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第1章 少女が統べる国と嘱託補導員
AR08 敗北感
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「彼にとってそれは、これまでの人生の中で最も辛く、悔しい体験だっただろうね。何故なら――」
***
突然、グラウンドを飲み込んだ水の壁。
その直撃を受けながらも何とか意識を保つ。
直前に息を止め、水を飲まずに済んだこと。
何より、お兄ちゃ……兄さんに言い聞かされ、日々の鍛錬、日常の備えとして常に身体強化の祈念魔法を使用し続けていたおかげでもあるだろう。
けれど、未だ僕の体は水の流れの中。
何とかして水中から脱しようと足掻いても、少しも水面が近づいてこない。
更に、そんな僕を嘲笑うかのように……。
「お前達はこっちだ!」
そう水の中にあってハッキリと聞き覚えのある声がして、かと思えば、第四位階の祈念魔法による身体強化でも全く抵抗もできない程の急激な流れに襲われる。
激しく体を揺さ振られ、今度こそ軽く水を飲んでしまう。
鼻からも水が入って奥の方に痛みが走る。
正にその直後、どういう訳か全身に感じていた水の抵抗感が消え去り、息もできるようになって僕は荒く呼吸を繰り返した。
「はあっ、はあっ、はあっ、くっ」
「げほっ、げほっ、うぅ……」
と、すぐ傍で誰かが咳込む音と呻き声が聞こえる。
それもまた聞き覚えがあり、ハッとして振り返りながら確認する
「ラ、ラクラちゃん、大丈夫!?」
「う、うん。けほっ」
そこにいたのはクラスメイトのラクラちゃん。
どうやら一緒にここ、軽く見回した限り半球形状の空間に連れてこられたらしい。
壁面は水面のようにゆらゆらしている。
何ごともなければ不可思議で綺麗な光景だけれども、今はそれどころじゃない。
「レギオ……」
周囲の確認の過程で彼の姿も目にし、僕は辛そうなラクラちゃんの前に立った。
奥に少女化魔物らしき人影も見える。
その存在の正体を思い巡らす前に――。
「セト・ヨスキ。ラクラ・イファミリア。今度こそ、俺の力を証明してやる」
レギオはそうとだけ言うと、問答無用という感じに攻撃を仕かけてきた。
水を束ねた鞭のようなものをどこからともなく生み出して。
レギオの複合発露は炎を放つ力だったはずなのに。
「まだ、そんなこと!」
そのことに驚きつつも、僕は呆れと共に言葉を返しながら何とかその攻撃を避けた。
水の鞭は祈念詠唱がなかった。つまり、それは複合発露ということになる。
それも少女化魔物との契約で得たものだ。
今の状態で直撃すれば、一溜まりもないだろう。
とは言え、たとえ祈念魔法によるものに過ぎなくても、常に発動している身体強化のおかげで回避は不可能じゃない。
「命の根源に我は希う。『認識』『欺瞞』の概念を伴い、第四の力を示せ。〈救世〉之〈夢幻〉」
僕の返した言葉に反応も示さずに攻撃を続けるレギオを前に、前回と同様に認識欺瞞の祈念魔法を使用する。
種は割れているだろうけど、無意味じゃないはずだ。
そして、その状態でレギオの背後に回ろうと僕が動き出した正にその瞬間。
「メイム!」
レギオは後ろに控える少女化魔物に向けて叫んだ。と同時に――。
「なっ!?」
突如として半球形の空間が水に満たされ、その範囲の中で渦巻きの如き激しい流れが生まれる。だが、それは一瞬のことで再び半球形の空間が発生した。
僕と、ラクラちゃんもまたそこに再び投げ出される。
突然のことに呼吸を乱される。
「げほっ、げほっ、はあ、はあ、はあ」
特にラクラちゃんは、一層消耗したように咳込むと共に肩で息をし始めた。
「つまらない真似はするな」
脅すようなレギオの言葉。
それを前に、まだ認識阻害の効果は続いているものの祈念魔法を解除する。
同じことを繰り返されたら、ラクラちゃんの命が危ない。
「さあ、お前の複合発露を見せろ。それを叩きのめしてやる」
言いなりにはなりたくない。けれども、今はそれ以外にない。
だから僕は、母さんから受け継いだ複合発露〈擬竜転身〉を発動させた。
「あ……」
背後で、それを初めて見たラクラちゃんが驚いたような声を出す。
今の僕の姿は、ドラゴンと人間が融合したようなものへと変化していた。
それが複合発露〈擬竜転身〉の一つの効果。
主な能力は――。
「身体強化系……しかも……」
目の当たりにしたレギオが忌々しげに呟いたように、第五位階下位相当の身体強化。
それと同じ位階の炎が全身から噴き出る副次的な力もある。
「潰してやる!」
次の瞬間、レギオは激昂したように水の鞭を振るった。
憎しみを束ねたように力任せに。
対して僕は、祈念魔法の身体強化を併用して回避する。
祈念魔法のみを使用していた時よりも容易く、一撃、二撃と避けて間合いを詰める。
「生まれ持った力の差なんてもの!!」
そんな僕を前にそう叫んだレギオは、いきなり水の鞭を十本に増やし、その全てを滅茶苦茶に振り回してきた。
突如として十倍の密度となった攻撃。
付け焼刃の技なのだろう。洗練された動きとはとても言えない。
けれども……。
「う、く」
少女化魔物との契約によって得られた複合発露を相手に、親の劣化版でしかない複合発露一つのみでは、手数にものを言わせたゴリ押しに対応し切れなかった。
いくつかの鞭は避けたものの、かわせずに何発か直撃を受ける。
痛い。重い。余りにも。
下位とは言え、第五位階の身体強化を発動しているにもかかわらず、表面を通り越して内部から伝わってくるような激痛が駆け抜ける。
第六位階に至った攻撃のようにしか思えない。
数発で体力を一気に持っていかれ、激しく消耗して膝を突いてしまう。
「セト君!!」
そんな情けない姿に、背後から悲痛な叫び声が上がった。
けれど、立ち上がる力は生まれない。
生まれ持った力。レギオの言葉が脳裏で繰り返される。
僕の複合発露を目の当たりにした彼は、多分自分のそれと比較して妬んだのだと思う。
激情を宿しながらもなぶるように放たれる攻撃がその証拠だ。だから僕は……。
「俺は力を得た。今度こそ……生まれを覆す力を!!」
「ぐ、う……」
続けて何度も打ち据えられ、反抗の意思だけで倒れ伏さないようにしながら。
僕はそんな彼に憐みを抱いていた。
きっとレギオは小さい世界にしか知らない。
僕程度のレベルの人間に嫉妬しているのだから。
兄さんを見たら、心臓が止まってしまうんじゃないだろうか。
「言っとくけど、僕は、ヨスキ村だと落ちこぼれだよ」
「何?」
僕は少女化魔物が怖い。何年も前に村が襲撃に遭ってから、ずっと。
心の根底に刻み込まれた恐怖が消えない。多分、一生そのままに違いない。
こんな状態だと、普通の少女契約はどうか分からないけど、真性少女契約は……。
それでは少女征服者として大成することはできない。
……村の掟を果たせず、村に帰ることも母さん達にもう一度会うことも。
「負け惜しみをっ」
しかし、レギオはそんな僕の言葉を信じず、そう吐き捨てる。
「もういい。敗北をその身に刻め!」
更にそう告げると、十本を束ねたように一際太く大きな水の鞭を作り出した。
そのまま彼は、僕に敗北感を与えようとするように、ゆっくりと近寄ってくる。
「セト君!!」
それを前にラクラちゃんは僕の傍に駆け寄り、キッとレギオを睨んだ。
……正直、レギオの煽るような歩みよりも何よりも、僕を庇うような彼女のその行動の方が余程、僕に敗北感を与えていた。
心底、自分が情けなくて。
だから、様々な感情を転嫁して僕もまたレギオを睨む。
けれど、それこそが見たかった顔だったのか。
彼はその視線を受けて満足げに嫌な笑顔を浮かべ、そして僕達の前に立つと強力な力の気配を湛えた水の鞭を振り下ろした。
***
「彼にとってそれは、これまでの人生の中で最も辛く、悔しい体験だっただろうね。何故なら、初恋の相手を自分の力で守れなかった訳だから。無力さ。嫉妬。怒り。様々な感情を味わったはずさ。けれど、だからこそ誰かのお仕着せじゃない、彼自身の動機もまた芽生えたんだろうね」
***
突然、グラウンドを飲み込んだ水の壁。
その直撃を受けながらも何とか意識を保つ。
直前に息を止め、水を飲まずに済んだこと。
何より、お兄ちゃ……兄さんに言い聞かされ、日々の鍛錬、日常の備えとして常に身体強化の祈念魔法を使用し続けていたおかげでもあるだろう。
けれど、未だ僕の体は水の流れの中。
何とかして水中から脱しようと足掻いても、少しも水面が近づいてこない。
更に、そんな僕を嘲笑うかのように……。
「お前達はこっちだ!」
そう水の中にあってハッキリと聞き覚えのある声がして、かと思えば、第四位階の祈念魔法による身体強化でも全く抵抗もできない程の急激な流れに襲われる。
激しく体を揺さ振られ、今度こそ軽く水を飲んでしまう。
鼻からも水が入って奥の方に痛みが走る。
正にその直後、どういう訳か全身に感じていた水の抵抗感が消え去り、息もできるようになって僕は荒く呼吸を繰り返した。
「はあっ、はあっ、はあっ、くっ」
「げほっ、げほっ、うぅ……」
と、すぐ傍で誰かが咳込む音と呻き声が聞こえる。
それもまた聞き覚えがあり、ハッとして振り返りながら確認する
「ラ、ラクラちゃん、大丈夫!?」
「う、うん。けほっ」
そこにいたのはクラスメイトのラクラちゃん。
どうやら一緒にここ、軽く見回した限り半球形状の空間に連れてこられたらしい。
壁面は水面のようにゆらゆらしている。
何ごともなければ不可思議で綺麗な光景だけれども、今はそれどころじゃない。
「レギオ……」
周囲の確認の過程で彼の姿も目にし、僕は辛そうなラクラちゃんの前に立った。
奥に少女化魔物らしき人影も見える。
その存在の正体を思い巡らす前に――。
「セト・ヨスキ。ラクラ・イファミリア。今度こそ、俺の力を証明してやる」
レギオはそうとだけ言うと、問答無用という感じに攻撃を仕かけてきた。
水を束ねた鞭のようなものをどこからともなく生み出して。
レギオの複合発露は炎を放つ力だったはずなのに。
「まだ、そんなこと!」
そのことに驚きつつも、僕は呆れと共に言葉を返しながら何とかその攻撃を避けた。
水の鞭は祈念詠唱がなかった。つまり、それは複合発露ということになる。
それも少女化魔物との契約で得たものだ。
今の状態で直撃すれば、一溜まりもないだろう。
とは言え、たとえ祈念魔法によるものに過ぎなくても、常に発動している身体強化のおかげで回避は不可能じゃない。
「命の根源に我は希う。『認識』『欺瞞』の概念を伴い、第四の力を示せ。〈救世〉之〈夢幻〉」
僕の返した言葉に反応も示さずに攻撃を続けるレギオを前に、前回と同様に認識欺瞞の祈念魔法を使用する。
種は割れているだろうけど、無意味じゃないはずだ。
そして、その状態でレギオの背後に回ろうと僕が動き出した正にその瞬間。
「メイム!」
レギオは後ろに控える少女化魔物に向けて叫んだ。と同時に――。
「なっ!?」
突如として半球形の空間が水に満たされ、その範囲の中で渦巻きの如き激しい流れが生まれる。だが、それは一瞬のことで再び半球形の空間が発生した。
僕と、ラクラちゃんもまたそこに再び投げ出される。
突然のことに呼吸を乱される。
「げほっ、げほっ、はあ、はあ、はあ」
特にラクラちゃんは、一層消耗したように咳込むと共に肩で息をし始めた。
「つまらない真似はするな」
脅すようなレギオの言葉。
それを前に、まだ認識阻害の効果は続いているものの祈念魔法を解除する。
同じことを繰り返されたら、ラクラちゃんの命が危ない。
「さあ、お前の複合発露を見せろ。それを叩きのめしてやる」
言いなりにはなりたくない。けれども、今はそれ以外にない。
だから僕は、母さんから受け継いだ複合発露〈擬竜転身〉を発動させた。
「あ……」
背後で、それを初めて見たラクラちゃんが驚いたような声を出す。
今の僕の姿は、ドラゴンと人間が融合したようなものへと変化していた。
それが複合発露〈擬竜転身〉の一つの効果。
主な能力は――。
「身体強化系……しかも……」
目の当たりにしたレギオが忌々しげに呟いたように、第五位階下位相当の身体強化。
それと同じ位階の炎が全身から噴き出る副次的な力もある。
「潰してやる!」
次の瞬間、レギオは激昂したように水の鞭を振るった。
憎しみを束ねたように力任せに。
対して僕は、祈念魔法の身体強化を併用して回避する。
祈念魔法のみを使用していた時よりも容易く、一撃、二撃と避けて間合いを詰める。
「生まれ持った力の差なんてもの!!」
そんな僕を前にそう叫んだレギオは、いきなり水の鞭を十本に増やし、その全てを滅茶苦茶に振り回してきた。
突如として十倍の密度となった攻撃。
付け焼刃の技なのだろう。洗練された動きとはとても言えない。
けれども……。
「う、く」
少女化魔物との契約によって得られた複合発露を相手に、親の劣化版でしかない複合発露一つのみでは、手数にものを言わせたゴリ押しに対応し切れなかった。
いくつかの鞭は避けたものの、かわせずに何発か直撃を受ける。
痛い。重い。余りにも。
下位とは言え、第五位階の身体強化を発動しているにもかかわらず、表面を通り越して内部から伝わってくるような激痛が駆け抜ける。
第六位階に至った攻撃のようにしか思えない。
数発で体力を一気に持っていかれ、激しく消耗して膝を突いてしまう。
「セト君!!」
そんな情けない姿に、背後から悲痛な叫び声が上がった。
けれど、立ち上がる力は生まれない。
生まれ持った力。レギオの言葉が脳裏で繰り返される。
僕の複合発露を目の当たりにした彼は、多分自分のそれと比較して妬んだのだと思う。
激情を宿しながらもなぶるように放たれる攻撃がその証拠だ。だから僕は……。
「俺は力を得た。今度こそ……生まれを覆す力を!!」
「ぐ、う……」
続けて何度も打ち据えられ、反抗の意思だけで倒れ伏さないようにしながら。
僕はそんな彼に憐みを抱いていた。
きっとレギオは小さい世界にしか知らない。
僕程度のレベルの人間に嫉妬しているのだから。
兄さんを見たら、心臓が止まってしまうんじゃないだろうか。
「言っとくけど、僕は、ヨスキ村だと落ちこぼれだよ」
「何?」
僕は少女化魔物が怖い。何年も前に村が襲撃に遭ってから、ずっと。
心の根底に刻み込まれた恐怖が消えない。多分、一生そのままに違いない。
こんな状態だと、普通の少女契約はどうか分からないけど、真性少女契約は……。
それでは少女征服者として大成することはできない。
……村の掟を果たせず、村に帰ることも母さん達にもう一度会うことも。
「負け惜しみをっ」
しかし、レギオはそんな僕の言葉を信じず、そう吐き捨てる。
「もういい。敗北をその身に刻め!」
更にそう告げると、十本を束ねたように一際太く大きな水の鞭を作り出した。
そのまま彼は、僕に敗北感を与えようとするように、ゆっくりと近寄ってくる。
「セト君!!」
それを前にラクラちゃんは僕の傍に駆け寄り、キッとレギオを睨んだ。
……正直、レギオの煽るような歩みよりも何よりも、僕を庇うような彼女のその行動の方が余程、僕に敗北感を与えていた。
心底、自分が情けなくて。
だから、様々な感情を転嫁して僕もまたレギオを睨む。
けれど、それこそが見たかった顔だったのか。
彼はその視線を受けて満足げに嫌な笑顔を浮かべ、そして僕達の前に立つと強力な力の気配を湛えた水の鞭を振り下ろした。
***
「彼にとってそれは、これまでの人生の中で最も辛く、悔しい体験だっただろうね。何故なら、初恋の相手を自分の力で守れなかった訳だから。無力さ。嫉妬。怒り。様々な感情を味わったはずさ。けれど、だからこそ誰かのお仕着せじゃない、彼自身の動機もまた芽生えたんだろうね」
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