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第9章 記憶の継承
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悠が記憶を閉じてから、町は静かに落ち着きを取り戻していた。塔の針は三時を指したまま、動かない。けれど、町の時計はすべて正常に時を刻んでいた。人々は日常を過ごし、学校では授業が進み、商店街には笑い声が戻っていた。
咲良は、悠の隣に座りながら、彼の目がどこか遠くを見ていることに気づいていた。彼は、彼女の名前を覚えていた。けれど、彼女との記憶は、まるで霧の中にあるようだった。言葉の端々に、かつての彼が残っている。けれど、それはもう、彼の中では“過去”ではなく、“空白”になっていた。
「悠くん、今日も塔に行こう」
咲良はそう言った。彼は少し驚いたように顔を上げたが、すぐに頷いた。
「うん。行こう」
二人は、放課後の町を歩いた。夕暮れの光が、塔の壁を金色に染めていた。扉は静かに開いた。中は、変わらず静かだった。歯車の音も、時計の針の動きも、すべてが止まっていた。
“記憶の部屋”に入ると、台座の上にノートが置かれていた。ページは開かれていて、風に揺れていた。咲良は、そっとページをめくった。そこには、彼女の筆跡でこう書かれていた。
“私は、記憶を守る子。
兄の記憶を探して塔に入った。
記憶は、私の中で生きている。
だから、私は前に進める。”
その隣に、悠の筆跡が残っていた。
“僕は、記憶を繋ぐ子。
塔に呼ばれて、記憶を受け取り、そして閉じた。
でも、記憶は消えない。
誰かが思い出す限り、記憶は生き続ける。”
咲良は、ページの余白に新しい言葉を綴った。
“記憶は、継承される。
誰かが閉じた記憶は、誰かが守る。
そして、いつか誰かが開く。
私は、その“誰か”になる。”
悠は、彼女の言葉を静かに読んでいた。何かを思い出そうとしているような、けれど届かないような、そんな表情だった。
「悠くん、覚えてなくてもいいよ。私が覚えてるから」
彼は、少しだけ微笑んだ。
「ありがとう」
その夜、咲良は新しいノートを開いた。悠の記憶を綴るためのノート。彼が忘れてしまったことを、彼女が覚えている限り、記憶は消えない。
“彼の名前は、天野悠。
彼は、記憶を繋ぐ子だった。
塔に呼ばれて、記憶を受け取り、そして閉じた。
私は、それを覚えている。
だから、彼は消えない。
記憶は、誰かが思い出す限り、生き続ける。”
ページを閉じると、窓の外に星が瞬いていた。
翌日、学校では文化祭の準備が始まっていた。咲良は、展示企画の担当になった。彼女は、塔の記憶をテーマにした展示を提案した。
「時計塔の記憶を、みんなに伝えたい」
教師たちは少し驚いたが、彼女の熱意に押されて許可が下りた。咲良は、塔の歴史、記憶の部屋、封印の理論、そして“記憶を繋ぐ子”の存在を、パネルにまとめていった。
展示の中心には、悠が塔に残したノートの複製が置かれた。彼の筆跡、彼の言葉。それは、誰かの記憶を繋ぐための“記録”だった。
文化祭当日、展示には多くの人が訪れた。町の住民、学校の生徒、教師たち。誰もが、塔の記憶に触れ、何かを思い出していた。
「これ……昔、聞いたことがある」
「塔には、記憶が眠ってるって……」
「でも、それって本当だったんだ」
咲良は、展示の隅で静かに立っていた。彼女の隣には、悠がいた。彼は、展示を見ながら、何かを感じ取っているようだった。
「これ……僕が書いたの?」
「うん。悠くんが塔に残した記憶」
「……覚えてないけど、懐かしい気がする」
それで十分だった。記憶は、完全に思い出されなくても、心の奥に残っていれば、それだけで生きている。
文化祭の終わり、咲良は塔へ向かった。展示で使った資料を、再び塔に戻すためだった。扉は静かに開いた。中は、変わらず静かだった。
“記憶の部屋”に資料を置くと、台座の上に新しいノートが置かれていた。誰かが、夜の間に置いたのかもしれない。ページを開くと、そこにはこう書かれていた。
“記憶は、継承される。
塔は、記憶を守る器。
誰かが閉じ、誰かが守り、誰かが開く。
それが、時雨町の“時間”である。”
咲良は、ページの余白に自分の言葉を綴った。
“私は、記憶を守る子。
そして、記憶を伝える子になる。
塔の記憶を、未来へ繋ぐために。”
塔の針は、三時を指したまま。けれど、咲良の腕時計は、八時を指していた。
時間は、確かに進んでいた。
その夜、咲良は夢を見た。塔の中、記憶の部屋。台座の前に、悠が立っていた。彼は、微笑みながら言った。
「ありがとう。僕の記憶を、守ってくれて」
「ううん。私の記憶でもあるから」
「じゃあ、これからは君が繋ぐ番だね」
「うん。任せて」
夢の中の塔は、静かに鐘を鳴らした。
カン、カン、カン――三回。
それは、記憶の継承を告げる音だった。
咲良は、悠の隣に座りながら、彼の目がどこか遠くを見ていることに気づいていた。彼は、彼女の名前を覚えていた。けれど、彼女との記憶は、まるで霧の中にあるようだった。言葉の端々に、かつての彼が残っている。けれど、それはもう、彼の中では“過去”ではなく、“空白”になっていた。
「悠くん、今日も塔に行こう」
咲良はそう言った。彼は少し驚いたように顔を上げたが、すぐに頷いた。
「うん。行こう」
二人は、放課後の町を歩いた。夕暮れの光が、塔の壁を金色に染めていた。扉は静かに開いた。中は、変わらず静かだった。歯車の音も、時計の針の動きも、すべてが止まっていた。
“記憶の部屋”に入ると、台座の上にノートが置かれていた。ページは開かれていて、風に揺れていた。咲良は、そっとページをめくった。そこには、彼女の筆跡でこう書かれていた。
“私は、記憶を守る子。
兄の記憶を探して塔に入った。
記憶は、私の中で生きている。
だから、私は前に進める。”
その隣に、悠の筆跡が残っていた。
“僕は、記憶を繋ぐ子。
塔に呼ばれて、記憶を受け取り、そして閉じた。
でも、記憶は消えない。
誰かが思い出す限り、記憶は生き続ける。”
咲良は、ページの余白に新しい言葉を綴った。
“記憶は、継承される。
誰かが閉じた記憶は、誰かが守る。
そして、いつか誰かが開く。
私は、その“誰か”になる。”
悠は、彼女の言葉を静かに読んでいた。何かを思い出そうとしているような、けれど届かないような、そんな表情だった。
「悠くん、覚えてなくてもいいよ。私が覚えてるから」
彼は、少しだけ微笑んだ。
「ありがとう」
その夜、咲良は新しいノートを開いた。悠の記憶を綴るためのノート。彼が忘れてしまったことを、彼女が覚えている限り、記憶は消えない。
“彼の名前は、天野悠。
彼は、記憶を繋ぐ子だった。
塔に呼ばれて、記憶を受け取り、そして閉じた。
私は、それを覚えている。
だから、彼は消えない。
記憶は、誰かが思い出す限り、生き続ける。”
ページを閉じると、窓の外に星が瞬いていた。
翌日、学校では文化祭の準備が始まっていた。咲良は、展示企画の担当になった。彼女は、塔の記憶をテーマにした展示を提案した。
「時計塔の記憶を、みんなに伝えたい」
教師たちは少し驚いたが、彼女の熱意に押されて許可が下りた。咲良は、塔の歴史、記憶の部屋、封印の理論、そして“記憶を繋ぐ子”の存在を、パネルにまとめていった。
展示の中心には、悠が塔に残したノートの複製が置かれた。彼の筆跡、彼の言葉。それは、誰かの記憶を繋ぐための“記録”だった。
文化祭当日、展示には多くの人が訪れた。町の住民、学校の生徒、教師たち。誰もが、塔の記憶に触れ、何かを思い出していた。
「これ……昔、聞いたことがある」
「塔には、記憶が眠ってるって……」
「でも、それって本当だったんだ」
咲良は、展示の隅で静かに立っていた。彼女の隣には、悠がいた。彼は、展示を見ながら、何かを感じ取っているようだった。
「これ……僕が書いたの?」
「うん。悠くんが塔に残した記憶」
「……覚えてないけど、懐かしい気がする」
それで十分だった。記憶は、完全に思い出されなくても、心の奥に残っていれば、それだけで生きている。
文化祭の終わり、咲良は塔へ向かった。展示で使った資料を、再び塔に戻すためだった。扉は静かに開いた。中は、変わらず静かだった。
“記憶の部屋”に資料を置くと、台座の上に新しいノートが置かれていた。誰かが、夜の間に置いたのかもしれない。ページを開くと、そこにはこう書かれていた。
“記憶は、継承される。
塔は、記憶を守る器。
誰かが閉じ、誰かが守り、誰かが開く。
それが、時雨町の“時間”である。”
咲良は、ページの余白に自分の言葉を綴った。
“私は、記憶を守る子。
そして、記憶を伝える子になる。
塔の記憶を、未来へ繋ぐために。”
塔の針は、三時を指したまま。けれど、咲良の腕時計は、八時を指していた。
時間は、確かに進んでいた。
その夜、咲良は夢を見た。塔の中、記憶の部屋。台座の前に、悠が立っていた。彼は、微笑みながら言った。
「ありがとう。僕の記憶を、守ってくれて」
「ううん。私の記憶でもあるから」
「じゃあ、これからは君が繋ぐ番だね」
「うん。任せて」
夢の中の塔は、静かに鐘を鳴らした。
カン、カン、カン――三回。
それは、記憶の継承を告げる音だった。
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