あの日の誓いを忘れない

青空顎門

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第一話 大原旋風は従わない②

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「二五年前から人類は魔法という力を得た訳だが、同時にテレジア・フォン・ヴェルトラウムという脅威に晒されることとなった。侵略者という共通の敵を前にして、結果として国家間の表立った争いはなくなったものの――」

(何やの、全く)

 教師の声を完全に聞き流しながら頭の中で悪態をつく。
 旋風はいけ好かない参謀、玉祈征示との会話を思い出して苛立っていた。

(敵を倒したっちゅう結果がいっちゃん大事やろ)

 気に入らない。その話をするために那由多が戻るまで待てと引き止めた癖に、火斂がトイレに行くまで切り出さなかった微妙な気遣いも何もかも。

『旋風、どうしたの? そんなに怖い顔して』

 思い切り顔に出ていたらしく、親友の須藤美晴が心配そうに声をかけてきた。
 今は授業の真っ最中だが、風属性の魔法を用いれば内緒話も容易い。
 空気の振動に極めて限定的な指向性を持たせることで、他の誰にも気づかれることなく話ができるのだ。互いに風の属性を持つが故の特権だ。

『気に食わん先輩がおってな』
『へえ、珍しいね』
『珍しい?』
『うん。旋風の場合、嫌いな人のことなんて無視するでしょ?』
『そら、考える時間が勿体ないやん。嫌な思いするだけやのに』
『なのに、その先輩のことは苛々する程考えてるんだもの』

 美晴の言葉に旋風は意表を突かれた。確かに、何故自分は無駄に時間を使ってまであの会話を反芻しているのか。意味が分からない。

『むう……何や、余計気に入らんわ』

 そう呟きながら、旋風はしばらく前に征示にかけられた言葉を思い出した。

「君は何のために戦っているんだ? 敵を倒すのが楽しいからか?」

 思い出すと同時に腹立たしさが再び込み上げてくる。

「んな訳あるかい! 世界を、何より大事な友達を守るために決まってるやろ!」

 心を無遠慮に鷲掴みするような言葉に咄嗟にそう返したものの、そんな旋風を見る征示の目は酷く冷めていた。口先だけと思っているかのようだった。
 征示に過剰な敵対心を抱くのは、あの時のあの目が何よりも許せないからだ。

 気の乗らないことはしないし、嫌いな人間は無視する。
 端的に言えば自分勝手な旋風が自由な時間を奪われる〈リントヴルム〉に参加しているのは、当然それを望んだからだ。
 故に征示に言った言葉に嘘はない。少なくとも旋風はそう信じていた。
 だからこそ、それを疑われるのは自分の根幹を否定されたようで全く腹立たしい。

『駄目だよ、旋風。仲よくしないと』

 回想してさらに不機嫌さが増した旋風を窘めるように美晴が言う。

『む。……美晴が、そう言うんなら、考えるわ』

 自由奔放な旋風だが、親友の美晴の忠告にだけは耳を傾ける。ただし、あくまでも耳を傾けるだけであって、基本従わないのだが。

「――優れた魔導師の数。それこそが以後の国家の力関係を決めるものとなるだろう。では、魔導師と認定される最低条件について、大原旋風、答えなさい」
「へ?」

 授業中だったことを完全に失念していた旋風は間抜けた声を出してしまった。何を答えろと言われたのか全く聞いていなかった。

『魔導師に認定される最低条件、だって』
『助かるわ、美晴』
「えっと、マナを魔力素に変換する効率を言う第一変換率、魔力素を属性魔力に変換する第二変換率、属性魔力を魔法として行使する際の最終変換率の全てをかけた総合変換率が一〇%以下で魔法出力が毎秒一〇〇SF以上、あるいは変換率関係なく魔法出力が毎秒一〇〇〇SF以上のどちらかを満たし、尚且つ魔法容量が一〇〇〇SF以上の者です」

 SFとはSpell Forceの略で魔法出力の単位だ。
 一〇〇SFで初歩魔法を難なく行使できる程度のエネルギーに相当する。
 火属性の魔法なら、ソフトボールぐらいの火球一発分。
 即ち、最下級の魔法なら毎秒一発は撃てなければ話にならないということだ。
 魔法容量は蓄積できる魔力の量のことで、これは多ければ多い程いい。
 多少出力が低くても大量に蓄えられる者の方が上級の魔法を扱い易いし、ここに蓄えられた魔力を活性化させることで身体能力が向上するなどメリットが多いのだ。
 ちなみに容量をオーバーした属性魔力はマナへと還元されるそうだ。

「……よろしい。座りなさい」

 どうやらこの教師、旋風が授業に集中していないことに気づいて当てたらしい。
 口惜しげな声のトーンからそんな感じがするが、旋風にはどうでもいいことだった。

(変換率と、魔法出力、か)

 征示との口論を思い返し、今更ながらにあの部分だけは言い過ぎたかと思う。
 魔力素を作れず、魔法は借り物。
 彼の総合変換率はゼロだと言う。しかし、他人から魔力の補給が十分にあれば高度な魔法を扱うことができ、また、魔力容量もかなりのものだそうだ。
 それでも自身の魔力ではないが故に、魔導師として認定されることはない。

 今の世の中、魔導師と認定されることは重要なステータスだ。
 少なくとも昔の価値観で言えば大卒と中卒の扱いの差程度は出てくる。
 勿論、魔導師としての才能の差もそのまま待遇の差に影響するが、これは有名大学卒か底辺大学卒かの差のようなものだ。そして、属性は学部と言ったところか。
 故に「その才能の多寡で家庭に亀裂が入った」ぐらいのことはよく聞くことだし、子供の頃から差別を目の当たりにすることも多かった。

(美晴もそうやったっけ……)

 マルチタスクの才能は旋風よりあるらしく、教師に注意されずに済んだ美晴を見る。
 今でこそ平均的な魔導師として認定を受けている彼女だが、昔は最低条件にすら手が届かないレベルだった。その上、少しぼんやりした性格も災いし、美晴は小学校の頃は劣等生として苛めに遭っていた。
 その光景が気に食わなかった旋風が、苛めっ子をボコボコにしたのが大原旋風と須藤美晴の友情の始まりだった。

(未だにあん時の美晴の、ありがとう、が忘れられんわ)

 恐らく征示も美晴と似た経験をしたことがあるはずだ。
 新たに魔法という評価基準が生まれ、それに従って社会の価値観も変わりゆく只中にいるのだから。もし虐げられなかったのだとしたら、それはそうされないだけの努力をして相応の結果を出してきたからに違いない。
 確固たる芯を持っているように見える姿は、きっと賞賛されるべきものだろう。

(それやのに、美晴を苛めてた奴みたいなことをうちが言うやなんて。……これが生理的嫌悪感いう奴なんやろか)

 必要以上に敵意を抱く自分に首を傾げる。
 あの日投げかけられた言葉以外に、彼を嫌う理由はないはずなのに。
 そう考えたところで、旋風はふと「本当に?」と心のどこかから問われた気がした。

『旋風? また、その先輩のこと考えてるの?』
『へ? ちゃ、ちゃうよ。こん先生、うちのこと嫌いやな、って思っとっただけ』
『もう、先生だって、旋風が憎い訳じゃないはずだよ?』
『……美晴は寛容やなあ』

 しかし、それは自己防衛に過ぎないことを旋風は知っていた。
 親しくない者に対する寛容という名の拒絶。
 自分から相手の内に入ろうとはせず、相手にも自分の内には入らせない。
 それは彼女の心の傷と弱さに由来するものだ。

(先輩は、うちに真っ向からぶつかってきよった……)

 美晴との違いは、本人の性格だけなのだろうか。

(先輩も、誰かに助けられたんやろか)

 あるいは、自分一人で強く歩んできたのか。だが、どちらにせよ――。

(うちと美晴よりも……)

 一瞬過ぎった考え。しかし、それは旋風の意識に留まることなく過ぎ去ってしまった。
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