闇に飲まれた謎のメトロノーム

八戸三春

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第六章

神の子vsウイルス少女

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地下駐車場に漂う湿気と鉄の匂いの中、ヴェーダはじっと相手の少女を見つめた。対峙する黒髪ドレスの少女は、まるで遊戯を楽しむかのような穏やかな笑みを浮かべている。

「……で、あなたたちの目的は?」

ヴェーダの問いに、少女は肩をすくめた。「特にないよ。ただ、強い人間がいるって聞いたから。会ってみたかっただけ」

その声は無邪気で、恐怖や殺気の色はなかった。だが、その曖昧で無責任な答えに、ムウィーザの指が銃のグリップを強く握る。

「強い人間……それが私たち、ということか」

「うん、たぶんね」と少女はあっさり頷いた。

ヴェーダはわずかにため息をつきながら応じる。「私はヴェーダ。アビリティーインデックス4位にして“アウレリア”に指定された存在。人々は私を“神の子”と呼ぶこともある」

少女の目が一瞬輝いた。「へえ……神の子、か。かっこいいじゃん」

「隣にいるのはムウィーザ。アビリティーインデックス14位。分類は“メリディアン”。“トラスレイ”――トラの遺伝子を持つ戦闘特化型だ」

「メリディアンって、あの?」

少女は目を丸くしながら、まるで伝説の英雄を間近で見たかのように感心した表情を見せた。

しかし、その無邪気な笑みが、次の瞬間にはまったく別の色へと変わった。

「……じゃあ、やっぱり本物かどうか、確かめないとね」

その言葉と同時に、少女の手が軽く上がった。瞬間、空気が爆ぜる音が響く。電磁式の射出装置による斥力波――特殊な非致死性兵器だったが、その威力は十分に殺傷圏内に達する。

「くるぞッ!」

ヴェーダが叫ぶよりも早く、ムウィーザは床を蹴って斜め後方に飛び退く。斥力波は彼女たちがいた場所のアスファルトを歪め、金属片を巻き上げて破裂した。

敵勢力が一斉に動き出す。まるで合図を待っていたかのように、ドレスの少女を中心に、左右から戦闘員たちが攻撃体勢に入った。

「ったく……最初から戦う気だったのか!」

ムウィーザは両手のアサルトライフルを交差し、即座に応戦。二連の銃声が低く唸り、対面の男の肩に弾丸がめり込む。だが、男は苦悶の声一つ上げず、平然と動き続けた。

「再生能力か……ウイルス組だな!」

ヴェーダは腰から手榴弾サイズのEMPグレネードを取り出し、相手の装備への妨害を狙って放る。爆発とともに、幾つかの武器が一時的に機能停止したが、それでも攻勢は止まらなかった。

「……数が多すぎる。どうする?」ムウィーザが低く問う。

「まだ試されてるだけ。――でも、その“試練”に私たちは全力で応える義務がある」

ヴェーダの声は低く、しかし確信に満ちていた。神の子と呼ばれる彼女の瞳は、すでに冷静な戦闘モードに入っている。彼女はゆっくりとAKMを構え、深く息を吸い込んだ。

「なら、問おう――“神の子”は人の敵か、それとも救いか」

そして、弾丸が闇に咲いた。










暗がりに満ちた地下駐車場の空間に、緊迫の空気が走った。

その瞬間――まるでプログラムに従ったように、10体の“個体”が同時に分散し、包囲陣を展開した。隊列は典型的な挟撃型フォーメーション、四方八方からの同時攻撃を想定していた。

「来るよ――数は10、でも全部既視感ある動き」
ムウィーザは即座に敵の挙動解析を終えると、淡々と告げた。

「動きの型が旧世代。完全なテンプレ戦術だな」
ヴェーダも冷静に銃口を向けながら、敵の立ち回りに明確なパターン認識を済ませていた。

一体目の男が右前方から突進する。装備は自動小銃型のレールガン、しかし動作が大きく予備動作が丸見えだった。ヴェーダはわずかに軸足をズラしながら、腰だめからの精密射撃で右肩関節部を破壊。反動で男の武器が宙に跳ね、追撃の一撃で後頭部に非致死弾を打ち込んだ。

「無力化1体完了」

続いて左翼より2体が接近。ひとりはサプレッサー付きの短機関銃、もうひとりは近接戦闘に特化した振動ナイフ装備。だが彼らは連携を取っていない。

「連携が甘い。詰めが浅い」
ムウィーザは低く呟くと、一気に加速した。

トラスレイ型ゲノム改変により強化された脚部筋組織の出力が解放され、わずか1.4秒で敵の間合いに入り込む。1人目の銃手の腹部を正確に蹴り上げ、転倒と同時にライフルを奪取。即座に半自動切替モードで2人目のナイフ使いに二連射。

「処理完了、残り7体」

他の7体は慎重に距離を詰めながら、フェイントや弾幕で撹乱を試みる。だが、それらの動きはすべて教科書通り。動きに創意がない、意志がない。まるで訓練用AIと戦っているかのような感覚。

「攻撃パターン:予測可能。アルゴリズム第3形態で分解可能」
ヴェーダは脳内演算ユニットを起動し、敵の動作軌跡と射線予測をリアルタイムで重ね合わせる。銃弾を回避しつつ、照準精度を保ったまま一歩ずつ間合いを詰めていく。

パンッ、パンッ、パン――
乾いた射撃音と共に、次々と敵の要所に非致死弾が命中し、神経系を一時的に麻痺させる。倒れる者、悶絶する者、武器を取り落とす者。10体中、すでに8体が戦闘不能。

残る2体は中距離型の支援役だった。片方は小型ドローンを操り視覚妨害と情報収集を担当し、もう一人は携行型対装甲エネルギー兵器を構えていたが、ヴェーダとムウィーザにとっては想定済み。

「……後衛型は手札が見えてるだけ危険度が低い」

ムウィーザは残弾を確認すると、右側へと跳躍。ジャンプ中に片膝撃ちの姿勢を取ったまま、エネルギー兵器持ちにダブルタップ。さらにドローン操縦者にもショートレンジ弾を見舞うと、ドローンは爆散、制御信号は途絶えた。

静寂が戻った。

10体の敵勢力は全滅。――といっても彼女たちにとっては、まるでトレーニングの一環にすぎなかった。

「……弱い。数だけ揃えても意味はない。戦場に必要なのは、“質”と“思考”だよ」
ヴェーダが呟くと、ムウィーザも肩をすくめた。

「もしこれが新種の試験部隊だとしたら……この世代、正直期待外れね」

彼女たちの表情に、疲れの色はなかった。ただ淡々と、無感情に、敵を「駒」として処理しただけだった。

そしてその背後には、誰にも知られることのない静かな死の気配が、駐車場に広がっていた。
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