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第1章 少女が統べる国と嘱託補導員
076 クラスの一悶着
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シモン先生の授業終了後。次の授業までの休憩時間。
今日の残りの授業は時間割を見る限り一般教養のみだったため、当初の予定では補導員事務局へと依頼などの確認に行こうかと思っていたのだが……。
シモン先生が退室した後もまだ教室の雰囲気が何となく硬く感じられ、俺は気配遮断の祈念魔法を維持しながらその場に留まって様子を見ていた。
そんな中――。
「おい」
その空気の元凶たるレギオが、未だに苛立ちの滲んだ声で乱暴に呼びかける。
直前の授業の中で自分に反論してきたラクラちゃんに、荒々しく近づきながら。
「何?」
対して、こちらも極めて不機嫌そうに素っ気なく応じる。
彼女は彼女でレギオへの鬱憤が溜まりに溜まっているようだ。
「いつもいつも突っかかってきやがって」
「はあ? 毎回キミが馬鹿げたことばかり言うからでしょ?」
「何だと!?」
心底蔑むような視線を向けるラクラちゃんに、レギオは声を荒げて眉を吊り上げる。
「俺はな。絶対に強くならなきゃいけないんだ! そのために、わざわざこんな辺境の小さな島国にまで来てるんだよ!!」
「あっそ。だから?」
「お前らみたいな低レベルな奴らに合わせてたら、いつまで経っても強くなれないだろうが! 雑魚が邪魔するんじゃねえよ!」
ラクラちゃんにだけではなく、クラス全体に言い放つように口汚く叫ぶレギオ。
当然、他のクラスメイト達は眉をひそめるが、彼は歯牙にもかけない。
態度は余りにも酷いが、強くなりたいという意志が鋼のように固いことだけは確かに感じられる。態度は余りにも酷いが。
フレギウスの名を持ちながら、決して友好関係にある訳ではないこの国に留学していることと言い、何かしら深い事情があるのかもしれない。
勿論、それと印象の悪さは何の関係もないが。
「分からない人。数多くの優秀な少女征服者を輩出したホウゲツ学園のカリキュラムなんだよ? 遠回りに見えたって、これが最善最短の道に決まってるじゃない」
優秀なロリコンを輩出している。
耳で聞くと相変わらず聞こえが悪いが、実際ラクラちゃんの言う通りだ。
高名な少女征服者は一部を除き、ほとんどがホウゲツ学園出身だし、少女征服者全体の平均レベルにおいても他国のいかなる教育機関よりも遥かに優れていると聞く。
何だかんだと言って、学校のカリキュラムは先人が工夫を重ねて作り上げたもの。
勿論、盲目に信じるのもまずいかもしれないが、一定の根拠があるのは間違いない。
少なくとも、レギオのような子供の判断よりは正しいはずだ。
「そんなもの、弱っちい奴をそこそこにするためのカリキュラムだろうが!」
とは言え、レギオの発言もこれだけを切り取れば正しい側面もある。
本当に優秀な人間は勝手に育つ。本物の天才を作ることはできない。
最大多数を一定の基準まで教育することが、カリキュラムの目的だ。
ただし――。
「君もその弱っちい奴なんだから、ちゃんと従った方がいいんじゃない?」
ここでグダグダ言っている人間が、天才に分類される一握りの存在のはずがない。
凡百の人間が喚いても、今回のケースのように失笑を買うだけだ。
……しかし、ラクラちゃんも相当頭に来ているのか、思いっ切り煽り返すな。
剛速球もいいところだ。
「何、だと?」
いかにも煽り耐性の低そうなレギオは、顔を湯が沸かせそうな程に赤くしている。
これはちょっとまずいかもしれない。
口だけでなく、手まで出そうな気配だ。
とは言え、あくまでも子供同士の喧嘩。
口論の段階で、保護者的な立ち位置からとめにかかるのは少し躊躇われる。
いきなり気配遮断を解除して介入したら、不審者扱いされる可能性もあるし。
とりあえず少し距離を詰めて、何があっても即座に対処できるようにはしておく。
「俺が……弱い?」
と、レギオは怒りの滲んだ声と共に体をわなわなと震わせる。
その姿は正に噴火寸前という様相で――。
「ふざけるな!」
次の瞬間、彼は激昂しながら、その身に変化を生じさせた。
「え?」
それを前にラクラちゃんは驚き、僅かに怯んだような様子を見せる。
と言うのも、レギオの体が赤く発光し、その右手からは炎が噴出し始めたからだ。
「複合発露を持たずに生まれた男。そもそも持つ可能性すらない女。俺はそんな持たざる者とは違う!」
更に彼はそう続けると共に、炎を束ねて火の槍の如く研ぎ澄ます。
教室のど真ん中で攻撃の複合発露を発動させたレギオに、生徒達が騒がしくなる。
「……どうやら、火精の少女化魔物を母親に持つようですね」
その喧噪に紛れるように、影の中からそう声を潜めて推測を口にするイリュファ。
ヒメ様達よりは遥かに若いとは言え、百余歳。
似た複合発露を母親の少女化魔物から受け継いだ人間を、数多く見てきたのだろう。
「傍流でしかないこの身。主流へと躍り出るための、起死回生の父上の策。俺を生み出すために資産の大半をつぎ込んだんだ。失敗は許されない!」
更に自分に言い聞かせるように続けるレギオ。
「……成程。同情する気はありませんが、騙されたのでしょうね」
その声を聞きながら、イリュファがポツリと呟く。
「フレギウス王国なら、火精の少女化魔物は二束三文です」
少女祭祀国家ホウゲツとフレギウス王国が友好的でない理由の一つ。
それは少女化魔物の隷属と売買が行われているからだ。
勿論、公然と、罰則もなくなされている訳ではない。
しかし、黙認され、金銭での取引が横行しているのが現実だ。
「クピドの金の矢、だったか……」
「ええ」
勿論、真性少女契約を結ばなければ、少女化魔物に子供はできない。
だが、相手の感情を操作できる、かの祈望之器。
オリジナルは既に破壊されているため、複製品だが……。
狂愛隷属の矢と呼ばれる、この国では違法以外の何ものでもない祈望之器を使用すれば少女化魔物の感情を無視することは不可能ではない。
人外ロリならずとも、意思ある存在にそのような仕打ち。心底、気に食わないが。
「……少女契約を結んだ少女化魔物には効果ないんだったよな?」
「はい。少なくとも狂愛隷属の矢に関しては、現存するものは第四位階以下のもののはずですので。過去の救世の転生者が第五位階以上は破壊し尽くしていますから」
念のための確認に、イリュファが肯定すると共に理由を補足する。
人格を歪める危険な道具。
過去の彼らもまた俺と同じく、いや、当時は実在していたのだから、それ以上の危惧を抱いて既に対処してくれていた訳だ。
「俺は強くならなくちゃいけない。父上のためにも。けどな、俺はお前らみたいな雑魚とは違うんだ!!」
……こいつ。もしかすると父親が騙されたことに気づいているのかのしれないな。
強迫観念染みた言動から、何となくそう感じる。
「証明してやる!」
俺がそんなことを考えている間に、レギオは右手に作り出した火の槍をラクラちゃんへと投げつけようとしていた。
対するラクラちゃんは、まさか同級生がそこまで愚かな行動に出るとは思わなかったようで、虚を突かれたように全く身動きできずにいた。
そんな状況を前にしながら俺は動くことなく、放たれた攻撃は彼女に迫る。
勿論、イリュファとの会話に集中する余り、見過ごしてしまった訳ではない。
視界に映る情報を総合し、今この場は手を出すべきではないと判断したからだ。
「させない!」
次の瞬間、レギオが複合発露を発動させた段階で身構えていた我が弟セトが、ラクラちゃんへと駆け寄り、彼女を抱えるようにして共に射線上から逃れる。
「お前……!!」
そして、火の槍が教室の壁にぶち当たった音を背に受けながら、セトはラクラちゃんを守るように肩を抱き、一層顔を歪ませているレギオと対峙したのだった。
今日の残りの授業は時間割を見る限り一般教養のみだったため、当初の予定では補導員事務局へと依頼などの確認に行こうかと思っていたのだが……。
シモン先生が退室した後もまだ教室の雰囲気が何となく硬く感じられ、俺は気配遮断の祈念魔法を維持しながらその場に留まって様子を見ていた。
そんな中――。
「おい」
その空気の元凶たるレギオが、未だに苛立ちの滲んだ声で乱暴に呼びかける。
直前の授業の中で自分に反論してきたラクラちゃんに、荒々しく近づきながら。
「何?」
対して、こちらも極めて不機嫌そうに素っ気なく応じる。
彼女は彼女でレギオへの鬱憤が溜まりに溜まっているようだ。
「いつもいつも突っかかってきやがって」
「はあ? 毎回キミが馬鹿げたことばかり言うからでしょ?」
「何だと!?」
心底蔑むような視線を向けるラクラちゃんに、レギオは声を荒げて眉を吊り上げる。
「俺はな。絶対に強くならなきゃいけないんだ! そのために、わざわざこんな辺境の小さな島国にまで来てるんだよ!!」
「あっそ。だから?」
「お前らみたいな低レベルな奴らに合わせてたら、いつまで経っても強くなれないだろうが! 雑魚が邪魔するんじゃねえよ!」
ラクラちゃんにだけではなく、クラス全体に言い放つように口汚く叫ぶレギオ。
当然、他のクラスメイト達は眉をひそめるが、彼は歯牙にもかけない。
態度は余りにも酷いが、強くなりたいという意志が鋼のように固いことだけは確かに感じられる。態度は余りにも酷いが。
フレギウスの名を持ちながら、決して友好関係にある訳ではないこの国に留学していることと言い、何かしら深い事情があるのかもしれない。
勿論、それと印象の悪さは何の関係もないが。
「分からない人。数多くの優秀な少女征服者を輩出したホウゲツ学園のカリキュラムなんだよ? 遠回りに見えたって、これが最善最短の道に決まってるじゃない」
優秀なロリコンを輩出している。
耳で聞くと相変わらず聞こえが悪いが、実際ラクラちゃんの言う通りだ。
高名な少女征服者は一部を除き、ほとんどがホウゲツ学園出身だし、少女征服者全体の平均レベルにおいても他国のいかなる教育機関よりも遥かに優れていると聞く。
何だかんだと言って、学校のカリキュラムは先人が工夫を重ねて作り上げたもの。
勿論、盲目に信じるのもまずいかもしれないが、一定の根拠があるのは間違いない。
少なくとも、レギオのような子供の判断よりは正しいはずだ。
「そんなもの、弱っちい奴をそこそこにするためのカリキュラムだろうが!」
とは言え、レギオの発言もこれだけを切り取れば正しい側面もある。
本当に優秀な人間は勝手に育つ。本物の天才を作ることはできない。
最大多数を一定の基準まで教育することが、カリキュラムの目的だ。
ただし――。
「君もその弱っちい奴なんだから、ちゃんと従った方がいいんじゃない?」
ここでグダグダ言っている人間が、天才に分類される一握りの存在のはずがない。
凡百の人間が喚いても、今回のケースのように失笑を買うだけだ。
……しかし、ラクラちゃんも相当頭に来ているのか、思いっ切り煽り返すな。
剛速球もいいところだ。
「何、だと?」
いかにも煽り耐性の低そうなレギオは、顔を湯が沸かせそうな程に赤くしている。
これはちょっとまずいかもしれない。
口だけでなく、手まで出そうな気配だ。
とは言え、あくまでも子供同士の喧嘩。
口論の段階で、保護者的な立ち位置からとめにかかるのは少し躊躇われる。
いきなり気配遮断を解除して介入したら、不審者扱いされる可能性もあるし。
とりあえず少し距離を詰めて、何があっても即座に対処できるようにはしておく。
「俺が……弱い?」
と、レギオは怒りの滲んだ声と共に体をわなわなと震わせる。
その姿は正に噴火寸前という様相で――。
「ふざけるな!」
次の瞬間、彼は激昂しながら、その身に変化を生じさせた。
「え?」
それを前にラクラちゃんは驚き、僅かに怯んだような様子を見せる。
と言うのも、レギオの体が赤く発光し、その右手からは炎が噴出し始めたからだ。
「複合発露を持たずに生まれた男。そもそも持つ可能性すらない女。俺はそんな持たざる者とは違う!」
更に彼はそう続けると共に、炎を束ねて火の槍の如く研ぎ澄ます。
教室のど真ん中で攻撃の複合発露を発動させたレギオに、生徒達が騒がしくなる。
「……どうやら、火精の少女化魔物を母親に持つようですね」
その喧噪に紛れるように、影の中からそう声を潜めて推測を口にするイリュファ。
ヒメ様達よりは遥かに若いとは言え、百余歳。
似た複合発露を母親の少女化魔物から受け継いだ人間を、数多く見てきたのだろう。
「傍流でしかないこの身。主流へと躍り出るための、起死回生の父上の策。俺を生み出すために資産の大半をつぎ込んだんだ。失敗は許されない!」
更に自分に言い聞かせるように続けるレギオ。
「……成程。同情する気はありませんが、騙されたのでしょうね」
その声を聞きながら、イリュファがポツリと呟く。
「フレギウス王国なら、火精の少女化魔物は二束三文です」
少女祭祀国家ホウゲツとフレギウス王国が友好的でない理由の一つ。
それは少女化魔物の隷属と売買が行われているからだ。
勿論、公然と、罰則もなくなされている訳ではない。
しかし、黙認され、金銭での取引が横行しているのが現実だ。
「クピドの金の矢、だったか……」
「ええ」
勿論、真性少女契約を結ばなければ、少女化魔物に子供はできない。
だが、相手の感情を操作できる、かの祈望之器。
オリジナルは既に破壊されているため、複製品だが……。
狂愛隷属の矢と呼ばれる、この国では違法以外の何ものでもない祈望之器を使用すれば少女化魔物の感情を無視することは不可能ではない。
人外ロリならずとも、意思ある存在にそのような仕打ち。心底、気に食わないが。
「……少女契約を結んだ少女化魔物には効果ないんだったよな?」
「はい。少なくとも狂愛隷属の矢に関しては、現存するものは第四位階以下のもののはずですので。過去の救世の転生者が第五位階以上は破壊し尽くしていますから」
念のための確認に、イリュファが肯定すると共に理由を補足する。
人格を歪める危険な道具。
過去の彼らもまた俺と同じく、いや、当時は実在していたのだから、それ以上の危惧を抱いて既に対処してくれていた訳だ。
「俺は強くならなくちゃいけない。父上のためにも。けどな、俺はお前らみたいな雑魚とは違うんだ!!」
……こいつ。もしかすると父親が騙されたことに気づいているのかのしれないな。
強迫観念染みた言動から、何となくそう感じる。
「証明してやる!」
俺がそんなことを考えている間に、レギオは右手に作り出した火の槍をラクラちゃんへと投げつけようとしていた。
対するラクラちゃんは、まさか同級生がそこまで愚かな行動に出るとは思わなかったようで、虚を突かれたように全く身動きできずにいた。
そんな状況を前にしながら俺は動くことなく、放たれた攻撃は彼女に迫る。
勿論、イリュファとの会話に集中する余り、見過ごしてしまった訳ではない。
視界に映る情報を総合し、今この場は手を出すべきではないと判断したからだ。
「させない!」
次の瞬間、レギオが複合発露を発動させた段階で身構えていた我が弟セトが、ラクラちゃんへと駆け寄り、彼女を抱えるようにして共に射線上から逃れる。
「お前……!!」
そして、火の槍が教室の壁にぶち当たった音を背に受けながら、セトはラクラちゃんを守るように肩を抱き、一層顔を歪ませているレギオと対峙したのだった。
応援ありがとうございます!
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