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17.信仰で殴ろう
大神官ルカは他の礼拝堂付き神官たちと共に大神殿から出た。
小規模ながらも市街戦が起きているから、開いている店は少ない。それでも行き交う人々が多いのは、町から逃げ出すところなのか、この機に乗じて違法物の取引などに忙しいせいなのか。
「ここで二手に分かれます。我々は大神殿前で。そちらは市場の広場で辻説法を行ないましょう。女神の下の兄弟たちよ、健闘を祈ります。女神様の御加護がありますように……」
「女神様の御加護がありますように」
大神殿は王家と並ぶ権力を有する組織だ。王家は貴族たちに支えられているが、大神殿は信徒である民衆がほとんどだ。
民衆の力を侮るなかれ。個々の戦力は大したことがなくとも、集まれば莫大な力となる。しかも人数が多い。しかも騎士団とは違い、貴族の私兵には平民出身の者も多いのだ。流れの行方いかんでは、貴族側に大量の離反者が出て、戦力バランスが変わることも考えられる。
だがそれも、一つに纏まっていなければならない。バラバラでは大きな力にはなり得ないのだ。
その纏める中心が女神信仰。つまりは神殿。ルカたちの本領発揮だ。
「さあ、皆さん。女神様に祈るのです。女神様の愛する聖女様を私利私欲のために利用しようとする王家のせいで、女神様はお心を痛めておいでです。我らはその心痛をお慰めし、女神様の許しを乞わねばなりませんーー」
大神殿の正面の大階段の上で、ルカは朗々とした声で説教を始める。
「聖女様をお守りしましょう」
「悪しき者たちに利用されないように」
「聖女様は女神様の願いを受けて降臨される。王家のためではないのです」
ルカと共にいる神官たちも口々に唱え始める。
それらはやがて町の人々の心を捉えていく。
「そうだ! 王様のために聖女様はいる訳じゃない!」
「聖女様は俺たち庶民の味方なんだ!」
それはどうでしょう? と、ルカたちは思うが、言わぬが花だ。
最近、王都内での戦闘が断続的にではあるが続いているせいか、世情が不安定だ。そういう時は特に宗教が力を持つ。
それに乗らない手はない。王家の求心力が落ちていることを感じて、ルカたち神官はほくそ笑む。
神官たちが祈りながら、灯心付きの小皿を聴衆に配っていく。そこには油が入っていて、次にロウソクを持った神官が灯心に火を点ける。
ルカは言う。
「この灯りは、我々の確かな信仰心。我々の正しき心を導くもの。一つ一つは小さいけれど、集まれば大きな力になる証です」
日が傾き暗闇が迫ってくる時刻になってくると、大神殿の前に集まった人々はその灯りによって鮮やかに照らし出されていく。まるで自分たち自身が輝くかのように。
そして女神のために祈る善き人々は、次第に恍惚とした表情になっていく。
光と影のコントラストが強くなっていく大神殿の前で、ルカは満足げな笑みを浮かべた。
その時だった。
異様な人影がまるで湧いて出たように、ルカの目の前に立った。
広い肩幅、引き締まった長身、腰に下げた長剣。明らかに市民とは違う、戦いを生業にした男。
その端整な顔には、狂おしい表情が浮かんでいる。
ーーあ、これ、ヤバい奴。
己の命の危機を直感し、ルカの額に冷や汗が滲む。
ルカの勘は大当たりだった。
その男の名は、クルス。マリアの護衛の騎士。
そして、今やマリアへの妄執に職務すら忘れてストーカーとなりはてた男である。
美しい騎士様と褒めそやされた美貌は、この短い間にすっかり荒み、隈に囲まれた双眸ばかりがギラギラと光っている。
「……聖女様を返せ」
うわ言のように呟きながら、スラリと剣を抜くクルス。
たちまち辺りは悲鳴に包まれた。
冷や汗を流しつつも、ルカは踏ん張った。ここで逃げては、王家にいいようにされるに違いない。そんなことは許されない。神殿は、正しい権力を取り戻さないといけないのだ。
「……聖女様は王家に弄ばれ、安寧を欲していらっしゃる。偽りばかりをのたまう王家の犬は、疾く、去れ!」
高らかに叫びながら、ルカはこっそりと自分に魔力を纏わせる。そして、袖の一部に縫い込まれた術式にそっと触れる。物理障壁の術式だ。
「聖女様を返せ!!」
クルスがルカに斬りかかった。
ルカを守ろうと、年若い神官が前に出る。しかしルカは、その神官を後方に突き放した。
「!」
ルカの肩から鮮血は噴き上がった。素クルスの剣がルカの肩を切り裂いたのだ。
さらに大きな悲鳴があちこちから上がる。
ルカはよろめいたが、踏みとどまる。
「善き人々よ! ご覧なさい、彼が着ている制服を! 近衛の制服です! これが王家のなすことなのです!」
「本当だ! 俺は見たことがあるぞ。確かに近衛の制服だ! 王家の犬だ!」
「王家が大神官様に剣を抜いた!」
最初は目の前の暴力に逃げ惑うばかりだった市民の間から、理性的かつ熱のこもった声が上がる。
ルカはニヤリとする。これで王家に対する怒りのスイッチが押された。
ためらいがちだった民衆が、積極的に王家を批判するものに変化して瞬間だった。
小規模ながらも市街戦が起きているから、開いている店は少ない。それでも行き交う人々が多いのは、町から逃げ出すところなのか、この機に乗じて違法物の取引などに忙しいせいなのか。
「ここで二手に分かれます。我々は大神殿前で。そちらは市場の広場で辻説法を行ないましょう。女神の下の兄弟たちよ、健闘を祈ります。女神様の御加護がありますように……」
「女神様の御加護がありますように」
大神殿は王家と並ぶ権力を有する組織だ。王家は貴族たちに支えられているが、大神殿は信徒である民衆がほとんどだ。
民衆の力を侮るなかれ。個々の戦力は大したことがなくとも、集まれば莫大な力となる。しかも人数が多い。しかも騎士団とは違い、貴族の私兵には平民出身の者も多いのだ。流れの行方いかんでは、貴族側に大量の離反者が出て、戦力バランスが変わることも考えられる。
だがそれも、一つに纏まっていなければならない。バラバラでは大きな力にはなり得ないのだ。
その纏める中心が女神信仰。つまりは神殿。ルカたちの本領発揮だ。
「さあ、皆さん。女神様に祈るのです。女神様の愛する聖女様を私利私欲のために利用しようとする王家のせいで、女神様はお心を痛めておいでです。我らはその心痛をお慰めし、女神様の許しを乞わねばなりませんーー」
大神殿の正面の大階段の上で、ルカは朗々とした声で説教を始める。
「聖女様をお守りしましょう」
「悪しき者たちに利用されないように」
「聖女様は女神様の願いを受けて降臨される。王家のためではないのです」
ルカと共にいる神官たちも口々に唱え始める。
それらはやがて町の人々の心を捉えていく。
「そうだ! 王様のために聖女様はいる訳じゃない!」
「聖女様は俺たち庶民の味方なんだ!」
それはどうでしょう? と、ルカたちは思うが、言わぬが花だ。
最近、王都内での戦闘が断続的にではあるが続いているせいか、世情が不安定だ。そういう時は特に宗教が力を持つ。
それに乗らない手はない。王家の求心力が落ちていることを感じて、ルカたち神官はほくそ笑む。
神官たちが祈りながら、灯心付きの小皿を聴衆に配っていく。そこには油が入っていて、次にロウソクを持った神官が灯心に火を点ける。
ルカは言う。
「この灯りは、我々の確かな信仰心。我々の正しき心を導くもの。一つ一つは小さいけれど、集まれば大きな力になる証です」
日が傾き暗闇が迫ってくる時刻になってくると、大神殿の前に集まった人々はその灯りによって鮮やかに照らし出されていく。まるで自分たち自身が輝くかのように。
そして女神のために祈る善き人々は、次第に恍惚とした表情になっていく。
光と影のコントラストが強くなっていく大神殿の前で、ルカは満足げな笑みを浮かべた。
その時だった。
異様な人影がまるで湧いて出たように、ルカの目の前に立った。
広い肩幅、引き締まった長身、腰に下げた長剣。明らかに市民とは違う、戦いを生業にした男。
その端整な顔には、狂おしい表情が浮かんでいる。
ーーあ、これ、ヤバい奴。
己の命の危機を直感し、ルカの額に冷や汗が滲む。
ルカの勘は大当たりだった。
その男の名は、クルス。マリアの護衛の騎士。
そして、今やマリアへの妄執に職務すら忘れてストーカーとなりはてた男である。
美しい騎士様と褒めそやされた美貌は、この短い間にすっかり荒み、隈に囲まれた双眸ばかりがギラギラと光っている。
「……聖女様を返せ」
うわ言のように呟きながら、スラリと剣を抜くクルス。
たちまち辺りは悲鳴に包まれた。
冷や汗を流しつつも、ルカは踏ん張った。ここで逃げては、王家にいいようにされるに違いない。そんなことは許されない。神殿は、正しい権力を取り戻さないといけないのだ。
「……聖女様は王家に弄ばれ、安寧を欲していらっしゃる。偽りばかりをのたまう王家の犬は、疾く、去れ!」
高らかに叫びながら、ルカはこっそりと自分に魔力を纏わせる。そして、袖の一部に縫い込まれた術式にそっと触れる。物理障壁の術式だ。
「聖女様を返せ!!」
クルスがルカに斬りかかった。
ルカを守ろうと、年若い神官が前に出る。しかしルカは、その神官を後方に突き放した。
「!」
ルカの肩から鮮血は噴き上がった。素クルスの剣がルカの肩を切り裂いたのだ。
さらに大きな悲鳴があちこちから上がる。
ルカはよろめいたが、踏みとどまる。
「善き人々よ! ご覧なさい、彼が着ている制服を! 近衛の制服です! これが王家のなすことなのです!」
「本当だ! 俺は見たことがあるぞ。確かに近衛の制服だ! 王家の犬だ!」
「王家が大神官様に剣を抜いた!」
最初は目の前の暴力に逃げ惑うばかりだった市民の間から、理性的かつ熱のこもった声が上がる。
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