ロリコン村の転生英雄~少女化した魔物達の最強ハーレムで世界救済~

青空顎門

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第2章 人間⇔少女化魔物

123 願望と可能性

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「ボク、複合発露エクスコンプレックスの、それも第六位階同士の戦いを見たの初めてだったんです」

 老舗ウナギ屋の静かな個室にラクラちゃんの声だけが響く。
 客の喧騒は届いてこない。と言うか、喧騒はない。
 庶民には中々手が出せない高級な料理店だけに、そういう居酒屋的な雰囲気はない。
 そこまで考えて選んだ訳ではないが、真面目な話をするのに割と適している。

「頭では分かってたつもりでした。けど……」

 テーブルを挟んで反対側に座し、固く握った拳を太腿に置くラクラちゃん。
 人間同士の両親から生まれ、普通の生活を送ってきた彼女だ。
 あれだけの規模の複合発露を目の当たりにしたこと自体、初めてのことだろう。

「怖くなった?」
「い、いえ…………いえ、それもない訳じゃないですけど、ちゃんと少女征服者ロリコンとしてやっていけるのか、ちょっと不安になって……」
「……ラクラちゃん。別に少女征服者だからって、ああいう戦いを必ずしなくちゃいけない訳じゃないんだぞ」

 実際、少女征服者の大半は、複合発露を一般的な仕事に活かして暮らしている。
 危険に巻き込まれる可能性はほとんどない。
 たとえ補導員であっても。階級が低ければ、あそこまでの戦いにはならない。
 学生の内に危険に巻き込まれてしまったのは、もう完全に例外中の例外だ。

「でも、ボクはレスティア様のように戦うこともできる少女征服者になりたいんです」
「聖女レスティア……か」

 治癒系のアーク複合発露エクスコンプレックスを有するが故の聖女。
 だが、三百年前の聖女レスティアは戦う術も持っていた。
 時に思念集積コンプレックス特異個体ユニークの魔物を倒し、暴走する少女化魔物ロリータを鎮め、被害に遭った者達を癒やす。最も偉大な聖女として有名だ。
 数多くの絵本や劇になっていることが、その証明と言えるだろう。
 それらに触れ、ラクラちゃんのように憧れを抱く少女は少なくない。
 もっとも、親の強硬な反対に屈したり、少女征服者周りの現実を知って諦めてしまったりと、実際にホウゲツ学園を目指そうとする子は極めて少ないが。

 そうした前提があるだけに、実家を離れてまで入学したラクラちゃんが、どれだけ強い決意と共に学園都市トコハに来たか分かろうというものだ。
 色々な経験をした結果、今の彼女は若干揺らいでしまっているが。

「…………誰かみたいにって言うのは、駄目なことかもですけど」

 ばつが悪そうに呟くラクラちゃん。
 誰かと自分を比較するのは時間の無駄だという話は、以前の昼食会の時にも出た。
 しかし、初期衝動に深く食い込んできている感情は、そう簡単に切り離せまい。
 人間は理屈だけでは語れないものだ。

「まあ、憧れならうまく扱うことができれば、モチベーションを高める効果はなくもないからね。必ずしも駄目ってことはないさ」

 ただし、正しくプラスに作用させるには、自分自身が抱くその感情の中身を決して曖昧なままにせず、正確に把握する必要があるけれども。
 不確かな憧れは、人の心の弱さ故に、容易く劣等感に転じてしまいがちだから。

「ただ、聖女レスティアが戦うこともできる少女征服者だったのは確かだけど、彼女も戦いたいから戦った訳じゃないんじゃないか?」
「…………えっと、どういう意味ですか?」

 俺がその言葉で何を伝えたいのか今一理解できないのか、ラクラちゃんは困惑したように首を傾げながら問い返してくる。

「ラクラちゃんは、どうして聖女レスティアに憧れたんだ?」

 対して俺は、意図的に彼女の問いには答えず、更に質問を重ねた。
 単刀直入に話を進めることだけが相手のためになるとは限らない。

「それは、その……レスティア様と同じように困ってる誰かを助けたくて」
「うん。そうだろう?」

 ラクラちゃんの期待通りの答えに、少し安堵しながら頷く。
 勿論、彼女なら捻くれた返しなどしないと思ってはいたが。

「あくまでも戦うことは手段であって目的じゃない。参考にすべきは彼女がなした上辺の行動じゃなく、その心の有り様なんじゃないか?」

 ただ、相手はあくまでも三百年前の人間。実態がどうだったかは分からない。
 五百年生きているトリリス様達なら知っているかもしれないが……。
 そんな穿ったものの見方を一々口にするのは、さすがに野暮というものだろう。
 この場で重要なのは彼女の中にあるレスティア像なのだから。

「戦いを主眼に置くと、力の大小に囚われてしまう。戦いに向き合えるだけの動機がないと恐れに負けてしまう。何をするにも自分の根っこにあるものを掴んでおかないと」
「自分の、根っこ……」
「そう。根っこだ。それを離さないようにしながら、じっくり勉強していけばいい」

 ラクラちゃんは俺の言葉を咀嚼するように目を閉じながら呟く。

「いきなりあんな、大人が対応しなきゃいけない事態に直面して戸惑ってるかもしれないけど、卒業までまだまだ時間があるんだ。全然焦ることはない。大丈夫だから」
「………………はい」

 それから彼女は、ほんの少し重荷が取れて柔らかくなった表情と共に頷いた。
 将来に関する悩み。僅かな会話で一気に解消するものでもないだろう。
 それでも他人に明かせば、多少なりとも気が楽になるものだ。

「俺はいつでも相談に乗るよ」
「ありがとうございます、イサクさん」

 今日初めての笑顔を見せてくれたラクラちゃんに微笑みを返す。
 それから俺は、彼女と同じ側に座るセトとトバルに視線を移した。
 すると、正直に話してくれたラクラちゃんの手前、黙ったままでいることに罪悪感を抱いたか、二人共躊躇いがちに口を開いた。

「僕達は……」「やっぱり、あんちゃんが凄過ぎて……」

 その内容に成程と思う。だから話し辛かったのか、と。
 ある意味、一度結論を出した話だ。
 そこに再び立ち返って悩んでいることを恥と捉えたのだろう。
 ……しかし、人間の心というものは複雑だ。
 昨日、結論を出して乗り越えたと思った壁が、また今日になって普通に立ち塞がってくることだってある。
 昨日と同じ論理が心に響かず、乗り越えられないこともままある。
 その日の体調、気分、積み重ねた経験。様々な要因によって進んだり、後退したり。
 十二歳の子供なら尚更のこと。
 だからこそ、俺は揺るがずにありたいところだ。

「セトもトバルも……今は俺を見るよりも自分の内側に目を向けた方がいいかもしれないな。今、自分は何をしたいか。将来、自分が何をしたいか。自分自身の心に問いかけて、その上でもっと周りを、俺以外の色々なものに目を向けるんだ」
「兄さん以外の」「色々なものに?」
「そうだ。……村が襲撃されたこともあって、村全体の意向でお前達が最低限自衛できるように訓練してきた。昔のお前達自身、強くなりたいって言ってたしな」

 ダンも含めて弟分達を見回すと、彼らは首を縦に振って肯定した。
 確かあの襲撃のすぐ後ぐらいのことだったが、全員覚えているようだ。

「けど、少女征服者は戦うだけが能じゃない。その多くは社会に寄り添った様々な仕事に複合発露を役立ててる。それは強くなることと同じぐらい尊いことだ」

 静かに、諭すように告げながら。
 空腹を訴え続ける胃に少し意識を向ける。

「……例えば、これから食べる鰻重にだって少女征服者は深く関わってるんだぞ」
「鰻重に?」

 好物の話だからか、首を傾げてダンが興味深そうに問うてきた。

「そもそもウナギの旬は冬。一応、春ぐらいから獲れるようになるにはなるけど、今の時期に獲った奴は痩せっぽちなんだ」

 ウナギは冬眠するため、秋から冬にかけて栄養を蓄える。
 太っていて一番おいしくなるのは冬なのだ。

「じゃあ、今日の鰻重って……」
「心配するな。ここのウナギは冬に獲った奴だから」
「え? ウナギってそんなに持つの?」
「普通に獲ってそのままだと持たないな。けど、ちゃんと冷凍させれば持つ。祈念魔法でも大分保存が利くようになるけど、複合発露なら獲れ立ての状態を維持できる」
「あんちゃんとサユキ姉ちゃんの複合発露みたいなので?」
「そうだな」

 それこそ前世の業務用冷凍設備など目ではない。
 何せ、複合発露によって凍結されたものは、使用者が特別に意識して条件を変更でもしない限り、経時変化しないのだから。

「ウナギに限らず、複合発露を用いて食品を冷凍する業者は、食品業界に、ひいてはこの社会に多大な貢献を果たしてる。給料がよくて安全で安定した仕事でもある」

 勿論、S級補導員の給料には敵わないが、一流企業の役員ぐらいの生活はできる。
 そういう観点でも、社会的に重要な仕事として評価されていることが理解できる。

「他にも世の中には色んな仕事がある。皆、まだまだ若いんだ。多くの可能性に目を向けて悪いことなんてない。視野を広く持つんだ」
「でも……僕は……」「俺は……」
「自分がしたいことがあるのは分かる。けど、それしかないからそれをやるのと、多くの可能性から強い意思で選び取るのでは、また違う覚悟が生まれるはずだ」

 少なくとも彼らは、それしか選べない環境にある訳ではない。
 むしろ後者の覚悟を持たなければ、前者の環境にある人間に怯みかねない。
 あるいは、この鰻重の例に限らず、色々な道を示してやるのも俺の務めかもしれない。

「勿論、今自分がなりたいものを目指すのをやめて、新しい道を選んでもいい。俺は皆の意思を尊重する。どんな選択をしたって俺は皆の味方だ」

 それこそ、たとえ村の掟に従わない選択をしたとしても。
 そんなことを思っていると――。

「お待たせ致しました。特上鰻重十人前です」

 区切りよく、注文していた料理が運ばれてきた。
 そして、その内の五人前を影の中に入れてから。

「よし。食うか」

 俺の言葉を合図に全員で「いただきます」をする。
 鰻重だけに如何にもな重箱に入ってきたが、色々と話をする中で気後れが薄まったのか、セト達も普段の食事のように自然な動きで箸を取って食べ始めた。

「え、何これ。おいしい……」
「うめえっ!!」

 驚きと共に呆然として鰻重を見詰めるラクラちゃん。
 対照的に、一言感想を口にすると貪るように食べ始めるダン。
 セトとトバルもその美味しさに、直前までの少し堅苦しい雰囲気などどこかへ行ってしまったかのように夢中になっている。
 ……俺のお悩み相談などよりも、特上鰻重の方が効果があったかもしれない。
 まあ、現金なのも子供の特権だろう。

「……うん。うまいな」

 そうして全員、重箱からはみ出る程の鰻が乗っていた特上鰻重をぺろりと平らげ、ラクラちゃんが目を丸くする金額の会計を済ませて店を出る。
 ホウゲツ学園までの帰り道の間ずっと恐縮しっ放しだった彼女をセト達に送らせ、ほんの少し元気になった四人の背中をしばらく見詰め……。
 それから俺は、慌ただしかった一日の疲れを少し感じながら職員寮へと歩き出した。
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