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第4章 前兆と空の旅路

196 循環共鳴

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 小都市アカハの中心を貫く広い目抜き通り。
 長く真っ直ぐに整地されたそこは端から端までの距離がかなりあるが、高低差はない。
 加えて深夜ということもあり、最大限に間合いを取った俺と【イヴィルソード】両手剣を装備した【リビングアーマー】全身鎧との間に障害物も皆無だ。
 互いの速度を考えると数百メートル程度の距離などあってないようなもので、一直線一足飛びに相手を攻撃することも不可能ではない位置関係と言える。
 狙撃し易くもあるが、殴った方が早いこの状況では遠距離攻撃という選択肢はない。
 相手は相手で唯一にして絶対の攻撃手段である【イヴィルソード】を、あれだけ破壊されないように庇っていたにもかかわらず投擲してくることなどあり得ないし、こちらはこちらで下手をすると街に被害が出かねない方法は除外せざるを得ない。
 詰まるところ、後は真っ向からぶつかり合うのみだ。

「我流・循環共鳴・ループレゾナント・雷翼ライトニングソア・氷穿フロストパイル

 そして俺は、左手に持ち替えた印刀ホウゲツを肩に担ぐように構えて重心を低くしたまま口の中で呟くと、該当するアーク複合発露エクスコンプレックスを調整して敵を討滅し得る力を発現させた。
 瞬間、体に纏っていた雷光は一層激しさを増して放電の音もまた強まり、同時に右手の拳に俺が生成し得る総量を圧縮した極低温の氷を以って杭の如く鋭い円錐を形成する。
 その間に【リビングアーマー】もまた【イヴィルソード】を構えて前傾姿勢を取り……。

 示し合わせた訳ではなかったが、呼吸が合ったかのように俺達は同時に地面を蹴った。
 全身鎧の踏み込みは大地を砕き、ほぼ一瞬にして音速に至る。
 だが、それによる衝撃波が周囲へと影響を及ぼすよりも早く。
 初速から最高速度。祈念魔法と複合発露エクスコンプレックスの効果によって空気抵抗も打ち消して極超音速領域に入った俺は、その懐へと入り込んでいた。
 そのまま氷の円錐で装甲を穿たんと、拳を引き絞って蓄えた力を解き放つ。

 とは言え、敵も然る者。
 そもそも器官としての目を有していないがために視覚で外界を認識していないと思われるそれらは、その出自と目的から人間という観測者の位置を本能で察知できるのだろう。
 更には、その反射神経も人間のようにラグがあるものではない可能性が高い。
 勿論、物体として存在している以上は攻撃に動作を要するが……。
【リビングアーマー】は、その無骨な外見からすると異様な程に洗練された無駄のない動きで俺を迎撃せんと【イヴィルソード】を振るう。
 正確な位置把握に基づく緻密な予測により、俺が辿り着いた位置へと先んじて刃を置いて迎え撃つように。

 だが、こちらはその挙動よりも根本的に速い。
 俺は雷の軌道を以って敵の斬撃から身をかわすと、全身鎧がそれに対応して次なる一撃を放とうとする前に、極低温の氷の円錐を纏った拳を胸部の装甲へと届かせた。
 恐らく、【リビングアーマー】はそれを真っ向から受け止めた上で、無防備となった俺を真っ二つにするつもりだったのだろう。
 しかし、その思惑は外れる。
 氷の杭は、赤く脈打つラインを持つ漆黒の鎧の中心にぶち当たった正にその瞬間、防御に特化した滅尽ネガ複合発露エクスコンプレックスによって守られているはずのそこを容易く突き破り――。

「余り自惚れるなよ、人形化魔物ピグマリオン

 急激な温度低下と攻撃そのものの威力によって【リビングアーマー】の胴体部分は砕け散り、その四肢に当たる装甲は衝撃によって四散してしまった。
 それに伴い、【イヴィルソード】もまた籠手ガントレットの部分と共に遠方へと弾き飛ばされる。
 そして僅かに遅れて、その柄を握り締めていた両腕のパーツを含め、周囲に散らばった全身鎧の破片や部品は世界に溶け込むように赤黒くドロドロになって消えていった。
 想定通り、【リビングアーマー】は今の一撃を以って討つことができたようだ。
 一つ大きく息を吐き出しつつ、地面に転がる【イヴィルソード】を睨む。

「す、凄い、です」

 時間にすれば僅か一瞬の攻防を前に、呆然としたような声を出すリクル。

「〈共鳴調律イントネイトディア想歌アンプリファイア〉の重ねがけでここまでの威力が出るのですか、です」

 そして彼女は、氷の杭が【リビングアーマー】の滅尽・複合発露による防御力を容易く上回ったカラクリを自分なりに考察するように呟いた。
 その内容は、一部正しいものの正解ではない。
 まだ【イヴィルソード】が残る以上、彼女に対する説明は後回しにするが……。

 俺が使用したのはサユキとの〈万有アブソリュート凍結コンジール封緘サスペンド〉、ルトアさんとの〈裂雲雷鳥イヴェイドソア不羈サンダーボルト〉、そしてフェリトとの〈共鳴調律・想歌〉の三つで間違いない。
 リクルが口にした通り、影の中のフェリトもまた人形化魔物達が襲いかかってきた時点で自らの真・複合発露を発動させており、今も尚美しい歌声が静かな夜に響いている。
 この二重の〈共鳴調律・想歌〉により、更なる加速と共に一撃の威力が大幅に増した。
 ここまでがリクルの予想だ。

 しかし、最初に殴った時の感覚的に、それで滅尽・複合発露と互角かやや劣るぐらいだ。
 なので、一つちょっとした裏技も使用している。
 フェリトの〈共鳴調律・想歌〉によるバフの対象は俺が発動した三つ。対して、俺が使用したそれは、自分自身が発動した三つに加えてフェリトの力まで対象に含んでいる。
 つまり、フェリトが強化した俺がフェリトを強化し、その強化分で更に再び俺を強化するという言わば無限循環的な状態になっていた訳だ。
 名づけて循環共鳴。
 時間経過でバフの効果が増大していくため、若干の時間稼ぎが必要という欠点はあるものの、あの僅かな時間でも【リビングアーマー】を一撃で粉砕可能な威力を得られる。
 もはやバグ技と言っても過言ではないものだ。

「これなら、わたしが真性少女契約ロリータコントラクトできなくても、ご主人様は何の……え?」

 と、僅かな安堵を含みながらも複雑な感情を滲ませながら呟きを続けたリクルが異常に気づき、そこで言葉を区切って怖気づいたような声を出す。
 当然ながら、異常の元たる存在を見据えていた俺もその光景を目の当たりにしていた。
 地面に転がっていた【イヴィルソード】が突如としてのだ。
 縦に四つに分かたれた刀身が西洋的な両手剣の鍔を基点に蜘蛛の足にも似た節を持った四本の鋭利で不可思議な刃となり、その内の二本を足としながら
 更に、残る二本が腕のように振る舞い始めている。こうなると柄は頭部だろうか。

「……人形、か」

 歪ながらシルエット自体は人に近いとも言えなくはないもの。
 これこそが【イヴィルソード】の人形化魔物としての通常の姿という訳だ。
 そう半ば感心していると、それは弾けるように駆け出し、かと思えば再び両手剣の形態を取って切っ先をこちらに弾丸の如く飛んできた。

「成程な」

 その姿に納得を口に出しながら、印刀ホウゲツを構え直して飛来するそれを叩き切る。
 恐らく、滅尽・複合発露の威力は完全な剣の状態でなければ発揮できないのだろう。
 それ故に【リビングアーマー】という使い手が必要だったのだ。
 単独で活動する場合には、魔剣的なイメージから推測するに、あるいは人間に己を手に取らせて肉体を操るような能力も有していた可能性もある。
 もしかすると、あの究められた技は【イヴィルソード】に依存していたのかもしれない。

 だが、既に防御力を失ったそれに俺が負ける理由はない。
 同じ武器としての属性を持ちながら徹頭徹尾人間のために存在している印刀ホウゲツの僅か一撃により、使い手を失った【イヴィルソード】は呆気なく破壊されたのだった。

「お疲れ様でした。さすがイサク様です」
「少しヒヤッとしたけどな。フェリトのおかげで結果として簡単に勝てた」
「そ、そう?」

 イリュファの労いに応じながらフェリトを称えると、彼女は照れたような声を出した。
 それの伴い、〈共鳴調律・想歌〉が停止して美しい歌声もまたとまってしまう。
 深夜の静けさが戻ってきて、ほんの少しだけ物寂しい気持ちになる。
 僅かな時間とは言え、激しい攻防を経た後でもあるから尚のことだ。
 ともあれ――。

「さて、とりあえずトリリス様の下へ戻って、報告を行うとしましょう」
「そうだな」
「あ、少し文句言わないと!」
「問題なく倒せたんだから、手心を加えてやってくれ」

 一先ず小都市アカハが二体の人形化魔物から解放されたことに安堵しながら、俺達は長居はせずに学園都市トコハへの帰路に着いたのだった。
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