ここに聖女はいない

こもろう

文字の大きさ
6 / 9

6.

しおりを挟む
 その夜、見張りの番になったアルヴィンは、聖女がテントを出て一人夜空を見上げているのに気づいた。
 雪豹が見つかった夜とは違い、今夜はよく晴れている。空気は恐ろしいほど冷たいが、満天の星空が美しい。ここが魔王のいる大陸だということを忘れてしまいそうだ。

「どうした? 聖女サマ」

「あ、何でもありません。ただ、もうすぐ旅が終わるのかと思うと眠れなくなってしまいました」

 目深に被った帽子をさらに深く被り、聖女は己の顔を隠す。どうやら感傷的になっているところを見られて、恥ずかしいらしい。

 アルヴィンはフンと鼻を鳴らす。

「旅が終わるのはいいことじゃねぇか。魔王を倒したってことだからな」

「え、ええ、もちろんそうですね。とても良いコトデス」

「なんで片言になってんだよ」

「そんなことナイデスヨー。あ、お茶でも淹れましょうか!」

「やめろ。俺がやる」

 またたき火を消されては堪らない。
 茶器にすら触らせない勢いで、アルヴィンは香草茶の準備をする。

 聖女はちらちらと、チェルシーが寝ている方を気にしている。

「私は本当にダメですね。またチェルシーさんを怒らせてしまいました」

「ああ、あれは完全にお前が悪い。まるで魔王を倒したらそれで俺たちとの関係は終わりだって言っているみたいだったからな」

「そうでしたか……」

「そりゃあ聖女サマは、俺たちとは立場が違うのかもしれないけどよ」

 アルヴィンは出立前のことを思い出していた。彼らは凄腕だと推薦されて王城に呼ばれたが、集められたのは彼らだけではなかった。他の冒険者や騎士たちと競い合い、勝ち抜いた者だけが魔王討伐パーティーのメンバーとなったのだ。
 しかし、聖女は違った。国王や国の上層部、そして神官長らが、既に決めていたのだ。この聖女様は必ず行かせると。神官はその付き添いという扱いだった。

 茶をカップに注ぎながら、アルヴィンは聖女を見た。探るような目つきになっていたかもしれない。
 どうしてこんな魔力量の少ない弱っちい聖女を、必ずメンバーに加えなければならなかったのか。
 それはずっとアルヴィンの頭にまとわりついていた疑問だった。

「お前、どうして聖女なんかになったんだ?」

 それは、メンバーには投げかけない質問だった。人には様々な事情がある。それを聴きだすのはマナー違反だ。
 それを破ってでも、知りたくなった。

 そもそも聖女とはどういう存在なのだ?
 治癒魔法をよく使う者は希少だが、いない訳ではない。回復術師という職業すらある。
 それなのに聖女に対しては、国も神殿も膝を折って敬う。国王は尊大なのに、聖女に対してだけは違う。
 魔力量も少ない、この女にそんな価値があるというのか。だとしたら、聖女とは何なのだ?
 聖女でなかったら、この女はただの平凡な娘ではないか。こんな危険な旅に同行なんてしないで、素朴で温かい家庭を作り繕い物でもしながら夫の帰りを待っていればいい――

(って、俺は何を考えてるんだ!?)

 アルヴィンは妄想を振り払うようにかぶりを振った。

「どうして……ですかぁ」

 困ったように聖女は小首を傾げる。

「聖女になった……なった訳ではないんです。もともと聖女として在るんです。そういうことになっている。クリスさんにもそう教えられたことがあります」

 まだ頑是ない幼い頃に。そんな理解しがたいことを言う聖女に、アルヴィンは苛立った。

「力の弱いお前が、この討伐メンバーに加わる必要はなかったんじゃねぇのか? お前はおとなしく神殿の奥で祈っていればよかったんじゃないのか? お前だって後悔してんだろ?」

「後悔はしてません。みなさんにはいつもご迷惑をおかけしてしまってますが……それでも私は、みなさんと旅ができて、とても嬉しい。幸せです」

 聖女にしては珍しく強い口調で言い切る。

「私は、ここに来て良かった。本当に良かったです」

 聖女の瞳に、何か強いものが宿っていた。
 強く純粋な何か。

「……ああ、そうか。ほら、茶を飲んだらテントに戻れ。今度ぶっ倒れたら許さねぇぞ」

「はい。アルヴィンさんは優しいですね」

 せっかく怖い表情を作って脅したのに、聖女はアルヴィンの顔を見てニコニコしている。これでは拍子抜けだ。

「はあ? お前って変な奴だな」

「変でしょうか? アルヴィンさんはいつも「寝ろ」とか「食べろ」とか、言ってくれます。私の体調を考えてくださっているからですよね? 有難うございます」

 なんのてらいもなく嬉しいと告げる聖女に、アルヴィンは自分の耳が熱くなるのを感じた。

「うるせえ! 寝ろ!」

「はい!」




しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

傷物の大聖女は盲目の皇子に見染められ祖国を捨てる~失ったことで滅びに瀕する祖国。今更求められても遅すぎです~

たらふくごん
恋愛
聖女の力に目覚めたフィアリーナ。 彼女には人に言えない過去があった。 淑女としてのデビューを祝うデビュタントの日、そこはまさに断罪の場へと様相を変えてしまう。 実父がいきなり暴露するフィアリーナの過去。 彼女いきなり不幸のどん底へと落とされる。 やがて絶望し命を自ら断つ彼女。 しかし運命の出会いにより彼女は命を取り留めた。 そして出会う盲目の皇子アレリッド。 心を通わせ二人は恋に落ちていく。

悪夢がやっと覚めた

下菊みこと
恋愛
毎晩見る悪夢に、精神を本気で病んでしまって逃げることを選んだお嬢様のお話。 最後はハッピーエンド、ご都合主義のSS。 主人公がいわゆるドアマット系ヒロイン。とても可哀想。 主人公の周りは婚約者以外総じてゴミクズ。 小説家になろう様でも投稿しています。

女神に頼まれましたけど

実川えむ
ファンタジー
雷が光る中、催される、卒業パーティー。 その主役の一人である王太子が、肩までのストレートの金髪をかきあげながら、鼻を鳴らして見下ろす。 「リザベーテ、私、オーガスタス・グリフィン・ロウセルは、貴様との婚約を破棄すっ……!?」 ドンガラガッシャーン! 「ひぃぃっ!?」 情けない叫びとともに、婚約破棄劇場は始まった。 ※王道の『婚約破棄』モノが書きたかった…… ※ざまぁ要素は後日談にする予定……

そんな世界なら滅んでしまえ

キマイラ
恋愛
魔王を倒す勇者パーティーの聖女に選ばれた私は前世の記憶を取り戻した。貞操観念の厳しいこの世界でパーティーの全員と交合せよだなんてありえないことを言われてしまったが絶対お断りである。私が役目をほうきしたくらいで滅ぶ世界なら滅んでしまえばよいのでは? そんなわけで私は魔王に庇護を求めるべく魔界へと旅立った。

やり直し令嬢は何もしない

黒姫
恋愛
逆行転生した令嬢が何もしない事で自分と妹を死の運命から救う話

魅了魔法に対抗する方法

碧井 汐桜香
恋愛
ある王国の第一王子は、素晴らしい婚約者に恵まれている。彼女は魔法のマッドサイエンティスト……いや、天才だ。 最近流行りの魅了魔法。隣国でも騒ぎになり、心配した婚約者が第一王子に防御魔法をかけたネックレスをプレゼントした。 次々と現れる魅了魔法の使い手。 天才が防御魔法をかけたネックレスは強大な力で……。

聖女に巻き込まれた、愛されなかった彼女の話

下菊みこと
恋愛
転生聖女に嵌められた現地主人公が幸せになるだけ。 主人公は誰にも愛されなかった。そんな彼女が幸せになるためには過去彼女を愛さなかった人々への制裁が必要なのである。 小説家になろう様でも投稿しています。

孤島送りになった聖女は、新生活を楽しみます

天宮有
恋愛
 聖女の私ミレッサは、アールド国を聖女の力で平和にしていた。  それなのに国王は、平和なのは私が人々を生贄に力をつけているからと罪を捏造する。  公爵令嬢リノスを新しい聖女にしたいようで、私は孤島送りとなってしまう。  島から出られない呪いを受けてから、転移魔法で私は孤島に飛ばさていた。  その後――孤島で新しい生活を楽しんでいると、アールド国の惨状を知る。  私の罪が捏造だと判明して国王は苦しんでいるようだけど、戻る気はなかった。

処理中です...