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第6章 終末を告げる音と最後のピース
294 ラクラちゃんの休日
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クピドの金の矢を回収してから数日後の朝。
二日程前に補導員事務局で受付のルトアさんからトリリス様の指示を受け取っていた俺は、敷地内にある聖女のための専用教育施設の入口まで来ていた。
「じゃあ、イサク。ここで少し待っててくれ」
「分かりました」
そこで、今日もまた門番をしていた知り合いのガイオさんに用向きを告げた後。
セキュリティのために二重になっている外壁の内、施設側から見て一つ目の壁のところまで連絡に行った彼を見送りながら、言われた通りに敷地の外で待つ。
それから戻ってきたガイオさんと少しの間、世間話をしていると……。
施設内から少女化魔物を伴って出てきた一人の少女が、俺と目が合った瞬間、どこか安堵したように微かに表情を和らげながら近づいてきた。
「イサクさん、お久し振りです」
その少女、ラクラちゃんは俺の傍まで来ると、付き添いの少女化魔物が施設の中に戻っていったのを確認してから控え目な笑みと共に挨拶をした。
何だか少しだけ余所余所しい。
「お待たせしてすみません」
「……いや、構わないよ。じゃあ、行こうか」
「はい」
そんな彼女と共に門を離れ、一つ角を曲がって施設が見えなくなったところで。
「……ふう。少し気が楽になりました」
ラクラちゃんは軽く息を吐きながら言ってから、はにかむような苦笑をこちらに向けた。どうやら聖女候補として、施設の近くでは殊更取り澄ましていたようだ。
今はもう、いつもの彼女の雰囲気だ。
適度に真面目で、懐いてくれている感じが。
「聖女の教育施設って、そんなに厳しいのか?」
これまでのラクラちゃんの言動とトリリス様から受けた説明を頭の中で照らし合わせ、心配の色を声に滲ませながら問いかける。
何でも今日は、特別に外出も許された休日なのだそうだ。
本来なら誰か聖女が誕生するか聖女候補から外れるかしなければ、余程のことがない限り、この専門教育施設から出てくることはできない規則らしいが……。
ユニコーンの少女化魔物スールの鶴の一声で決まったのだとか。
聖女の力の根幹たる彼女の機嫌は損ねられない、ということなのだろう。
閉鎖環境のストレスで、学習効率が下がっているという理由もあるそうだ。
「まあ、夢のために必要なことなので否やはないですけど、毎日毎日、生物の構造や仕組み、外傷を含む色々な症例の勉強。そして、どこからともなく運ばれてくる負傷者の治療の実習ですからね。かなりハイペースですし」
医学系の国家試験直前の追い込み勉強と研修の同時並行みたいな状態か。
想像するだにハードだ。
だが、聖女がいるといないとでは、複合発露の危険度が大きく変化してしまう。
特に第六位階の状態異常においては、聖女でなければ治せないものもある。
人形化魔物という脅威もある。
可能な限り早く、一人前の聖女を作り上げたい気持ちは理解できなくもない。
「普段の行動も誰かしら目を光らせてますし。疲れは溜まりますよ」
それは確かにキツイな。
常に気を張っていないといけないのは、精神的に負担が大きい。
まあ、そこは聖女になったら、もっと酷いことになりそうではあるけれども。
何にせよ――。
「なら、せめて今日はゆっくり気分転換しないとね」
「はい! イサクさんの予定が空いててよかったです!」
心の底から嬉しそうに言ってくれるラクラちゃん。
聖女候補ということもあって外出にも監視……もとい護衛が必要なのだとか。
それに合わせて、トリリス様からの依頼という形で俺にも話が来たのだ。
他の子達も、施設の外に出るなら誰かしら少女征服者がついているはずだ。
それが煩わしければ、施設内で休日を過ごすことになるだろう。
「ところで、外では何か大きな事件とかありました? 新聞とかも置いてなかったから、外の情報が全然わからなくて……」
「そうだね……。最近だと、フレギウス王国が滅んだ、とかかな」
「ええっ!?」
サラッと告げた俺の言葉を受け、大きく目を見開いて凄い速さでこちらを見るラクラちゃん。余程、驚いたらしい。
「歴史的な大事件じゃないですか!」
「まあ……そう、だね」
間違いなく歴史の教科書には載る。当事者なので少し感覚が狂っているが。
この数日で一通りの解凍も終え、俺の手を離れたので余り触れたくない話だ。
別に、イクスさんのことを思い出したくないから、という訳ではないけれども。
いずれにせよ、隠していてもいつかは確実に耳に入るぐらい大きな話だから、先達としての信用をなくさないように教えざるを得なかった。
「端的に言えば、恒例のフレギウス王国とアクエリアル帝国の戦争の中で、フレギウス王国が国際的に禁じられた祈望之器を使っていることが明らかになって、それに怒った救世の転生者が王都を壊滅させたとか何とか」
俺の関与も既に周知の事実なので、悪足掻き気味に言葉を濁しながら続ける。
そこが余り触れたくなかった一番の理由だ。
ちなみにフレギウス王国の領土は、そのままアクエリアル帝国に編入される予定だが、何ごともなく統治できるかまでは俺の関知するところではない。
レンリもその辺の対応があってまだアクエリアル帝国にいるが、少し落ち着いたら全て父親に放り投げてホウゲツに戻ってくるつもりのようだ。
育ての親である祖母の教育方針の関係で、国に対する責任よりも自分と祖母の目的を最優先にしている彼女だ。むしろよく留まったと言うべきだろう。
「はー……さすが、救世の転生者様ですね」
と、大分端折った俺の話を聞いて、ラクラちゃんが感心したような声を出す。
彼女は目を輝かせながら言葉を続けた。
「聖女になれたら、ボクも救世の転生者様に会えるんでしょうか」
「そ、そうだね。可能性は高そうだ」
目の前にいるよ、とは言えず、曖昧に答えておく。
「じゃあ、尚更頑張らないと」
「けど、まあ、張り詰めてばかりいても効率が悪くなることもある。今日のところはリフレッシュに専念した方がいい。メリハリをつけるのは大事だからね」
「……そうですね。久し振りの外出ですし」
意気込むようにしていたラクラちゃんは、俺の言葉に頷いて体の力を抜いた。
では、本格的に休日を始めるとしよう。
「ラクラちゃんは、どこに行きたい?」
「とりあえず、皆がどう過ごしてるか見たいです」
「……なら、とりあえずダンからかな。学園の敷地内にいるだろうし」
まだ比較的早い時間だが、彼は今日も訓練施設で汗を流しているはずだ。
夢に真っ直ぐなところは子供の頃から変わらない。
その延長線上で俺と同じ補導員を目指し、鍛錬を重ねている。
そんな彼の様子を見るために、俺はラクラちゃんと共に目的地を目指した。
そして訓練施設の中に入り――。
「やってるな」
「…………ダン君も、頑張ってますね」
何人かの少女化魔物に手伝って貰いながら激しい訓練を行っている彼の姿を、二人並んでしばらく見守る。
ダンは今、アルラウネの少女化魔物のランさん、アラクネの少女化魔物のトリンさんを味方に、オーガの少女化魔物のヴィオレさんを含む身体強化系や攻撃系の複合発露を持つ少女化魔物達を複数相手取っていた。
二人の複合発露を利用し、主に相手の行動を妨害する練習をしているようだ。
更にそれが一段落すると、面子を逆にして。
今度はランさんとトリンさんの妨害を掻い潜る訓練も始まった。
攻撃と防御。双方の視点から状況状況にどういった行動を取るのが適しているのか、頭を使って試行錯誤しているようだ。
夏の合宿の頃から更に成長している姿がハッキリと見て取れる。
「あれ? あんちゃんと……ラクラちゃん?」
余程集中していたのだろう。
その次の切り替えでようやく俺達の存在に気づいたらしく、驚いたような表情を浮かべて言いながら近づいてくるダン。
集中力が高まっているのはいいことだけれども、まだ少し視野が狭いな。
後でアドバイスしておこう。
ただ、今日はラクラちゃんのための日なので自重しておく。
「やあ、ダン君。久し振り」
「どうしたの? 聖女の勉強してたんじゃ――」
そこまで言ってから、ダンは聖女候補から外れて施設から出てきたとでも勘違いしたのか、焦ったように口元を手で隠して目を泳がせる。
「大丈夫だよ。外出の許可が出ただけだから」
「そ、そっか。あはは……」
若干唇を尖らせて言ったラクラちゃんに、笑って誤魔化そうとするダン。
「ダン君は、ボクが聖女候補から外れてもおかしくないって思ったのかな?」
施設でのストレスのせいか、ラクラちゃんは少し意地悪な問いを口にする。
「い、いやあ……」
しかし、冷や汗をかいて一層視線を彷徨わせ始めたダンの様子がさすがにかわいそうだと思ったのか、彼女は「ごめんごめん、冗談だよ」と笑った。
「今日は、皆の姿を見て元気を貰おうと思って」
「俺達の?」
「そ」
ラクラちゃんは首を傾げたダンの問いに肯定すると、少し息が荒く汗をかいた彼の姿を目に焼き付けるように頭の天辺から爪先まで視線を動かしてから頷いた。
「ちゃんとダン君も頑張ってるんだね」
「勿論! 俺はあんちゃんと肩を並べられる補導員になる男だからね」
こちらを見ながら宣言するダン。
そんな彼のやる気に満ち溢れた様子に、微笑みを返しておく。
隣のラクラちゃんもまた笑顔を見せながら、首を縦に振って口を開いた。
「うん。ボクも聖女になる女だ。お互い更に頑張ってこうね、ダン君」
「ああ!」
軽く拳をぶつけ合ってから、小さく笑い合う二人。
目標は違えど夢を追う者同士。眩しい姿だ。少し羨ましい。
「訓練、邪魔してごめんね。じゃあ、ボク達は行くね」
そうして俺達はダンと別れ、訓練施設を後にした。
素直で懸命な彼を目にして刺激を貰えたようで、ラクラちゃんの表情も明るい。
しかし――。
「……次は、セトとトバルのところだな」
「は、はい」
俺の言葉に、ラクラちゃんは一転して緊張したように少し体を強張らせる。
何故か、頬が微妙に赤みを帯びている。
これは…………成程。
多分、そういうことなのだろう。そう思うと、自然と頬が緩む。
「あ、あの。どうして笑ってるんです?」
「何でもないよ。さあ、行こうか」
焦り気味に問うラクラちゃんに、意識的に表情を引き締めて訳知り顔を隠しながら応じ、それから俺は彼女と共に二人の元へと向かったのだった。
二日程前に補導員事務局で受付のルトアさんからトリリス様の指示を受け取っていた俺は、敷地内にある聖女のための専用教育施設の入口まで来ていた。
「じゃあ、イサク。ここで少し待っててくれ」
「分かりました」
そこで、今日もまた門番をしていた知り合いのガイオさんに用向きを告げた後。
セキュリティのために二重になっている外壁の内、施設側から見て一つ目の壁のところまで連絡に行った彼を見送りながら、言われた通りに敷地の外で待つ。
それから戻ってきたガイオさんと少しの間、世間話をしていると……。
施設内から少女化魔物を伴って出てきた一人の少女が、俺と目が合った瞬間、どこか安堵したように微かに表情を和らげながら近づいてきた。
「イサクさん、お久し振りです」
その少女、ラクラちゃんは俺の傍まで来ると、付き添いの少女化魔物が施設の中に戻っていったのを確認してから控え目な笑みと共に挨拶をした。
何だか少しだけ余所余所しい。
「お待たせしてすみません」
「……いや、構わないよ。じゃあ、行こうか」
「はい」
そんな彼女と共に門を離れ、一つ角を曲がって施設が見えなくなったところで。
「……ふう。少し気が楽になりました」
ラクラちゃんは軽く息を吐きながら言ってから、はにかむような苦笑をこちらに向けた。どうやら聖女候補として、施設の近くでは殊更取り澄ましていたようだ。
今はもう、いつもの彼女の雰囲気だ。
適度に真面目で、懐いてくれている感じが。
「聖女の教育施設って、そんなに厳しいのか?」
これまでのラクラちゃんの言動とトリリス様から受けた説明を頭の中で照らし合わせ、心配の色を声に滲ませながら問いかける。
何でも今日は、特別に外出も許された休日なのだそうだ。
本来なら誰か聖女が誕生するか聖女候補から外れるかしなければ、余程のことがない限り、この専門教育施設から出てくることはできない規則らしいが……。
ユニコーンの少女化魔物スールの鶴の一声で決まったのだとか。
聖女の力の根幹たる彼女の機嫌は損ねられない、ということなのだろう。
閉鎖環境のストレスで、学習効率が下がっているという理由もあるそうだ。
「まあ、夢のために必要なことなので否やはないですけど、毎日毎日、生物の構造や仕組み、外傷を含む色々な症例の勉強。そして、どこからともなく運ばれてくる負傷者の治療の実習ですからね。かなりハイペースですし」
医学系の国家試験直前の追い込み勉強と研修の同時並行みたいな状態か。
想像するだにハードだ。
だが、聖女がいるといないとでは、複合発露の危険度が大きく変化してしまう。
特に第六位階の状態異常においては、聖女でなければ治せないものもある。
人形化魔物という脅威もある。
可能な限り早く、一人前の聖女を作り上げたい気持ちは理解できなくもない。
「普段の行動も誰かしら目を光らせてますし。疲れは溜まりますよ」
それは確かにキツイな。
常に気を張っていないといけないのは、精神的に負担が大きい。
まあ、そこは聖女になったら、もっと酷いことになりそうではあるけれども。
何にせよ――。
「なら、せめて今日はゆっくり気分転換しないとね」
「はい! イサクさんの予定が空いててよかったです!」
心の底から嬉しそうに言ってくれるラクラちゃん。
聖女候補ということもあって外出にも監視……もとい護衛が必要なのだとか。
それに合わせて、トリリス様からの依頼という形で俺にも話が来たのだ。
他の子達も、施設の外に出るなら誰かしら少女征服者がついているはずだ。
それが煩わしければ、施設内で休日を過ごすことになるだろう。
「ところで、外では何か大きな事件とかありました? 新聞とかも置いてなかったから、外の情報が全然わからなくて……」
「そうだね……。最近だと、フレギウス王国が滅んだ、とかかな」
「ええっ!?」
サラッと告げた俺の言葉を受け、大きく目を見開いて凄い速さでこちらを見るラクラちゃん。余程、驚いたらしい。
「歴史的な大事件じゃないですか!」
「まあ……そう、だね」
間違いなく歴史の教科書には載る。当事者なので少し感覚が狂っているが。
この数日で一通りの解凍も終え、俺の手を離れたので余り触れたくない話だ。
別に、イクスさんのことを思い出したくないから、という訳ではないけれども。
いずれにせよ、隠していてもいつかは確実に耳に入るぐらい大きな話だから、先達としての信用をなくさないように教えざるを得なかった。
「端的に言えば、恒例のフレギウス王国とアクエリアル帝国の戦争の中で、フレギウス王国が国際的に禁じられた祈望之器を使っていることが明らかになって、それに怒った救世の転生者が王都を壊滅させたとか何とか」
俺の関与も既に周知の事実なので、悪足掻き気味に言葉を濁しながら続ける。
そこが余り触れたくなかった一番の理由だ。
ちなみにフレギウス王国の領土は、そのままアクエリアル帝国に編入される予定だが、何ごともなく統治できるかまでは俺の関知するところではない。
レンリもその辺の対応があってまだアクエリアル帝国にいるが、少し落ち着いたら全て父親に放り投げてホウゲツに戻ってくるつもりのようだ。
育ての親である祖母の教育方針の関係で、国に対する責任よりも自分と祖母の目的を最優先にしている彼女だ。むしろよく留まったと言うべきだろう。
「はー……さすが、救世の転生者様ですね」
と、大分端折った俺の話を聞いて、ラクラちゃんが感心したような声を出す。
彼女は目を輝かせながら言葉を続けた。
「聖女になれたら、ボクも救世の転生者様に会えるんでしょうか」
「そ、そうだね。可能性は高そうだ」
目の前にいるよ、とは言えず、曖昧に答えておく。
「じゃあ、尚更頑張らないと」
「けど、まあ、張り詰めてばかりいても効率が悪くなることもある。今日のところはリフレッシュに専念した方がいい。メリハリをつけるのは大事だからね」
「……そうですね。久し振りの外出ですし」
意気込むようにしていたラクラちゃんは、俺の言葉に頷いて体の力を抜いた。
では、本格的に休日を始めるとしよう。
「ラクラちゃんは、どこに行きたい?」
「とりあえず、皆がどう過ごしてるか見たいです」
「……なら、とりあえずダンからかな。学園の敷地内にいるだろうし」
まだ比較的早い時間だが、彼は今日も訓練施設で汗を流しているはずだ。
夢に真っ直ぐなところは子供の頃から変わらない。
その延長線上で俺と同じ補導員を目指し、鍛錬を重ねている。
そんな彼の様子を見るために、俺はラクラちゃんと共に目的地を目指した。
そして訓練施設の中に入り――。
「やってるな」
「…………ダン君も、頑張ってますね」
何人かの少女化魔物に手伝って貰いながら激しい訓練を行っている彼の姿を、二人並んでしばらく見守る。
ダンは今、アルラウネの少女化魔物のランさん、アラクネの少女化魔物のトリンさんを味方に、オーガの少女化魔物のヴィオレさんを含む身体強化系や攻撃系の複合発露を持つ少女化魔物達を複数相手取っていた。
二人の複合発露を利用し、主に相手の行動を妨害する練習をしているようだ。
更にそれが一段落すると、面子を逆にして。
今度はランさんとトリンさんの妨害を掻い潜る訓練も始まった。
攻撃と防御。双方の視点から状況状況にどういった行動を取るのが適しているのか、頭を使って試行錯誤しているようだ。
夏の合宿の頃から更に成長している姿がハッキリと見て取れる。
「あれ? あんちゃんと……ラクラちゃん?」
余程集中していたのだろう。
その次の切り替えでようやく俺達の存在に気づいたらしく、驚いたような表情を浮かべて言いながら近づいてくるダン。
集中力が高まっているのはいいことだけれども、まだ少し視野が狭いな。
後でアドバイスしておこう。
ただ、今日はラクラちゃんのための日なので自重しておく。
「やあ、ダン君。久し振り」
「どうしたの? 聖女の勉強してたんじゃ――」
そこまで言ってから、ダンは聖女候補から外れて施設から出てきたとでも勘違いしたのか、焦ったように口元を手で隠して目を泳がせる。
「大丈夫だよ。外出の許可が出ただけだから」
「そ、そっか。あはは……」
若干唇を尖らせて言ったラクラちゃんに、笑って誤魔化そうとするダン。
「ダン君は、ボクが聖女候補から外れてもおかしくないって思ったのかな?」
施設でのストレスのせいか、ラクラちゃんは少し意地悪な問いを口にする。
「い、いやあ……」
しかし、冷や汗をかいて一層視線を彷徨わせ始めたダンの様子がさすがにかわいそうだと思ったのか、彼女は「ごめんごめん、冗談だよ」と笑った。
「今日は、皆の姿を見て元気を貰おうと思って」
「俺達の?」
「そ」
ラクラちゃんは首を傾げたダンの問いに肯定すると、少し息が荒く汗をかいた彼の姿を目に焼き付けるように頭の天辺から爪先まで視線を動かしてから頷いた。
「ちゃんとダン君も頑張ってるんだね」
「勿論! 俺はあんちゃんと肩を並べられる補導員になる男だからね」
こちらを見ながら宣言するダン。
そんな彼のやる気に満ち溢れた様子に、微笑みを返しておく。
隣のラクラちゃんもまた笑顔を見せながら、首を縦に振って口を開いた。
「うん。ボクも聖女になる女だ。お互い更に頑張ってこうね、ダン君」
「ああ!」
軽く拳をぶつけ合ってから、小さく笑い合う二人。
目標は違えど夢を追う者同士。眩しい姿だ。少し羨ましい。
「訓練、邪魔してごめんね。じゃあ、ボク達は行くね」
そうして俺達はダンと別れ、訓練施設を後にした。
素直で懸命な彼を目にして刺激を貰えたようで、ラクラちゃんの表情も明るい。
しかし――。
「……次は、セトとトバルのところだな」
「は、はい」
俺の言葉に、ラクラちゃんは一転して緊張したように少し体を強張らせる。
何故か、頬が微妙に赤みを帯びている。
これは…………成程。
多分、そういうことなのだろう。そう思うと、自然と頬が緩む。
「あ、あの。どうして笑ってるんです?」
「何でもないよ。さあ、行こうか」
焦り気味に問うラクラちゃんに、意識的に表情を引き締めて訳知り顔を隠しながら応じ、それから俺は彼女と共に二人の元へと向かったのだった。
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