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第4章
第85話 アイリス
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ーーー【この世】で、ゼロと対峙した晩。
辺りは静まり返っていた。
真っ暗闇の中、琉緒は公会堂のスロープの上で目覚めた。
状況が理解でないまま、身体をゆっくりと起こす。
(はあ?何でこんな所で寝てたんだ?酔っ払いじゃあるまいし。)
目が暗闇に慣れてくるとゆっくり辺りを見渡す。
「菜都!?・・・それに、琉偉か!?」
仰向けになっている菜都と、うつ伏せになっている弟が視界に入った。
(ん?俺は何でいま菜都を呼び捨てにしたんだ・・・?でも”ちゃん”付けの方が違和感あるし・・・まあいいだろ。)
「おーい、こんな所で寝てたら風邪ひくぞー。」
2人を起こそうと思って立ち上がると、身体に痛みを感じた。
「イテテテ・・・、なんだこれ?俺の身体擦り傷まみれじゃねーか!」
自身の傷を目のあたりにすると、痛みが倍増した。
身体を動かすと余計に激痛が走るため、琉緒は3秒ほど止まって考えた。
・・・考えた結果、ゆっくり動いて長く弱い痛みを感じるより、早く動いて短く強い痛みを感じる方を選んだ。
(今日は風呂に入ったら沁みるだろうな。)
そんなことを思いながら、まずは手前にいる菜都の元へ走っていく。
「菜都!起きろ!!」
「・・・ん・・・。」
揺さぶって声をかける。
菜都が目を覚ましそうな様子を確認して、次は弟の元へ駆け寄る。
「くっそ、痛てぇな・・・おい琉偉も起きろ!!」
弟のことは揺さぶらずに、立ったまま足蹴にした。
「・・・いや、何でお前らも傷まみれなんだ?」
不思議に思いつい口からこぼれた。
弟が目を開いて瞬きを繰り返していることを確認すると安心してその場に座り込んだ。
すると菜都が立ち上がって、琉緒と琉偉の元へおそるおそる近付いてきた。
「ジン様・・・。」
(ジンサマ?誰のことだ?・・・なんか耳にするだけで腹が立ってくる名前だな。)
顔をしかめる琉緒を見て、菜都はハッとした表情をした。
弟の琉偉がいるのに”ジン様”と呼んでしまったため琉緒が怒っていると思ったのだ。
「す、すみません、お兄さん!・・・あの男の人はどこに・・・?一体どうなったんですか?」
「え?男の人?」
琉緒にとっては美癒の言う全てが何のことだか意味不明だった。
そこで弟がゆっくりと起き上がる。
「兄貴・・・刺された所はなんともないのか?」
「・・・は?刺された?誰が?・・・俺か?」
弟の言葉も、何のことだか意味不明だった。
琉緒はゼロと対峙したときの記憶が残っていなかったのだ。
「”俺”・・・?」
いつも自分のことを”僕”と言っていた琉緒が”俺”と言ったことに、弟は違和感を感じた。
「菜都も琉偉も・・・何の話をしてるんだ?そもそも何で俺たちはここで寝てたのか・・・傷まみれなのか、よく分からねぇんだけど?あ、ホラ。俺も傷まみれだけど刺されてなんかないぜ?」
琉緒は擦り傷の痛みを堪えながら、身体を大の字にして見せつける。
菜都は見覚えのある琉緒の仕草や口調に、何かを感じ取って口を紡いだ。
弟は、いつもと違う兄を見て、頭を打っておかしくなったのかと本気で思った。
そして兄については一先ず置いといて、立ち上がって辺りの様子の確認を始める。
「ゼロは・・・いないのか?」
異界の山での記憶がある琉偉は、兄に訊ねた。
「ゼロ?」
琉緒にとっては初めて聞く名だ。
首を傾げながら視線を菜都に移す。
菜都は琉偉に聞こえないように、琉緒にコソッと耳打ちした。
「ゼロって、この前説明してくれてた行方知らずの人のことですよね。」
(菜都は・・・何を言ってるんだ?)
琉緒は何も返事をしなかった・・・いや、できなかった。
「菜都をストーカーしてた人・・・いや、さっき菜都を襲った人がゼロっていうんだよ。」
「えぇ!?私のストーカーってゼロのことだったの!?」
「菜都・・・?ゼロのことを知ってるのか?知り合いだったの・・・か?」
「あ・・・いや、し・・・しらないけどさ。」
慌てて否定をしながら、菜都はジンとの会話を思い出した。
ゼロの居場所に”心当たりがある”と言っていたのは、菜都のストーカーがゼロだと気付いていたからだったのか、と納得した。
そして菜都もゼロがいないか辺りを探してみる。
「そのゼロって人・・・見当たらないね・・・?」
それもそのはず、ゼロの身体は【この世】から消えたからだ。
琉緒の刺し傷が消えているのも、ゼロの身体が消滅しているのも、神様が力を使ってくれていたのだ。
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