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プロローグ ロリコン村の転生者
019 雪の降るある日の出会い
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セトが生まれてから二ヶ月程。瞬く間に過ぎた。
これまでにないぐらい慌ただしかった。
と言うのもセトの後、村の中で更に二人出産が続いたからだ。
その準備やら何やらもそうだが、お祝いの催しが凄かった。
実のところ少女化魔物は妊娠しにくいらしい。
村には百組程度の夫婦がいるが、年の一人生まれればいい方とのこと。
三人も生んだ母さんは非常に珍しいそうだ。
……正直、毎日のように致していれば、さもありなんという感じも俺にはあるが。
まあ、外見はほぼ同じとは言え人間とは別種族だし、元が魔物ということも考えれば子をなせるだけ奇跡的と言えるだろう。
ちなみに現在。俺より年上の子供はいないし、俺の下は弟達だけ。
去年、掟に従って村を出た子供はいたが、俺が生まれるまで七年子供が生まれず、俺が生まれてからは五年子供が生まれなかった計算になる。
にもかかわらず、この二ヶ月の間に三人も生まれたのだから、飲めや歌えやの宴会に明け暮れても仕方がない……と思う。
とは言え、元の世界で言えば山形県にあるヨスキ村。
二ヶ月経って冬が来ればドカ雪が降る。
除雪車も消雪道路もないもんだから尋常じゃなく積もる。
そうなれば、さすがに宴会をしている場合ではない。
大人は皆、雪かきやら、燃料や食料の備蓄やらで大忙しだ。
後者については、お祝いで消費しまくったから自業自得な感もあるけど。
「じゃあ、行ってきます」
「うむ。気をつけるのじゃぞ」
そんな中、俺は母さんに手を振って家を出た。
五歳児である俺にそんな仕事はない。
セトの世話を、と言っても生後二ヶ月だと大体寝てるしな。
子供を溺愛し、やる気に燃える母さんが一人で完璧にこなしてるし。
皆忙しい中ではちょっと罪悪感もあるが、子供の仕事は遊ぶことだ。
転生者であることを隠している以上、その役務を全うすべきだろう。
「ご、ご主人様、私も――」
「貴方は駄目です」
ついてこようとしたリクルの首根っこを掴んで止めるイリュファの気配を背後で感じながら、振り返らずに雪を踏みしめて歩いていく。
彼女達も今日は村全体の手伝いだ。
家の外で雪かきをしている大人をよく見かけるので鍛錬はなし。
子供らしく、久し振りに雪遊びだ。
少し外れの平地に行くと正に一面の雪景色で結構テンションが上がる。
動きにくいモコモコの防寒具もまた一興で、意識せずとも童心に返る。
純白の雪を踏み荒らしているだけでちょっと楽しい。
「さて。折角だから雪だるまでも作るか!」
少し気合を入れて雪を両手で掬う。
それを大玉の核とするために、球形に押し固めていると――。
「ん?」
何やら気配を感じ、俺は振り返った。
「え?」
そこには同い年ぐらいの幼い女の子がいた。
膝まで伸びる白銀に輝く髪を揺らし、同じく銀色の美しい瞳でこちらを見詰めている。
肌も白磁のようで、作りものめいた愛らしさがある。
その容姿は雪景色の中では特に幻想的で、この世のものとは思えない。
そんな彼女に目を奪われるなという方が無理難題だろう。
少しして完全に意識を囚われていた自分自身に気づき、ハッとして頭を振る。
「……君は、誰だ?」
そう問いながら、俺は思わず五歳児にあるまじき鋭い視線を向けてしまった。
この村には、現在俺と同い年ぐらいの子供はいない。
少女化魔物にしても幼過ぎる。
少女化魔物は少女であって幼女じゃないからな。ここは大事なポイントだ。
何よりも、子供の可愛らしさと女性の美しさが完全に調和した彼女の姿は、決して生身の人間が持つことができるものではない。
それ以前に白い靄を服代わりに纏ってるし。
そこからして明らかに普通の人間ではない。
恐らくは人間の、それも幼女の形をした魔物、というところだろう。
警戒心が強まる。
「誰……分からない。わたし、誰?」
しかし、そんな俺の視線を余所に、彼女はぼんやりとした自問を行うばかりだった。
その反応を見る限りでは、敵意のある存在のようには思えないが……。
「君は、何だ?」
「分からない。…………誰もわたしに気づかなかった。……あなたはわたしが見えるの?」
「あ、ああ。はっきりと」
戸惑いながら肯定する。
すると、彼女は「そう」と簡潔に呟きつつ、小さな笑みを見せた。
ジッと見詰めていなければ気づかないような本当に微かな表情の変化だった。
「分かってること、一つだけある。わたしの望み。わたしが見える人の友達になること」
「……友達?」
コクリと頷く女の子。それから彼女は小さな足取りで近づいてきた。
「わたしは、あなたの友達になりたい」
そして、上目遣いでそう言いながら女の子は手を差し出してきた。
その様子、その表情は純真潔白という感じだった。
だが、だからこそ若干なりとも世間擦れした人間にとっては怪しいことこの上ない。
後少し成長したら素晴らしい人外ロリになりそうだ、とか、友達になってフラグを重ねれば、とか人外ロリコンの俺に考えさせる辺り、狡猾な甘い罠としか思えない。
この世界なら悪魔の誘惑とか普通にありそうだしな。しかし――。
「友達、か」
逃げを打つのが正解だろうかと思いつつも、俺はその場に留まっていた。
久々に友達という単語を聞いたせいか、彼女の望みが強く心に響いてしまったからだ。
今生の俺には対等な友達が一人もいないからな。
「友達……だめ?」
その上、返答を待って徐々に不安が滲み始めた瞳と小さく震え出した手を見てしまっては、どうしても突き放すことはできない。
一つ小さく嘆息する。
危険性は……よくよく考えれば、ないだろう。
状況に戸惑ったせいで変に疑ってしまったが、掟を完遂した猛者たる大人達が村に害のある魔物の侵入を容易く許す訳がない。だから――。
「分かった。友達になろう」
俺は彼女の手を取った。
ひんやりと雪のような冷たさが手袋を介して伝わってくる。
「……あったかい。うれしい」
大切なものを得たかのように、もう一方の手を添えて俺の手を包む込む女の子。
先程までとは違い、顔にははっきりとした喜びの表情が浮かんでいる。
作りものめいた美しさが鳴りを潜め、今度は身近な愛らしさが現れる。
そんな彼女の様子を見ていると何となく胸が温かくなってきた。手は冷たいが。
「じゃあ、まずは自己紹介だな。俺はイサクだ。よろしくな」
「うん。よろしく、イサク」
俺の手を握ったまま嬉しそうに少女は笑った。
「で、えーっと、俺は君を何て呼べばいい?」
「名前、ない。だから、つけて?」
「俺がつけていいのか?」
「イサクにつけて欲しい」
期待するように上目遣いを向けてくる彼女に「よし」と気合を入れて考える。
「冬、白、雪、結晶……スノー……クリスタル……グレイシアル……うーん」
って、ヤバいな。変に考え過ぎると中二病な名前に引き寄せられてしまう。
駄目だ。シンプルに行こう。……でも、どうせだから日本語にしよう。
「決めた。君の名前は、サユキだ」
「サユキ?」
「遠い世界の言葉で、意味は……絹のように美しく積もった雪って感じかな」
「サユキ……わたし、サユキ」
嬉しそうに微笑む女の子改めサユキ。
何故だか急に存在感が強まった気がする。
曖昧だったものが確固とした何かを得たかのように。
その証明の如く、色がついたように彼女の表情は豊かになった。
「イサク、遊ぼ?」
「よし。じゃあ、一緒に雪だるまを作ろうか」
「うん」
楽しげに頷くサユキのあどけない笑顔を見ていると、釣られて俺の心も幼い頃に戻る。
気づけば、大きな雪だるまが二つ、三つ……。
そうやって彼女と共に時間も忘れて、正に子供のように無邪気に遊んでいると――。
「イサク様、お夕飯の時間ですよ」
気がつくと夕方になっていて、イリュファが俺を呼びに来た。時間の進みが早い。
彼女は俺の周りに五つもの等身大雪だるまが並んでいるのを見てか、微苦笑を浮かべた。いい年をして、という感じか。
しかし、すぐ隣にいるサユキに気づいている様子はない。
「イサク……帰っちゃうの?」
服の裾を掴み、上目遣いと共に寂しげに問うサユキ。
そんな目で見られると、何か罪悪感が凄い。が、強い意思を持って首を縦に振る。
「明日も、一緒に遊んでくれる?」
「それは勿論」
潤んだ瞳で見詰められては即答せざるを得ない。
間髪容れない俺の言葉に、サユキは表情をパッと明るくした。
そんな彼女の頭を柔らかく撫でる。
「イ、イサク様? 何を、されているのですか?」
サユキの言葉が正しければ、今彼女を認識できるのは俺一人。
傍から見れば、俺の一人芝居状態。
……うん。イリュファがこの世の終わりのような顔をするのも分からんでもない。
「ああ、その、何だ。後で説明するから。……また明日な、サユキ」
「うん」
素直に頷いたサユキは俺に背中を向けて駆け出していく。
そんな彼女を見送る途中で、その姿は世界に溶け込むように見えなくなってしまった。
やはり普通の人間ではなかったようだ。
「じゃあ、帰ろうか」
心配そうに見つめてくるイリュファを促すように言い、歩き出す。
精神状態を心配する彼女に、家への道すがらサユキについて説明しながら。
「ほ、ほう。雪妖精と友達になったのか」
話は当然のように母さん達にも伝わり、夕食時の話題になった。
ちなみに献立は普通に和食だ。雪国らしく漬物が多いが。
ご先祖様、ショウジ・ヨスキの影響が垣間見える。
それはともかくとして――。
「雪妖精?」
「う、うむ。魔物の一種じゃが、悪意がない精霊のような存在じゃ。冬の間だけ子供の前にのみ現れ、春の訪れと共に去っていく。よき子供の遊び相手として知られている」
「友達を求めて彷徨う可哀相な存在でもある。イサク、仲よくしてあげなさい」
母さんの言葉を引き継ぎ、今日は一緒に食卓を囲んでいる父さんが言う。
しかし、何故か表情が少し強張っていた。
母さんの方も口調がいつもより硬い、と言うか、ぎこちない。目も泳いでいるし。
「……なあ、イリュファ。何か父さんと母さん、反応おかしくなかったか?」
食事を終えて就寝の準備をしている時に、両親の反応についてイリュファに尋ねる。
それに対し、彼女は少し逡巡した後、一つ溜息をついて口を開いた。
「実を言うと雪妖精は性質の悪い魔物なのです」
「んん? 聞いた限り、そんな感じじゃなかったけど……」
「あれは子供向けの不完全な話です。確かに雪妖精は友達を求め、友達との温かい記憶によって春の訪れと共に溶けて消え去ります。しかし、友達を得られなかった、あるいは子供に虐げられた雪妖精は凶悪な魔物と化し、辺り一帯に春が来るのを妨げるのです」
「うえ!? そ、それは……責任重大だな」
「はい。そのような重圧を、そして偏見を与えないために、子供にはあのように一部分を意図的に隠した話をするのです」
なら俺にも言わんでおいてくれよ。
いや、まあ、そんなんで態度を変えるつもりはないけどさ。
「何より、仲よくなればなったで今度は別れが辛くなりますからね。どちらに転んでも迷惑な魔物ですよ。雪妖精は」
それは……そうかもしれない。けど、今更出会いをなかったことにはできない。
なら、もう開き直ってできるだけ多くの楽しい思い出を作るべきだ。
サユキの笑顔を思い浮かべながら、そう思う。
しかし、雪妖精は子供にしか見えないとなると、世界さんサイドから見れば俺は子供扱いな訳だ。
精神年齢よりも肉体年齢。こういう妙なルールが他にもあるかもしれない。
そこは注意すべきかもしれないな。
これまでにないぐらい慌ただしかった。
と言うのもセトの後、村の中で更に二人出産が続いたからだ。
その準備やら何やらもそうだが、お祝いの催しが凄かった。
実のところ少女化魔物は妊娠しにくいらしい。
村には百組程度の夫婦がいるが、年の一人生まれればいい方とのこと。
三人も生んだ母さんは非常に珍しいそうだ。
……正直、毎日のように致していれば、さもありなんという感じも俺にはあるが。
まあ、外見はほぼ同じとは言え人間とは別種族だし、元が魔物ということも考えれば子をなせるだけ奇跡的と言えるだろう。
ちなみに現在。俺より年上の子供はいないし、俺の下は弟達だけ。
去年、掟に従って村を出た子供はいたが、俺が生まれるまで七年子供が生まれず、俺が生まれてからは五年子供が生まれなかった計算になる。
にもかかわらず、この二ヶ月の間に三人も生まれたのだから、飲めや歌えやの宴会に明け暮れても仕方がない……と思う。
とは言え、元の世界で言えば山形県にあるヨスキ村。
二ヶ月経って冬が来ればドカ雪が降る。
除雪車も消雪道路もないもんだから尋常じゃなく積もる。
そうなれば、さすがに宴会をしている場合ではない。
大人は皆、雪かきやら、燃料や食料の備蓄やらで大忙しだ。
後者については、お祝いで消費しまくったから自業自得な感もあるけど。
「じゃあ、行ってきます」
「うむ。気をつけるのじゃぞ」
そんな中、俺は母さんに手を振って家を出た。
五歳児である俺にそんな仕事はない。
セトの世話を、と言っても生後二ヶ月だと大体寝てるしな。
子供を溺愛し、やる気に燃える母さんが一人で完璧にこなしてるし。
皆忙しい中ではちょっと罪悪感もあるが、子供の仕事は遊ぶことだ。
転生者であることを隠している以上、その役務を全うすべきだろう。
「ご、ご主人様、私も――」
「貴方は駄目です」
ついてこようとしたリクルの首根っこを掴んで止めるイリュファの気配を背後で感じながら、振り返らずに雪を踏みしめて歩いていく。
彼女達も今日は村全体の手伝いだ。
家の外で雪かきをしている大人をよく見かけるので鍛錬はなし。
子供らしく、久し振りに雪遊びだ。
少し外れの平地に行くと正に一面の雪景色で結構テンションが上がる。
動きにくいモコモコの防寒具もまた一興で、意識せずとも童心に返る。
純白の雪を踏み荒らしているだけでちょっと楽しい。
「さて。折角だから雪だるまでも作るか!」
少し気合を入れて雪を両手で掬う。
それを大玉の核とするために、球形に押し固めていると――。
「ん?」
何やら気配を感じ、俺は振り返った。
「え?」
そこには同い年ぐらいの幼い女の子がいた。
膝まで伸びる白銀に輝く髪を揺らし、同じく銀色の美しい瞳でこちらを見詰めている。
肌も白磁のようで、作りものめいた愛らしさがある。
その容姿は雪景色の中では特に幻想的で、この世のものとは思えない。
そんな彼女に目を奪われるなという方が無理難題だろう。
少しして完全に意識を囚われていた自分自身に気づき、ハッとして頭を振る。
「……君は、誰だ?」
そう問いながら、俺は思わず五歳児にあるまじき鋭い視線を向けてしまった。
この村には、現在俺と同い年ぐらいの子供はいない。
少女化魔物にしても幼過ぎる。
少女化魔物は少女であって幼女じゃないからな。ここは大事なポイントだ。
何よりも、子供の可愛らしさと女性の美しさが完全に調和した彼女の姿は、決して生身の人間が持つことができるものではない。
それ以前に白い靄を服代わりに纏ってるし。
そこからして明らかに普通の人間ではない。
恐らくは人間の、それも幼女の形をした魔物、というところだろう。
警戒心が強まる。
「誰……分からない。わたし、誰?」
しかし、そんな俺の視線を余所に、彼女はぼんやりとした自問を行うばかりだった。
その反応を見る限りでは、敵意のある存在のようには思えないが……。
「君は、何だ?」
「分からない。…………誰もわたしに気づかなかった。……あなたはわたしが見えるの?」
「あ、ああ。はっきりと」
戸惑いながら肯定する。
すると、彼女は「そう」と簡潔に呟きつつ、小さな笑みを見せた。
ジッと見詰めていなければ気づかないような本当に微かな表情の変化だった。
「分かってること、一つだけある。わたしの望み。わたしが見える人の友達になること」
「……友達?」
コクリと頷く女の子。それから彼女は小さな足取りで近づいてきた。
「わたしは、あなたの友達になりたい」
そして、上目遣いでそう言いながら女の子は手を差し出してきた。
その様子、その表情は純真潔白という感じだった。
だが、だからこそ若干なりとも世間擦れした人間にとっては怪しいことこの上ない。
後少し成長したら素晴らしい人外ロリになりそうだ、とか、友達になってフラグを重ねれば、とか人外ロリコンの俺に考えさせる辺り、狡猾な甘い罠としか思えない。
この世界なら悪魔の誘惑とか普通にありそうだしな。しかし――。
「友達、か」
逃げを打つのが正解だろうかと思いつつも、俺はその場に留まっていた。
久々に友達という単語を聞いたせいか、彼女の望みが強く心に響いてしまったからだ。
今生の俺には対等な友達が一人もいないからな。
「友達……だめ?」
その上、返答を待って徐々に不安が滲み始めた瞳と小さく震え出した手を見てしまっては、どうしても突き放すことはできない。
一つ小さく嘆息する。
危険性は……よくよく考えれば、ないだろう。
状況に戸惑ったせいで変に疑ってしまったが、掟を完遂した猛者たる大人達が村に害のある魔物の侵入を容易く許す訳がない。だから――。
「分かった。友達になろう」
俺は彼女の手を取った。
ひんやりと雪のような冷たさが手袋を介して伝わってくる。
「……あったかい。うれしい」
大切なものを得たかのように、もう一方の手を添えて俺の手を包む込む女の子。
先程までとは違い、顔にははっきりとした喜びの表情が浮かんでいる。
作りものめいた美しさが鳴りを潜め、今度は身近な愛らしさが現れる。
そんな彼女の様子を見ていると何となく胸が温かくなってきた。手は冷たいが。
「じゃあ、まずは自己紹介だな。俺はイサクだ。よろしくな」
「うん。よろしく、イサク」
俺の手を握ったまま嬉しそうに少女は笑った。
「で、えーっと、俺は君を何て呼べばいい?」
「名前、ない。だから、つけて?」
「俺がつけていいのか?」
「イサクにつけて欲しい」
期待するように上目遣いを向けてくる彼女に「よし」と気合を入れて考える。
「冬、白、雪、結晶……スノー……クリスタル……グレイシアル……うーん」
って、ヤバいな。変に考え過ぎると中二病な名前に引き寄せられてしまう。
駄目だ。シンプルに行こう。……でも、どうせだから日本語にしよう。
「決めた。君の名前は、サユキだ」
「サユキ?」
「遠い世界の言葉で、意味は……絹のように美しく積もった雪って感じかな」
「サユキ……わたし、サユキ」
嬉しそうに微笑む女の子改めサユキ。
何故だか急に存在感が強まった気がする。
曖昧だったものが確固とした何かを得たかのように。
その証明の如く、色がついたように彼女の表情は豊かになった。
「イサク、遊ぼ?」
「よし。じゃあ、一緒に雪だるまを作ろうか」
「うん」
楽しげに頷くサユキのあどけない笑顔を見ていると、釣られて俺の心も幼い頃に戻る。
気づけば、大きな雪だるまが二つ、三つ……。
そうやって彼女と共に時間も忘れて、正に子供のように無邪気に遊んでいると――。
「イサク様、お夕飯の時間ですよ」
気がつくと夕方になっていて、イリュファが俺を呼びに来た。時間の進みが早い。
彼女は俺の周りに五つもの等身大雪だるまが並んでいるのを見てか、微苦笑を浮かべた。いい年をして、という感じか。
しかし、すぐ隣にいるサユキに気づいている様子はない。
「イサク……帰っちゃうの?」
服の裾を掴み、上目遣いと共に寂しげに問うサユキ。
そんな目で見られると、何か罪悪感が凄い。が、強い意思を持って首を縦に振る。
「明日も、一緒に遊んでくれる?」
「それは勿論」
潤んだ瞳で見詰められては即答せざるを得ない。
間髪容れない俺の言葉に、サユキは表情をパッと明るくした。
そんな彼女の頭を柔らかく撫でる。
「イ、イサク様? 何を、されているのですか?」
サユキの言葉が正しければ、今彼女を認識できるのは俺一人。
傍から見れば、俺の一人芝居状態。
……うん。イリュファがこの世の終わりのような顔をするのも分からんでもない。
「ああ、その、何だ。後で説明するから。……また明日な、サユキ」
「うん」
素直に頷いたサユキは俺に背中を向けて駆け出していく。
そんな彼女を見送る途中で、その姿は世界に溶け込むように見えなくなってしまった。
やはり普通の人間ではなかったようだ。
「じゃあ、帰ろうか」
心配そうに見つめてくるイリュファを促すように言い、歩き出す。
精神状態を心配する彼女に、家への道すがらサユキについて説明しながら。
「ほ、ほう。雪妖精と友達になったのか」
話は当然のように母さん達にも伝わり、夕食時の話題になった。
ちなみに献立は普通に和食だ。雪国らしく漬物が多いが。
ご先祖様、ショウジ・ヨスキの影響が垣間見える。
それはともかくとして――。
「雪妖精?」
「う、うむ。魔物の一種じゃが、悪意がない精霊のような存在じゃ。冬の間だけ子供の前にのみ現れ、春の訪れと共に去っていく。よき子供の遊び相手として知られている」
「友達を求めて彷徨う可哀相な存在でもある。イサク、仲よくしてあげなさい」
母さんの言葉を引き継ぎ、今日は一緒に食卓を囲んでいる父さんが言う。
しかし、何故か表情が少し強張っていた。
母さんの方も口調がいつもより硬い、と言うか、ぎこちない。目も泳いでいるし。
「……なあ、イリュファ。何か父さんと母さん、反応おかしくなかったか?」
食事を終えて就寝の準備をしている時に、両親の反応についてイリュファに尋ねる。
それに対し、彼女は少し逡巡した後、一つ溜息をついて口を開いた。
「実を言うと雪妖精は性質の悪い魔物なのです」
「んん? 聞いた限り、そんな感じじゃなかったけど……」
「あれは子供向けの不完全な話です。確かに雪妖精は友達を求め、友達との温かい記憶によって春の訪れと共に溶けて消え去ります。しかし、友達を得られなかった、あるいは子供に虐げられた雪妖精は凶悪な魔物と化し、辺り一帯に春が来るのを妨げるのです」
「うえ!? そ、それは……責任重大だな」
「はい。そのような重圧を、そして偏見を与えないために、子供にはあのように一部分を意図的に隠した話をするのです」
なら俺にも言わんでおいてくれよ。
いや、まあ、そんなんで態度を変えるつもりはないけどさ。
「何より、仲よくなればなったで今度は別れが辛くなりますからね。どちらに転んでも迷惑な魔物ですよ。雪妖精は」
それは……そうかもしれない。けど、今更出会いをなかったことにはできない。
なら、もう開き直ってできるだけ多くの楽しい思い出を作るべきだ。
サユキの笑顔を思い浮かべながら、そう思う。
しかし、雪妖精は子供にしか見えないとなると、世界さんサイドから見れば俺は子供扱いな訳だ。
精神年齢よりも肉体年齢。こういう妙なルールが他にもあるかもしれない。
そこは注意すべきかもしれないな。
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