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第1章 少女が統べる国と嘱託補導員
082 幽霊目撃談の出どころ
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「とりあえず、その話。詳しく聞かせて下さいますか?」
元の世界で生きていた時ならいざ知らず、人の思念が影響力を持つこの世界ならば幽霊の存在も頭ごなしには否定できない。
そもそも俺自身、一度死んで転生している訳だしな。
幽霊の一つや二つ存在してもおかしくはない。
幽霊を見たなどと言う眉唾な話も、調査する価値はある。
「リヴェスさん。私からもお願いします!」
「勿論いいわよ、と言いたいところだけれど……私も幽霊を見たって以上のことは知らないの。本人から直接聞いた方がいいんじゃないかしら」
「本人から?」
「そうそう。丁度あそこのテーブル席で食事してるわ」
リヴェスさんの視線を辿ると、一人の男性がパートナーの少女化魔物と思しき少女と共に、俺達と同じ特選カレーライスを食べていた。
こちらと違うのは、酒と思しき飲みものが置かれている点か。
「……分かりました。そうします」
リヴェスさんに頷き、彼らが食事を終えて一息つくのを見計らって席を立つ。
背後でルトアさんも続いて立ち上がるのを感じながら、俺はその男女へと近づいた。
「すみません」
「ん?」
テーブル席の傍まで行き、声をかけると彼らは不審そうに顔を上げる。
男性はシニッドさんに似た筋骨隆々とした大男。髪はフサフサだ。
少女の方は少しきつい目つきの、虎を思わせるような筋肉質な少女化魔物だった。
初対面だが、何となく不機嫌そうだ。
「子供が俺達に何の用だ?」
「あ、はい。実は幽霊を見たという話について、お聞きしたいのですが――」
「……てめえも俺達を馬鹿にしに来たのか?」
俺の言葉に一層機嫌を悪くし、こちらを睨みつける男性。
少女化魔物の方もパートナーに合わせるように目つきを鋭くする。
「ひ、ひえっ」
二人の視線にルトアさんが小さく悲鳴を上げ、怯えて俺の背中に隠れようとする。
残念ながら俺の方がまだ背が小さいため、微妙にはみ出てしまっているが。
「いえ、そんなつもりは……」
「なら、どういうつもりなんだ」
「実はある事件の調査をしておりまして、貴方の話がそれに関係している可能性があるので情報を頂きたいのです」
「調査? お前みたいな子供が? からかってるのか?」
若干慌て気味にした弁明は、どうやら逆効果になってしまったようだ。
世知辛い話だが、やはり社会においては見た目というものは重要だ。
子供の外見と大人の外見では当然ながら信用度が全く違う。
「何かの遊びなら、さっさと謝った方がいいよ。この人、最近虫の居所が悪いからね」
と、彼の隣の少女化魔物から忠告される。
一応、彼女は俺を気遣ってくれているらしい。悪い人ではなさそうだ。
そんな人のパートナーなのだから、男性の方も本来は真っ当な人柄だったに違いない。
客観的に見て、不躾な真似をしているのはこちらだろうしな。
俺の見てくれだと、馬鹿にしているようにしか見えないし。
信用できないのも理解できる。
いずれにせよ、証拠も出さずにうだうだ問答を続けるのは不義理というものだ。
「これでも、俺も少女征服者、ホウゲツ学園の嘱託補導員です」
と言う訳で、影の中から身分証を取り出して提示する。
「なっ!?」
「嘱託補導員……それもA級!? 本物?」
当然ながら驚愕を顕にする二人。
……証明として見せたが、偽装と思われる可能性もあるか?
「ホウゲツ学園の補導員事務局員である私が保証します! それに身分証の偽造は重罪です! 貴方がたもご存知のはずです!」
成程。行為のリスクが相当高いとすれば、偽造は疑われにくいか。
未だ俺の陰に隠れながら口にしたルトアさんのフォローにそう思う。
そのリスクを恐れない人間ならば、相応の実力は持っていそうなものでもあるし。
「……まあ、A級補導員ってのは理解した。だが、わざわざ補導員に依頼が来るような事件の調査。A級程度で受けられるはずがないだろう」
「A級レベルなら警察にだって普通にいる訳だしね」
今度は調査をしているという部分に疑いを向けられてしまったようだ。
しかし、さすがに救世の転生者だからとは言えないしな。
はてさて、どう答えたものやら。
「彼は期待の新人ですから!」
一瞬迷っていると、ルトアさんが誇らしげに言う。
俺の背中から少し顔を出しながら。
「だったら、力を見せて貰おうか」
そんな彼女の言葉に男は表情を険しくすると、複合発露を発動させたようだった。
一瞬にして、全身に虎のような特徴が現れ始める。
これもまたシニッドさんに似た、身体強化系の複合発露か。
「真・複合発露ですか」
「ああ。亜人(ウェアタイガー)の少女化魔物であるコイツとの真・複合発露〈虎威発現・覚醒〉だ」
言われて女性を見ると、彼女もまた同じく虎人間、人虎のような姿となっていた。
……身体強化系は種が割れても純粋に強いからな。
大っぴらに能力を明かしても不都合はない部類に入る。
「俺達はフリーの補導員だが、ランクはS級だ。その俺達が納得できるだけの力を――」
恐らく、見せてみろ、と続けたかったに違いない。
だが、彼らは立ち上がろうとした体勢で動きを止め、口を噤んでしまった。
驚愕で目を見開きながら。
「お前、何を――」
「ガ、ガイオ! 足が……」
パートナーの女性に言われ、ガイオと呼ばれた男性は自身の足を見た。
ふとももの辺りから足の裏、店の床まで完全に凍りついている。
サユキとの真性少女契約によって得た力。
真・複合発露〈万有凍結・封緘〉によって。
「く、この」
彼らは力任せに氷を破壊して自由を取り戻そうとするが、同じ位階ならば基本的には俺の方がイメージ力で優位にある。
虎の如く鋭い爪も体勢とテーブルとの位置関係的に叩きつけることができず、二人はなす術もなく、その場から一歩も動くことができないでいるようだった。
「すみません。身体強化系の複合発露は今一なので」
やがて諦めて足掻くのをやめたのを確認してから、そう言いながら凍結を解除する。
すると、ほぼ同時に彼らも複合発露を解き、微妙に不機嫌そうにしつつ腰を下ろした。
「……どうやら伊達じゃなかったみたいだな。悪かった」
そうして素直に頭は下げるガイオさん(仮)。
「ごめんなさいね。いたずらに噂を広められたくなかったから」
同様に、少女化魔物の彼女もまた申し訳なさそうに謝罪を口にした。
どうやら調査と謳って話を聞き、面白おかしく吹聴する輩かと疑われていたようだ。
何だか荒れている様子だったのは、そんな感じで風聞が広まって風評被害のようなものを受けていたからなのかもしれない。
警戒するのも当然か。
だが、一先ず疑いは晴れたらしい。
「ところで、ここってどんなお酒がおいしんですか?」
「何だ。藪から棒に。……まあ、基本は清酒やビール、米や麦の焼酎だが、最近は蜜酒が流行ってるらしい。俺は清酒の方が好きだがな」
「私は蜜酒が好きよ」
蜂蜜酒ではなく蜜酒。
ヘイズルーンの少女化魔物であるハルさんの蜜から作ったのだろう。
一体どうやって生成しているのかは分からないが……今はそれはいい。
「成程。ルトアさん、リヴェスさんに――」
「はい! 清酒と蜂蜜酒ですね!」
「お、おい」
「情報料です。経費として上に請求しますので気にしないで下さい」
酒場で情報を収集するなら奢りは定番。
まだ補導員としての給料が出ていないので、この場は母さんがくれたなけなしの小遣いから出すが、事件の調査の一環なのでトリリス様に払って貰おう。
「それでええと、ガイオさんでよろしかったでしょうか」
「ああ。こっちは俺のパートナーのタイルだ」
「よろしく」
ガイオさんの紹介に、軽く微笑むタイルさん。
筋肉質な体と相まって、頼もしいという感じの印象が先立つ。
「よろしくお願いします。俺はイサク・ファイム・ヨスキと言います。先程身分証をお見せした通り、ホウゲツ学園の嘱託補導員をしています」
「ヨスキ、か。どうりで」
「と言うか、ファイムって言うとあのジャスターの……」
自己紹介すると、二人はより一層納得したような反応を示した。
……どうやら父さんや母さんの名前の方が、ホウゲツ学園の身分証よりも影響力が強いらしい。さすがに呆れ気味に苦笑いしてしまう。
とは言え、それについては一先ず脇に置いておこう。
「それでその、幽霊を見たという話についてですが……」
「ああ…………まあ、酒も奢ってくれる訳だしな。話してやるよ」
「ありがとうございます」
そうして俺はすっかり落ち着いた風のガイオさんに頭を下げ、彼の話に耳を傾けた。
元の世界で生きていた時ならいざ知らず、人の思念が影響力を持つこの世界ならば幽霊の存在も頭ごなしには否定できない。
そもそも俺自身、一度死んで転生している訳だしな。
幽霊の一つや二つ存在してもおかしくはない。
幽霊を見たなどと言う眉唾な話も、調査する価値はある。
「リヴェスさん。私からもお願いします!」
「勿論いいわよ、と言いたいところだけれど……私も幽霊を見たって以上のことは知らないの。本人から直接聞いた方がいいんじゃないかしら」
「本人から?」
「そうそう。丁度あそこのテーブル席で食事してるわ」
リヴェスさんの視線を辿ると、一人の男性がパートナーの少女化魔物と思しき少女と共に、俺達と同じ特選カレーライスを食べていた。
こちらと違うのは、酒と思しき飲みものが置かれている点か。
「……分かりました。そうします」
リヴェスさんに頷き、彼らが食事を終えて一息つくのを見計らって席を立つ。
背後でルトアさんも続いて立ち上がるのを感じながら、俺はその男女へと近づいた。
「すみません」
「ん?」
テーブル席の傍まで行き、声をかけると彼らは不審そうに顔を上げる。
男性はシニッドさんに似た筋骨隆々とした大男。髪はフサフサだ。
少女の方は少しきつい目つきの、虎を思わせるような筋肉質な少女化魔物だった。
初対面だが、何となく不機嫌そうだ。
「子供が俺達に何の用だ?」
「あ、はい。実は幽霊を見たという話について、お聞きしたいのですが――」
「……てめえも俺達を馬鹿にしに来たのか?」
俺の言葉に一層機嫌を悪くし、こちらを睨みつける男性。
少女化魔物の方もパートナーに合わせるように目つきを鋭くする。
「ひ、ひえっ」
二人の視線にルトアさんが小さく悲鳴を上げ、怯えて俺の背中に隠れようとする。
残念ながら俺の方がまだ背が小さいため、微妙にはみ出てしまっているが。
「いえ、そんなつもりは……」
「なら、どういうつもりなんだ」
「実はある事件の調査をしておりまして、貴方の話がそれに関係している可能性があるので情報を頂きたいのです」
「調査? お前みたいな子供が? からかってるのか?」
若干慌て気味にした弁明は、どうやら逆効果になってしまったようだ。
世知辛い話だが、やはり社会においては見た目というものは重要だ。
子供の外見と大人の外見では当然ながら信用度が全く違う。
「何かの遊びなら、さっさと謝った方がいいよ。この人、最近虫の居所が悪いからね」
と、彼の隣の少女化魔物から忠告される。
一応、彼女は俺を気遣ってくれているらしい。悪い人ではなさそうだ。
そんな人のパートナーなのだから、男性の方も本来は真っ当な人柄だったに違いない。
客観的に見て、不躾な真似をしているのはこちらだろうしな。
俺の見てくれだと、馬鹿にしているようにしか見えないし。
信用できないのも理解できる。
いずれにせよ、証拠も出さずにうだうだ問答を続けるのは不義理というものだ。
「これでも、俺も少女征服者、ホウゲツ学園の嘱託補導員です」
と言う訳で、影の中から身分証を取り出して提示する。
「なっ!?」
「嘱託補導員……それもA級!? 本物?」
当然ながら驚愕を顕にする二人。
……証明として見せたが、偽装と思われる可能性もあるか?
「ホウゲツ学園の補導員事務局員である私が保証します! それに身分証の偽造は重罪です! 貴方がたもご存知のはずです!」
成程。行為のリスクが相当高いとすれば、偽造は疑われにくいか。
未だ俺の陰に隠れながら口にしたルトアさんのフォローにそう思う。
そのリスクを恐れない人間ならば、相応の実力は持っていそうなものでもあるし。
「……まあ、A級補導員ってのは理解した。だが、わざわざ補導員に依頼が来るような事件の調査。A級程度で受けられるはずがないだろう」
「A級レベルなら警察にだって普通にいる訳だしね」
今度は調査をしているという部分に疑いを向けられてしまったようだ。
しかし、さすがに救世の転生者だからとは言えないしな。
はてさて、どう答えたものやら。
「彼は期待の新人ですから!」
一瞬迷っていると、ルトアさんが誇らしげに言う。
俺の背中から少し顔を出しながら。
「だったら、力を見せて貰おうか」
そんな彼女の言葉に男は表情を険しくすると、複合発露を発動させたようだった。
一瞬にして、全身に虎のような特徴が現れ始める。
これもまたシニッドさんに似た、身体強化系の複合発露か。
「真・複合発露ですか」
「ああ。亜人(ウェアタイガー)の少女化魔物であるコイツとの真・複合発露〈虎威発現・覚醒〉だ」
言われて女性を見ると、彼女もまた同じく虎人間、人虎のような姿となっていた。
……身体強化系は種が割れても純粋に強いからな。
大っぴらに能力を明かしても不都合はない部類に入る。
「俺達はフリーの補導員だが、ランクはS級だ。その俺達が納得できるだけの力を――」
恐らく、見せてみろ、と続けたかったに違いない。
だが、彼らは立ち上がろうとした体勢で動きを止め、口を噤んでしまった。
驚愕で目を見開きながら。
「お前、何を――」
「ガ、ガイオ! 足が……」
パートナーの女性に言われ、ガイオと呼ばれた男性は自身の足を見た。
ふとももの辺りから足の裏、店の床まで完全に凍りついている。
サユキとの真性少女契約によって得た力。
真・複合発露〈万有凍結・封緘〉によって。
「く、この」
彼らは力任せに氷を破壊して自由を取り戻そうとするが、同じ位階ならば基本的には俺の方がイメージ力で優位にある。
虎の如く鋭い爪も体勢とテーブルとの位置関係的に叩きつけることができず、二人はなす術もなく、その場から一歩も動くことができないでいるようだった。
「すみません。身体強化系の複合発露は今一なので」
やがて諦めて足掻くのをやめたのを確認してから、そう言いながら凍結を解除する。
すると、ほぼ同時に彼らも複合発露を解き、微妙に不機嫌そうにしつつ腰を下ろした。
「……どうやら伊達じゃなかったみたいだな。悪かった」
そうして素直に頭は下げるガイオさん(仮)。
「ごめんなさいね。いたずらに噂を広められたくなかったから」
同様に、少女化魔物の彼女もまた申し訳なさそうに謝罪を口にした。
どうやら調査と謳って話を聞き、面白おかしく吹聴する輩かと疑われていたようだ。
何だか荒れている様子だったのは、そんな感じで風聞が広まって風評被害のようなものを受けていたからなのかもしれない。
警戒するのも当然か。
だが、一先ず疑いは晴れたらしい。
「ところで、ここってどんなお酒がおいしんですか?」
「何だ。藪から棒に。……まあ、基本は清酒やビール、米や麦の焼酎だが、最近は蜜酒が流行ってるらしい。俺は清酒の方が好きだがな」
「私は蜜酒が好きよ」
蜂蜜酒ではなく蜜酒。
ヘイズルーンの少女化魔物であるハルさんの蜜から作ったのだろう。
一体どうやって生成しているのかは分からないが……今はそれはいい。
「成程。ルトアさん、リヴェスさんに――」
「はい! 清酒と蜂蜜酒ですね!」
「お、おい」
「情報料です。経費として上に請求しますので気にしないで下さい」
酒場で情報を収集するなら奢りは定番。
まだ補導員としての給料が出ていないので、この場は母さんがくれたなけなしの小遣いから出すが、事件の調査の一環なのでトリリス様に払って貰おう。
「それでええと、ガイオさんでよろしかったでしょうか」
「ああ。こっちは俺のパートナーのタイルだ」
「よろしく」
ガイオさんの紹介に、軽く微笑むタイルさん。
筋肉質な体と相まって、頼もしいという感じの印象が先立つ。
「よろしくお願いします。俺はイサク・ファイム・ヨスキと言います。先程身分証をお見せした通り、ホウゲツ学園の嘱託補導員をしています」
「ヨスキ、か。どうりで」
「と言うか、ファイムって言うとあのジャスターの……」
自己紹介すると、二人はより一層納得したような反応を示した。
……どうやら父さんや母さんの名前の方が、ホウゲツ学園の身分証よりも影響力が強いらしい。さすがに呆れ気味に苦笑いしてしまう。
とは言え、それについては一先ず脇に置いておこう。
「それでその、幽霊を見たという話についてですが……」
「ああ…………まあ、酒も奢ってくれる訳だしな。話してやるよ」
「ありがとうございます」
そうして俺はすっかり落ち着いた風のガイオさんに頭を下げ、彼の話に耳を傾けた。
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