行動力

ひいらぎ

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行動力

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「行動力」 

私には分からないことがある。今まで様々な人と出会い、様々な経験をし、様々なことを感じてきた。しかし、分からない。いつまで経っても分からない。人の行動力はどこから来るのだろうか。私の行動力はどこから来るのだろうか。

ここでいう行動力は二つの意味を持っている。人が他から強いられた課題を当たり前にこなす能力、人が大きな壁にぶつかったときに乗り越えようと努力する能力、の二つである。 

まずは前者を学校で出された宿題に置き換えて考える。誰もが学生のうちはこなさなければならない宿題や課題。私はこれをこなす能力が明らかに欠如している。それは小学校から大学までずっとであった。小学校では何度も先生に怒られた。中学校では黒板に名前を書かれたり、居残りをしたりが日常だった。高校ではついに追いつけなくなって、高校一年生の秋という早い段階で通信制高校に転校した。受験勉強をがんばり大学進学したものの、前期後期ともに単位を9割以上落とした。受験勉強を頑張れたというのも自分には理解ができなかった。急にスイッチが入ったように、受験勉強に身が入った。ずっとではないがそこそこ集中力も続いた。私の行動力は一体どこからきたのか。

二日間の短期バイトに入ったことにより、ハマっていたゲームに飽き、やることがなくなった。そして漢検で受かることを目標にしたとたん、スイッチが入りそのまま受験勉強もできるようになった。私の行動力は他から強いられた課題や宿題に対しては一切はたらかない。明確な理由は自分でも分かっていないが、おそらく身についていないように感じるからである。自分でする勉強は身についている感じがしてだんだん楽しくもなってくる。しかし、他に強いられた勉強というものは達成感というのが明らかに低い。というのが私の見つけた答えだ。しかし、スイッチが入らなければ何もやる気が起きない。私は達成感を感じないものには、一切行動力ははたらかないのだろうか。

後者を色々な体験を振り返り考える。まずは高校において、追いつけなくなったときに努力し巻き返そうとしたか。校門の前まで行ったなどと親に嘘をつき逃げ回り引きこもった。次は大学において、このご時世での遠隔授業をきちんとこなせるか。常に目を逸らし、最初から最後まで全てサボった。最後に、大学で授業をサボり親にも呆れられたという状況で、大学に通っている彼女を孕ませてしまった。この大きな壁を乗り越えようと努力できるか。彼女に見放されたくはないのでとりあえず形だけは調べ物をし、何か行動をしようとはしない。数日後に彼女が来るというのに部屋の掃除すら怠る。全てにおいてバカでクズである。そう自分で理解できていても、行動に移そうとすると別なのである。私の行動力はどこから来るのだろう。

私の行動力はどこから来るのだろう。この文を書く行動力はどこから来たのだろう。この状況だが、私に行動力は来るのだろうか。来るのならどこから来るのだろうか。来ないならそれは逆になぜなのだろうか。スイッチが入る瞬間があるのだろうか。それはどこにあるのだろうか、いつなのだろうか。たとえこの状況で心中するという選択に至っても、私には何も分からない。
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