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「そうか、南のレビルナ国ではそんな事が」
「ええ。向こうの主食は食用花なんですが、此度の戦争で約70%が焼き切れてしまっていました」
夕食を終え談話室へと移動した後もお父様とヴィンセントは話し込んでいた。
「彼らは肉や魚をあまり食べません。救援物資を送った際もなかなか手を付けてくれなくて……唯一口にしてくれたのはトマトくらいです」
「何とかしてやれる方法はないだろうか……」
こういう時、私もお母様も静かに話を聞いている。
二人とも仕事モードの時はいつにも増して真剣で、そんな時間を邪魔してはダメだと分かっていた。
「シャロン」
「は、はい」
「君の意見を聞いても良いか?」
「わ、私ですか」
「うん」
ヴィンセントは優しげに微笑む。
「えっと……私だったら果物を多く送ります」
「果物?」
「ええ。トマトが好きというなら……ベリーはどうでしょう、栄養価は高いですしほどよい酸味もあるからきっと食べやすいと思います」
ぶつぶつと唱えるように話した後ハッとする。
(またやっちゃった……)
貴族の中には女が仕事に首を突っ込むのを良しとしない者が多くいる。それは女の戦場は社交界にこそあるという、何とも時代遅れな考え方がまだ残っているからだ。
(ヴィンセントがそうだとは思わないけど、それでもちょっとは嫌な気分をしたかも)
「そうか、果物か。その発想はなかったよ」
「え……っと」
「やはり君は優秀だね、ありがとう」
そう言ってまたヴィンセントは笑った。
怒っていない、むしろ感謝の言葉をかけてくれる。そんな優しさを見せつけられ私もつられるように微笑んだ。
「早速明日、国中の商家に連絡を入れます」
「私も手伝おう。公爵家の名前を存分に利用してくれて構わない、好きにやってみてくれ」
「ありがとうございます」
「ああ。……アルバートも君のように優秀だったのならどれほど良かっただろうか」
お父様はポツリと呟く。
「アルバートですか?そう言えば今日、ロットバレン公直々に呼んで下さったと聞いておりましたが……」
「ああ、また例の女のところだ」
「……エマですか」
ヴィンセントもまた苦い顔をする。
そしてしばらくして深いため息をついた。
「大変申し訳ございません。アレは昔から両親に甘やかされて育ったゆえに大事なものを履き違えているようです」
「全くだ。と言っても君が謝る事じゃない、悪いのはアルバートとそれを見て見ぬフリするキュレッド夫妻だろう?」
「……両親はエマを気に入ってますからね」
疲れ切った表情をする。きっとアルバートだけじゃなく両親にも振り回された人生を送って来たんだろう。
すると彼は私の方へ向き直り深く頭を下げる。
「シャロン、弟がした事とはいえ君に不快な思いをさせてしまった」
「そんなっ!ヴィンセントが謝らないで、私がちゃんとアルバートを管理できないのがいけないの」
「それは違うよ、例えどんな理由があろうとも、男として妻である女性を悲しませちゃいけない」
悲しそうに笑うヴィンセントに私も少し切なくなる。彼に自分の両親や弟を悪く言わせたくなかったのに。
「やっぱり……アイツには任せられないな」
「ん?」
「ロットバレン公、実は今回私が国に戻ってきたのには理由があります」
「何だ」
「シャロンと結婚させて下さい」
「えっ?!」
その爆弾発言で私は思わず立ち上がる。
(け、結婚?!だってヴィンセントには婚約者がいたはずだし、というか私はアルバートとまだ婚約してて、そもそも私のことどう思って!)
自分でも驚くほど動揺して頭が回らない。
それはお父様もお母様も一緒らしく、二人とも目を丸くして固まっていた。
「本当はちゃんとした場で君に伝えようと思ったんだけど、まさかこんな状況になってるなんて知らなかった」
「ま、待って!だって婚約者が居たんじゃ……」
「あー……実は結構前に破談になってる」
「ええっ?!」
破談?!
そんなのアルバートからは一言も聞いていない。
「どうしても好きな人がいる、そう告げると相手にも想っている相手がいたようでね。今じゃ他国で子供5人育ててるよ」
あっけらかんと答える姿のヴィンセントを呆然と見つめる。要するに彼は今独身で婚約者もいなくて、それで私の事を本気で……?
すると静かだったお父様は怪訝そうな顔をする。
「ヴィンセント、お前までシャロンを馬鹿にしているんじゃないだろうな?」
「そんな、全部本気です」
「……いやダメだ!いくらお前が優秀だとしても、もうキュレッド家の人間にシャロンを関わらせる事はしない!」
絞り出すように言うお父様。お母様も視線をそっと下に落とした。
二人は私の事を心配してくれている。
ヴィンセントが素敵な人だってことは分かってても、アーノルドの事がありなかなか受け入れられないのだ。
「……ロットバレン公、そして夫人。私はシャロンを愛しています、この気持ちは紛れもない真実でございます」
「ヴィンセント……」
「ご安心下さい。彼女のために私は家族を捨てまさ」
きっぱりとした口調で言い切る。
「本気か?」
「もちろん」
「……」
しばらく沈黙が続く。お父様は難しい顔をしながら腕を組んでいた。
(ヴィンセント、本気の目をしてる)
私のために彼は家督を捨てるという。
今まで家のために一生懸命やってきたのに、これでは全部水の泡になってしまう。
どうしたら良いか分からず俯いているとそれまで黙っていたお母様の明るい声が聞こえた。
「それなら安心ね!キュレッド家との縁も切れるし、優秀な息子が来てくれるなら万々歳だわ!」
「「へ?」」
あまりにもこの重い雰囲気に似つかないお母様に私もお父様もきょとんとしてしまう。
(流石お母様、切り替えが早いわ!)
「た、確かに名案だが!お前は心配じゃないのか?またシャロンが傷つくかもしれないんだぞ?!」
「あら、傷付けるつもりなの?」
ヴィンセントを見つめるお母様はニコッと笑う。その口元は確かに優しく笑っているが、目は鋭く彼の本心を確かめるようにじっと見つめる。
「あり得ません、もし彼女を泣かせるような事があればその時は俺を煮るなり焼くなり好きにして下さい」
はっきりとした物言いはアルバートにはないところで、こんなに真っ直ぐ想いを伝えられたのは生まれて初めてだ。
「シャロンはどうしたいの?」
「私は……」
チラッと見ればヴィンセントは優しく微笑んでくれた。アルバートとは違う、ちゃんと私と向き合ってくれる人。
「ヴィンセントと一緒に幸せになりたい」
そう言えば両親は顔を見合わせ、ようやく幸せそうに笑ってくれた。
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