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1. 馴れ初め
ヒーローなお前
しおりを挟むコーディの中でエリオットに対する感情の変化の起点となったのは、中学二年の体育祭だ。九月の中旬、コーディとエリオットが同室になったあの日から五ヶ月が経っていた。
この学校では、体育祭のチーム分けは赤、白、青、緑の四つで、何組が何チームという分け方ではなく、個人個人がバラバラなチームに当てられる。そうすることで、体育祭の練習はクラスの人とではなく同チームの色々なクラスの人と行うことになり、コミュニティが広がるのだ。コーディは青チーム、エリオットも青チームになった。様々な種目がある中自分の出たい競技を何個か選び、その競技の練習をする。
しかし、最後のチーム対抗リレーだけは自分で選ぶことはできない。全員がタイムを測り、チームで特に早い四人だけが選ばれるのだ。
「‥‥三走、コーディ・マクレイ!」
「はい!」
コーディはリレーの三走に選ばれ、名を呼ばれて返事をする。拍手が起こり、コーディは礼をした。
「アンカー、エリオット・ダウズウェル!」
「はい」
よく透き通る奴の声の後、再び拍手が湧き起こる。コーディは勉強のみならず、足の速さでさえエリオットに敵わなかった。だが、エリオットが自分のチームのアンカーに選ばれたというのは、謎に誇らしいような気もしていた。
体育祭の当日はあっという間にやってきて、一日目が終わり、二日目が幕を開ける。コーディもエリオットも運動神経が良いので、二人は青チームで大いに活躍した。
全ての競技が終わり、いよいよ最終種目のリレーが行われる。
「よーい、どん!」
掛け声と共にピストルの音がバンッと鳴る。一走と二走は非常に順調で、青チームは白チームと一位、二位を競り合いながら走っている。三走のコーディにバトンが渡った。最初は順調だった。コーディはいいペースで走っていて、何の問題もなかった。
しかし、半分と少しまで走ったところで、隣のレーンを線のギリギリで走っていた白チームの選手の腕が、コーディの体に当たった。青チームを応援していた仲間達はもちろんその瞬間を見て、何だ今のは、反則では無いのかと一瞬で騒ぎが起こる。腕がコーディに当たってしまった白チームの選手は、あ、という顔をした。わざとではなかったのだと思う。しかしバランスを崩したコーディはそのまま盛大に転んでしまった。
「うわっ‥‥!」
「コーディ!」
一、二走の仲間も心配から名前を叫ぶ。
コーディはもちろん1ミリも時間を無駄にせず、素早く回転するように起き上がると一瞬で走り出す。しかし、その一瞬が戦況を変えてしまった。
どうしよう、俺のせいで。青チームはコーディが転ぶまで一位二位を競っていたが、コーディ転んでから最下位になってしまっていた。コーディが自責の念に駆られながらも走っていたその時。
「コーディ‼︎」
透き通る彼の声。コーディが今まで聞いた中で一番大きく、これまでに無いほど焦ったような声だった。エリオットは走って来るコーディに向かって手を伸ばす。
「僕を信じろ!」
バトンは渡った。
エリオットは一瞬だけ強気な笑みをコーディに向けて見せ、それから直ぐに驚くほどの速さで加速する。コーディはバトンを渡した勢いのまま、体に疲れがのしかかり地面に倒れる。やってしまった。青チームの最後の戦いが自分のせいで悔しい結果になってしまう。
コーディはエリオットの足がとても早いことは知っていたが、それでも抜けて二人くらいだろう。そう思っていたのに。
エリオットはぐんぐん速さを上げて、一人、二人と追い抜いていく。
「やれー!」
「エリオットー!頑張れー!」
歓声が響く中、地面に倒れたままのコーディは顔だけ試合の方へ向け、エリオットの凄まじい走りに感服する。
「何だよ、あいつ‥‥顔が良くて頭も良くて運動もできるとか、どんな完璧人間だよ‥‥」
ゴールラインに迫る数メートル。ギリギリのところでエリオットは白チームのアンカーを抜いて、そのゴールテープを切ったのだ。
「やった‥‥っ」
勝利の喜びはすごい勢いだった。エリオットはたくさんの仲間達に声をかけられて肩を抱かれ、笑顔で言葉を交わし合っている。安心と勝利の喜びを自覚すると同時に、コーディは転んだ時に擦りむいて血が流れている傷口に、じくじくと痛みを感じ始めた。
「あいつ、凄すぎだろ‥‥。はははっ!」
仲間や一緒に走った敵たちと軽く言葉を交わしたエリオットは、地面に倒れて笑っているコーディの方へ歩いて来る。勝利の笑みを浮かべたエリオットに上から顔を覗き込まれて、コーディは柔らかい表情を見せた。
「ありがとう、エリオット。お前って奴は‥‥本当に怠惰なのにこんなに足が速いなんて驚きだよ」
「お褒めいただき、どうもありがとう」
いつも通りの軽口を交わして、エリオットはコーディに手を差し出す。コーディはその手を掴んで立ち上がった。エリオットはコーディの手を引き歩きながら、コーディの方は見ずに口を開く。
「君が転んだ瞬間に諦めずに、直ぐに体勢を立て直して最後まで走ったから、僕らの勝利はあったんだ」
きゅ、と繋いだ手に力が籠る。
「君は最善を尽くした。よくやったよ」
慣れないことを言うエリオットの頬はほんのり桃色に染まって、コーディの頬はもっと濃いバラ色に染まった。
コーディは、この人が好きだ、と思った。それは衝動的で唐突な自覚だったが、だって、そうだろう?こんなに美しくて勉強ができて、家柄も良くて魔力も高くて完璧な男が、いつも言い合いをしている自分を息を切らしながら全力で走って助けてから、頬を染めながらそんなこと言うのだから。惚れるなと言う方が無理な話だったのだ。
グラウンドの隅の方で集まっていた仲間達が、帰ってきたコーディとエリオットを全力で抱きしめる。暖かい感情に胸を包まれながら、コーディは勝利の一番の旗を掲げて笑った。
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