2 / 2
2.
しおりを挟む
これには、さすがの私もハッとなった。後ろに控える侍女も息をのんだのを感じる。彼の顔を窺うと、ブレンダンは申し訳なさそうに目を伏せた。
「どうしてですか?」
「愛する人を見つけたんだ。その人と一緒になりたいと思っているんだ」
「……そうですか。破棄、承ります」
私は立ち上がった。
「待てよ!」
侍女と一緒に去ろうとした時だった。ブレンダンが手首をつかんできた。
「痛いです。離してください」
「いきなり帰ろうとするから、つい掴んでしまったんだ」
こんな時でも、この人は私に謝ろうとしないのね。
「いきなりも何も、話は終わりましたよね?」
「いや、本題はこれからだよ。――サラ、結婚しよう」
「は?」
「愛する人を見つけた……それは、君なんだ」
芝居がかった声でブレンダンが言う。すると、店内にいた男たちが一斉に立ち上がった。
「おめでとう、我らが放蕩息子!」
「年貢の納め時だな!」
「結婚式には呼んでくれよ!」
パチパチパチパチと、店内に拍手は響き渡る。
その音をバックに、ブレンダンはポケットから指輪を取り出す。
「結婚してくれ、サラ」
おおーっと男たちが声を上げ、ピーピーと口笛を吹く者もいる。まるで場末の酒場のような騒ぎになった。
私は大きく嘆息する。
「お断り、します」
掴まれたままの手首から彼の手を振り払い、私はフンと鼻先で笑う。
「婚約は破棄。私はそれを承りましたので」
「あれは違う! ただの前振りだ!」
「前振りで家同士の婚約を破棄するなんて、本当に貴族ですか貴方は?」
「本気じゃなかった! 撤回する! ……いや、破棄なんて言っていないぞ俺は!」
「いえ、言っております」
侍女が口を挟んだ。
ブレンダンが彼女を凄い目で睨みつける。
「無礼者。召使は控えていろ」
「いいえ、控えません。私はサラの友人ですの。今日は侍女の振りをしていただけですわ」
そうです。彼女は私の友人であるクリスティーネ伯爵令嬢。私のことが心配だと、半ば強引についてきてくださった、強くて優しい方。
燃えるような眼差しを、クリスティーネ様はブレンダンに向ける。
「背後にいる私でさえもはっきりと聞き取りました。そしてサラ様はしっかりと了承しました。まぎれもない事実ですわ」
「クリスティーネ様を非難しないでください。私のことを心配してくださったのですから。それに、どんな理由があったとしても私は貴方と結婚なんてしませんわ」
私は周囲の男性たちを見回した。
この店内に入った瞬間から、気づいていたわ。見知った顔があったから。
たとえばあの窓際の男性。あの人は以前、ブレンダンと一緒になってさんざん私を貶めた発言をされていた人。夜会の真っ最中だったから、他の方から随分注目されてしまったことを胸の痛みと共に覚えている。
「それに私は知ってます。ブレンダン様の愛人のことを。リンダさんでしたね。とある侯爵の後妻だとか。先日も我が家に来られなかったのは、リンダさんの所にお泊りになっていたからですよね?」
それでもブレンダンが私に求婚してきたのは、きっと私の持参金目当てでしょうね。カモローノ伯爵家の財産事情、私の耳にまで届いています。
「もう、うんざりでしたの」
自分でも驚くくらい冷たい声が出た。ぶたれたように、ブレンダンが目を見開く。
かつては私も、この顔に見惚れたこともある。でも、もうそれは昔のこと。
間抜けな顔をして立ち尽くす周囲の男たちの有様に、私の心はますます冷えていく。
こんな小細工をして私を驚かせて、いいように扱おうと思ったのでしょう。
でも、私は驚かない。今更、ブレンダンのすることに驚いたり翻弄されたりすることはないのだ。
「では、ごきげんよう。カモローノ様」
「待って! 待ってくれ! 俺は本当にっ!」
突然、ブレンダンが膝を折った。店の床に膝をつき、深々と頭を下げて懇願し始めたのだ。
周囲の男たちがどよめく。
「愛してるんだ! 恥ずかしくて言えなかっただけだ! だから!」
「だから? 愛人がいても、自分の友人に貶められても、我慢しろと? あんまり舐めないでくださいませ!!」
クリスティーネ様が肘に触れてきた。それを合図に、私は走り出した。
淑女らしさなんて知ったことじゃないわ!
悪友たちを蹴散らすように走る私に、ブレンダンは呆気にとられたようだ。
こんなこともあろうかと、いつものような窮屈な服ではなくて動きやすいものにしたのよ。驚いたでしょ?
わたしとクリスティーネ様は、走りながら笑った。
「どうしてですか?」
「愛する人を見つけたんだ。その人と一緒になりたいと思っているんだ」
「……そうですか。破棄、承ります」
私は立ち上がった。
「待てよ!」
侍女と一緒に去ろうとした時だった。ブレンダンが手首をつかんできた。
「痛いです。離してください」
「いきなり帰ろうとするから、つい掴んでしまったんだ」
こんな時でも、この人は私に謝ろうとしないのね。
「いきなりも何も、話は終わりましたよね?」
「いや、本題はこれからだよ。――サラ、結婚しよう」
「は?」
「愛する人を見つけた……それは、君なんだ」
芝居がかった声でブレンダンが言う。すると、店内にいた男たちが一斉に立ち上がった。
「おめでとう、我らが放蕩息子!」
「年貢の納め時だな!」
「結婚式には呼んでくれよ!」
パチパチパチパチと、店内に拍手は響き渡る。
その音をバックに、ブレンダンはポケットから指輪を取り出す。
「結婚してくれ、サラ」
おおーっと男たちが声を上げ、ピーピーと口笛を吹く者もいる。まるで場末の酒場のような騒ぎになった。
私は大きく嘆息する。
「お断り、します」
掴まれたままの手首から彼の手を振り払い、私はフンと鼻先で笑う。
「婚約は破棄。私はそれを承りましたので」
「あれは違う! ただの前振りだ!」
「前振りで家同士の婚約を破棄するなんて、本当に貴族ですか貴方は?」
「本気じゃなかった! 撤回する! ……いや、破棄なんて言っていないぞ俺は!」
「いえ、言っております」
侍女が口を挟んだ。
ブレンダンが彼女を凄い目で睨みつける。
「無礼者。召使は控えていろ」
「いいえ、控えません。私はサラの友人ですの。今日は侍女の振りをしていただけですわ」
そうです。彼女は私の友人であるクリスティーネ伯爵令嬢。私のことが心配だと、半ば強引についてきてくださった、強くて優しい方。
燃えるような眼差しを、クリスティーネ様はブレンダンに向ける。
「背後にいる私でさえもはっきりと聞き取りました。そしてサラ様はしっかりと了承しました。まぎれもない事実ですわ」
「クリスティーネ様を非難しないでください。私のことを心配してくださったのですから。それに、どんな理由があったとしても私は貴方と結婚なんてしませんわ」
私は周囲の男性たちを見回した。
この店内に入った瞬間から、気づいていたわ。見知った顔があったから。
たとえばあの窓際の男性。あの人は以前、ブレンダンと一緒になってさんざん私を貶めた発言をされていた人。夜会の真っ最中だったから、他の方から随分注目されてしまったことを胸の痛みと共に覚えている。
「それに私は知ってます。ブレンダン様の愛人のことを。リンダさんでしたね。とある侯爵の後妻だとか。先日も我が家に来られなかったのは、リンダさんの所にお泊りになっていたからですよね?」
それでもブレンダンが私に求婚してきたのは、きっと私の持参金目当てでしょうね。カモローノ伯爵家の財産事情、私の耳にまで届いています。
「もう、うんざりでしたの」
自分でも驚くくらい冷たい声が出た。ぶたれたように、ブレンダンが目を見開く。
かつては私も、この顔に見惚れたこともある。でも、もうそれは昔のこと。
間抜けな顔をして立ち尽くす周囲の男たちの有様に、私の心はますます冷えていく。
こんな小細工をして私を驚かせて、いいように扱おうと思ったのでしょう。
でも、私は驚かない。今更、ブレンダンのすることに驚いたり翻弄されたりすることはないのだ。
「では、ごきげんよう。カモローノ様」
「待って! 待ってくれ! 俺は本当にっ!」
突然、ブレンダンが膝を折った。店の床に膝をつき、深々と頭を下げて懇願し始めたのだ。
周囲の男たちがどよめく。
「愛してるんだ! 恥ずかしくて言えなかっただけだ! だから!」
「だから? 愛人がいても、自分の友人に貶められても、我慢しろと? あんまり舐めないでくださいませ!!」
クリスティーネ様が肘に触れてきた。それを合図に、私は走り出した。
淑女らしさなんて知ったことじゃないわ!
悪友たちを蹴散らすように走る私に、ブレンダンは呆気にとられたようだ。
こんなこともあろうかと、いつものような窮屈な服ではなくて動きやすいものにしたのよ。驚いたでしょ?
わたしとクリスティーネ様は、走りながら笑った。
380
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(7件)
あなたにおすすめの小説
天使のように愛らしい妹に婚約者を奪われましたが…彼女の悪行を、神様は見ていました。
coco
恋愛
我儘だけど、皆に愛される天使の様に愛らしい妹。
そんな彼女に、ついに婚約者まで奪われてしまった私は、神に祈りを捧げた─。
そんな事も分からないから婚約破棄になるんです。仕方無いですよね?
ノ木瀬 優
恋愛
事あるごとに人前で私を追及するリチャード殿下。
「私は何もしておりません! 信じてください!」
婚約者を信じられなかった者の末路は……
あなたでなくても
月樹《つき》
恋愛
ストラルド侯爵家の三男フェラルドとアリストラ公爵家の跡取り娘ローズマリーの婚約は王命によるものだ。
王命に逆らう事は許されない。例え他に真実の愛を育む人がいたとしても…。
目の前で始まった断罪イベントが理不尽すぎたので口出ししたら巻き込まれた結果、何故か王子から求婚されました
歌龍吟伶
恋愛
私、ティーリャ。王都学校の二年生。
卒業生を送る会が終わった瞬間に先輩が婚約破棄の断罪イベントを始めた。
理不尽すぎてイライラしたから口を挟んだら、お前も同罪だ!って謎のトバッチリ…マジないわー。
…と思ったら何故か王子様に気に入られちゃってプロポーズされたお話。
全二話で完結します、予約投稿済み
婚約破棄ですか? 無理ですよ?
星宮歌
恋愛
「ユミル・マーシャル! お前の悪行にはほとほと愛想が尽きた! ゆえに、お前との婚約を破棄するっ!!」
そう、告げた第二王子へと、ユミルは返す。
「はい? 婚約破棄ですか? 無理ですわね」
それはそれは、美しい笑顔で。
この作品は、『前編、中編、後編』にプラスして『裏前編、裏後編、ユミル・マーシャルというご令嬢』の六話で構成しております。
そして……多分、最終話『ユミル・マーシャルというご令嬢』まで読んだら、ガッツリざまぁ状態として認識できるはずっ(割と怖いですけど(笑))。
そして、続編を書きました!
タイトルは何の捻りもなく『婚約破棄? 無理ですよ?2』です!
もしよかったら読んでみてください。
それでは、どうぞ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
面白い!
続きとゆうか、ざまぁwwwwされるとこが読みたいです
感想有難うございます\(๑╹◡╹๑)ノ♬
ざまあ(・∀・)!のつもりで書いたものでしたが、確かにざまあ未満でしたね……(;^ω^)
短すぎる‼️ もっと 読み進めたい!
面白かった!
感想有難うございます\(๑╹◡╹๑)ノ♬
どうやら私はあまり長い話が書けないみたいです(;^ω^)
私の読み違いかな? 今考えるとあってるのかな?申し訳ありませんでした😔
いえいえ、ご丁寧に有難うございます\(๑╹◡╹๑)ノ♬
まだまだ拙いので、もっと上手い言い回しを覚えたいと思っています。有難うございました!