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第6章 終末を告げる音と最後のピース
AR39 本命
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「二者択一。そうムートが告げた言葉に嘘偽りはなかった。テネシスこそが救世の転生者を抑え込むための囮であり、彼女こそが本命……いや、まあ、厳密に言えばムートの巨体の中に隠れていた存在こそが本命だった訳だから、少々怪しいところもあるけれど。少なくともムート自身は嘘だとは認識していなかった。いずれにしても、この時のレンリ達は救世の転生者なき抵抗を余儀なくされ――」
***
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」
繰り返し繰り返し。呪詛のような気味の悪さを感じさせる謝罪の言葉が、巨大なムートの口に隠れ潜んでいた存在から漏れ聞こえてくる。
その外見を一言で表すならば、魔物ゴルゴーンを模した石像。
しかし、単なる石の塊が淀みなく動くはずなどないし、喋ることもない。
絶え間なく続く謝罪が少女の声によるものであることを考えると、ゴルゴーンの少女化魔物が自らの力で生成した石を纏った姿と考えるのが妥当だろう。
つまり――。
「あれが要っ!」
そう認識した私は、咄嗟に圧縮した水を鋭く収束させて撃ち出し、彼女の本体を覆い隠しているであろう石の鎧を剥ぎ取ろうとした。
これは今回の件に限ったことではない。
彼らが石化という現時点で治癒の手段の乏しい力を持ち、それがいつどこで誰に向けられるか分からないから、お優しい旦那様は存分に力を発揮できないのだ。
彼女を捕縛することができれば、そうした状況を大きく変えられるはず。
そう思考を一瞬で巡らせ、私は間髪容れずに攻撃したのだが……。
彼女もまたムートやセレスと同様に、テネシスと真性少女契約を結んだ上で自ら狂化隷属の矢を使用して暴走状態に移行しているらしい。
セレスの歌で弱体化した〈制海神龍・轟渦〉では、石の装甲を貫けなかった。
「ひぃ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
ただ、その衝撃に驚いたのか、中にいるであろうゴルゴーンの少女化魔物は小さく悲鳴を上げると、一層早口で謝罪を繰り返し始めた。
卑屈な感じの小さな声は、やはりホラー染みた奇怪さを感じさせる。
理性を失っている感じではないので、そもそもがそういう性根なのだろう。
「心配しなくてもー、ファルンは大丈夫なのですー。セレスの〈不協調律・凶歌〉があればー、救世の転生者でもなければ石を貫くことは不可能ですのでー」
そんな彼女に対して宥めるように間延びした声で言いつつも、言葉に反して私を排除しようとするようにムートが迫ってくる。
いや、言葉は正しいが、精神を乱されないようにするため、というところか。
いずれにしても、私の行動が全くの無意味ではない証左でもある。
だから私は、異形となって巨大化したこの身を覆う莫大な体積の水球を急速に変形させて道を作り、その中を通ってファルンと呼ばれた少女の頭上を目指した。
しかし、次の瞬間。
「それでも煩わしければ私が排除するのですー」
ムートは彼女への言葉を続けながら、再び大地を踏み鳴らした。
直後、それを合図としたように地面が破けるように裂けて、そこから微妙に色の異なる土が鋭く隆起して私に襲いかかってくる。
それらは彼女自身の肉体と同様に、並大抵の攻撃ならば容易く防ぐ概念的な硬さを持つ水を貫いて尚、私を穿とうと迫ってきた。
対して私は、水流を以って急速に方向転換して回避するが――。
「甘いのですー」
槍のように伸びた土は、突如として鞭のようにしなって私を打ち据えた。
「くっ」
すんでのところで同じ方向に移動し、僅かながら威力を減じることに成功する。
が、それでも衝撃を殺し切れずに吹き飛ばされ、私は体勢を立て直す間もなく地面に叩きつけられてしまった。
建物のない平野に落ちたのは、不幸中の幸いだった。
この身が被害を拡大しては目も当てられない。
「さあー、ファルンー。やるべきことをするのですー。狙うべき相手はー、私が指示するのですー」
「うぅ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
私が身動きを取れなくなった一瞬の隙。
それを突くようにムートがゴルゴーンの少女化魔物に対して指示すると、それを受けて彼女はまたも謝罪を繰り返しながら動き出した。
かと思えば、いつの間にか副学園長ディームが再び張っていた結界を、その弱々しい様子に反して容赦なく石の塊で叩き割っていき……。
「あっ」
ファルンは、ムートの力で地上に引きずり出されて避難もままならない状態に陥っていた人々を次々に石化させていった。
隣の同級生や同僚達が物言わぬ石像にされていく様を目の当たりにして、一気に生徒や職員の間にパニックが広がっていく。
その中で、ある少女は恐慌状態に陥って悲鳴を上げながら、トリリスやディームの制止も聞かずにその場から逃げ出そうとした。
しかし、それが叶ったのは数歩だけ。
恐らくムートの複合発露〈統陸神獣・抱壌〉によって蠢いた地面が彼女の足を捕らえて体勢を崩され、痛々しく転ばされた状態で石となってしまった。
そのせいで、ほとんどが恐怖に顔を引きつらせて硬直してしまう。
そうした一連の状況を目にして、私は何となく違和感を抱いた。
「逃げ出した瞬間には石化を試みようともしていない……?」
ファルンが自発的に攻撃対象を選んでいる訳ではないらしいことは、ムートの口振りからも察することができていた。
しかし、口頭で指示した様子はない。
つまりは事前の条件を指定されている訳だが、いかにも条件になりそうな逃げるという行為は別段関係ないらしい。
数歩の猶予を許したことを叱責する気配もない。
ならば何が条件なのか、と改めて全体を観察すると、立ち尽くしたままの状態で石像になった者もまた片足が大地に囚われている。
どうやら「狙うべき相手」とやらは、それによって指示されているようだ。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」
そうした受動的な部分も含め、まるで本意ではなく強い罪悪感を抱いているとでも言うかのように、ファルンはひたすら謝り続ける。
しかし、狂化隷属の矢によって強制されている様子もなく、石化自体にも微塵も躊躇いがない以上、この暴挙は結局のところ彼女の意思によるものに他ならない。
口先だけの謝罪は反吐が出る。
「このっ!」
胸の内に沸き上がった怒りと共に、石化を食い止めようと接近を試みるが……。
「貴方はー、私が遊んであげるのですー」
どうしてもムートの妨害を越えることができない。
そうやって私が忌々しさを感じながら足掻いている間に、未だに無事な状態でいるのは二十名弱にまで減ってしまった。
その中には見慣れた顔もある。
旦那様の弟のセトさん、その友達のダンさん、トバルさん、ラクラさん。
トリリスとディームが残されているのは、あるいは一種の当てつけだろうか。
後は見知らぬ男子生徒と……。
それからホウゲツ学園の男女比率的には不自然にも少女が五名。
そして見覚えのない少女化魔物が二体。
彼女達は恐らく、いわゆる聖女候補と件の少女化魔物に違いない。
「さてー、次の手筈はー」
そこに至り、趣向を変えようとでも言うのか。
ムートは頭の中で段取りを確かめるように呟く。
「おやー?」
しかし、彼女は何かに気づいたように顔を動かした。
その視線の先には、ラクラさんを守るように一歩前に出たセトさんの姿。
「いけませんっ!!」
ハッとして叫ぶ。余りにも無謀過ぎる。
彼が石化されてしまったら、旦那様に申し訳が立たない。
そうした思考と同時に、どうにかして助けに向かおうとした正にその瞬間。
「あれは――」
セトさんはその身を巨大な竜に変え、ファルンへと猛然と襲いかかった。
***
「各々、懸命に事態を打開しようと足掻くことしかできなかった。何せ、こうした危機的状況そのものこそが彼らの真の狙いだったことを、当時の彼女達も、勿論君もまた、知る由もなかった訳だからね」
***
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」
繰り返し繰り返し。呪詛のような気味の悪さを感じさせる謝罪の言葉が、巨大なムートの口に隠れ潜んでいた存在から漏れ聞こえてくる。
その外見を一言で表すならば、魔物ゴルゴーンを模した石像。
しかし、単なる石の塊が淀みなく動くはずなどないし、喋ることもない。
絶え間なく続く謝罪が少女の声によるものであることを考えると、ゴルゴーンの少女化魔物が自らの力で生成した石を纏った姿と考えるのが妥当だろう。
つまり――。
「あれが要っ!」
そう認識した私は、咄嗟に圧縮した水を鋭く収束させて撃ち出し、彼女の本体を覆い隠しているであろう石の鎧を剥ぎ取ろうとした。
これは今回の件に限ったことではない。
彼らが石化という現時点で治癒の手段の乏しい力を持ち、それがいつどこで誰に向けられるか分からないから、お優しい旦那様は存分に力を発揮できないのだ。
彼女を捕縛することができれば、そうした状況を大きく変えられるはず。
そう思考を一瞬で巡らせ、私は間髪容れずに攻撃したのだが……。
彼女もまたムートやセレスと同様に、テネシスと真性少女契約を結んだ上で自ら狂化隷属の矢を使用して暴走状態に移行しているらしい。
セレスの歌で弱体化した〈制海神龍・轟渦〉では、石の装甲を貫けなかった。
「ひぃ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
ただ、その衝撃に驚いたのか、中にいるであろうゴルゴーンの少女化魔物は小さく悲鳴を上げると、一層早口で謝罪を繰り返し始めた。
卑屈な感じの小さな声は、やはりホラー染みた奇怪さを感じさせる。
理性を失っている感じではないので、そもそもがそういう性根なのだろう。
「心配しなくてもー、ファルンは大丈夫なのですー。セレスの〈不協調律・凶歌〉があればー、救世の転生者でもなければ石を貫くことは不可能ですのでー」
そんな彼女に対して宥めるように間延びした声で言いつつも、言葉に反して私を排除しようとするようにムートが迫ってくる。
いや、言葉は正しいが、精神を乱されないようにするため、というところか。
いずれにしても、私の行動が全くの無意味ではない証左でもある。
だから私は、異形となって巨大化したこの身を覆う莫大な体積の水球を急速に変形させて道を作り、その中を通ってファルンと呼ばれた少女の頭上を目指した。
しかし、次の瞬間。
「それでも煩わしければ私が排除するのですー」
ムートは彼女への言葉を続けながら、再び大地を踏み鳴らした。
直後、それを合図としたように地面が破けるように裂けて、そこから微妙に色の異なる土が鋭く隆起して私に襲いかかってくる。
それらは彼女自身の肉体と同様に、並大抵の攻撃ならば容易く防ぐ概念的な硬さを持つ水を貫いて尚、私を穿とうと迫ってきた。
対して私は、水流を以って急速に方向転換して回避するが――。
「甘いのですー」
槍のように伸びた土は、突如として鞭のようにしなって私を打ち据えた。
「くっ」
すんでのところで同じ方向に移動し、僅かながら威力を減じることに成功する。
が、それでも衝撃を殺し切れずに吹き飛ばされ、私は体勢を立て直す間もなく地面に叩きつけられてしまった。
建物のない平野に落ちたのは、不幸中の幸いだった。
この身が被害を拡大しては目も当てられない。
「さあー、ファルンー。やるべきことをするのですー。狙うべき相手はー、私が指示するのですー」
「うぅ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
私が身動きを取れなくなった一瞬の隙。
それを突くようにムートがゴルゴーンの少女化魔物に対して指示すると、それを受けて彼女はまたも謝罪を繰り返しながら動き出した。
かと思えば、いつの間にか副学園長ディームが再び張っていた結界を、その弱々しい様子に反して容赦なく石の塊で叩き割っていき……。
「あっ」
ファルンは、ムートの力で地上に引きずり出されて避難もままならない状態に陥っていた人々を次々に石化させていった。
隣の同級生や同僚達が物言わぬ石像にされていく様を目の当たりにして、一気に生徒や職員の間にパニックが広がっていく。
その中で、ある少女は恐慌状態に陥って悲鳴を上げながら、トリリスやディームの制止も聞かずにその場から逃げ出そうとした。
しかし、それが叶ったのは数歩だけ。
恐らくムートの複合発露〈統陸神獣・抱壌〉によって蠢いた地面が彼女の足を捕らえて体勢を崩され、痛々しく転ばされた状態で石となってしまった。
そのせいで、ほとんどが恐怖に顔を引きつらせて硬直してしまう。
そうした一連の状況を目にして、私は何となく違和感を抱いた。
「逃げ出した瞬間には石化を試みようともしていない……?」
ファルンが自発的に攻撃対象を選んでいる訳ではないらしいことは、ムートの口振りからも察することができていた。
しかし、口頭で指示した様子はない。
つまりは事前の条件を指定されている訳だが、いかにも条件になりそうな逃げるという行為は別段関係ないらしい。
数歩の猶予を許したことを叱責する気配もない。
ならば何が条件なのか、と改めて全体を観察すると、立ち尽くしたままの状態で石像になった者もまた片足が大地に囚われている。
どうやら「狙うべき相手」とやらは、それによって指示されているようだ。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」
そうした受動的な部分も含め、まるで本意ではなく強い罪悪感を抱いているとでも言うかのように、ファルンはひたすら謝り続ける。
しかし、狂化隷属の矢によって強制されている様子もなく、石化自体にも微塵も躊躇いがない以上、この暴挙は結局のところ彼女の意思によるものに他ならない。
口先だけの謝罪は反吐が出る。
「このっ!」
胸の内に沸き上がった怒りと共に、石化を食い止めようと接近を試みるが……。
「貴方はー、私が遊んであげるのですー」
どうしてもムートの妨害を越えることができない。
そうやって私が忌々しさを感じながら足掻いている間に、未だに無事な状態でいるのは二十名弱にまで減ってしまった。
その中には見慣れた顔もある。
旦那様の弟のセトさん、その友達のダンさん、トバルさん、ラクラさん。
トリリスとディームが残されているのは、あるいは一種の当てつけだろうか。
後は見知らぬ男子生徒と……。
それからホウゲツ学園の男女比率的には不自然にも少女が五名。
そして見覚えのない少女化魔物が二体。
彼女達は恐らく、いわゆる聖女候補と件の少女化魔物に違いない。
「さてー、次の手筈はー」
そこに至り、趣向を変えようとでも言うのか。
ムートは頭の中で段取りを確かめるように呟く。
「おやー?」
しかし、彼女は何かに気づいたように顔を動かした。
その視線の先には、ラクラさんを守るように一歩前に出たセトさんの姿。
「いけませんっ!!」
ハッとして叫ぶ。余りにも無謀過ぎる。
彼が石化されてしまったら、旦那様に申し訳が立たない。
そうした思考と同時に、どうにかして助けに向かおうとした正にその瞬間。
「あれは――」
セトさんはその身を巨大な竜に変え、ファルンへと猛然と襲いかかった。
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