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第1章 少女が統べる国と嘱託補導員
091 最後のチャンス
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「頼みの綱の少女化魔物は行動不能。これで終わりだな。レギオ」
サユキの真・複合発露〈万有凍結・封緘〉によって作り出された第六位階の氷に囚われ、まるで彫像のように身動きできなくなっているクラーケンの少女化魔物メイム。
触手を操ってサユキを攻撃している瞬間を切り取った姿であるだけに、躍動感が凄まじく、一種の芸術のような印象すら受けてしまう。
見目麗しい少女と魔物の特徴のアンバランスさも、人外ロリコン的には高ポイントだ。
とは言え、彼女は芸術品ではなく、一つの命。
余り長い間、そのままにはしたくない。
俺はメイムから視線を戻し、レギオに対して静かに問いを続けた。
「どうだ? まだ戦う気はあるか? それとも……」
若干脅すように、彼の足元の地面から靴を伝って登るように徐々に凍りつかせる。
そもそもメイムが氷漬けになった時点で戦意を喪失していたのか、凍結がレギオの生身に至る前に彼は膝と手を地面についた。
複合発露の熟練度という点で完全に己を上回っていたメイムが、一瞬の内に行動不能に追い込まれてしまったのだ。
もはや勝ち目がないことは、いくら彼であっても理解しているだろう。
「どうして。何故。第六位階の力がこんな簡単に負けるはずがない。いくら相手も第六位階だからって、同じ少女化魔物のはずだ」
それでも納得はし切れないらしく呆然と呟くレギオ。
「…………本当に、同じだと思ってるのか?」
そんな彼に、少し強めに問いかける。
どれだけ頑なな人間であろうとも、ここまで叩きのめされれば気づくはずだ。
それを受け入れられるかどうかはまた別の話ではあるが……。
「暴走・複合発露でも駄目なのか?」
「……まあ、強さだけで言えば、暴走状態の少女化魔物は十分脅威になるだろうな。位階は絶対だ。第六位階が最高峰の力なのは間違いない」
少女化魔物を道具扱いするような手法に連なる話は有無を言わさず全否定したいところだが、誤った認識で納得させてしまうのは彼のためにもならない。
事実と、確度が高い推測を交えて告げることにする。
「だったら、何で」
「純粋な暴走状態ならいざ知らず、隷属状態である以上、思考に不純物が混じる。行動が鈍くなるし、若干複合発露の威力も落ちるだろう」
勿論、だから補導員の仕事で対峙した水精の少女化魔物の方が強いという訳ではない。
一般的な暴走状態だったとは言え、元々の脅威度に天と地程の差があるのだから。
少女化魔物と化した際にネタでしかないような複合発露でも得ない限り、そもそもにおいて格が全く違う。メイムは強い。
その状態での全力を出し切れないだけで。
「事前に指示を出して後は少女化魔物に好きにやらせるなら、その辺りに関しては回避できたかもしれないけどな」
ヨスキ村を襲った時のフェリト達のように。
彼女達は、単純な指示だけだったからか、動きに淀みがなかったように思う。
「まあ、その場合はその場合で柔軟な対応ができなくなる弊害もある訳で……結局のところ、鍛錬をして極まった真・複合発露には敵わないってことだ」
ただ、その領域にある少女征服者は少ないし、物量、不意打ち、その他諸々で覆される可能性は十分にあるのだが。
……実際、フレギウスの国としての力は個々の力よりも物量にあると聞くしな。
国の中での派閥争いなんかは、個人の力が求められるだろうけれども。
「……真……複合発露、か」
レギオが地に膝と手を突きながら眉間に深くしわを寄せ、葛藤するように呟く。
少女化魔物を下に見る社会に育った彼にとって、俺の主張を即座に受け入れることは難しいに違いない。
パートナーたる少女化魔物に心を開き、尊重し、深い繋がりを作ることに強い拒絶反応があるだろう。それでも――。
「少しだけでもいい。目を開いて、もっと少女化魔物という存在を見るんだ」
地面を見詰めたまま黙り込む彼に、これが本当のラストチャンスと思い、内心祈るようにしながら静かに告げる。
「彼女達は人間とは違う。けれども、間違いなく心を持った存在なんだから」
ちゃんと触れ合って、その本質を曇りのない目で見れば、少女化魔物とただ一括りにするには各々に個性があり過ぎることが分かる。
根底は違えど、人間と似たようなものだ。
破れ鍋に綴じ蓋。寄り添える性質の少女化魔物だっているはず。
そうした気持ちが届くように、少しの間だけ彼に目を向け続ける。
「……サユキ」
しばらくして、立ち上がらないまま考え込むように固く目を閉じているレギオから俺のパートナーの一人である彼女に視線を移し、その名を呼ぶ。
「うん」
すると、サユキは嬉しそうに頷き、俺の意をくんで氷漬けのメイムに近づいた。
それから改良された狂化隷属の矢が突き刺さったメイムの腕の辺りに触れ、その付近だけ一時的に凍結を解除すると、矢を無理矢理引っこ抜いた。
更にメイムの全身を解凍すると、力を失ったように彼女はその場に崩れ落ちる。
それを確認してから、俺もまた半球形の空間を保っていた周囲の氷を消し去った。
狂化隷属から解放されたことで、暴走も鎮まっているはず。
既に彼女にも、レギオにも第六位階の力はないだろう。
一先ず安全を確保できたと見ていい。
「イサク君」
そこへ、氷の壁に阻まれる形となっていたシモン先生と生徒達が近づいてきた。
呼びかけられた声に振り返る。
「シモン先生。後のことは頼みます」
突然の事態に対処できなかったことに責任を感じてか、申し訳なさそうな顔をしている彼に俺は頭を下げた。
そのまま、ちょっとだけ間を置いてから言葉を続ける。
「その、もし可能なら――」
「はい。分かっています。ここは、学び舎ですから」
「……ありがとうございます。それと、彼に少女化魔物を与えた存在がいます。詳しく話を聞いて下さい。何かしら有力な情報が得られたら、トリリス様にお伝え下さい」
そんな俺の言葉に、シモン先生は表情を険しくしながら頷いた。
授業で注意を促していた件と関わると気づいたのだろう。
もっとも、恐らく犯人の複合発露によって手がかりになるような情報はレギオの中には残されていない可能性が高いが。
彼から解決の糸口を手に入れられるなら、既にヒメ様直属の諜報部が犯人に繋がる何らかの情報を得られているはずだ。
「……しかし、身近に被害者……という括りにしていいかは分からないけど、事件に直接巻き込まれた人間が出てくるとはな。間接的には、セト達まで」
シモン先生と応援に来た教師に連れられていくレギオとメイムを見送り、それから同じように複雑な表情で彼らの背中を見詰めているセトに視線をやりながら呟く。
「一刻も早く、事件を解決しないと」
色々と拗らせ過ぎていたレギオだったからこそ、ここまで大きな規模の騒動に発展したとも言えるかもしれない。
だが、いつ似たようなことが起きて、人命に関わる被害が出るか分からない。
そうでなくとも今回。未熟な心を惑わすだけでは飽き足らず、多くの子供達を危険に晒したことは許しがたい。
「けれど、犯人の複合発露はどうするの?」
第六位階。認識の書き換え。最大の障害。
その対処について、フェリトが問う。
それをどうにかしなければ、犯人を捕らえることなどできはしない。
これ以上の犯行を止めることも不可能だ。
そして事実として、本職の人間たちでさえ対策を取ることができなかったから、長らく事件を解決できなかった事実がある。しかし――。
「一つ。方法は思いついた」
「え? 本当に?」
驚きを顕にするフェリト。
そんな彼女に頷いて肯定する。
「それを実行するためにも、一先ずトリリス様のところに行かないと」
それから一先ず自習ということになったグラウンドを後にして、俺は策の実行に許可を貰うために学園長室へと向かったのだった。
サユキの真・複合発露〈万有凍結・封緘〉によって作り出された第六位階の氷に囚われ、まるで彫像のように身動きできなくなっているクラーケンの少女化魔物メイム。
触手を操ってサユキを攻撃している瞬間を切り取った姿であるだけに、躍動感が凄まじく、一種の芸術のような印象すら受けてしまう。
見目麗しい少女と魔物の特徴のアンバランスさも、人外ロリコン的には高ポイントだ。
とは言え、彼女は芸術品ではなく、一つの命。
余り長い間、そのままにはしたくない。
俺はメイムから視線を戻し、レギオに対して静かに問いを続けた。
「どうだ? まだ戦う気はあるか? それとも……」
若干脅すように、彼の足元の地面から靴を伝って登るように徐々に凍りつかせる。
そもそもメイムが氷漬けになった時点で戦意を喪失していたのか、凍結がレギオの生身に至る前に彼は膝と手を地面についた。
複合発露の熟練度という点で完全に己を上回っていたメイムが、一瞬の内に行動不能に追い込まれてしまったのだ。
もはや勝ち目がないことは、いくら彼であっても理解しているだろう。
「どうして。何故。第六位階の力がこんな簡単に負けるはずがない。いくら相手も第六位階だからって、同じ少女化魔物のはずだ」
それでも納得はし切れないらしく呆然と呟くレギオ。
「…………本当に、同じだと思ってるのか?」
そんな彼に、少し強めに問いかける。
どれだけ頑なな人間であろうとも、ここまで叩きのめされれば気づくはずだ。
それを受け入れられるかどうかはまた別の話ではあるが……。
「暴走・複合発露でも駄目なのか?」
「……まあ、強さだけで言えば、暴走状態の少女化魔物は十分脅威になるだろうな。位階は絶対だ。第六位階が最高峰の力なのは間違いない」
少女化魔物を道具扱いするような手法に連なる話は有無を言わさず全否定したいところだが、誤った認識で納得させてしまうのは彼のためにもならない。
事実と、確度が高い推測を交えて告げることにする。
「だったら、何で」
「純粋な暴走状態ならいざ知らず、隷属状態である以上、思考に不純物が混じる。行動が鈍くなるし、若干複合発露の威力も落ちるだろう」
勿論、だから補導員の仕事で対峙した水精の少女化魔物の方が強いという訳ではない。
一般的な暴走状態だったとは言え、元々の脅威度に天と地程の差があるのだから。
少女化魔物と化した際にネタでしかないような複合発露でも得ない限り、そもそもにおいて格が全く違う。メイムは強い。
その状態での全力を出し切れないだけで。
「事前に指示を出して後は少女化魔物に好きにやらせるなら、その辺りに関しては回避できたかもしれないけどな」
ヨスキ村を襲った時のフェリト達のように。
彼女達は、単純な指示だけだったからか、動きに淀みがなかったように思う。
「まあ、その場合はその場合で柔軟な対応ができなくなる弊害もある訳で……結局のところ、鍛錬をして極まった真・複合発露には敵わないってことだ」
ただ、その領域にある少女征服者は少ないし、物量、不意打ち、その他諸々で覆される可能性は十分にあるのだが。
……実際、フレギウスの国としての力は個々の力よりも物量にあると聞くしな。
国の中での派閥争いなんかは、個人の力が求められるだろうけれども。
「……真……複合発露、か」
レギオが地に膝と手を突きながら眉間に深くしわを寄せ、葛藤するように呟く。
少女化魔物を下に見る社会に育った彼にとって、俺の主張を即座に受け入れることは難しいに違いない。
パートナーたる少女化魔物に心を開き、尊重し、深い繋がりを作ることに強い拒絶反応があるだろう。それでも――。
「少しだけでもいい。目を開いて、もっと少女化魔物という存在を見るんだ」
地面を見詰めたまま黙り込む彼に、これが本当のラストチャンスと思い、内心祈るようにしながら静かに告げる。
「彼女達は人間とは違う。けれども、間違いなく心を持った存在なんだから」
ちゃんと触れ合って、その本質を曇りのない目で見れば、少女化魔物とただ一括りにするには各々に個性があり過ぎることが分かる。
根底は違えど、人間と似たようなものだ。
破れ鍋に綴じ蓋。寄り添える性質の少女化魔物だっているはず。
そうした気持ちが届くように、少しの間だけ彼に目を向け続ける。
「……サユキ」
しばらくして、立ち上がらないまま考え込むように固く目を閉じているレギオから俺のパートナーの一人である彼女に視線を移し、その名を呼ぶ。
「うん」
すると、サユキは嬉しそうに頷き、俺の意をくんで氷漬けのメイムに近づいた。
それから改良された狂化隷属の矢が突き刺さったメイムの腕の辺りに触れ、その付近だけ一時的に凍結を解除すると、矢を無理矢理引っこ抜いた。
更にメイムの全身を解凍すると、力を失ったように彼女はその場に崩れ落ちる。
それを確認してから、俺もまた半球形の空間を保っていた周囲の氷を消し去った。
狂化隷属から解放されたことで、暴走も鎮まっているはず。
既に彼女にも、レギオにも第六位階の力はないだろう。
一先ず安全を確保できたと見ていい。
「イサク君」
そこへ、氷の壁に阻まれる形となっていたシモン先生と生徒達が近づいてきた。
呼びかけられた声に振り返る。
「シモン先生。後のことは頼みます」
突然の事態に対処できなかったことに責任を感じてか、申し訳なさそうな顔をしている彼に俺は頭を下げた。
そのまま、ちょっとだけ間を置いてから言葉を続ける。
「その、もし可能なら――」
「はい。分かっています。ここは、学び舎ですから」
「……ありがとうございます。それと、彼に少女化魔物を与えた存在がいます。詳しく話を聞いて下さい。何かしら有力な情報が得られたら、トリリス様にお伝え下さい」
そんな俺の言葉に、シモン先生は表情を険しくしながら頷いた。
授業で注意を促していた件と関わると気づいたのだろう。
もっとも、恐らく犯人の複合発露によって手がかりになるような情報はレギオの中には残されていない可能性が高いが。
彼から解決の糸口を手に入れられるなら、既にヒメ様直属の諜報部が犯人に繋がる何らかの情報を得られているはずだ。
「……しかし、身近に被害者……という括りにしていいかは分からないけど、事件に直接巻き込まれた人間が出てくるとはな。間接的には、セト達まで」
シモン先生と応援に来た教師に連れられていくレギオとメイムを見送り、それから同じように複雑な表情で彼らの背中を見詰めているセトに視線をやりながら呟く。
「一刻も早く、事件を解決しないと」
色々と拗らせ過ぎていたレギオだったからこそ、ここまで大きな規模の騒動に発展したとも言えるかもしれない。
だが、いつ似たようなことが起きて、人命に関わる被害が出るか分からない。
そうでなくとも今回。未熟な心を惑わすだけでは飽き足らず、多くの子供達を危険に晒したことは許しがたい。
「けれど、犯人の複合発露はどうするの?」
第六位階。認識の書き換え。最大の障害。
その対処について、フェリトが問う。
それをどうにかしなければ、犯人を捕らえることなどできはしない。
これ以上の犯行を止めることも不可能だ。
そして事実として、本職の人間たちでさえ対策を取ることができなかったから、長らく事件を解決できなかった事実がある。しかし――。
「一つ。方法は思いついた」
「え? 本当に?」
驚きを顕にするフェリト。
そんな彼女に頷いて肯定する。
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