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プロローグ ロリコン村の転生者
028 激闘と涙
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「ア、アアアッ!」
拳が届く距離まで接近するより早く、叫びを上げる少女化魔物から風が放たれた。
後一歩が足りなかった。それだけの短過ぎる彼我の距離。
全力で間合いを詰めようとしていたが故の融通の利かない体勢。
ここから彼女の攻撃を無理に回避しようとすると、致命的な隙を晒しかねない。
それどころか直撃を受けかねない。
瞬時にそう判断し、拳を繰り出す勢いで打ち消そうとするが……。
「ぐ、ご、のっ」
衝撃の重さに負けて左腕を弾かれてしまった。
それでも、その勢いを利用する形で無理矢理間合いを取って体勢を立て直す。
襲撃者たるセイレーン(仮)の少女化魔物が持つ暴走・複合発露。
その効果たる祈念魔法無効化、複合発露弱体化の影響により、俺の〈擬竜転身〉が第四位階に弱体化しているにしても、威力に差があり過ぎだ。
だが、そもそもが母さんから受け継いだだけの複合発露。
位階は第五の下位相当。
弱体化し、第四位階の最下位ぐらいになっていると見るべきだろう。
それでも身体強化がある程度作用しているだけ、生身も同然で戦っていた大人達より遥かにマシな状況ではあるが。
対する敵。基本的な攻撃、羽ばたきが起こす風の位階は第四の上位。
イリュファの複合発露〈呪詛反転〉で威力が少し相殺されているはずだが、それでも俺の複合発露との差は大きい。
これ以上、迂闊に攻撃を受けるのは危険だ。
鈍い痛みが残り続けている左腕を一瞥し、回避主体の戦い方へと切り替える。
「ア、ウ、アアア」
そして俺はそれを実行するために、呻く少女化魔物を注視した。
顔立ちは間違いなく美しいはずだが、今は感情の暴走を示すように醜く歪んでいる。
まるで手負いの獣のような獰猛な表情だ。
彼女を隷属状態に陥らせている祈望之器狂化隷属の矢は、羽に変化した右腕の二の腕部分に前から射られたかのように突き刺さっている。
が、矢とは名ばかりらしく、棒の部分がイメージの四分の一程度しかない。
少なくともこれに関しては、手に持って突き刺すように改良されているのだろう。
「ウ、ウウウ」
そうやって隙を窺っていると、少女化魔物は犬歯を見せて威嚇するように唸り声を上げながら口を開いた。
警戒して身構える。
「三人ヲ……殺ス……アワヨクバ……ソレ以外モ……一人デモ多ク……殺ス」
彼女はおぞましく歪んだ顔つきのままブツブツと自身を隷属させている何者かが指示したらしき内容を口にし、そうかと思えば――。
「アアアアアアアアアアアッ!!」
突然絶叫し、それと共に再び風の塊を周囲に無数に撒き散らした。
理性的な行動、攻撃とは全く以て言えない。
無秩序な嵐を作り出そうとしているかのようだ。
周囲のいくつかの家に直撃し、全壊してしまったものもある。
砲弾飛び交う戦場を行く歩兵の気分だ。
「無茶苦茶だな、この!」
うまく次の攻撃に繋げるとか何も考えちゃいないのだろう。
だが、小奇麗な型で戦うイリュファの影と訓練してきた身には有効な部分もある。
全く動きが読めない。中々近づくことができない。
それでも何とか迫り来る無数のそれを避け続ける。
意図のある攻撃ではないが故に、一つ一つ冷静に順番に見極めていけば回避は不可能ではない。しかし――。
「ちっ」
無作為に放たれた風の塊。
その内の一つが会堂の中に飛び込みかねない軌道だった。
だから俺はすぐさま、未だに痺れている左腕を無理矢理に伸ばした。
掌で衝撃を受け、何とか軌道を逸らす。
しかし、そのせいで肩に大きな負荷がかかり、左腕全体に激痛が走った。
悲鳴も上げられない。ただ涙が勝手に滲む。
骨が折れたか、肩が外れたかしてしまったかもしれない。
左腕がだらりと垂れ、まともに動かすことができなくなる。
千切れなかっただけマシか。
「やってくれるな!」
狙った攻撃ではないだろう。だが、俺には効果的だ。
無論、命を懸けた戦いのさ中。
背後にいる傷ついて動けない人々への攻撃を卑怯と罵ることに意味はない。
罵倒すればやめてくれる訳ではないのだから。
ましてや理性を失っている存在相手なら尚更だ。
とは言え、諸々の理屈は抜きにして文句の一つは口にしたくもなる。
「どういう経緯でそうなったか知らないけど、悔しくないのか!」
正直、不合理なことを言っている自覚はある。
隷属の強さがどの程度のものかは分からないが、こればかりは少なくとも当人の意思でどうにかなるものではないだろう。
もし意識があるのなら悔しいに決まっている。
何にせよ、不平不満を言っても結局は状況が改善することはない。
しかし、会堂への流れ弾を気にしながら戦うとなると、左手を潰された今の俺では尚のこと厳しい状況になってしまう。
せめて祈念魔法が使えれば回復できるのだが……。
イリュファには格好をつけたが、余りにも想定が甘過ぎたか。
「イサク様! イサク様は一人ではありません! こちらへの攻撃は私達が何とか防ぎます! 目の前の敵だけに集中して下さい!」
と、正にその彼女の叫びが耳に届いた。
更に撒き散らされた攻撃を回避する中、一瞬だけ視線を向ける。
すると、イリュファとリクルがまだ無事な祈望之器を手に、会堂の裏手に空いた穴を塞ぐように立っていた。
イリュファにしっかりと鍛えて貰っただろうに初めての実戦だからかへっぴり腰気味になっているリクルの姿に、死の危険ある脅威を前にしながらつい苦笑する。
少しだけ気持ちに余裕が出る。
「ああ、任せた!」
だから俺はそう声を張り上げて返し、少女化魔物を改めて見据えた。
そして彼女の変化に気づく。
相変わらず美人が台なしな歪んだ顔。見開かれた目。そこから涙が溢れていた。
俺の言葉よりも俺達の姿が琴線に触れたように。
「……やっぱり」
悔しいんじゃないか。
今、ただ自分一人だけで無様に当たり散らしていることが。
己の体一つすら満足に動かせないことが。
たとえ体を操られ、感情をも歪ませられていたとしても。
意識を失っていたとしても。
誰かの心を全て塗り潰すことなど、それこそ神話に謳われるものと同じ力を持つ第六位階、本家本元のクピドの金の矢でもなければ無理な話だろう。
「ウ、ア、ウアア、アアアアアアアアアッ!!」
少女の目からは止めどなく涙が零れ落ち続ける。
それでも強制された行動を止めることはできず、絶叫しながら風の塊を飛ばし続ける。
憐れとしか言いようがない姿だ。
もっとも、それを見たから行動方針が変わるという訳ではない。
そもそも…………俺にとって彼女は、最初から助けるべき対象なのだから。
しかし、今の俺では二つ程足りないものがある。
恐らく今の状態でも、可能性は低いが相討ちを狙うことぐらいは不可能ではない。
防御を無視して突っ込む。それだけだ。
しかし、それでは誰も救われない。
少女は死ぬ。俺も死ぬ。
救世の転生者として俺が未来で救うことになっているだろう人々も死ぬ。
それはできない。
だから二つ足りない。
俺が少女を殺さないための、彼女の攻撃を全て潜り抜けた上で精密に狂化隷属の矢を掴んで引き抜くことができるぐらいの身体能力。
そして少女に俺を殺させないための、矢を引き抜く際にできるだろう一瞬の無防備をカバーできるだけの防御力、耐久力。
これらが必要不可欠だ。
後者は目星がついている。彼女の隙を突いて手にできるかは別にして。
だが、前者はまだだ。
この場に存在する全てから探し出さなければならない。
「……って、おい!」
そうこう考えていると少女は突然異なる行動を取り始め、俺は思わず目を見開いた。
羽ばたきと共に風の塊を撃つのをやめ、両手を広げたよりも小さな半径で旋回し出す。
「マジか!?」
同時に視認できる程の風の流れが生じ始め、竜巻の如き渦ができる。
感情を煽ったことで、彼女を隷属する者の指示が新たなフェーズにでも入ったのか。
あるいは、最初から手間取ったら別の手段に出るように設定されていたのか。
いずれにしても、恐らくこれが少女の最大の攻撃だろう。
何故なら、鋭く渦巻く風が刃の如くなって彼女自身を傷つけ始めているからだ。
羽にも体にも裂傷が急激に増えていく。
機先を制しようと突っ込めば、俺の方が全身を切り刻まれて死に至るだろう。
「このまま体当たりでもするつもりかよ」
正面から受けたら、これも間違いなく死ぬ。
回避したら、そのまま少女は会堂に突っ込むだろう。
いくらイリュファとリクルが盾を構えていると言っても、それごと粉々になるだけだ。
少女の旋回速度は徐々に増し、それに伴って渦の流れは激しくなる。
当然、傷も大きくなり、流れ出た血が風に乗って竜巻が薄く赤に染まる。
視覚的にも致命の一撃であることを容易く想像させる薄紅の旋風。
それを前に、二つ程足りないとか言っていた想定が完膚なきまでに打ち砕かれたのを肌で感じながら、俺はこの少女を含めた皆が生き残る術を探し続けた。
拳が届く距離まで接近するより早く、叫びを上げる少女化魔物から風が放たれた。
後一歩が足りなかった。それだけの短過ぎる彼我の距離。
全力で間合いを詰めようとしていたが故の融通の利かない体勢。
ここから彼女の攻撃を無理に回避しようとすると、致命的な隙を晒しかねない。
それどころか直撃を受けかねない。
瞬時にそう判断し、拳を繰り出す勢いで打ち消そうとするが……。
「ぐ、ご、のっ」
衝撃の重さに負けて左腕を弾かれてしまった。
それでも、その勢いを利用する形で無理矢理間合いを取って体勢を立て直す。
襲撃者たるセイレーン(仮)の少女化魔物が持つ暴走・複合発露。
その効果たる祈念魔法無効化、複合発露弱体化の影響により、俺の〈擬竜転身〉が第四位階に弱体化しているにしても、威力に差があり過ぎだ。
だが、そもそもが母さんから受け継いだだけの複合発露。
位階は第五の下位相当。
弱体化し、第四位階の最下位ぐらいになっていると見るべきだろう。
それでも身体強化がある程度作用しているだけ、生身も同然で戦っていた大人達より遥かにマシな状況ではあるが。
対する敵。基本的な攻撃、羽ばたきが起こす風の位階は第四の上位。
イリュファの複合発露〈呪詛反転〉で威力が少し相殺されているはずだが、それでも俺の複合発露との差は大きい。
これ以上、迂闊に攻撃を受けるのは危険だ。
鈍い痛みが残り続けている左腕を一瞥し、回避主体の戦い方へと切り替える。
「ア、ウ、アアア」
そして俺はそれを実行するために、呻く少女化魔物を注視した。
顔立ちは間違いなく美しいはずだが、今は感情の暴走を示すように醜く歪んでいる。
まるで手負いの獣のような獰猛な表情だ。
彼女を隷属状態に陥らせている祈望之器狂化隷属の矢は、羽に変化した右腕の二の腕部分に前から射られたかのように突き刺さっている。
が、矢とは名ばかりらしく、棒の部分がイメージの四分の一程度しかない。
少なくともこれに関しては、手に持って突き刺すように改良されているのだろう。
「ウ、ウウウ」
そうやって隙を窺っていると、少女化魔物は犬歯を見せて威嚇するように唸り声を上げながら口を開いた。
警戒して身構える。
「三人ヲ……殺ス……アワヨクバ……ソレ以外モ……一人デモ多ク……殺ス」
彼女はおぞましく歪んだ顔つきのままブツブツと自身を隷属させている何者かが指示したらしき内容を口にし、そうかと思えば――。
「アアアアアアアアアアアッ!!」
突然絶叫し、それと共に再び風の塊を周囲に無数に撒き散らした。
理性的な行動、攻撃とは全く以て言えない。
無秩序な嵐を作り出そうとしているかのようだ。
周囲のいくつかの家に直撃し、全壊してしまったものもある。
砲弾飛び交う戦場を行く歩兵の気分だ。
「無茶苦茶だな、この!」
うまく次の攻撃に繋げるとか何も考えちゃいないのだろう。
だが、小奇麗な型で戦うイリュファの影と訓練してきた身には有効な部分もある。
全く動きが読めない。中々近づくことができない。
それでも何とか迫り来る無数のそれを避け続ける。
意図のある攻撃ではないが故に、一つ一つ冷静に順番に見極めていけば回避は不可能ではない。しかし――。
「ちっ」
無作為に放たれた風の塊。
その内の一つが会堂の中に飛び込みかねない軌道だった。
だから俺はすぐさま、未だに痺れている左腕を無理矢理に伸ばした。
掌で衝撃を受け、何とか軌道を逸らす。
しかし、そのせいで肩に大きな負荷がかかり、左腕全体に激痛が走った。
悲鳴も上げられない。ただ涙が勝手に滲む。
骨が折れたか、肩が外れたかしてしまったかもしれない。
左腕がだらりと垂れ、まともに動かすことができなくなる。
千切れなかっただけマシか。
「やってくれるな!」
狙った攻撃ではないだろう。だが、俺には効果的だ。
無論、命を懸けた戦いのさ中。
背後にいる傷ついて動けない人々への攻撃を卑怯と罵ることに意味はない。
罵倒すればやめてくれる訳ではないのだから。
ましてや理性を失っている存在相手なら尚更だ。
とは言え、諸々の理屈は抜きにして文句の一つは口にしたくもなる。
「どういう経緯でそうなったか知らないけど、悔しくないのか!」
正直、不合理なことを言っている自覚はある。
隷属の強さがどの程度のものかは分からないが、こればかりは少なくとも当人の意思でどうにかなるものではないだろう。
もし意識があるのなら悔しいに決まっている。
何にせよ、不平不満を言っても結局は状況が改善することはない。
しかし、会堂への流れ弾を気にしながら戦うとなると、左手を潰された今の俺では尚のこと厳しい状況になってしまう。
せめて祈念魔法が使えれば回復できるのだが……。
イリュファには格好をつけたが、余りにも想定が甘過ぎたか。
「イサク様! イサク様は一人ではありません! こちらへの攻撃は私達が何とか防ぎます! 目の前の敵だけに集中して下さい!」
と、正にその彼女の叫びが耳に届いた。
更に撒き散らされた攻撃を回避する中、一瞬だけ視線を向ける。
すると、イリュファとリクルがまだ無事な祈望之器を手に、会堂の裏手に空いた穴を塞ぐように立っていた。
イリュファにしっかりと鍛えて貰っただろうに初めての実戦だからかへっぴり腰気味になっているリクルの姿に、死の危険ある脅威を前にしながらつい苦笑する。
少しだけ気持ちに余裕が出る。
「ああ、任せた!」
だから俺はそう声を張り上げて返し、少女化魔物を改めて見据えた。
そして彼女の変化に気づく。
相変わらず美人が台なしな歪んだ顔。見開かれた目。そこから涙が溢れていた。
俺の言葉よりも俺達の姿が琴線に触れたように。
「……やっぱり」
悔しいんじゃないか。
今、ただ自分一人だけで無様に当たり散らしていることが。
己の体一つすら満足に動かせないことが。
たとえ体を操られ、感情をも歪ませられていたとしても。
意識を失っていたとしても。
誰かの心を全て塗り潰すことなど、それこそ神話に謳われるものと同じ力を持つ第六位階、本家本元のクピドの金の矢でもなければ無理な話だろう。
「ウ、ア、ウアア、アアアアアアアアアッ!!」
少女の目からは止めどなく涙が零れ落ち続ける。
それでも強制された行動を止めることはできず、絶叫しながら風の塊を飛ばし続ける。
憐れとしか言いようがない姿だ。
もっとも、それを見たから行動方針が変わるという訳ではない。
そもそも…………俺にとって彼女は、最初から助けるべき対象なのだから。
しかし、今の俺では二つ程足りないものがある。
恐らく今の状態でも、可能性は低いが相討ちを狙うことぐらいは不可能ではない。
防御を無視して突っ込む。それだけだ。
しかし、それでは誰も救われない。
少女は死ぬ。俺も死ぬ。
救世の転生者として俺が未来で救うことになっているだろう人々も死ぬ。
それはできない。
だから二つ足りない。
俺が少女を殺さないための、彼女の攻撃を全て潜り抜けた上で精密に狂化隷属の矢を掴んで引き抜くことができるぐらいの身体能力。
そして少女に俺を殺させないための、矢を引き抜く際にできるだろう一瞬の無防備をカバーできるだけの防御力、耐久力。
これらが必要不可欠だ。
後者は目星がついている。彼女の隙を突いて手にできるかは別にして。
だが、前者はまだだ。
この場に存在する全てから探し出さなければならない。
「……って、おい!」
そうこう考えていると少女は突然異なる行動を取り始め、俺は思わず目を見開いた。
羽ばたきと共に風の塊を撃つのをやめ、両手を広げたよりも小さな半径で旋回し出す。
「マジか!?」
同時に視認できる程の風の流れが生じ始め、竜巻の如き渦ができる。
感情を煽ったことで、彼女を隷属する者の指示が新たなフェーズにでも入ったのか。
あるいは、最初から手間取ったら別の手段に出るように設定されていたのか。
いずれにしても、恐らくこれが少女の最大の攻撃だろう。
何故なら、鋭く渦巻く風が刃の如くなって彼女自身を傷つけ始めているからだ。
羽にも体にも裂傷が急激に増えていく。
機先を制しようと突っ込めば、俺の方が全身を切り刻まれて死に至るだろう。
「このまま体当たりでもするつもりかよ」
正面から受けたら、これも間違いなく死ぬ。
回避したら、そのまま少女は会堂に突っ込むだろう。
いくらイリュファとリクルが盾を構えていると言っても、それごと粉々になるだけだ。
少女の旋回速度は徐々に増し、それに伴って渦の流れは激しくなる。
当然、傷も大きくなり、流れ出た血が風に乗って竜巻が薄く赤に染まる。
視覚的にも致命の一撃であることを容易く想像させる薄紅の旋風。
それを前に、二つ程足りないとか言っていた想定が完膚なきまでに打ち砕かれたのを肌で感じながら、俺はこの少女を含めた皆が生き残る術を探し続けた。
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