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1. 推しの兄の婚約者‥‥?
因縁の彼
しおりを挟むオズとヒューは初等部二年生になった。
あの日以来彼とは仲良くなって、最近はヒューからの茶会の誘いも十回に一回は受ける様にしている。
(もう出会って一年は経つのか。早いな。)
二年になってもヒューとはクラスが離れている。だが結構なクラス数なので同じクラスになる方が逆に凄いかもしれない。
(そろそろヒューバート闇落ちイベントの一つ、『校舎裏集団リンチ事件』が起こるはずなんだ。)
大分物騒な事件名であるが、中身は大体そのまんまだ。ヒューバートはある日集団から暴力を受けて、何故か彼が喧嘩を仕掛けたことにされ、罰も受けるし、人から避けられる原因にもなるしで彼は心身共にやられてしまう。
しかし、今回は初等部二年生の内に事件が起こることは分かっていても、事件が起こる具体的な日付が分からないのだ。
(365日警戒体制はきつい‥‥。)
人を校舎裏に呼び出す事が出来るのは放課後か昼休みなので、オズは二年になってからヒューに「昼ご飯は一緒に食べて、帰りは一緒に帰りたい。」と提案した。彼は大喜びで承諾し、何故かアルも一緒に行くと言い出した。
なので最近はよく三人で行動している。
キンコーンカーンコーン‥‥。
昼休みを告げるチャイムが鳴り、オズは鞄から弁当包みを取り出すと、ヒューを迎えに行くためにFクラスに向かった。
昼休みの廊下は騒がしく、煉瓦造りの伝統的で厳格に見える校舎の中でも、子供たちの声は活き活きしている。
Fクラスの入り口まで来ると、オズは丁度入り口付近で友達と立ち話をしていた女の子達に話しかける。
「すみません、ヒューバートは居ますか?」
オズはもう毎日ヒューを迎えに来ているので、Fクラスの人達はいつもオズが訪ねると直ぐにヒューを呼んでくれるのだが、今日は何故か女の子達は少し困った顔をした。
「ヒューバート君は、さっき呼び出されて教室を出て行ってしまったの。」
「そうだったんだ!教えてくれてありがとうね。」
弁当はアルと先に食べ始めて良いだろうかと思いながら、安定の完璧な天使スマイルでそう言って立ち去りそうになったが、
(呼び出された‥‥?)
先程の言葉を思い出して、オズはまた顔を上げる。
「待って、誰に呼び出されたのか聞いても良いかな。」
女の子達は顔を少し曇らせた。
「その、ジャスパーが‥‥」
その名前を聞いた瞬間、オズは長いローブを翻して走り出していた。
混雑している廊下を走り抜け、窓から差し込む日の光がチラチラと肌を過ぎていく。天使な美少年で有名なオズの全力疾走に目を丸くしている人が結構いたが、今はそんなことを気にしている場合では無い。
(まさか、この事件もあいつなのか!?)
階段を駆け下りていると、向いから弁当袋を持ったアルバートが現れ、オズの形相に目を丸くする。
「オズ!そんなに急いで‥‥何かあった?」
「今ヒューバートを探してるんだ!昼食は先に食べていて!」
「え、兄さんを探してるのなら僕も手伝うよ!」
「それは助かる!」
二人は弁当を片手に持ったまま階段を駆け下り、校舎を出ると校庭を歩き回り始めた。
「ヒュー!」
「ヒューバート!何処にいるー!?」
名前を呼ぶが返事はない。流石に初等部エリアからは出ていないと思いたいのだが、もし出ていたら昼休みのうちには見つからないだろう。暫く探しても彼の声は返ってこない。
芝生がふさふさ風に揺れる中、オズの髪は汗で顔に貼り付け始めた時。
「あ‥‥!」
「居たのか!?」
声を上げたアルが見ている方へ、オズも寄って顔を向ける。
そこでは、校舎の陰になっている壁にヒューが追い詰められていて、囲う様にジャスパーと取り巻き三人がにじり寄っていた。
(やっぱりこの事件もジャスパーが‥‥。)
立ち止まった一瞬、ジャスパーが腕を振り上げるのが見える。茶髪は風に靡き、彼の着ているローブが揺れる。
「っ!」
オズは素早く弁当包みをアルに押し付けると、ローブを脱ぎ落として、集団に向かって走り出した。
「オズ!?」
「それ持っといて!」
そしてジャスパーの拳が降りる寸前に、
「お前らぁー!」
低く大声でそう言いながら、オズは拳を振り上げ飛び上がった。
振り返った四人とヒューバートの目には、美しく勇ましい顔で拳を振り上げ飛びかかってくるオズワルドが映る。
それは恐ろしく、なんとも美しくて、目に焼きつく光景だった。
そこからはもう殴り合いの喧嘩で、六人はめちゃくちゃに揉み合った。
2対4で最初はこちら側が不利な様に思われたが、圧倒的に喧嘩慣れしているオズが着実に取り巻き達を伸していくと、途中から大体いい勝負になっていた。
ヒューは貴族だし殴り合いをする機会なんてなく、取り巻きだってこんなことをしていても、この数で囲むやり方でやってきたなら本当に本気の殴り合いはした事がないのだろう。体術を本格的に習うのは中等部からだし、そもそも基礎が成っていなく、この四人はそれ程持たなかった。
そう、つまり最後に残ったのはジャスパーとオズの二人。その二人も遂には同時に地面に膝をついた。
「はぁっ‥‥、はぁっ‥‥!君、やるなあ?」
「ケホっ‥‥、くそ‥‥!誰だよ、オズワルド・チャールトンは気が弱くて大人しいなんて言ったのは!」
ジャスパーは頬を流れる汗を袖で拭いながら叫んだ。
(オズの天使ムーブは人々に響いている。)
「いきなり拳を振り上げて飛びかかってくる奴が、大人しいわけねーだろ‥‥なんでそんな噂が‥‥。」
ジャスパーが何かぶつぶつ呟いている中、オズは暑くて前髪を後ろに撫で付けると、ジャスパーに視線を向ける。
「っていうか君、まだ俺があの事件の証拠の水晶玉を持っていることを知ってるよな。なんでまたヒューにちょっかい掛けようとしたんだよ。」
抑止力になるかと思って取っておいたのに、意味がないならあの時証拠を突き出して罰を受けさせた方が良かったのだろうか。
ジャスパーは怒りと悲しみの籠った暗い顔をして目を逸らす。
「はっ!今更俺の悪事が暴かれた所で何が変わるって?何をしてもしなくても、俺が落ちこぼれであることは変わらないんだ。」
「落ちこぼれ‥‥?」
(変だな。ジャスパーは成績も悪くはない‥‥ていうか俺より全然良いし、魔力もまあ上位貴族だなってくらいはあるし、顔だってかなり整ってるのに。)
確かにヒューバートと比べてしまうと劣っている様に見えるかもしれないが、ヒューバートが基準ならほぼ全人類が落ちこぼれである。
「それはどう考えても言い過ぎだろ。」
心からの言葉だったが、ジャスパーにはキッと睨まれてしまう。
「お前ら下位貴族に何が分かる。」
上位貴族とは公爵、侯爵、伯爵家までの爵位の者のことである。上位貴族の人間は王族との婚姻があり得るが、下位貴族である子爵、男爵家の者にはあり得ない。大きな違いは恐らくこれだ。
「まあ確かに学年一とは言えないけどさー、君ってそんなに成績は悪くないよね。運動もできるし魔力もあるしさ、落ちこぼれ要素はない様に見えるけど。」
オズが頭の後ろで手を組んでそう言うと、ジャスパーの怒りの度合いが強かった表情は、何かを思って諦めの表情に変わった。
「侯爵家の教育の厳しさを舐めるなよ。全部そこそこ出来る、じゃ意味がない。上位貴族は飛び抜けて出来が良くなければ可笑しい。賢くなければ、美しくなければ、強くなければ価値がないんだ。」
オズは顔を顰める。
「それは‥‥両親に言われた事か?」
「そうだ。両親と、兄と弟にな。あいつらは、成績とか魔力だとかは置いておいて、特定の部門で才能を発揮している。芸術や剣術なんかでな‥‥対して俺には何も無いから価値が無い。」
見ると、地面に倒れ込んだままだった取り巻き三人も、皆暗い顔で俯いていた。彼らは、同じ思いを持って集まった仲間だったのだろう。
「俺はとうの昔に失望されているから、今更そんな証拠が出てきたって何も変わらない。俺に価値が無いのは最初からだし、俺はとっくにこの家の面汚しだ。」
(ジャスパーがこんなに思い詰めていただなんて‥‥。あの時言った言葉も気にしていたのか‥‥。それでもヒューを襲って良い理由にはならないけど。)
ジャスパーは確かにこう言っているが、『アルバート毒殺未遂事件』の後からこの事件を起こすまでの一年間、彼らは大人しかった。最近また周囲に何か言われてやけになったか、家で酷い仕打ちを受けたか、何かきっかけがあったのだろう。
(でも価値が無いって、流石に言い過ぎじゃないか?)
オズは過去を思い返してみる。一つ、ジャスパーに関わる記憶を思い出した。
(ああ、そうだ‥‥!)
オズは少し身を乗り出して、言った。
「君には価値があるよ!」
ジャスパーは一度時が止まってしまったかの様に固まって、それからカッと目を開いた。
「だから、お前に何が‥‥!」
「いいから先ずは聞いてくれよ。要は価値観の違いなんだ。君の両親の価値観だと君には価値が無いのかもしれないけれど、俺にとっては、ジャスパーは価値があるよ。」
オズの言葉には、倒れた取り巻きとヒューも反応して身体を起こした。皆んなが芝生に座り込むと、急に微笑ましい光景に見えてくる。
「お前にとっては‥‥?なら、俺のどう言うところに価値があると思うのか言ってみろよ!」
ジャスパーは声を荒げた。オズは強気で微笑んで見せる。
「ジャスパーは毎年『季節の詩作成大会』に応募しているよな。しかもちゃんと四季節分しっかり参加している。」
「そうだが、それがどうした。俺は結局一度も入賞していない。」
「大事なのは入賞したかどうかでは無い。君はこの大会に出ると成績表に記述が残るから受けただけで、この大会についての説明は詳しく読んでいないのか?」
聞くと、ジャスパーは首を傾げる。
(やっぱり、知らなかったのか。確かに説明書の最後のページの下の方に小さく書いてあるだけだったからな。)
「この大会で送られた詩は入賞したかどうかは関係なく、全て一冊の冊子に纏められて、各地の病院に無償で送られるんだ。国立病院にも、地域の小さな病院にも、国の全ての病院に。」
ジャスパーは驚いて目を見開く。オズは優しく微笑んだ。
「この意味が分かるか?」
季節の詩。それが病院に送られる意味を。
「君は、病気や怪我で外に出られない者達が季節の鮮やかさに触れる機会を作っていたんだ!入賞したかどうかなんて患者達には重要じゃ無い。数人の審査員に選ばれた詩が、普段季節に触れられない者に選ばれるとは限らない。」
「病院の、外に、出られない人たち‥‥。」
「そうだよ。君の書いた詩は誰かの心を救ったかもしれない。誰かを笑顔に変えたかもしれない。誰かのお気に入りになっているかもしれない!」
オズは芝生の上を移動して、ジャスパーの目の前に座った。
「素敵な事だと思わない?ジャスパー、人の心は、魔法でも動かすことはできないよ。それにこの大会では、成績も地位も関係がない。」
オズは少し力強く、ジャスパーの頬をペチンと両手で挟んだ。
「君は君の感性で、その心が映した情景一つを表す君が生み出した言葉で、誰かを支えてここに立っている。」
風が吹いた。
オズの偽りである深い緑の瞳の奥に、一瞬だけ、キラッとオパールグリーンが輝く。
「それは、俺にとっては大いに意味のあることなんだ。君の両親には一生賭けても分からない価値かもしれないけれど、君には確かに価値がある。」
オズはジャスパーの頭を撫でた。なんだか不貞腐れた子供に見えてきたのだ。実際、前世の中身からしたらめちゃ子供だし。
「あまり両親の価値観に染まってしまわないで。そんなに自分を追い詰めないでさ、君はこれからゆっくり色んなものに触れて、自分の価値観を育てていくんだ。きっと上手くいくよ。」
オズはパッと手を引いた。
一拍置いて、ジャスパーが「ふはっ!」と笑う。
「お前、変な奴だなあ。」
憑き物が落ちたような表情だった。
その笑顔が余りにも優しくて、オズも周りも驚きで目を見開く。
(こんなに優しく笑えるんだな‥‥。)
「よし!」
オズはジャスパーの脇から腕を差し入れ、肩を組むと彼を支えて立ち上がった。
ジャスパーは「何すんだよ!?」とまた騒ぎ出すので、オズはピシャリと言い放つ。
「こんな怪我でそのまま教室に戻れるわけないだろ、馬鹿。医務室に行くんだよ。」
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