春告竜と二度目の私

こもろう

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二度目の世界

侯爵夫人デルフィーヌ

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 ブットヴィル侯爵は、正面階段の壁に飾られた一族の肖像画を見つめていた。
 先代の侯爵、そして侯爵夫人。
 そこで足を止める。

 デルフィーヌ・ブットヴィル。先の国王の異母姉だった女性。
 彼女の母親はシルワの血を引いているという噂があった。それくらい華奢で儚くて、デルフィーヌを産むとすぐに亡くなってしまった、精霊のような女性だったという。
 しかしデルフィーヌ自身は健康で闊達。幼い頃から王女の枠に収まらないお転婆な少女だった。
 しかし、それも十歳までだった。
 聖別儀式を受けた後あたりから、急におとなしくなった。呆然としていたと言ってもいいくらい。
 周囲の人々は、彼女の魔力が想像以上に微弱だったせいで気落ちしたのだろうと考えた。
 彼女は十五歳でブットヴィル侯爵家に輿入れする。
 そうしてデルフィーヌ・ブットヴィルとなった彼女は、始終癇癪を起こす気難しい妻となり、母となり、姑となって恐れられた。

 そんな彼女に、カサンドルは良く似ていた。
 特に金色を帯びた浅葱色の髪はデルフィーヌそのものだった。
 そんなカサンドルに、母である彼の妻は動揺し、よく泣き言をこぼしていた。
 侯爵自身は、ただの遺伝だとして特に気にも留めなかった。
 魔力はなかったが、この国の貴族女性は魔法を使って何かをするような習慣はない。だから貴族の令嬢としての教育を修めれば、嫁ぐ先には困らないだろうと考えていた。

 それがある日、突然己の意思を得たかのような強い目をしたカサンドルが、彼に直訴してきた。
 自分を領地に送れと。
 許可すると、たちまち鳥が飛び立つように領地に旅立っていった。
 正直、彼女の行動力を甘く見ていた。
 その決意の固さも。

 竜の巣。ドラゴンの聖地。
 カサンドルはそこまで到達したという。
 究極の魔獣であるドラゴンと出会って生還しただけでも驚きなのに、数体ものドラゴンたちに囲まれたのだというではないか。

 そこで侯爵は思い出した。
 自分の母親であるデルフィーヌが永眠する直前に呟いた言葉を。

『これで竜の元に行ける……』

 その時彼は妄想故の意味のない言葉だと思った。
 思っていたのだが……

 不意に自分の足元が揺らいだ気がして、侯爵は慌ててかぶりを振った。





* * * *





「ど、どうしたの、その格好!?」

 とても貴族の娘には相応しくない声を上げてしまった私だけれど、この状況ならば責められないと思う。

 侯爵家の領主館に行くその日、アンリ叔父様が手配した馬車の前に立っていたのは、従者になったキーリだった。
 黒いタキシードに似た服は、従者というより執事だ。執事見習い?

「今日はカサンドルの専属従者兼護衛だから」

 キリッとした顔でキーリは言う。いつもは背中に流したキラキラの髪は、うなじで一つに束ねられている。

「ええと、結婚おめでとう……?」

「誰がだよ!?」

 怒られてしまった。

「だって、髪を結うのは既婚者だって言ったのキーリよね……?」

 そう言いつつも、何故か急に言葉を紡ぐのが苦しくなって、私は内心動揺する。
 私に何も言わずにそんなことをするとは思えないけれど、キーリは立派なシルワの若者なんだ。いつ、村の女の子と結婚してもおかしくない。
 ミーアの可愛い顔を思い出す。キーリと仲のいい、お似合いの娘。
 ……どうして胸がツキツキ痛むのだろう。
 ずっと一緒にいられるつもりでいたからだ。いつまでも肩を並べていられると思っていたからだ。

「あのなぁ」

 呆れたようなキーリの声が、俯いてしまった私の頭に掛けられる。

「これはお前ら人間の真似! 言わば変装! 仕方ないだろ、髪を下ろした従者なんていないっていうから」

「そ、そうなの?」

「そうだよ!」

 あははと笑いながら、叔父様がやって来た。

「驚いた、カサンドル? いやぁキーリ君が、屋敷に行かせるのは反対だ~ってゴネるから、いっそ一緒に行っちゃう? ってことでこうなったんだ」

「反対だったの、キーリ?」

「……厭な予感がするんだ。昔ドラゴンが暴れた時、カサンドルの妹と人間の王子がいたんだったよな」

 よく覚えていたわね……

「あの後、兄……侯爵はレオン殿下からの誘いやなんやかんやをちゃんと断っているから、大丈夫だと思うんだけどね」

 でもまあ念の為に。と叔父様は笑い、私たちは出発した。



 ブットヴィル侯爵邸を目にするのは、本当に久しぶりだ。
 思えば、今回はもちろん、前回もあまりこの屋敷には縁がない気がする。
 前回は殿下の婚約者に決まってすぐに王宮へ上がって妃教育を受けていたから。

 そのせいだろうか。
 何となく邸内の様子に違和感を抱くのは。
 王宮のように広くて豪華で仰々しい。チリ一つない清潔さなのに、どこか殺風景に見えてしまう。
 執事に案内されて進みながら、邸内のあちこちに目をやる。
 そしてようやく気がついた。
 花がない。花瓶すらない。彫刻も絵画も、美術館のほとんど無くなっているようだ。
 もっと色々飾られていた気がするのだけど……

「どうした?」

 すぐ後ろを歩くキーリが囁いてくる。周囲の耳を気にしているのだろうけれど、あんまり近くで囁くからくすぐったい。

「……うん、ちょっとね。昔はもっと色々飾っていたはずなんだけど……」

「売っちゃったんじゃないの?」

 適当過ぎる。キーリはあまりこういう世界には詳しくないだろうから仕方ないかと思ったら、叔父様まで「売っちゃったんだね」なんて言っている。
 軽い二人の反応に、呆れて嘆息する。すると、肩に力が入っていたことに気付かされた。キーリたちは私の緊張に気付いてくれていたみたいだ。


「久しいな、カサンドル……」

 客間に通されてすぐに現れたお父様は、記憶にあるより年取っているみたい。服がぶかぶかだ。仕立て直しが間に合わないくらい急に痩せたのだろうか?
 叔父様も同じことを考えたようで、「具合でも悪いのかい?」と訊ねている。

「いや、体調は変わらん。それよりカサンドル。お前は本当にドラゴンを見たのか」

「はい。聖地で静かに繁殖しています」

「恐ろしくはなかったのか?」

「彼らは友好的でした。大きいので迫力はありますが、恐怖はありませんでした。また会いたいと思うくらいです」

「……そうか」

 お父様が口を閉ざした。しばし沈黙する。
そして視線を私に向けてきたけれど、私を通して別の誰かを見ているような、遠い眼差しだった。

「王女の血が濃く出たのだな……」



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