召還社畜と魔法の豪邸

紫 十的

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第三十四章 途方も無い企み

おもいあがり

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 声音が変わった事に、少し緊張する。

「何か?」
「112008748枚……それがお前達の作ろうとしている積層魔法陣の数だったはずだ」

 この人は何でも知っているな。もっとも、枚数については、ファラハを始めいろいろな人に伝えているから、知っていても不思議ではない。しかし、数に問題があるというのだろうか。

「そうですが、何か?」
「24日。俺の見立てでは、現状のまま進めば、あと24日で完成する」
「確かに、あと一ヶ月もあれば完成するでしょう」
「あれが完成すれば、準備が終わるはずだ。お前達の計画の準備は」

 確かに、協力者の事を考えなければ、それで終わりだ。
 だけど善意で集まった人達をあのままにして魔神を復活させるわけにはいかない。
 戦う準備、逃げる準備、それらは必要だ。
 時間的な制限がなければ、全員が国に戻るまで、復活させたくはない。

「それは……」

 オレは言いよどんでしまった。ここに来て、自分がやろうとしていることの恐ろしさを実感する。
 多くの文献にあった出来事、魔神復活。
 世界中で破壊をもたらす大災害。その引き金をオレは引こうとしている。
 災害を起こす計画。それでも、オレは立ち止まるつもりは無い。
 逃げる気も無い。

「ギャーッハッハッハッハ」

 オレが自分の考えをまとめて口にしようとしたとき、男が狂ったように笑いだした。

「そうか。そういう事か。ギャッハッハッハ。ギャハハッ、ギャハッハッハッハ!」

 何かに納得したかのように男が笑い、足をバタつかせる。

「まぁ、いい。ギャハハハハ。いいだろう。90日後だ。90日後の日が最も高く昇る頃、魔神は復活する。それと……せっかくだ。俺も、条件を出そう。条件だ! ギャハハハハハ!」

 ようやく笑うのを止めた男が、椅子越しにチラリとこちらをみて声をあげる。
 ここへ来て条件か。最初から条件無しというのは考えていなかったが、何を言われるのかと思うと身構えてしまう。

「条件ですか?」
「そうだな。全てが終わった後、勝利の祝典を開くことにした。そこに出席してもらう。それが条件だ」
「祝典でござるか?」
「あぁ、そうだ」

 ハロルドが眉根を寄せて聞き返した。
 祝典の出席?
 今までのやり取りから、この男がタダ者では無い事は分かっている。だから、何をいわれても仕方が無いと覚悟していた。でも、祝典の出席とは、意外な条件だ。

「それは何のあつまりでござるか?」
「まだ言えぬな。なぜならば、俺の正体にも関わることだ」
「それで納得しろと?」
「決めるのはハロルド、お前ではあるまい。だが、そうだな、主であるノアサリーナの事を考えると、お前の懸念はもっともだ。ではハロルド・オーク・ベアルドよ。お前がもしお前達の出席する祝典が主のためにならぬと考えたならば、拒否できる権限をやろう」
「拙者が?」
「そうだ。リーダでは無く、ハロルド、お前だ。それならば俺も安心できる。リーダに拒否できる権限を与えると、面倒くさいから出席しないなどと言われかねないからな、ギャッハッハッハ」
「代償は求めぬのでござるな?」
「もちろん、ギャッハッハッハ、求めるつもりは無い」
「ならば、拙者に異論は無い」

 ハロルドは笑う男に静かに答え、オレを見た。
 オレはグッと頷く。
 こちらの決心と裏腹に、軽い調子で話を進める男が気になるが、祝典に出席するだけであれば問題無い。もしヤバい集まりなら、ハロルドが拒否するだろう。

「わかりました。祝典に出席することを約束します」
「ギャッハッハ。では、決まりだ。それでは最後に、お前の思い上がりをただしておこう」

 思い上がり?
 男の言葉に疑問を持つが、彼はそんなオレの内心などお構いなしに言葉を続ける。

「お前は、90日と先の日付を指定した。それは何のためだ。どうせ、集まった民の事を考えての事だろう。民の安全を考えて、時間を取った」
「それが何か?」

 確かに男が言うとおりだ。オレは、集まってくれた人に準備するための時間が必要だと考えて日付を指定した。でも、それの何が思い上がりなのかわからない。

「まず1つ。魔神はいずれ復活する。お前の依頼があって、俺は復活を早める。だが責任を感じる必要は無い。なぜならば実行するのはお前では無い。俺だ。そして、むしろ、これは良い行いだ」
「良い?」
「勇者の軍は、世界中の精鋭を集めた軍だ。確かにそれは最強だろう。だが……寄せ集めにすぎん。一時は使命の為に、自らを押し殺したとて、そのような決意は摩耗する」
「決意が摩耗する」
「ギャッハッハッハ。そう、摩耗する。歴史をひもとけば、仲違いして足を引っ張り合う集団になりさがった事もある。特に、今回は、最終決戦という言葉に踊らされて早くに作りすぎた。予定通りに魔神が復活すれば、その頃には組織としての体など無かっただろう」

 組織としての勇者の軍が瓦解する前に戦う場を設けたから、良いことをしたと思えというのか。
 男の言うことは、なんとなくわかるが、だからと言って、良い行いなんて喜べるわけがないだろう。
 反応できず無言のオレに、男は言葉を続ける。

「そして2つめ。こちらが大事だ! 民の生き死に、お前がいかに思い悩もうとも、意味が無い事だ。世には役割がある。それはすでに完成された理だ。時間を惜しむお前に左右できる事柄では無い」
「そうは思いません」
「ギャッハッハッハ、そうか、それがお前の考えか。だが、それでもだ。世に生きる民の生死に責任を感じ、楽しむのは、王者の特権よ! 小人たるお前の領分ではない! それとも、お前は天の覇者を望もうとする者か?」

 明確に身分が存在する世界では、そんな考え方をするのか。
 だけど、オレには割り切ることは出来ない。
 まぁ、いいや。
 もう用は済んだ。

「いえ、そんなつもりはありません。要件は以上です。魔神復活の件をお願いします」

 オレは立ち去ることにした。
 対する男は「ギャッハッハッハ」と狂ったように笑いながら立ち上がった。
 そして、こちらを向き、椅子の背に片足を乗せてオレを見下ろした。
 暗がりの中で男の顔ははっきり見えない。ただ、長髪からのぞく片目に付けたモノクルがギラリと光を放っていた。

「あぁ、魔神復活は任せておけ。そして、お前が覇者を望むのであればくれてやろう。誰もがうらやむ大国の王の座であっても、俺ならば用意できる。不可能は無い。ギャッハッハッハ。ギャーハッハッハッハ!」

 言質をもらって立ち去るオレを引き留めることなく、男は両手を広げ笑いながら見送っていた。
 あの男が何を言おうが問題は無い。魔神復活の日は定まった。覚悟は出来ている。
 一歩、一歩、確実に進んでいる。

「ギャーッハッハッハ」

 立ち去るオレの背後から、狂ったような笑い声が響いた。
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