73 / 73
第9章 心室頻拍《ショートラン》
第5話 病院実習
しおりを挟む
……今回の患者さんは、運良く一命を取り留めたが、一度だけ、目の前で患者さんがお亡くなりになった事があった……。
病院実習に行った時の事だ。
……余談だが、『病院実習生』と『研修医』には、決定的な違いがある。
『病院実習生』は、未だ国家資格を取得しておらず、『無資格者』だが、『研修医』は、既に医師免許を取得している『医師』だ。
……この両者は、『覚悟』の面でも、大きな違いがある。
私が実習に行ったのは、ある大学病院だった。 同じ班になったのは、少々無口な『川崎』君と、明るい性格の『安岡』さんだった。
この二人とは同じクラスだったが、あまり交流は無かった。
しかし、同じ班になり、共に勉強を進めるうちに意気投合し、すっかり仲良しになった。
そんなある日、緊急で心電図の依頼が入り私たちは、その場で見学する事になった。
車椅子で生理検査室に運び込まれた患者さんは、見るからに状態が悪そうだった。
当然、ベッドに移動して頂く事は出来ず、先輩技師の方は、車椅子のまま『座位』での記録を始めた。
しかし、電極を装着しても、心電図が表示されない。 ……先輩技師は、冷静に
「うーん ……ステっちゃってるかな…」
……と言い、室外で待っていたヘルパーさんを招き入れ、
「ステルベンかも知れないから、先生に連絡をお願いします」
……と伝え、私たちに「病院では、こういう事が時折おきるから、(心が)折れないようにな」……と事も無げに言った。
私たちは、その頃『ステルベン』と言う言葉の意味が分からなかった。
ドクターが入室し、心電モニターを確認して
「これ、既に、ノイズかな……」
と言って、ポケットからペンライトを取り出し、瞳孔反射を確認して
「ご臨終……です。 午後3時…」と口にした。
……ステルベンはドイツ語で『死亡』を意味していたんだ……。
私たちは愕然とした。
人って、こんなにもあっさり死んじゃうの? それに、検査技師って、こんなにクールになれるの……?
川崎君と私は理解が追い付かず、その場に立ち尽くし、安岡さんは、側の机でむせび泣いた。
私たちはその日、最後まで無言のままで、帰りも簡単な挨拶だけで、別の方向に歩きだした。
一人になりたかったし、このまま家に帰れない気がした。 多分3人とも同じ気分だったんだと思う。
少し離れたハンバーガーショップで、シェイクだけ買って店内で飲んだ。
……しかし、なんの味もしない。
…周りでは、高校生やカップルが、とても楽しそうに談笑している。
『目の前で、人が死んじゃったんだよ! 何でみんなバカみたいに笑っていられるの?』
……完全に八つ当たりなのは、理屈では充分に判っているが、感情が抑えられない。 飲みかけのシェイクをゴミ箱に投げ捨て、早々に店を出た。
……いつもの帰宅時間になっても家に帰る気がしなくて、母に電話して今日の出来事を聞いて貰い「もう少し遅くなる……」と伝えた。
マン喫に行って、手塚治虫先生の『ブラック・ジャック』を読んだ。
……ブラック・ジャック先生が、神様に『医師の存在意義』を問いかけるシーンと、『自分が生きる為に、人を治す』……と叫ぶシーンで、涙が止まらなかった。
……今考えると、あの日、『ブラック・ジャック』を読んで、思い切り泣いたお陰で、この仕事を続けられているのかも知れない。
翌日から、安岡さんは来なくなり、そのまま退学してしまった……。
……LINEを送る事も考えたが、却って苦しめてしまうと可哀想だと思い、未だに連絡をとっていない。
安岡さんの明るさが似合う、素敵なお仕事をしていれば、それで良い
……と思っている。
臨床検査技師の『はるか』です・完
ご高覧頂き、感謝申し上げます。
ありがとう御座いました。
コンロード
PS.続編『新米臨床検査技師の「はるか」です!』の執筆を始めました。 時系列では、前日譚にあたります。 こちらもご高覧頂けますとありがたいです。
病院実習に行った時の事だ。
……余談だが、『病院実習生』と『研修医』には、決定的な違いがある。
『病院実習生』は、未だ国家資格を取得しておらず、『無資格者』だが、『研修医』は、既に医師免許を取得している『医師』だ。
……この両者は、『覚悟』の面でも、大きな違いがある。
私が実習に行ったのは、ある大学病院だった。 同じ班になったのは、少々無口な『川崎』君と、明るい性格の『安岡』さんだった。
この二人とは同じクラスだったが、あまり交流は無かった。
しかし、同じ班になり、共に勉強を進めるうちに意気投合し、すっかり仲良しになった。
そんなある日、緊急で心電図の依頼が入り私たちは、その場で見学する事になった。
車椅子で生理検査室に運び込まれた患者さんは、見るからに状態が悪そうだった。
当然、ベッドに移動して頂く事は出来ず、先輩技師の方は、車椅子のまま『座位』での記録を始めた。
しかし、電極を装着しても、心電図が表示されない。 ……先輩技師は、冷静に
「うーん ……ステっちゃってるかな…」
……と言い、室外で待っていたヘルパーさんを招き入れ、
「ステルベンかも知れないから、先生に連絡をお願いします」
……と伝え、私たちに「病院では、こういう事が時折おきるから、(心が)折れないようにな」……と事も無げに言った。
私たちは、その頃『ステルベン』と言う言葉の意味が分からなかった。
ドクターが入室し、心電モニターを確認して
「これ、既に、ノイズかな……」
と言って、ポケットからペンライトを取り出し、瞳孔反射を確認して
「ご臨終……です。 午後3時…」と口にした。
……ステルベンはドイツ語で『死亡』を意味していたんだ……。
私たちは愕然とした。
人って、こんなにもあっさり死んじゃうの? それに、検査技師って、こんなにクールになれるの……?
川崎君と私は理解が追い付かず、その場に立ち尽くし、安岡さんは、側の机でむせび泣いた。
私たちはその日、最後まで無言のままで、帰りも簡単な挨拶だけで、別の方向に歩きだした。
一人になりたかったし、このまま家に帰れない気がした。 多分3人とも同じ気分だったんだと思う。
少し離れたハンバーガーショップで、シェイクだけ買って店内で飲んだ。
……しかし、なんの味もしない。
…周りでは、高校生やカップルが、とても楽しそうに談笑している。
『目の前で、人が死んじゃったんだよ! 何でみんなバカみたいに笑っていられるの?』
……完全に八つ当たりなのは、理屈では充分に判っているが、感情が抑えられない。 飲みかけのシェイクをゴミ箱に投げ捨て、早々に店を出た。
……いつもの帰宅時間になっても家に帰る気がしなくて、母に電話して今日の出来事を聞いて貰い「もう少し遅くなる……」と伝えた。
マン喫に行って、手塚治虫先生の『ブラック・ジャック』を読んだ。
……ブラック・ジャック先生が、神様に『医師の存在意義』を問いかけるシーンと、『自分が生きる為に、人を治す』……と叫ぶシーンで、涙が止まらなかった。
……今考えると、あの日、『ブラック・ジャック』を読んで、思い切り泣いたお陰で、この仕事を続けられているのかも知れない。
翌日から、安岡さんは来なくなり、そのまま退学してしまった……。
……LINEを送る事も考えたが、却って苦しめてしまうと可哀想だと思い、未だに連絡をとっていない。
安岡さんの明るさが似合う、素敵なお仕事をしていれば、それで良い
……と思っている。
臨床検査技師の『はるか』です・完
ご高覧頂き、感謝申し上げます。
ありがとう御座いました。
コンロード
PS.続編『新米臨床検査技師の「はるか」です!』の執筆を始めました。 時系列では、前日譚にあたります。 こちらもご高覧頂けますとありがたいです。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
5
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(1件)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
はじめまして。
臨床検査技師が主人公というのでお邪魔しました。
自分も臨床検査技師ですが、健診センター勤めです。昔実習してたころをおもいだしました。