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2-1 異世界
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「ΦΨ、ΘБρσЙ」
誰かに激しく揺さぶられ、僕は意識を戻した。
「う~ん……」
仰向けに横たわる僕を、誰かがのぞき込んでいる。
16,7歳くらいの男の子のようだ。
夜なのか暗くてよく見えないが、この世界にも月のようなものがあり、真っ暗闇というわけではない。
「ДφΨλΞηЗЩρ」
彼が何を言っているのか理解できない。
本当に僕は異世界とやらに、転移させられてしまったのだろうか?
確か通訳魔法で言葉が通じるって言ってたよな。
僕は耳に意識を集中して相手を見据えると、『通訳』と唱えてみた。
「おい、君。大丈夫か?」
おおっ、本当に通じたぞ。
「ああ、大丈夫だ」
「君は野良なのか?」
確かペテン師のルシファーが、僕は野良として転移すると言ってたな。
僕は上半身を起こしながら、
「うん。そうだよ」
「まさか野良が実在していたとは。オレたちは、セルウス国の王都から逃げてきた奴隷だ。朝になれば奴隷狩りがオレたちを追って来るだろう。見つかれば、君も捕まってしまうぞ。早く逃げた方がいい」
オレたち?
彼の陰になって気づかなかったのだが、少し離れたところからこちらを窺う女の子の姿があった。
どうやら僕のことを、かなり警戒しているようだ。
セルウス国は、ペテン師ルシファーから聞かされた、僕の転移先である。
やはり此処が異世界なのは、間違いなさそうだ。
「逃げろと言われても、何処へ?」
「君は、この辺の野良じゃないのか?」
「う、うん。遠くから来たので、この辺りは詳しくないんだよ」
「なら、オレたちに付いてこい。夜が明ける前に、出来るだけ遠くへ逃げるんだ」
そう言って少年は、女の子のもとへ向かった。
すると彼女は「お兄ちゃん」と不安げな表情で彼にしがみつく。
どうやら二人は兄妹らしい。
「あ、悪いけど妹が怯えるので、少し距離を置いてくれ。それと此処はオーガなどの魔物が生息しているから、周囲に警戒しながら付いてくるように」
そう言えば、ペテン師の爺さんも、そんなこと言ってたな。
王都の外には、人食い鬼などの魔物が生息していると。
あのクソジジイ、そんな危険なところに、僕を意識のない状態で放り出しやがったんだ。
下手したら、いきなりオーガに食い殺されていたかもしれない。
今度会ったら、絶対に文句言ってやる。
川のほとりを進んでいく兄妹の後を、僕は少し距離をとりながら付いていく。
段々と目が慣れてきて、二人の顔がハッキリと判別できるようになってきた。
異世界人でも、彼らの見た目は地球人と何ら変わらない。
「君たちは兄妹なの?」
「ああ。オレの名はシオンで、妹はカトレアだ」
僕が小声で尋ねると、少年も忍び声で返した。
シオンは、まだ16歳なのに、精悍な顔立ちをしている。
カトレアは、11歳のとても可愛らしい女の子だ。
二人とも、鮮やかな銀髪とマリンブルーの瞳をしている。
「君はとても変わった格好をしているけど、野良はみんな、そんな格好をしているの?」
シオンに言われて、自分の身なりを確認すると、前世で自害した時の格好だった。
とりあえず素っ裸でなくて良かったけど、異世界ではかなり浮いた身なりのようだ。
シオンはボロボロの布を纏っただけの服装なのに対して、カトレアはかなり良い生地の下着姿といった感じである。
昔の西洋で女性が身に着けていたような、ドロワーズみたいなのを穿いている。
一見すると、奴隷の男の子が、貴族の娘を攫ってきたように見えてしまうほど、兄妹の身なりに差があった。
「いや、違うはず。これは僕の国の服装だから」
「君は此の国の野良じゃないのか? 何処の国から来たんだ?」
異世界から来たことを話すべきか少し悩んだ末、
「僕は氏康って言うんだ。ヤスと呼んでくれ。日本という遠い国から来たんだよ」
「ニホン? 其処はどんな国なんだ? オレたちを其処に連れて行ってくれないか」
「ごめん。祖国については話せないし、もう戻ることも出来ないんだ……」
「そっか。君もオレたちと同じように、逃げて来たんだな」
何かを察したようにシオンは呟いた。
確かに前世の僕は奴隷だったし、絶望的な状況から逃れるために自害したようなものである。
カトレアは、僕の妹・咲良にどことなく似ているし、出逢ったばかりの異世界人なのに、なんか彼らに親近感が湧いてきた。
口を閉じた僕に、シオンは自分たちのことを話してくれた。
幼いころから可愛かったカトレアは、5歳のときに家族と引き離され、領主に連れていかれたという。
いずれ彼女を国王に献上するために、領主の別宅に隔離して、二人の女に育てさせたのだ。
確か貴族や平民は子供が生まれると、魔法を覚醒させるため、国王に貢物を献上するって、ペテン師の爺さんが言ってたっけ。
その後彼らの両親は、国外に売られてしまったという。
貢物になった美少女たちは、国王に散々弄ばれた後、性奴隷として売られるらしい。
残虐な扱いを受けて、大抵は精神に異常をきたしたり、命を落とすという噂だ。
だからシオンはカトレアを連れて、王都から逃げ出したのだという。
「シオン。どこか行くあてはあるのか?」
「いや。ないけど、とにかく国外へ逃亡するしかない」
「逃げきれそう?」
「わからない。オレたち奴隷は、地理に詳しくないし、追っ手は魔法を使えるからな」
不安が募ってきたけど、今の僕は彼らに頼るしかない。
「もし追っ手に捕まったら、どうなるんだ?」
「ヤスは、奴隷として扱われるだろう。妹は、アドルフ王に献上されるはず。兄が言うのも何だが、妹の可愛いさは無双だからな。献上されるまでは、傷つけられることはないだろうが、アドルフ王は血も涙もない、悪魔の様な奴だ。妹は酷い扱いを受けて、殺されてしまうかもしれない」
シオンが決して身内贔屓の評価をしていないことは、カトレアを見れば一目瞭然である。
まだあどけなさは残るけど、思わず見惚れてしまうほど、類い稀な可愛さだ。
彼が危険を承知で、妹を連れて王都を脱出したのも、わかる気がする。
アドルフ王がどんな奴か知らないけど、民を差別して奴隷にする国王など、碌な奴じゃないもんな。
「シオンは、どうなるんだ?」
「オレか。オレは、奴隷の前で公開処刑になるだろう。これまでも何人か逃亡したけど、みんな捕まって殺されたからな」
それを聞いて、僕は言葉を失った。
途中でカトレアが体力的に動けなくなると、シオンは彼女を背負った。
「ごめんね、お兄ちゃん」
「全然平気さ。カトレアは軽いからな」
川のほとりは歩きづらくて大変なのに、シオンはそんな素振りを一切見せずに笑顔で返す。
歩き出してから、かれこれ小一時間になるだろうか。
空が白み始めてきた。
「この辺りで、隠れる場所を探そう。追っ手はグリプスに乗って、空から捜索するはず。明るいうちは下手に動かない方がいい。グリプスは夜目がきかないから、暗くなってから行動するんだ。二人はここで待っていてくれ。オレは辺りを調べてくるから」
シオンは妹を下ろすと、近くの生い茂る草木の中に姿を消した。
置いてけぼりにされたカトレアは、かなり不安げだけど仕方ない。
もし魔物に出くわしたら、彼女を背負ったままでは、逃げられないからな。
シオンは僕よりも四つ年下なのに、しっかりしている。
まぁ、僕が年齢のわりに頼りないというのもあるけど。
その場にへたり込んで待っていると、ややあってシオンが嬉しそうに戻ってきた。
「絶好の隠れ場があったよ。来てくれ」
彼に付いていくと、崖の下に出た。
そこには僕たちの身の丈を超える高さの草が群生している。
それを掻き分けて中に入っていくと、崖下に人がようやく通れるくらいの小さな穴があった。
ほら穴の中は、六畳間くらいの空間になっている。
いい具合に草が入口を隠しているので、空からでも発見は困難だろう。
こんな場所、よく発見できたな。
「此処なら追っ手に見つからないはず。今のうちに寝ておこう」
そう言ってシオンは、壁を背にして地面に腰を下ろすと、カトレアを自身の前に座らせた。
愛おしそうに妹を背後から抱きしめる兄。
シオンに体を預けると安心しきった表情で目を閉じたカトレアは、疲れたのかすぐに寝息を立て始めた。
彼女が兄を心から慕っていて、信頼しているのがよくわかる。
僕も腰を下ろして彼らと反対側の壁に背をあずけたのだが、洞窟の硬い寝床ではなかなか寝付けずにいた。
するとシオンが、妹を起こさないように小声で、
「ヤスに頼みがある。オレに若しものことがあったら、カトレアを頼む」
「えっ?」
「もし最悪の状況に陥ったら、オレは命を投げ出してでも妹を守る。その時は迷わずカトレアを連れて逃げてくれ。オレ達の両親は、奴隷として異国に売られた。もう二度と会うことは叶わないだろう。だからオレが死ぬと、妹は頼る肉親がいなくなってしまうんだ」
真剣な眼差しで懇願するシオンの想いが、僕には痛いほどよくわかる。
仲睦まじい彼らの関係性が、僕たち兄妹と通じるところがあるからだ。
僕の妹・咲良は、周りからブラコンと言われても構わず、”お兄ちゃん、大好き”と甘えてくる妹だった。
そんな妹が可愛くて、僕もシスコンと揶揄されるほど、咲良を溺愛していた。
彼らには、僕たちのような悲惨な末路をたどってほしくない。
そんな想いに駆られた僕は、此処に転移させられた理由や、なすべきことを悟った。
僕なら死んでも生き返る。
何度命を落としても、身命を賭して彼らを守り続けることが、僕に課せられた使命であり、前世で犯した罪への贖罪になるのだと。
僕もカトレアを起こさないように声を潜めて、
「その時は僕が盾になるから、シオンがカトレアを連れて逃げろ」
「なに言ってんだ、ヤス。まだ出会って間もない、赤の他人なのに、どうして?」
「カトレアが亡くなった僕の妹に似ているんだよ。だからカトレアには、妹のぶんまで幸せになってほしい。それにカトレアが、君を見捨てて僕と一緒に逃げるわけないだろ。そうなれば彼女も助からないんだぞ」
「ヤス……お前は、いい奴だな。もし無事に逃れられたら、カトレアを貰ってほしい。ヤスと一緒になれば、妹は幸せになれるだろうからな」
「はぁ? それこそなに言ってんだ。まだ出会って間もないのに──」
「それじゃ疲れたからオレも寝るよ。ヤスもちゃんと寝ておかないと、途中でバテるぞ。今夜も一晩中歩き続けるんだからな」
僕の言葉を無視するように言うと、目を閉じて寝息をたてはじめたシオン。
狸寝入りを決め込んだのか、何度呼び掛けても反応しない。
諦めて僕も目をつむると、やはり疲れていたのか、いつの間にか眠りについた。
それからどれくらい経ったのだろうか。
体を揺すられた僕は、「ヤス、起きてくれ。追っ手だ」というシオンの忍び声で目を覚ました。
誰かに激しく揺さぶられ、僕は意識を戻した。
「う~ん……」
仰向けに横たわる僕を、誰かがのぞき込んでいる。
16,7歳くらいの男の子のようだ。
夜なのか暗くてよく見えないが、この世界にも月のようなものがあり、真っ暗闇というわけではない。
「ДφΨλΞηЗЩρ」
彼が何を言っているのか理解できない。
本当に僕は異世界とやらに、転移させられてしまったのだろうか?
確か通訳魔法で言葉が通じるって言ってたよな。
僕は耳に意識を集中して相手を見据えると、『通訳』と唱えてみた。
「おい、君。大丈夫か?」
おおっ、本当に通じたぞ。
「ああ、大丈夫だ」
「君は野良なのか?」
確かペテン師のルシファーが、僕は野良として転移すると言ってたな。
僕は上半身を起こしながら、
「うん。そうだよ」
「まさか野良が実在していたとは。オレたちは、セルウス国の王都から逃げてきた奴隷だ。朝になれば奴隷狩りがオレたちを追って来るだろう。見つかれば、君も捕まってしまうぞ。早く逃げた方がいい」
オレたち?
彼の陰になって気づかなかったのだが、少し離れたところからこちらを窺う女の子の姿があった。
どうやら僕のことを、かなり警戒しているようだ。
セルウス国は、ペテン師ルシファーから聞かされた、僕の転移先である。
やはり此処が異世界なのは、間違いなさそうだ。
「逃げろと言われても、何処へ?」
「君は、この辺の野良じゃないのか?」
「う、うん。遠くから来たので、この辺りは詳しくないんだよ」
「なら、オレたちに付いてこい。夜が明ける前に、出来るだけ遠くへ逃げるんだ」
そう言って少年は、女の子のもとへ向かった。
すると彼女は「お兄ちゃん」と不安げな表情で彼にしがみつく。
どうやら二人は兄妹らしい。
「あ、悪いけど妹が怯えるので、少し距離を置いてくれ。それと此処はオーガなどの魔物が生息しているから、周囲に警戒しながら付いてくるように」
そう言えば、ペテン師の爺さんも、そんなこと言ってたな。
王都の外には、人食い鬼などの魔物が生息していると。
あのクソジジイ、そんな危険なところに、僕を意識のない状態で放り出しやがったんだ。
下手したら、いきなりオーガに食い殺されていたかもしれない。
今度会ったら、絶対に文句言ってやる。
川のほとりを進んでいく兄妹の後を、僕は少し距離をとりながら付いていく。
段々と目が慣れてきて、二人の顔がハッキリと判別できるようになってきた。
異世界人でも、彼らの見た目は地球人と何ら変わらない。
「君たちは兄妹なの?」
「ああ。オレの名はシオンで、妹はカトレアだ」
僕が小声で尋ねると、少年も忍び声で返した。
シオンは、まだ16歳なのに、精悍な顔立ちをしている。
カトレアは、11歳のとても可愛らしい女の子だ。
二人とも、鮮やかな銀髪とマリンブルーの瞳をしている。
「君はとても変わった格好をしているけど、野良はみんな、そんな格好をしているの?」
シオンに言われて、自分の身なりを確認すると、前世で自害した時の格好だった。
とりあえず素っ裸でなくて良かったけど、異世界ではかなり浮いた身なりのようだ。
シオンはボロボロの布を纏っただけの服装なのに対して、カトレアはかなり良い生地の下着姿といった感じである。
昔の西洋で女性が身に着けていたような、ドロワーズみたいなのを穿いている。
一見すると、奴隷の男の子が、貴族の娘を攫ってきたように見えてしまうほど、兄妹の身なりに差があった。
「いや、違うはず。これは僕の国の服装だから」
「君は此の国の野良じゃないのか? 何処の国から来たんだ?」
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「僕は氏康って言うんだ。ヤスと呼んでくれ。日本という遠い国から来たんだよ」
「ニホン? 其処はどんな国なんだ? オレたちを其処に連れて行ってくれないか」
「ごめん。祖国については話せないし、もう戻ることも出来ないんだ……」
「そっか。君もオレたちと同じように、逃げて来たんだな」
何かを察したようにシオンは呟いた。
確かに前世の僕は奴隷だったし、絶望的な状況から逃れるために自害したようなものである。
カトレアは、僕の妹・咲良にどことなく似ているし、出逢ったばかりの異世界人なのに、なんか彼らに親近感が湧いてきた。
口を閉じた僕に、シオンは自分たちのことを話してくれた。
幼いころから可愛かったカトレアは、5歳のときに家族と引き離され、領主に連れていかれたという。
いずれ彼女を国王に献上するために、領主の別宅に隔離して、二人の女に育てさせたのだ。
確か貴族や平民は子供が生まれると、魔法を覚醒させるため、国王に貢物を献上するって、ペテン師の爺さんが言ってたっけ。
その後彼らの両親は、国外に売られてしまったという。
貢物になった美少女たちは、国王に散々弄ばれた後、性奴隷として売られるらしい。
残虐な扱いを受けて、大抵は精神に異常をきたしたり、命を落とすという噂だ。
だからシオンはカトレアを連れて、王都から逃げ出したのだという。
「シオン。どこか行くあてはあるのか?」
「いや。ないけど、とにかく国外へ逃亡するしかない」
「逃げきれそう?」
「わからない。オレたち奴隷は、地理に詳しくないし、追っ手は魔法を使えるからな」
不安が募ってきたけど、今の僕は彼らに頼るしかない。
「もし追っ手に捕まったら、どうなるんだ?」
「ヤスは、奴隷として扱われるだろう。妹は、アドルフ王に献上されるはず。兄が言うのも何だが、妹の可愛いさは無双だからな。献上されるまでは、傷つけられることはないだろうが、アドルフ王は血も涙もない、悪魔の様な奴だ。妹は酷い扱いを受けて、殺されてしまうかもしれない」
シオンが決して身内贔屓の評価をしていないことは、カトレアを見れば一目瞭然である。
まだあどけなさは残るけど、思わず見惚れてしまうほど、類い稀な可愛さだ。
彼が危険を承知で、妹を連れて王都を脱出したのも、わかる気がする。
アドルフ王がどんな奴か知らないけど、民を差別して奴隷にする国王など、碌な奴じゃないもんな。
「シオンは、どうなるんだ?」
「オレか。オレは、奴隷の前で公開処刑になるだろう。これまでも何人か逃亡したけど、みんな捕まって殺されたからな」
それを聞いて、僕は言葉を失った。
途中でカトレアが体力的に動けなくなると、シオンは彼女を背負った。
「ごめんね、お兄ちゃん」
「全然平気さ。カトレアは軽いからな」
川のほとりは歩きづらくて大変なのに、シオンはそんな素振りを一切見せずに笑顔で返す。
歩き出してから、かれこれ小一時間になるだろうか。
空が白み始めてきた。
「この辺りで、隠れる場所を探そう。追っ手はグリプスに乗って、空から捜索するはず。明るいうちは下手に動かない方がいい。グリプスは夜目がきかないから、暗くなってから行動するんだ。二人はここで待っていてくれ。オレは辺りを調べてくるから」
シオンは妹を下ろすと、近くの生い茂る草木の中に姿を消した。
置いてけぼりにされたカトレアは、かなり不安げだけど仕方ない。
もし魔物に出くわしたら、彼女を背負ったままでは、逃げられないからな。
シオンは僕よりも四つ年下なのに、しっかりしている。
まぁ、僕が年齢のわりに頼りないというのもあるけど。
その場にへたり込んで待っていると、ややあってシオンが嬉しそうに戻ってきた。
「絶好の隠れ場があったよ。来てくれ」
彼に付いていくと、崖の下に出た。
そこには僕たちの身の丈を超える高さの草が群生している。
それを掻き分けて中に入っていくと、崖下に人がようやく通れるくらいの小さな穴があった。
ほら穴の中は、六畳間くらいの空間になっている。
いい具合に草が入口を隠しているので、空からでも発見は困難だろう。
こんな場所、よく発見できたな。
「此処なら追っ手に見つからないはず。今のうちに寝ておこう」
そう言ってシオンは、壁を背にして地面に腰を下ろすと、カトレアを自身の前に座らせた。
愛おしそうに妹を背後から抱きしめる兄。
シオンに体を預けると安心しきった表情で目を閉じたカトレアは、疲れたのかすぐに寝息を立て始めた。
彼女が兄を心から慕っていて、信頼しているのがよくわかる。
僕も腰を下ろして彼らと反対側の壁に背をあずけたのだが、洞窟の硬い寝床ではなかなか寝付けずにいた。
するとシオンが、妹を起こさないように小声で、
「ヤスに頼みがある。オレに若しものことがあったら、カトレアを頼む」
「えっ?」
「もし最悪の状況に陥ったら、オレは命を投げ出してでも妹を守る。その時は迷わずカトレアを連れて逃げてくれ。オレ達の両親は、奴隷として異国に売られた。もう二度と会うことは叶わないだろう。だからオレが死ぬと、妹は頼る肉親がいなくなってしまうんだ」
真剣な眼差しで懇願するシオンの想いが、僕には痛いほどよくわかる。
仲睦まじい彼らの関係性が、僕たち兄妹と通じるところがあるからだ。
僕の妹・咲良は、周りからブラコンと言われても構わず、”お兄ちゃん、大好き”と甘えてくる妹だった。
そんな妹が可愛くて、僕もシスコンと揶揄されるほど、咲良を溺愛していた。
彼らには、僕たちのような悲惨な末路をたどってほしくない。
そんな想いに駆られた僕は、此処に転移させられた理由や、なすべきことを悟った。
僕なら死んでも生き返る。
何度命を落としても、身命を賭して彼らを守り続けることが、僕に課せられた使命であり、前世で犯した罪への贖罪になるのだと。
僕もカトレアを起こさないように声を潜めて、
「その時は僕が盾になるから、シオンがカトレアを連れて逃げろ」
「なに言ってんだ、ヤス。まだ出会って間もない、赤の他人なのに、どうして?」
「カトレアが亡くなった僕の妹に似ているんだよ。だからカトレアには、妹のぶんまで幸せになってほしい。それにカトレアが、君を見捨てて僕と一緒に逃げるわけないだろ。そうなれば彼女も助からないんだぞ」
「ヤス……お前は、いい奴だな。もし無事に逃れられたら、カトレアを貰ってほしい。ヤスと一緒になれば、妹は幸せになれるだろうからな」
「はぁ? それこそなに言ってんだ。まだ出会って間もないのに──」
「それじゃ疲れたからオレも寝るよ。ヤスもちゃんと寝ておかないと、途中でバテるぞ。今夜も一晩中歩き続けるんだからな」
僕の言葉を無視するように言うと、目を閉じて寝息をたてはじめたシオン。
狸寝入りを決め込んだのか、何度呼び掛けても反応しない。
諦めて僕も目をつむると、やはり疲れていたのか、いつの間にか眠りについた。
それからどれくらい経ったのだろうか。
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