金の他に利率のいい個人年金も掛け、さらに少ない給料の中からちまちまと老後の生活費を貯めてきたと言うのに!!!!
一銭も貰えないまま人生終わるだなんて、あんまりです神様仏様あああ!!
かくなる上はこのやり直し転生人生で、前世以上に楽して暮らせる隠居生活を手に入れなければ。
年金受給前に死んでしまった『心は常に18歳』な享年62歳の初老女『成瀬裕子』はある日突然死しファンタジー世界で公爵令嬢に転生!!しかし、数年後に待っていた年金生活を夢見ていた彼女は、やり直し人生で再び若いままでの楽隠居生活を目指すことに。
4コマ漫画版もあります。
マチ恋 ―君に捧げるLove song― 一夜の相手はスーパースター。誰にも言えない秘密の恋。【完結】
remo
恋愛
あなたにとっては遊びでも、私にとっては、…奇跡の夜だった。
地味で平凡で取り柄のない私に起きた一夜のキセキ。
水村ゆい、23歳、シングルマザー。
誰にも言えないけど、愛息子の父親は、
今人気絶頂バンドのボーカルなんです。
初めての恋。奇跡の恋。離れ離れの恋。不倫の恋。一途な恋。最後の恋。
待っている…
人生で、一度だけの恋。
【完結】ありがとうございました‼︎
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる