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第5章
第109話 彩る
しおりを挟む菜都の驚く反応を見て確信に変わった。
琉偉は考えるよりも先に動きだし、菜都の正面へと移動する。
「おい、美癒だろ?・・・返事して。」
菜都の両肩は、琉緒に掴まれて揺さぶられる。
「お前は・・・お前の表情は昔から分かりやすい。」
「・・・る・・・い。」
弱弱しい声を聞き、琉偉の動きが止まった。
帰ってきた菜都に再び名前を呼ばれる日がくるなんて、と感動を隠せなかった。
とうとう、こらえきれなくなり涙をこぼす。
そしてそのまま菜都を思いっきり抱きしめた。
「ごめん・・・ごめん・・・俺、菜都が身体を返すって言ったとき・・・みんなが賛成するなか俺だけが・・・俺だけが迷ってたんだ。”お前が帰って来る”って嬉しいことだけど素直に喜べなかった・・・なんで片方しかいられねぇんだよって苛立った・・・。でも実際に会うと・・・やっぱり嬉しいな。ありがとう・・・帰って来てくれてありがとう・・・。」
菜都は琉偉の身体が震えていることに気付くと、そっと背中に両手を回した。
鼻をすする音が何度も聞こえてくる。
「私こそごめん。2人の幸せを願ってたのに・・・結局私は自分が一番だったんだ・・・。琉偉の愛する人を私が奪った。私の家族にも・・・私が菜都を、家族を奪った。」
「そんなこと言うな。確かに俺は・・・正直に言うと最近までの菜都に心を惹かれていた。遠くに行ってほしくなかった。だけど”菜都の身体を返す”って言ったアイツの言葉を受け入れようと腹をくくったんだ。俺はアイツの”親友”だから・・・アイツが決めたことだからな・・・。」
まるで自分に言い聞かせるような言いぶりだ。
「名前・・・ややこしいよね。遠くに行っちゃったけど今でも”美癒”が好き?」
「”美癒”・・・か。好きな気持ちは一生変わらない。」
美癒が琉偉を愛していることも、菜都としての記憶から読み取れる。
そんな2人を犠牲にして自分が戻ってきた。
申し訳ない気持ちはある。
最初は自分が戻ってきたことを知られるのも怖かった。
だが琉偉の話を聞いて分かった。
美癒と菜都、話し合って互いに戻ったのだから、再び迷うべきではなかったと。
美癒の覚悟や気持ちを踏みにじってはいけない。
自分だって、これが正しいと言い聞かせて・・・信じて戻ってきたのだからーーー。
沈黙のなか、菜都の瞳に光が戻った。
ウジウジしている自分を払拭して、本来の菜都(自分)を取り戻した。
「ふふっ・・・私のことが好きだったくせに生意気ー。」
琉偉にとって予想外の展開に、慌てて抱きしめていた腕を弱め身体を離す。
琉偉の涙は止まっていた。
「お、お前だって俺と付き合ってたのに兄貴を好きになってんじゃねぇか!」
「なんでそれを知ってるの!?」
「ふん、やっぱりな。」
「ちょっと!!琉緒に聞いたの!?」
「”お前は分かりやすい”ってさっきも言っただろ。それより兄貴たち戻って来ねぇな・・・探しに行くか。」
琉偉が立ち上がったので、菜都も立とうと足に力を入れたがフラついて倒れそうになった。
咄嗟に琉偉が支えたが、既に菜都は膝を擦りむいてしまっていた。
「大丈夫か?」
「あーうん、ありがと。」
「血が出てるけど・・・。」
「これくらい平気。見たら痛くなるから見ない。」
「相変わらずよく怪我するなぁ・・・ほら、んっ!」
琉偉が支えていた手を一旦離したあと、右手を差し出す。
「なに?」
「階段危ないから手を繋ぐ。」
「琉偉の服を掴ませてもらうから良いよ。」
「お前握力弱いだろーが。俺が握ってないと怖いわー。それともおんぶでもしてやろうか?」
そこまで言われると何も言い返せない。
菜都は琉偉の心配そうな顔を見て、素直に手を取ることにした。
「手・・・冷たっ!」
琉偉がわざとらしくブルブルッと身体を揺らした。
「まー死人みたいなものだったからね。」
「そーいうこと言うな。」
半分ジョークだったが、菜都は琉偉にデコピンをされてしまった。
「イタッ!本気でしたでしょー?膝の怪我よりオデコの方が重症。」
繋いでない方の手でオデコを擦る。
菜都も琉偉も、お互いにいつも通りの会話や雰囲気を取り戻して安心していた。
話しながらゆっくり階段を下りていく。
琉緒と香織は階段の下で待っていたが、辺りは真っ暗になっていたので、階段を下りている最中の菜都たちは2人の存在に気付いていない。
琉緒と香織は、離れたところから2人の繋がれた手を見つめていた。
「菜都・・・。」
懐かしい声が聞こえた。
菜都は自分の名前が呼ばれて顔を上げ、琉緒がいることにようやく気付いた。
菜都の鼓動が今までにないくらい早くなる。
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