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第2章 人間⇔少女化魔物
143 捜索、発見、接近
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「アコさん」
対象が潜む森を前に滞空しながら、合図を出すように呼びかける。
「分かっているさ」
対して、アコさんは俺の影の中からそう応じ、それから一時的に口を閉ざした。
自身の複合発露〈命歌残響〉の力により、森と平原の境界の辺りをうろつく感染者達の過去を辿って情報を得るために。
その複合発露は効果を発揮するのに、対象の名前と姿形を知っているか、あるいは対象そのものを視界に捉えている必要があるそうだが……。
今回は後者のパターンだろうが、二百メートル程度の距離があっても問題ないようだ。
電光と月明かりのみで僅かに照らされた豆粒程の大きさの対象でもいいのか、あるいは視覚強化を利用しているのか。
いずれにしても、情報収集は恙なく行うことができたらしく――。
「……本命が大きく動いていないことが大前提だけど、的は絞られたよ」
しばしの沈黙の後、アコさんは静かに告げた。
現時点で知る限り、対象は逃げ隠れを優先している訳だから前提は保たれるはずだ。
小さく頷いて言葉の続きを待つ。
「森を三×三に区切ると、イサクから見て左上の辺りだね」
言われた辺りへと視線を向ける。
森はおおよそ十二キロ四方。三×三だと一区画四キロ四方か。
「ただし。彼女の周囲には感染した人間と少女化魔物、それに感染した動物……野犬や猪、鹿などが多数配置されている。と言うか、寿司詰め状態だね」
恐らくは感染した鳥や虫もだろう。
さすがに俺を襲うそれらは、ほぼ氷漬けになったのか大分少なくなったが。
護衛用や森の巡回をさせる分ぐらいは残しているはずだ。
「まあ、動物はいいとして、問題は人間と少女化魔物だ。正直外見だけだと判断しにくいと思う。かと言って、余り近づき過ぎると判別する前に攻撃を受けかねない」
「……外見的特徴は皆無なんですか?」
「皆無ってことはないけどね。複合発露による感染だからなのか、動物なんて表面の肉を剥げば似たようなものなのか、元の種族が同じなら外見は割と画一的みたいなんだ」
成程、と思う。
思い返せばゾンビ映画でも、ゾンビの一体一体を区別することはできなかった。
……まあ、あくまでも量産型染みた敵。区別しようと考えたこともなかったが。
ともあれ、人間の容姿を特徴づけるものは肉体が腐り果ててしまえば大部分が失われてしまう。パッと見では識別できないと考えた方がいい。
さまよう彼らを見る限り、頭皮も腐って髪の毛までなくなっているしな。
探知の複合発露、祈念魔法でも同じことだろう。
「……厳密には、臓器の飛び出方とか腐り方とかは微妙に違うようだけどね。ハッキリ言ってゾッとしない見分け方だけど。いずれにしても、ある程度の接近は不可欠だ」
「とは言え、余りこの段階でリスクを負いたくはありませんね」
第六位階の身体強化を解除できない以上、この電光ピカピカの状態をやめることはできないし……そうなると、気づかれずに近づくことは不可能だ。
「なら、どうする? イサク」
アコさんに問われ、少しだけ考える。
対象を見分けようとするのなら、当然ながら周囲の感染者との違いを足がかりにする以外にない。即ち――。
「本命は第六位階上位の身体強化。感染者は最高でも第五位階の身体強化……」
これを利用するのが最善だろう。
そして、その手段を俺は持っている。
「……ライムさん、ルシネさん。いつでも精神干渉できるように用意を」
「ああ。任せろ」
「分かった」
「……どうする気?」
俺の言葉に疑問を挟まずに即座に応じる二人とは対照的に、抑揚を抑えつつもどこか緊張感も滲んだ声で尋ねてくるパレットさん。
三人の中で唯一人。彼女はまだ俺の実力を一端しか実際に目の当たりにしていない。
伝聞ではある程度把握しているかもしれないが……。
それだけでは、眼前に広がる重大な事態を前に、俺を信じ切れないのだろう。
「まあ、見てて下さい」
今回の作戦には、そんなパレットさんの信用を得る、という側面もある。
だから俺は彼女に声色で自信を示し、それからアコさんが告げた区画を見据えた。
直後――。
「雪?」
パレットさんが疑問気味に呟いた通り、雪が森全体へと降り始める。
雪女の少女化魔物たるサユキの種族特性を応用した、探知の効果を持つ雪だ。
「イサク、探知では対象の見分けはつかないよ」
「分かってます」
こちらも訝しむようなアコさんの言葉に頷く。
そこは織り込み済みだ。
この雪は、あくまでも対象を発見した後に備えてのものに過ぎない。
「彼女には、自分から出てきて貰います」
そして俺は右手を目標の区画へと向け――。
「凍りつけ」
静かに告げると真・複合発露〈万有凍結・封緘〉を発動させ、その四キロ四方を森ごと全て氷漬けにした。
「なっ!?」
森の一部が一瞬にして完全に凍結した光景を前に、会ってから初めてハッキリとした驚きを顕にするパレットさん。
「成程ね」
そんな彼女とは対照的に、アコさんは納得の声を上げる。
俺の意図を理解したようだ。
「範囲優先で威力を抑えて凍結しようと第六位階は第六位階。第五位階に過ぎない感染者達は凍結を破ることはできない。けど、第六位階である対象だけは……」
「ええ」
リビングデッドの上位少女化魔物だけは、氷の封印を破ることができる訳だ。
後は氷漬けになった範囲に動く存在があれば、それが彼女。
これならば奇襲を受ける心配もなく、余裕を持って対峙することができる。
「……よし。見つけた」
直後、その予想通りに雪の探知によって凍結範囲内に反応があり――。
「ん?」
しかし、これでこちらが主導権を握れるという予想を大きく裏切られ、探知の反応は次の瞬間、高度二百メートルを滞空している俺へと超高速で接近してきた。
「な、マジか!?」
それを前に、俺は驚愕を顕にしつつも更に上空へと回避軌道を取り、同時に巨大な氷の塊を発生させて対象へと横合いから叩きつけた。
瞬間、衝突音と共に氷は完膚なきまでに砕かれる。
「身体強化の防御力が上回ったか!」
しかし、その何かは速度を完全に減ぜられた上で弾き飛ばされ、それ以上俺に接近することはできないまま重力に引かれて森から外れた平原に墜落した。
かと思えば、対象は瞬く間に背後へと回り込むように衝撃波を撒き散らしながら地面を移動し、そこから上空にいる俺へと全く同じように接近してくる。
「くっ」
弾丸の如く迫り来るそれに対し、こちらもまた同じように氷塊を以って反撃することによって叩き落とし、それから即座に対象から距離を取る。
相手は空に浮かぶ雷光を目標とするように追いかけてくる。
その速度は、大地を走るなら俺の知る限り最速のシニッドさんよりも遥かに上だ。
「飛行能力がある訳じゃない。一回の跳躍でここまで来たのか?」
「そのようだね。……全く、何て馬鹿げた身体能力だ」
自問する俺に同意して、戦慄したようにアコさんが言う。
感染者達からの思念の蓄積によって強化された暴走・複合発露〈不死鎖縛・感染〉。
その身体能力。これ程のものだとは思わなかった。
「どうする? 逃げ回っていても事態は解決しないよ?」
「分かってます」
あくまでも目的は暴走の鎮静化なのだから。
「精神干渉をする隙を作るなら、ともかく接近しないと」
幸いと言うべきか、対象は潜伏を台なしにした俺を脅威と見て、排除せんという一念のみで動いている。それだけに行動は単調だ。
跳躍で届かないだけの距離を空けた、馬鹿げた速度の追いかけっこがその証拠。
結果。遮蔽物の多い森から釣り出される格好となり、平原での対峙も可能となった。
なし崩しだが、条件は悪くない。
「このまま戦闘を開始します」
だから、俺はそう告げると共に、急旋回して彼女を目がけて急降下した。
「我流・雷翼氷鎧装!」
同時に、〈裂雲雷鳥・不羈〉を維持しながら全身に氷の鎧を纏う。
対人戦闘の全力。出し惜しみはなしだ。
こと真っ向勝負の戦いにおいて、この相手はこれまでで最強と見て間違いない。
いくら警戒してもし過ぎることはない。
「おおお、おおおおお……」
そんな俺を前に、リビングデッドの上位少女化魔物たる彼女は、地獄の底から響いてくるような低い呻き声を上げながら地面を蹴り……。
雷鳴や衝撃波すらかき消すような巨大な衝突音が、ウラバに響き渡った。
対象が潜む森を前に滞空しながら、合図を出すように呼びかける。
「分かっているさ」
対して、アコさんは俺の影の中からそう応じ、それから一時的に口を閉ざした。
自身の複合発露〈命歌残響〉の力により、森と平原の境界の辺りをうろつく感染者達の過去を辿って情報を得るために。
その複合発露は効果を発揮するのに、対象の名前と姿形を知っているか、あるいは対象そのものを視界に捉えている必要があるそうだが……。
今回は後者のパターンだろうが、二百メートル程度の距離があっても問題ないようだ。
電光と月明かりのみで僅かに照らされた豆粒程の大きさの対象でもいいのか、あるいは視覚強化を利用しているのか。
いずれにしても、情報収集は恙なく行うことができたらしく――。
「……本命が大きく動いていないことが大前提だけど、的は絞られたよ」
しばしの沈黙の後、アコさんは静かに告げた。
現時点で知る限り、対象は逃げ隠れを優先している訳だから前提は保たれるはずだ。
小さく頷いて言葉の続きを待つ。
「森を三×三に区切ると、イサクから見て左上の辺りだね」
言われた辺りへと視線を向ける。
森はおおよそ十二キロ四方。三×三だと一区画四キロ四方か。
「ただし。彼女の周囲には感染した人間と少女化魔物、それに感染した動物……野犬や猪、鹿などが多数配置されている。と言うか、寿司詰め状態だね」
恐らくは感染した鳥や虫もだろう。
さすがに俺を襲うそれらは、ほぼ氷漬けになったのか大分少なくなったが。
護衛用や森の巡回をさせる分ぐらいは残しているはずだ。
「まあ、動物はいいとして、問題は人間と少女化魔物だ。正直外見だけだと判断しにくいと思う。かと言って、余り近づき過ぎると判別する前に攻撃を受けかねない」
「……外見的特徴は皆無なんですか?」
「皆無ってことはないけどね。複合発露による感染だからなのか、動物なんて表面の肉を剥げば似たようなものなのか、元の種族が同じなら外見は割と画一的みたいなんだ」
成程、と思う。
思い返せばゾンビ映画でも、ゾンビの一体一体を区別することはできなかった。
……まあ、あくまでも量産型染みた敵。区別しようと考えたこともなかったが。
ともあれ、人間の容姿を特徴づけるものは肉体が腐り果ててしまえば大部分が失われてしまう。パッと見では識別できないと考えた方がいい。
さまよう彼らを見る限り、頭皮も腐って髪の毛までなくなっているしな。
探知の複合発露、祈念魔法でも同じことだろう。
「……厳密には、臓器の飛び出方とか腐り方とかは微妙に違うようだけどね。ハッキリ言ってゾッとしない見分け方だけど。いずれにしても、ある程度の接近は不可欠だ」
「とは言え、余りこの段階でリスクを負いたくはありませんね」
第六位階の身体強化を解除できない以上、この電光ピカピカの状態をやめることはできないし……そうなると、気づかれずに近づくことは不可能だ。
「なら、どうする? イサク」
アコさんに問われ、少しだけ考える。
対象を見分けようとするのなら、当然ながら周囲の感染者との違いを足がかりにする以外にない。即ち――。
「本命は第六位階上位の身体強化。感染者は最高でも第五位階の身体強化……」
これを利用するのが最善だろう。
そして、その手段を俺は持っている。
「……ライムさん、ルシネさん。いつでも精神干渉できるように用意を」
「ああ。任せろ」
「分かった」
「……どうする気?」
俺の言葉に疑問を挟まずに即座に応じる二人とは対照的に、抑揚を抑えつつもどこか緊張感も滲んだ声で尋ねてくるパレットさん。
三人の中で唯一人。彼女はまだ俺の実力を一端しか実際に目の当たりにしていない。
伝聞ではある程度把握しているかもしれないが……。
それだけでは、眼前に広がる重大な事態を前に、俺を信じ切れないのだろう。
「まあ、見てて下さい」
今回の作戦には、そんなパレットさんの信用を得る、という側面もある。
だから俺は彼女に声色で自信を示し、それからアコさんが告げた区画を見据えた。
直後――。
「雪?」
パレットさんが疑問気味に呟いた通り、雪が森全体へと降り始める。
雪女の少女化魔物たるサユキの種族特性を応用した、探知の効果を持つ雪だ。
「イサク、探知では対象の見分けはつかないよ」
「分かってます」
こちらも訝しむようなアコさんの言葉に頷く。
そこは織り込み済みだ。
この雪は、あくまでも対象を発見した後に備えてのものに過ぎない。
「彼女には、自分から出てきて貰います」
そして俺は右手を目標の区画へと向け――。
「凍りつけ」
静かに告げると真・複合発露〈万有凍結・封緘〉を発動させ、その四キロ四方を森ごと全て氷漬けにした。
「なっ!?」
森の一部が一瞬にして完全に凍結した光景を前に、会ってから初めてハッキリとした驚きを顕にするパレットさん。
「成程ね」
そんな彼女とは対照的に、アコさんは納得の声を上げる。
俺の意図を理解したようだ。
「範囲優先で威力を抑えて凍結しようと第六位階は第六位階。第五位階に過ぎない感染者達は凍結を破ることはできない。けど、第六位階である対象だけは……」
「ええ」
リビングデッドの上位少女化魔物だけは、氷の封印を破ることができる訳だ。
後は氷漬けになった範囲に動く存在があれば、それが彼女。
これならば奇襲を受ける心配もなく、余裕を持って対峙することができる。
「……よし。見つけた」
直後、その予想通りに雪の探知によって凍結範囲内に反応があり――。
「ん?」
しかし、これでこちらが主導権を握れるという予想を大きく裏切られ、探知の反応は次の瞬間、高度二百メートルを滞空している俺へと超高速で接近してきた。
「な、マジか!?」
それを前に、俺は驚愕を顕にしつつも更に上空へと回避軌道を取り、同時に巨大な氷の塊を発生させて対象へと横合いから叩きつけた。
瞬間、衝突音と共に氷は完膚なきまでに砕かれる。
「身体強化の防御力が上回ったか!」
しかし、その何かは速度を完全に減ぜられた上で弾き飛ばされ、それ以上俺に接近することはできないまま重力に引かれて森から外れた平原に墜落した。
かと思えば、対象は瞬く間に背後へと回り込むように衝撃波を撒き散らしながら地面を移動し、そこから上空にいる俺へと全く同じように接近してくる。
「くっ」
弾丸の如く迫り来るそれに対し、こちらもまた同じように氷塊を以って反撃することによって叩き落とし、それから即座に対象から距離を取る。
相手は空に浮かぶ雷光を目標とするように追いかけてくる。
その速度は、大地を走るなら俺の知る限り最速のシニッドさんよりも遥かに上だ。
「飛行能力がある訳じゃない。一回の跳躍でここまで来たのか?」
「そのようだね。……全く、何て馬鹿げた身体能力だ」
自問する俺に同意して、戦慄したようにアコさんが言う。
感染者達からの思念の蓄積によって強化された暴走・複合発露〈不死鎖縛・感染〉。
その身体能力。これ程のものだとは思わなかった。
「どうする? 逃げ回っていても事態は解決しないよ?」
「分かってます」
あくまでも目的は暴走の鎮静化なのだから。
「精神干渉をする隙を作るなら、ともかく接近しないと」
幸いと言うべきか、対象は潜伏を台なしにした俺を脅威と見て、排除せんという一念のみで動いている。それだけに行動は単調だ。
跳躍で届かないだけの距離を空けた、馬鹿げた速度の追いかけっこがその証拠。
結果。遮蔽物の多い森から釣り出される格好となり、平原での対峙も可能となった。
なし崩しだが、条件は悪くない。
「このまま戦闘を開始します」
だから、俺はそう告げると共に、急旋回して彼女を目がけて急降下した。
「我流・雷翼氷鎧装!」
同時に、〈裂雲雷鳥・不羈〉を維持しながら全身に氷の鎧を纏う。
対人戦闘の全力。出し惜しみはなしだ。
こと真っ向勝負の戦いにおいて、この相手はこれまでで最強と見て間違いない。
いくら警戒してもし過ぎることはない。
「おおお、おおおおお……」
そんな俺を前に、リビングデッドの上位少女化魔物たる彼女は、地獄の底から響いてくるような低い呻き声を上げながら地面を蹴り……。
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