あの日の誓いを忘れない

青空顎門

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第二話 海保水瀬は自信がない⑤

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「それで征示先輩、特訓の調子はどないな感じなん?」
「予定通り、というところだな」

 特訓開始から四日後。突然訓練施設を訪れた旋風の質問に征示が答える。

「って、海保君。また女装してるん?」
「ああ、理事長代理が施設占有の条件にしたせいでな」
「そら、また……」

 深い哀れみの視線を向けてくる旋風に、水瀬は曖昧な表情を浮かべることしかできなかった。正直、このままなし崩し的に女装が当たり前になって、誰も疑問を感じなくなったらと思うと恐ろしい。

「それで、少しは使えるようになったん?」
「少なくとも泥水にならないように制御できるようにはなった。そして、そうなれば水属性なら学校一の使い手と言っていい素質は元々あったからな。水属性の隊員として十分相応しいレベルには既になった」
「こ、こん四日で? 征示先輩、一体どんな魔法を使ったんや」
「……説明するより、体験して貰う方が早いな」

 首を傾げる旋風に近づき、彼女の手を握る征示。
 瞬間、旋風は「ひゃっ」とか細い悲鳴を上げ、体を微妙に竦ませて逃げの体勢を作る。しかし、しっかりと手を握られているせいか逃げ出そうにも逃げられないようだった。

「せ、征示先輩、なな、何や突然。えと、み、水瀬君が見とるで?」

 オドオドと顔を赤くしながら、上目遣いで征示を見る旋風。

〈頬撫でる風〉ライトブリーズ
「へ? わっ」

 征示の言葉と同時に、そよ風が纏ったように旋風の髪や制服が僅かに揺れる。

「わ、わ、何や、こん感じ。魔法を使っとらんのに使っとる感じがするんやけど!」

 興奮したような声を上げる旋風。その姿に水瀬は共感して小さく二度頷いた。
 初めて体験した時は、水瀬もその不思議な感覚に妙にドキドキしたものだった。

「実のところ、俺の力は魔力を受け取るだけのものじゃない。厳密に言えば、直接触れているものとの間に魔力の通り道を作る能力なんだそうだ」
「魔力の通り道?」
「そうだ。だから、今やったように俺が相手の魔力を使って相手から魔法を出力することもできるし、逆もできる。俺が蓄えた魔力を渡して相手が魔法を使うこともな」
「つまり、うちが征示先輩からうちの属性やない魔力を貰って、その属性の魔法を使うこともできるっちゅうこと?」
「そういうことだ」

 ちなみに征示の話では、例えば無線で魔力を送受信できる魔造石英があり、魔力供給に専念してくれる者がいれば、理論上征示でも普通の魔導師と同じように魔法を使い続けられるかもしれないとのことだ。
 ただし、この場合は魔造石英との間にのみ魔力のパスができるため、直接接触のない供給者に逆に魔力を渡して魔法を使用させることは不可能だろうとも言っていたが。

「とは言え、この魔力の通り道って奴には穴が多くてな。九割はロスしてしまうんだ。だから、俺が誰かから魔力を貰って十%。さらに誰かに渡せば元々の一%だ。さすがにそこまでいくと実用には向かないだろうな」
「んー、せやけど、違う魔法の感覚を味わえるんやったら、面白そうやけどなあ」
「余り慣れない魔法を使うと、暴走の危険性もある。お勧めはできないぞ?」
「征示先輩が傍についててくれるんやったら、大丈夫やろ。それに、先に初めての感覚っちゅう奴を先輩が教え込んでくれればええ話やし」

 悪戯っぽい笑顔でそう言った旋風は、ふいに思い出したように置いてけ堀になっていた水瀬を見て、申し訳なさそうに「ま、まあ、今はええわ」と言って話を戻した。

「何にせよ、もう〈リントヴルム〉の隊員として遜色ないレベルなんやろ? そらもう十分以上なんとちゃうの?」
「……いや――」

 征示は少しの間考えを纏めようとするように目を閉じた。
 恐らく、複数属性とそれに関する事情を旋風に話すべきか否か考えているのだろう。

「……そうだな。どうせ戦闘で使用すれば〈リントヴルム〉の皆にはばれることだ。旋風には話してもいいだろう。実はな――」

 そうして征示は彼女にも水瀬にした話を詳細に語った。

「へえ。つまり今はこん前の戦いで先輩が使うたみたいな複数属性の魔法の会得を目指しとるっちゅう訳やね? 〈砂塵、鋼を粗す〉サンドブラストやったっけ?」
「属性的にあの魔法は水瀬には使えないが、まあ、大まかにはそうだ」
「……って、あれ? そもそも、あの魔法、土属性だけやと無理なん? 普通に粒子を操ればいける気がするんやけど」

 旋風が視線を寄越して問いかけてきたので、水瀬は口を開いた。

「無理ですよ。粒子一つ一つを操るなんて、それこそスパコン並の処理能力がないと」
「……確かにそう言われると、そうやな。っちゅうか、それやと風の魔法も相当難しいっちゅうことになるんやないか?」
「認識の問題だ。周囲の気体に区切りは見えないだろう? 大きさは魔力量次第だが、塊を動かしているようなものだ。圧縮しようが、膨張させようが、な」

 征示は一呼吸置いてから続けて口を開いた。

「対して土属性だが、粒子一粒も岩石一塊も同じ一つだ。それに、一粒だけ操るにしても直径一ミリ以下の粒子で弾丸レベルの速さを作り出すのは容易じゃない。空気抵抗の関係で風の魔法の補助がなければ魔力がいくらあっても足りなくなるからな」

 ちなみに重くなればなったで速度を出すには相応の魔力が必要になる。だから、土属性魔法の場合は超重量の物体を上空に生み出し、後は自然落下に任せるのが威力という点では手っ取り早い。
 ただし、この方法の場合、命中率は推して知るべしだが。

「結局、ああいう効果期待するんやったら、二つの属性を組み合わせなあかん訳ね」
「そういうことだ」
「納得したわ。けど、随分と科学的っちゅうか何ちゅうか。魔法やのになあ」
「実際、魔法とは言いながら属性による問答無用の優劣もないし、基本的に二つの魔法がぶつかった時に起こる現象は、余程魔力の差がない限りは科学の範疇だ」
「そう言われれば……そうやったね」
「なら、科学的なアプローチは間違いじゃない。事実、新しい魔法を創造する際には科学的な知識も十分役に立つしな。旋風も一般教養を疎かにしないようにするんだぞ?」

 そんな征示の言葉に、旋風は微妙な表情を浮かべて視線を逸らしてしまった。どうやら彼女は魔導学以外の科目は少々苦手なようだ。

「……そ、そこはそれとして、単属性なら既に完璧なんやろ? 水も土も火も」
「まあな。とは言え、さすがに火は一流とまではいかないレベルだけどな」

 旋風の露骨な誤魔化しに苦笑しつつも、征示は前の話題を引っ張ったりはせずに新しい話題に移った。

「逆に言うと水と土は一流レベルなんやろ? 戦力としたら十分やん。ちゅうか、火までトップレベルやったら焔先輩の立つ瀬がないやないか」

 征示の気遣いに気づいてか、少しばかりばつが悪そうにしつつも「今更話題を元には戻せない」という感じで言葉を返す旋風。
 それから一拍置いて、彼女は一瞬前までの曖昧な表情とは打って変わった強い意思を秘めた瞳を水瀬に向けた。そして、不敵な笑みを見せて口を開く。

「海保君がどの程度のもんか、興味出てきたわ」
「……なら、戦ってみるか?」

 征示が眼鏡を中指で押し上げながら問う。

「せ、先輩!?」
「そろそろ実戦形式の特訓も必要だと思っていたところだ。丁度いい」

 有無を言わさぬ口調で告げると征示は魔導通信機を手に取った。

「理事長代理、すぐに来て下さい。……忙しい? 今日は何も予定がなかったと記憶していますが。……いや、お願いですから真面目に話をですね。……いいから早く来い、しまいにゃしばくぞこの野郎」

 どうやら監督者として模糊を呼び出しているようだ。と思った次の瞬間には、訓練施設の扉が勢いよく開け放たれた。

「もー、征示君ったら人使いが荒いんだからあ」
「ちょ、早っ!」

 旋風が驚愕の声を上げると、模糊は得意気に「ふふん」と胸を張る。
 ドヤ顔を続ける模糊に呆れてか、征示は彼女に絶対零度の視線を送っていたが、やがて諦めたように深々と嘆息すると気を取り直したように口を開いた。

「では二人供、始めようか。俺も理事長代理もいるから本気を出して構わないぞ」
「ほんなら最初っから全力で、と行きたいところやけど、とりあえずは海保君の実力、見せて貰うで」
「待っ――」
〈飛刀烈風ブラストカッター収斂シーケンシャル貫穿〉シュート!」

 水瀬の意見は黙殺されたまま模擬戦が開始され、同時に旋風が叫ぶ。
 瞬間、彼女の周囲に緑色の魔力拡散光が漏れ出ると共に、刃状に研ぎ澄まされた空気の塊が連続で撃ち出された。

「ス、〈鋼の城壁〉スチールランパート!」

 慌てて厚さ数十センチの金属板を目の前に生じさせ、旋風の攻撃を受け止める。

「へえ、中々やれるやんか。けど、次はどうや? 〈飛刀烈風ブラストカッター全方位拡散集束〉オムニディレクション!」

 その旋風の言葉を合図に全く同じ軌道を辿っていた風の刃が突如として乱れ、水瀬を囲うように全ての方向から襲いかかってきた。

〈鋼の城塞〉スチールフォートレス!」

 旋風の魔法の形に合わせて今度は自分の周囲全てに壁を生み出す。とほぼ同時に、彼女の攻撃がそれに高速でぶち当たる音が周囲から響いてくる。
 その全方位からの衝撃音に思わず戦々恐々とするが、壁が破壊されることはなかった。

「『風は自由に空を駆け巡り、世界を旅するもの』」

 ホッとする間もなく詠唱を開始する旋風。全ての攻撃を防がれたにもかかわらず、彼女はそのことを全く意に介していないようだ。

「『人は無限の空を見上げ、見果てぬ彼方に憧れ、自由を求め続けるもの。故に人は風と共に歩む。あらゆる束縛から解き放たれることを願って』」

 あるいは、最初から全てが詠唱のための時間稼ぎだったのかもしれない。

〈風と翔ける。我が道を〉ウインドライドロード!」

 そして、旋風が魔法を行使する。が、周囲の全てを金属の壁で覆っているが故に水瀬には初動を見ることができず、どのような効果のある魔法なのか判別できなかった。

「いくら防御のため言うても、視界を遮ったらあかんわ」

 気づいた時には旋風の声は真上から聞こえてきて、水瀬は咄嗟に上空にも壁を作り出した。しかし――。

〈嵐撃破〉テンペストストロークッ!」

 裂帛の気合に次いで巨大な金属音が施設を満たす。その音を認識した時には上方の金属壁は折れ曲がり、弾き飛ばされていた。

「土属性だけやと、まだまだやね」

 そう告げる間に彼女は水瀬の周りを囲む壁をも破断していた。それによって視界が完全に開け、水瀬はそこでようやく風を纏って空中に浮かぶ彼女の姿を認めた。

「ちゅうか、海保君。何で水属性と火属性の魔法は使わんの? そもそも、攻撃もしてこおへんし。もしかしてうち、なめられとる?」
「水瀬。旋風の言う通りだ。守ってばかりでは何も変わらないぞ」
「で、ですけど」
「そーそー、私と征示君がいるんだから、危ないことなんてないない。旋風ちゃんだってそんな柔じゃないし。私達を信じて?」

 征示と模糊の言葉、そして何より本気でやらなければ許さないとでも言いたげな旋風の視線に圧され、水瀬は頷いて右手を掲げた。

〈氷柱飛翔〉アイシクルショット!」

 そして、研ぎ澄まされた氷の円錐を無数に生み出し、旋風へと連続で射出する。それを前にして彼女はニヤリと笑うと身に纏った風を操って宙を舞い、容易く回避した。

「そんなん攻撃の内に入らんわ! 全力、見せてみい!」

 わざとらしく侮りの表情を作って挑発をする旋風。
 そんな彼女の姿に、水瀬は常に抱き続けていた自分自身の弱さに対する失望、苛立ちとは全く異なるよく分からない感情が胸の奥に生じていることに気づいた。
 そして、その感情に従うように口を開く。

「『全ての命はそこから生まれ、それによって命は生かされている』」
「来るか、海保君!」

 打って変わって真剣さを声に滲ませる旋風。
 その姿に僅かに溜飲を下げつつ、水瀬は詠唱を続けた。

「『故に、その意思によって命は容易く摘み取られてしまう』」

 強大な魔力の励起に、変換率に従って魔力の損失分が青い拡散光を放つ。

「『それは原初の束縛。人は生まれながらにしてその鎖に囚われ、故に自由は程遠い』」

 僅かに遅れて旋風が詠唱を開始する。同時に彼女からも魔力拡散光が生じ、訓練施設を緑色に照らし始める。

「『矮小なる命よ。今ここに母なる者の力を思い出せ』」
「『誰もが重荷を背負い、苦しんでいる。ならば、今ここに全てを置き去ろう』」
「『傲慢なる命よ。知るがいい。英知の及ばぬ強大な力を』」
「『そして、風となってどこまでも。何よりも自由に駆け巡れ』」
〈大海嘯〉タイダルボアッ!」
〈体は風、心はイデアルブリ――」

 一瞬早く水瀬の詠唱が先に終わり、旋風の声を掻き消す程の轟音と共に前方の全てが急激に水で埋め尽くされていく。その光景に勝利を確信する。

「……って、あ、このままだと――」

 すぐに多量の水は訓練施設の端に到達し、逆流して自分自身も飲み込まれてしまう。
 曖昧な感情に囚われて、場所と魔法の規模が適切か全く考えていなかった。

「その心配は必要ない。そのための監督者だ」

 と、いつの間にか水瀬の後ろに回り込んでいた征示が告げる。

「そういうことっ。でも、かなりの威力ねえ。お姉さん、びっくりしちゃった」

 そんな二人の言葉が真実だと示すように、目の前の空間を満たす水が逆流しないままに引いていく。まるで巨大な水槽から水が抜かれていく様を見ているかのようだ。

「それよりも……お前達はどうにもすぐ油断するな。まだ勝負はついていないぞ?」
「え?」
「そういうこっちゃ。ほんで、チェックメイトや」

 征示の言葉の意味を理解する間もなく、真後ろから首筋に指を当てられる。

「お、大原、さん?」
「勝負あり、だな」

 そこでようやく自分の敗北に気づき、水瀬は愕然と顔を伏せて膝をついた。

「あの状況から……どうやって回避を――」
「身体の属性魔力化や。実体がなくなる訳やから基本攻撃は効かなくなるし、僅かな空間を移動することもできる。ま、正直チートくさい魔法やけどな」

 以前の戦闘で彼女が姿を消したのは、この魔法の効力によるものだったらしい。

「とは言え、反則気味の魔法だけあって魔力の消費は激しいがな」
「それに詠唱に時間がかかるから、正直危なかったわ」
「それだけどな、旋風。この魔法は状況によっては詠唱を省略し、短距離の移動や瞬間的な回避に限定した方が魔力を節約できるし、隙も小さい。これからは使い分けるといい」
「短距離の移動……さっきの征示先輩と理事長代理みたいにやればええんやな?」
「そうだ」

 どことなく楽しげな旋風の問いに対して満足そうに頷く征示。彼は彼女との会話を終えると、俯いたままでいた水瀬へと顔を向け直した。

「どうした? 水瀬」
「……負けちゃいました。折角、先輩に特訓して貰ったのに」

 そう呟くと、征示の隣にいた旋風が頭をかきながら「あんなあ」と呆れたように口を開いた。

「四日かそこらの特訓で追い越されたら、うちの立場がないわ。っちゅうか、まともに魔法の特訓をし始めて四日で冷やりとさせられたやなんて、うちの方が自信なくすわ」
「そういうことだ。中々よく戦ったと思うぞ」
「でも……」

 何となく釈然としない気持ちを口に出すと、征示は目を閉じて「成程」と呟いた。

「水瀬、君は恐ろしい程理想が高いみたいだな。恐らく、それが自信を持てない第一の理由だろう。分を弁えない程愚かにもなれず、だからこそ理想と現実との大き過ぎるギャップを真面目に受け止め過ぎている訳だ」
「自己実現。叶えば天国、叶わなければ地獄よねえ。正直それこそ、器を知れ、って感じの子も結構いるけど。まあ、それでも私は人間夢見るぐらいが丁度いいと思うわ」
「とは言え、それが成長の枷となるなら邪魔な欲求でしかない。水瀬の場合、見るべきは数段飛び越えた先にある理想じゃなく、一段先の着実な目標だ」

 肩に手を置かれ、諭すように告げられる。

「理想……僕は……」

 確かに理想が高いと言われればそうかもしれない。よくよく思い返せば、誰よりも自分を蔑んでいたのは自分自身だった。

「それでも、理屈ではそうと分かっていても、理想から目を逸らしてまで薄っぺらい自信を持ったりはできません」

 口に出たある種頑固なまでの自信のなさに対し、征示が苦笑しつつ口を開く。

「それはそれでいいさ。自信がないからこそ鍛錬を繰り返す。そういう形の努力もこの世にはある。だから、今は自信を持てなくてもいい」

 その言葉に水瀬は驚いた。
 自信のなさが努力の原動力になるなど、自信のなさ、才能のなさを理由に努力から遠ざかってしまっていた水瀬にとっては初めて聞く論理だったからだ。

「ああ。普段から真面目に勉強しとるし成績もいい美晴が、試験前になっても不安で不安でしゃーなくて、ぎりぎりまで教科書を手放さない心理がそれやね」
「……まあ、そんなところだ。結果としていい点数が取れるのなら、その不安も捨てたものじゃないだろ?」

 それはそうかもしれない。とも僅かに思うが――。

「うちはごめんやな。そないな状態、ストレスかかりっ放しで胃がおかしなるわ」

 正直、これについては旋風に賛成だ。

「とにかく、だ。水瀬……旋風もこれだけは忘れないでくれ。〈リントヴルム〉に選ばれた皆には確かな才能がある。少なくとも理事長代理より遥かに強くなれるだけの才能が。勿論、努力を怠らなければ、の話だがな」
「僕に、それだけの才能が……?」
「水瀬、今は自分を信じられなくてもいい。だが、こと戦闘においては俺や理事長代理を信じてくれ。お前にできないような指示は決して出さない。もし指示を出すとすれば、お前なら必ずできると知っているからこそだ」
「そーそー。従って損はさせないわ。人を見る目も戦況を見る目もあるのよ。おねーさん達には。と言うか、主に征示君にはね」
「は、はあ……」
「理事長代理、こういう時はもう少し真面目に話して下さい」
「私はいつでも真面目よ! 征示君、酷いわ!」

 ムーッと頬を膨らませる模糊。しかし、彼女は二五歳だったはずだが、このリアクションは大人の女性としてどうなのだろうか。

「海保君」

 案の定模糊に対して慇懃な口調ながら厳しい小言を並べ始めた征示についてはスルーして、旋風が声をかけてくる。模糊は若干涙目になって視線で助けを求めていたが、この場は水瀬も無視して旋風に向き直った。

「征示先輩の言うことは信用してええよ。うちも保証したる。先輩はうちに勝った人なんやからな」

 以前噂で聞いた旋風の印象と現状を比較すれば、征示の影響を色濃く受けていることがよく分かる。よくも悪くもそれだけの人物だということは確かだ。
 特訓初日の会話を思い返す限り、隠された顔があるのかもしれない。
 しかし、万が一騙されたとしても、それは善意からのことだと信じられる程度の誠実さは水瀬自身も感じ取っていた。
 だから、水瀬は旋風に対して小さく頷いた。

「けど、うちとしてはやっぱり征示先輩みたいにとは言わんけど、命預ける仲間にはおどおどせんと堂々と自信持って欲しいわ。そこは精進が必要やな」

 ただ、そんな彼女の言葉に対しては少しばかり曖昧な表情で誤魔化しておく。色々と理屈をつけても結局自信がないことに変わりはないのだ。

「それは大丈夫だ。まだ自負と呼ぶには弱々しいが、その芽生えは見て取れた。いずれは水瀬も確固たる自信を持てる日が来るだろう」

 手酷いことを言われたのか、この世の終わりのような顔で沈んでいる模糊を尻目に水瀬の隣に立って征示が告げる。

「せやな。うちが挑発した直後のあの目。あれが見られただけ戦った価値はあったわ」

 自負の根拠となるものの第一は、やはり努力だろう。
 僅か四日の特訓とは言え、今までにない進展を体感していたからこそ、征示の言う芽生えが生じたのかもしれない。

「ああ、俺も安心した」

 その言葉に仄かな喜びの感情が胸の奥に湧き起こる。それは模糊に勧誘された時には生じなかった感覚だった。
 いくら偉大な魔導師とは言え実力を文字の上でしか知らない模糊と、実際に戦う姿も目の当たりにし、指導もしてくれた征示では評価の重さが全く違う。
 彼が言うのであれば、自分にもいくらかは才能があると信じてもいいのかもしれない。

「万が一、俺に何かあっても、あるいは水瀬なら――」

 そんな中でポツリとこぼれた征示の言葉。他の二人には届かない程の声で発せられたそれは、初めて抱いた充足感に、冷や水を浴びせるような不吉な内容だった。

「せ、先、輩? 一体どういう――」

 意味ですか、と水瀬は咄嗟に問いかけた。
 しかし、征示はそれを完全に黙殺して特訓の再開を告げるだけだった。
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