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第5章 治癒の少女化魔物と破滅欲求の根源
239 人質対策と難しい顔
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アコさんの下を辞去した後。すぐさま今度はホウゲツ学園へ。
校門辺りの上空で真・複合発露〈裂雲雷鳥・不羈〉を解除した俺は、空いている敷地に降り立つと、そのまま学園長室に直行しようとして――。
「っと」
一歩踏み出したところで、いきなり視界が切り替わった。
トリリス様の複合発露〈迷宮悪戯〉によって学園長室に連れてこられたようだ。
こちらもルトアさんからの連絡を受けて待ち構えていたのだろう。
視界には普段通りの不釣り合いな大きさの机の奥で、渋面で腕を組む彼女の姿。
その傍らにいるディームさんもまた、眉間に微かにしわを寄せている。
「……中々、よろしくない状況になってしまったナ」
挨拶もなく、いきなり本題に入るトリリス様。
重い声色からして、彼女もまた現在の状態を問題視しているのだろう。当然だ。
いくら無差別に人質を取られ、囚われの少女化魔物を救うためであれ、少なくともホウゲツでは反社会的勢力に当たる者の要求に従ってしまった訳だから。
実際のところ。
前世でも、そうした組織やテロリストの要求は決して呑んではならないと聞く。
それがたとえ人質の命と引き換えにしたものであったとしても。
何故なら、一度そういった前例ができてしまうと、彼らは味を占めて同じことが繰り返すからだ。
人をさらい、新たな人質とする。
その中で、抵抗して命を落とす者も出てくるだろう。
加えて要求される内容如何では、それに従ってしまった結果として組織が大きくなり、大規模な破壊活動が実行されてしまう可能性まで高まる。
だからこそ、毅然と突っ撥ねることが国家としては必要な訳だが……。
「もっとも、ワタシ達がイサクを非難できることではないがナ」
「ホウゲツとしては少女化魔物を見捨てることはできないのです……」
今回の件に関しては、彼女達のみならず奉献の巫女ヒメ様も同意の上の話だ。
俺だけの決定ではない。
勿論、俺のせいではないと開き直りたい訳ではない。
皆に一様に責任があるというだけの話だ。
「しかし、このままだと無差別に人質を取られたまま、彼らの要求に従い続けなければならない、ということになりかねません。それは避けなければ」
「当然だナ」
「ただ、こちらとしても、大のために小を捨てろとは言えないのです……」
それは俺も同じ考えだ。
しかし、ならば、ただ突っ撥ねるだけという以外の対策が不可欠となる。
「不幸中の幸いと言うべきか、高度に計算された行動と言うべきか、少なくともテネシスは殺しをするつもりはないようなのです……」
「組織内の粛正にしても石化を使用しているそうだしナ。石化は停止であって死ではない以上、まあ、あくまでも殺人に比べればの話だが、比較的罪も軽いのだゾ」
「そのことが逆に強硬的な対処のハードルを上げてしまっているのです……」
言いたいことは分からなくもない。
語弊を恐れず言えば、犠牲を許容するには割に合わない程度の罪、なのだろう。
例えば、無差別殺人鬼が要求を呑まなければ人質の命はないと脅してきているのなら、その誰かを犠牲にしてでも捕らえなければならない、となるかもしれない。
だが、現状としてはそこまでの話ではない。
勿論、人間至上主義組織スプレマシーによる被害は多々あるが、テネシスが長となって以降は数字上、軽犯罪の割合が大きくなっているらしいからだ。
一般的な認識としては彼は穏健派とされ、ウラバ大事変のような重大な事件はかの組織の傍流となった過激派によるものなのだとか。
俺からすれば、感情任せに馬鹿げた行動に出る奴らよりもテネシスの方が余程脅威に思うのだが。
いずれにせよ、テネシスが殺しをする素振りがなく、石化に留めていることも相まって、無理に首を挿げ替えるべきではないという意見もあるのだとか。
一般市民が石化された事例がまだないことも一つの要因だろう。
しかし、もしも何の罪もない者が石化され、それによる停止が永く続くようなことになれば、もはや周りの人にとっては殺されたも同然だ。
実際に対処する側としては、テネシス達が新たな要求をしてきた時に無視を決め込むのは難しい。かと言って――。
「未然に防げれば、それに越したことはないが、転移の力まで有するテネシス達が突発的、無差別的に人々を害しようとしたら後手に回る以外ないのだゾ」
これまで拠点すらも完璧に隠匿してきたテネシスの居場所が急に分かるはずもない以上、どこに出没するか予測できるはずもない。
ましてや同じ大地に足をつけた存在に特化した感知能力を持つベヒモスの少女化魔物が協力しているとなれば、尚更のこと。捜索の手は筒抜けもいいところだ。
前世でのテロ対策よりも遥かに難易度が高い。
何せ、祈念魔法や複合発露といった元の世界の銃火器以上の力を、場所も取らずに手軽に個人が持って歩ける訳だから。
「となれば、後手に回っても挽回できる状態に持っていくしかないのです……」
ディームさんの言葉を受け、目を閉じて考える。
「……たとえ石化されても問題ない状況にするってことですか。それはつまりウインテート連邦共和国からアスクレピオスを借りて備える、とか?」
「確かに、第六位階のアスクレピオスならば暴走・複合発露による状態異常を回復することも不可能ではないのだゾ。しかしナ」
「テネシス自身の力がどの程度かにもよりますし、テネシスと石化の複合発露を持つ少女化魔物による重ねがけともなると回復できる公算は小さいのです……」
俺の問いかけにまずトリリス様が答え、それをディームさんが引き継ぐ。
そもそも借りられるかどうかは問題にしていない辺り、このホウゲツという国の力は俺が思うよりも遥かに強いのかもしれない。
しかし、正直困難だろうと思ったその部分が容易く叶っても、気休めぐらいにしかならないのか。……であれば――。
「治癒系の真・複合発露……つまり聖女に頼るしかない、ということでしょうか」
「万全を期すなら、そうなるナ」
暴走・複合発露の重ねがけに対抗するには、治癒の真・複合発露の重ねがけ。
更にアスクレピオスがあれば、尚のこといい。
そういう感じか。
「でも、それって運を天に任せるようなものでは?」
聖女は治癒の少女化魔物ありきの存在だ。
しかし、そうそう都合よく望んだ少女化魔物が生まれるとは限らない。
物欲センサーという言葉もあるし。
「広義ではそうかもしれないけどナ。少なくとも、闇雲にテネシスを探そうとするよりは遥かに確率が高い賭けになるのだゾ」
「実際、周期的にそろそろ次代の聖女が現れてもおかしくはないのです……」
「それに、救世の転生者の使命を妨げるものがあり、それを解決する術として最も有効であれば都合よく生じてもおかしくはないのだゾ」
「あるいは、発見されていないだけで、治癒の少女化魔物自体は既に生まれているかもしれないのです……」
交互に俺の問いへの答えを口にする二人。
救世の転生者自体が万民の思念の蓄積を背負っているが故に、ということか。
とは言え、お膳立てを活かすも殺すも俺次第ではあるのだろう。
選択一つで全て台なしにしてしまう可能性は常に存在する。
積極的に掴み取ろうとしなければ零れ落ちてしまう。
その摂理は救世の転生者であろうとなかろうと変わりはない。
いずれにしても今は――。
「……一先ず治癒の少女化魔物を見つけ、聖女を誕生させる。それが今この場で考えられる、無差別な人質を無効化する方法、というところでしょうか」
望みは薄いが、勿論テネシス達の本拠地を捜索し続けるのは当然とした上で。
……重ね重ね、転移の複合発露とベヒモスの少女化魔物の地上探知が厄介だな。
まあ、何にせよ、大分頭が凝り固まってきた感がある。
とりあえず治癒の少女化魔物捜索に主軸を置くとして……別のアプローチを探るにしても、少し頭を冷やした方がいいかもしれない。
なので――。
「…………俺は一旦、モクハに戻ります」
色々あったが、セト達の夏休みを台なしにする訳にもいかない。
兄としての自分も、心を保って使命を背負うのに必要不可欠だ。
「そうだナ。……しかし、イサク。気持ちは分からなくもないが、そんな難しい顔のまま弟達の下に戻っては心配させるだけだゾ」
トリリス様はそんな俺に一つ頷いてから、そう指摘してきた。
言われて、自分の顔を触って確認する。
確かに少し強張っているかもしれない。
「先達としてあろうとするなら、余計なことは気取られないようにするのだゾ」
「……分かってます」
だから俺は続けられた彼女の忠告に頷き、自分で自分の頬を張って心を落ち着けてから、海水浴場に戻るために学園長室を出たのだった。
校門辺りの上空で真・複合発露〈裂雲雷鳥・不羈〉を解除した俺は、空いている敷地に降り立つと、そのまま学園長室に直行しようとして――。
「っと」
一歩踏み出したところで、いきなり視界が切り替わった。
トリリス様の複合発露〈迷宮悪戯〉によって学園長室に連れてこられたようだ。
こちらもルトアさんからの連絡を受けて待ち構えていたのだろう。
視界には普段通りの不釣り合いな大きさの机の奥で、渋面で腕を組む彼女の姿。
その傍らにいるディームさんもまた、眉間に微かにしわを寄せている。
「……中々、よろしくない状況になってしまったナ」
挨拶もなく、いきなり本題に入るトリリス様。
重い声色からして、彼女もまた現在の状態を問題視しているのだろう。当然だ。
いくら無差別に人質を取られ、囚われの少女化魔物を救うためであれ、少なくともホウゲツでは反社会的勢力に当たる者の要求に従ってしまった訳だから。
実際のところ。
前世でも、そうした組織やテロリストの要求は決して呑んではならないと聞く。
それがたとえ人質の命と引き換えにしたものであったとしても。
何故なら、一度そういった前例ができてしまうと、彼らは味を占めて同じことが繰り返すからだ。
人をさらい、新たな人質とする。
その中で、抵抗して命を落とす者も出てくるだろう。
加えて要求される内容如何では、それに従ってしまった結果として組織が大きくなり、大規模な破壊活動が実行されてしまう可能性まで高まる。
だからこそ、毅然と突っ撥ねることが国家としては必要な訳だが……。
「もっとも、ワタシ達がイサクを非難できることではないがナ」
「ホウゲツとしては少女化魔物を見捨てることはできないのです……」
今回の件に関しては、彼女達のみならず奉献の巫女ヒメ様も同意の上の話だ。
俺だけの決定ではない。
勿論、俺のせいではないと開き直りたい訳ではない。
皆に一様に責任があるというだけの話だ。
「しかし、このままだと無差別に人質を取られたまま、彼らの要求に従い続けなければならない、ということになりかねません。それは避けなければ」
「当然だナ」
「ただ、こちらとしても、大のために小を捨てろとは言えないのです……」
それは俺も同じ考えだ。
しかし、ならば、ただ突っ撥ねるだけという以外の対策が不可欠となる。
「不幸中の幸いと言うべきか、高度に計算された行動と言うべきか、少なくともテネシスは殺しをするつもりはないようなのです……」
「組織内の粛正にしても石化を使用しているそうだしナ。石化は停止であって死ではない以上、まあ、あくまでも殺人に比べればの話だが、比較的罪も軽いのだゾ」
「そのことが逆に強硬的な対処のハードルを上げてしまっているのです……」
言いたいことは分からなくもない。
語弊を恐れず言えば、犠牲を許容するには割に合わない程度の罪、なのだろう。
例えば、無差別殺人鬼が要求を呑まなければ人質の命はないと脅してきているのなら、その誰かを犠牲にしてでも捕らえなければならない、となるかもしれない。
だが、現状としてはそこまでの話ではない。
勿論、人間至上主義組織スプレマシーによる被害は多々あるが、テネシスが長となって以降は数字上、軽犯罪の割合が大きくなっているらしいからだ。
一般的な認識としては彼は穏健派とされ、ウラバ大事変のような重大な事件はかの組織の傍流となった過激派によるものなのだとか。
俺からすれば、感情任せに馬鹿げた行動に出る奴らよりもテネシスの方が余程脅威に思うのだが。
いずれにせよ、テネシスが殺しをする素振りがなく、石化に留めていることも相まって、無理に首を挿げ替えるべきではないという意見もあるのだとか。
一般市民が石化された事例がまだないことも一つの要因だろう。
しかし、もしも何の罪もない者が石化され、それによる停止が永く続くようなことになれば、もはや周りの人にとっては殺されたも同然だ。
実際に対処する側としては、テネシス達が新たな要求をしてきた時に無視を決め込むのは難しい。かと言って――。
「未然に防げれば、それに越したことはないが、転移の力まで有するテネシス達が突発的、無差別的に人々を害しようとしたら後手に回る以外ないのだゾ」
これまで拠点すらも完璧に隠匿してきたテネシスの居場所が急に分かるはずもない以上、どこに出没するか予測できるはずもない。
ましてや同じ大地に足をつけた存在に特化した感知能力を持つベヒモスの少女化魔物が協力しているとなれば、尚更のこと。捜索の手は筒抜けもいいところだ。
前世でのテロ対策よりも遥かに難易度が高い。
何せ、祈念魔法や複合発露といった元の世界の銃火器以上の力を、場所も取らずに手軽に個人が持って歩ける訳だから。
「となれば、後手に回っても挽回できる状態に持っていくしかないのです……」
ディームさんの言葉を受け、目を閉じて考える。
「……たとえ石化されても問題ない状況にするってことですか。それはつまりウインテート連邦共和国からアスクレピオスを借りて備える、とか?」
「確かに、第六位階のアスクレピオスならば暴走・複合発露による状態異常を回復することも不可能ではないのだゾ。しかしナ」
「テネシス自身の力がどの程度かにもよりますし、テネシスと石化の複合発露を持つ少女化魔物による重ねがけともなると回復できる公算は小さいのです……」
俺の問いかけにまずトリリス様が答え、それをディームさんが引き継ぐ。
そもそも借りられるかどうかは問題にしていない辺り、このホウゲツという国の力は俺が思うよりも遥かに強いのかもしれない。
しかし、正直困難だろうと思ったその部分が容易く叶っても、気休めぐらいにしかならないのか。……であれば――。
「治癒系の真・複合発露……つまり聖女に頼るしかない、ということでしょうか」
「万全を期すなら、そうなるナ」
暴走・複合発露の重ねがけに対抗するには、治癒の真・複合発露の重ねがけ。
更にアスクレピオスがあれば、尚のこといい。
そういう感じか。
「でも、それって運を天に任せるようなものでは?」
聖女は治癒の少女化魔物ありきの存在だ。
しかし、そうそう都合よく望んだ少女化魔物が生まれるとは限らない。
物欲センサーという言葉もあるし。
「広義ではそうかもしれないけどナ。少なくとも、闇雲にテネシスを探そうとするよりは遥かに確率が高い賭けになるのだゾ」
「実際、周期的にそろそろ次代の聖女が現れてもおかしくはないのです……」
「それに、救世の転生者の使命を妨げるものがあり、それを解決する術として最も有効であれば都合よく生じてもおかしくはないのだゾ」
「あるいは、発見されていないだけで、治癒の少女化魔物自体は既に生まれているかもしれないのです……」
交互に俺の問いへの答えを口にする二人。
救世の転生者自体が万民の思念の蓄積を背負っているが故に、ということか。
とは言え、お膳立てを活かすも殺すも俺次第ではあるのだろう。
選択一つで全て台なしにしてしまう可能性は常に存在する。
積極的に掴み取ろうとしなければ零れ落ちてしまう。
その摂理は救世の転生者であろうとなかろうと変わりはない。
いずれにしても今は――。
「……一先ず治癒の少女化魔物を見つけ、聖女を誕生させる。それが今この場で考えられる、無差別な人質を無効化する方法、というところでしょうか」
望みは薄いが、勿論テネシス達の本拠地を捜索し続けるのは当然とした上で。
……重ね重ね、転移の複合発露とベヒモスの少女化魔物の地上探知が厄介だな。
まあ、何にせよ、大分頭が凝り固まってきた感がある。
とりあえず治癒の少女化魔物捜索に主軸を置くとして……別のアプローチを探るにしても、少し頭を冷やした方がいいかもしれない。
なので――。
「…………俺は一旦、モクハに戻ります」
色々あったが、セト達の夏休みを台なしにする訳にもいかない。
兄としての自分も、心を保って使命を背負うのに必要不可欠だ。
「そうだナ。……しかし、イサク。気持ちは分からなくもないが、そんな難しい顔のまま弟達の下に戻っては心配させるだけだゾ」
トリリス様はそんな俺に一つ頷いてから、そう指摘してきた。
言われて、自分の顔を触って確認する。
確かに少し強張っているかもしれない。
「先達としてあろうとするなら、余計なことは気取られないようにするのだゾ」
「……分かってます」
だから俺は続けられた彼女の忠告に頷き、自分で自分の頬を張って心を落ち着けてから、海水浴場に戻るために学園長室を出たのだった。
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